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それはよくある御伽噺で  作者: 川門たけ光
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序章 あるいは終わりの物語

 夜の帳がある。

 深い黒の布が天を覆う闇が主役の時間。

 天には星の煌めきが存在し、夜の黒さを彩っていた。

 しかし、ある場所にはその闇と星の光を侵す色が存在した。

 黒を侵すは赤。

 その色の直下に存在するのは紅蓮に染まる廃城。

 廃れた城は炎により燃え尽きようとしていた。


○ ○


 城の周りは夥しい死体で山が築かれ、内部もまた同様の有様だった。

 しかし、一ヵ所だけ死体がない場所が存在した。

 城の中心部。王がいるべき場所。

 謁見の間である。

 古びた玉座には二つの影が溶け合っていた。

 一つは人という種の切り札であった存在――――魔女と呼ばれるモノ。

 もう一つは魔という種の超越存在の一つ――――魔王と呼ばれるモノ。

 敵同士であり、この度の戦では血で血を洗う者同士である二つの影は、何故か、一つとなり溶け合っている。

 魔王は己を殺しに来た魔女を抱きしめ、魔女は己が殺そうとした魔王に抱きしめられていた。

 魔女は何かを呟こうとして止めて、それを二、三度繰り返したところで、

「ごめんなさい」

 自分を抱きしめる魔王の胸に顔を押し付けながら謝った。

「ん? 何を謝っているんだい?」

 魔王が首を小さく傾け、不思議そうに聞く。

 どうでもいいが、この男、目が眩むような美形なのだが、先程の様な仕草が矢鱈と似合う人物なのだ。

 内心、その事に戦慄しながら魔女は無視して、言葉を続ける。

「私が……、私がもっとちゃんとしていれば……!」

 懺悔と悔恨の叫びを上げようとしてる魔女の言葉にかぶせる様にして魔王が呟く。

「君がちゃんとしていたら、こんな結末にはならなかった……と?」

 小さくだがコクンと確かに頷く魔女。その両の瞳には涙が溢れんばかりに溜まっている。

 そんな小さな魔女を見つめて魔王は、小さく微笑みながら静かに首を横に振った。

「それは違うよ……」

「違くない!」

「違うよ。……確かに君がちゃんとしていたら“この結末”は変わって“別の結末”になったかもしれない」

 だったら! そう叫びを上げた魔女の唇に魔王は人差し指で軽く触れた。

「でもね、もしかしたら今よりも“もっと酷い結末”が待っていたかもしれないよ?」

 その言葉を聞いた魔女は、それは、でも、などと小さく呟きながらやがて口ごもり、うつむいてしまった。

 そんな魔女を愛おしそうに見つめながら、魔王は唇を開く。

「それに、この結末もそれなりに悪くはないよ?」

「……何でよ」

 魔王は未だ下を向いている魔女に微笑みかけながら言う。

「君と一緒に最期の時を過ごせるから……、ね」

 バッと勢いよく顔を上げる魔女。

 そこには先程と変わらぬ魔王の笑顔。

 それは魔王という存在が放つには余りにも不釣り合いな……、天使の様な、それはそれは素敵な微笑みがあった。

「………………」

 素敵な微笑みに魔女は思わず見惚れてしまった。

 その顔は、何と言うか……、一言で言うならば惚け面であろう。

「……? どうかしたかい?」

 微動だにしなくなった魔女に、少し眉に皺を寄せながら魔王は問いかける。

 微笑みが曇ったせいか、魔女は我に返った。

 ワザとらしい咳払いをして、何でもないわよと言ってそっぽを向いた。

 その頬には先程まではなかった、羞恥の赤があった。

「まあ、何でもないんだったらいいんだけど……」

 苦笑しながら呟く魔王。

 やがて魔王の笑いが移ったのか、魔女までもがクスクスと笑い始めた。

 二人の小さな笑い声が玉座の間に木霊する。

 その二人が放つ音とは違う音が微かにだが聞こえ始めた。

 硝子の引っ掻いた様な擦過音が響く。

 小さな音は段々と、しかし、ハッキリ聞こえるようになっていく。

 一つの音が二つとなり、その二つが四つになり、四つが八つとなり、どんどんと重なっていく。

 音が大きくなるにつれ、魔女の身体も微かにだが光を帯びていく。

「始まったわね」

 燐光に包まれつつある魔女の身体。

 光は灯ったそばから魔女の身体を離れ、蛍火の様な儚い煌めきを放っては消えて行く。

 その光景を他人事の様に眺めながら彼女は呟いた。

「これは……、一体?」

 困惑の色を言葉に込めながら魔王は、腕の中の女性に尋ねる。

「最後の作戦よ。私が……、いえ、私達が魔王討伐の任に失敗したときに発動する術式」

「具体的には……、どうなるんだい?」

「私の“全て”を使用しての……」

 息を吸い、止め、吐き出す。

 そして、言う。

「貴方の完全封印」

「つまりは消滅か……」

 静かにだが頷く魔女。

「もっとも、あんな奴等の為に死ぬなんて御免だから、術式の一部は改変させてもらったけど」

「どんな感じにだい?」

 魔女は自らの嘲る様な苦笑を顔に貼り付け、

「流石に全てをいじる事は出来なかったけど……、私の魂の使用だけは何とか出来たわ」

「つまりは……」

「ええ、私は死ぬ。それは避けられない……。けれど消滅するわけじゃあなく、ちゃんと来世に渡る事は出来るわ」

 そうか、と魔王は小さく零した。

「決して最善じゃない。……けれど最悪でなくて良かった」

 本当、

「心からそう思うよ」

 魔女は魔王の言葉を聞いて、うつむく。

「何で……」

「うん?」

「何で笑えるのよ!」

 彼女は魔王の言葉に我慢が出来なかった。

「人の都合で勝手に召喚して! その召喚の余波で街一つを壊滅させたのだって、その召喚者達が原因なのに国連は全ての責任を貴方に押し付けて! その上、送喚が人の手では不可能だからって封印術式で圧縮消滅させる!? 一体……、一体何を考えているのよ人間は!」

「そんな事を言っちゃいけないよ」

「でも!」

「人間が何を考えているか……、か。この場合は国連かな。……彼らが考えているのは多少の差異はあってもその中心にあるのは常に一つだろう」

「それは」

「人の営みだよ。……そして、僕は」

 人ではない。

「だからこそ、彼らは僕に全ての責任を押し付けた」

「私は……、私はその事が一番許せない……」

「ああ、君の怒りは全て僕の為だ。君が怒ってくれるから僕は笑っていられる」

「貴方は……、何もないって言うの? こんな理不尽な状況に追い込まれているのに」

 疑問だった。もし魔王が、何に対しても怒りを感じていない、と言ったならば、それは、果たして生き物と言えるのか?

「そんな事はないよ」

 魔女の懸念を余所に、魔王は短い言葉でそれを否定した。

「僕にも感情は存在する。そして、僕にも怒りを感じている事柄は確かに存在する」

 それはね、

「君の事だよ」

「私? 私が一体……」

「僕も人界に来てから幾らかは経っているからね。この世界での情報収集もある程度してきた。そして知った。国連が魔王に対抗するために“魔導兵器”を投入する事を……」

 それが、

「私の事」

「そう、君の事だよ。人類の歴史を紐解いても、稀代と言える才覚と力量を持った魔女。特に封じると言う事柄に関しては最早、神話の領域に到達しているとも謳われた“封印の魔女”。……その時、僕は思ったんだ」

 美しく、そして、哀れだ。とね。

「随分と相反する言われようね」

「仕方がないじゃないか、率直な感想なんだから」

「まあ、いいわ。続けなさい」

「偉そうだね、いいけど」

 呼吸を整える魔王。魔女を初めて見た時の光景を思い出し、言葉を流す。

「ああ、初めて魔女を見た時、私は確かにこう思った」

 美しい。

「それ以外の言葉は見つからなかった」

 頬を赤く染め、魔王は恋する少年の様な、無垢な表情で続ける。

「そして、次に思ったのは」

 哀れだ。

「この言葉だった」

 魔王の頬は赤いままだったが、その瞳は悲しみの色に染まっていた。

「魔女は確かに美しかった。外見だけではなく、その魂魄そのものからも美しさが溢れ出ていた。……だが、周りの人間は言うまでもなく、彼女自身すら己の美しさに気付いてはいなかった。僕にはそれが如何しても哀れで仕方がなかった」

 だからこそ、

「気付かせたかったのさ、君は美しい、とね」

「だから、二人っきりで対自したときあんな事を言ったのね?」

「君に一目惚れしてしまったのです。だから、結婚を前提に僕と付き合ってくれませんか?」

「一語一句、間違わずに繰り返さないでよ……!」

「一語一句、間違いないと分かるだけで、僕は満足だよ」

 魔女はただ赤面するしか出来なかった。

 自分も一語一句、間違いなく今の一文を覚えていたのだから。

 もっとも、最初の頃は魔王が言った言葉の意味が理解出来なくて無視していたのだが、戦闘と魔導の事柄しか教育されていなかった魔女も、数ヶ月とはいえ俗世と交われば、それなりの情緒は育つ。

 ましてや、何も知らないと知った女性達に色々な情報を無差別に教えられたのだ。

 生来の、というか人によって“そう”造られた勤勉さでその情報を吸収し、理解しようと努めていた。

 魔女を製作した人物達もまさかこの様な方面にまで勤勉さが出るとは思わなかっただろう。

 その後、魔王と幾度も戦闘を重ねた。

 時に魔王が魔女を抑え込み、魔女との短い逢瀬を楽しみ。

 ある時は、魔女が魔王を封じ込め、魔王が言った言葉の意味を尋ね。

 こうして、数ヶ月と短い期間だが語り合い、互いに理解を深めていった。

 その過程で、魔女が幼稚園生の恋愛感情を発揮して、唐突にくっ付いたりして魔王を大いに混乱させたり。いきなり恋愛感情の度合いが幼稚園生から小学生の位に上がって、照れ隠しに魔王を一時的に封印したりして束の間の平和を手に入れる事となるのは、まあ、余談である。

 魔王は自らの思いを吐き続ける。

「もし、人々に怒りの感情をぶつけるなら……、君の事以外考えられないよ」

 もはや魔女は何も語らず、ただ、魔王の胸に顔を預け動かない。

 そんな彼女に対して魔王は何も語らず、ただただ、儚げに微笑み。

 愛しい少女を優しく抱きしめた。

「……そろそろ、ね」

「みたいだね」

 魔女から溢れ出る燐光は、既に彼女の周りを儚げな光を発しながら二人の周りを埋め尽くしていた。

 大気中のマナは臨界に近い。

 そして、魔女は己の肉体に掛けられた術式の反応から、発動まで数分程度の時間しかない事が分かっていた。

 だから魔女はこれから行われる術式の詳細を語り始めた。

「いい? これから履行される封印術式は、本来は高レベルの封印による圧縮消滅術式……」

 何だけど、

「実際に履行される術式は正真正銘の封印術式よ。……これから貴方は身体も意識も封じれられ龍脈に流されるわ」

 流される? 魔王はオウム返しで魔女の語尾の言葉を続けた。

「ええ。……これは圧縮消滅術式の原型となった本来の術式が持っていた効果なんだけど……、封印したモノを龍脈に流して封印を解かせない様にする為の処置ね」

「随分と手の込んだ術式だね」

「そりゃ、元々が貴方の様な“超越存在オーバーロード”なんていう規格外級の為の封印術式よ? それにここまで手の込んだ内容になっているのは、魔力も何も与えずに疲弊させる事が目的だから」

 いわゆる、兵糧攻めって奴ね。と魔女は軽く肩をすくめながら呟いた。

「それはまた、気の長い話だね……」

「言って置くけど、貴方みたいな奴を倒そうとしたら一昔前ならそんな手段しかなかったのよ? それこそガチンコで遣り合おうとしたら神話の住人でも呼んでこなきゃ」

「その割には数人ほど僕と真正面から殴り合いに応じた人間がいるけど?」

「……馬鹿と冗談が総動員している英雄クラスは無視しなさい」

 了解。魔王は苦笑しながらも素直に頷いた。

 次の瞬間だ。

 二人の周りを舞っていた燐光が一際激しく輝いた。

 そして発動する。消滅術式から元となった封印術式へと改変、否、元に戻された術式が。

 魔女はその全ての身体を光に変わる。

 魔王はその光に身体の全てが包まれる。

 二人は動かない。

 抗う事なく全てを受け入れる。

 そして最後の言葉を交わす。

「大好きよ……、フォルクマール・バウムガルデン。私の魔王様」

「好きだよ、トリケロス。僕のお姫様?」

 それが二人の最期だった。

 一人は天へと上がり。

 一人は地へと落ちた。


 ここに一つの物語が終わる。

 決して幸せの結末ではない、悲劇の結末として。

 終わったのだ。

投稿と言うものを初めてしました。

ちょろちょろレベルですがある程度、定期的に投稿するつもりです。

未熟者ですがよろしくお願いします。

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