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おしゃべり犬と天国の問題  作者: 夜霧ランプ
7/7

7.待ち続ける日々

 警察官達の突然の来訪に、エルフィン家の主人は、大して驚きもしなかった。自室のデスクの椅子に掛け、家宅捜索をする警官達を悠然と眺めて居る。

 ベッドに横たわったままの夫人の部屋からは、何時も飲んでいる丸薬が見つけ出された。それは成分を調べるために検査に回され、警官達は問題の「閉じ込められている子供」を探した。

 子供部屋の暖炉を調べると、ブロックの間にスイッチがあった。それを押すと、暖炉の奥の壁が動き、手で押して隠し部屋に入れた。

 そこには、手足を縛られ、喋れないように轡を噛まされているガリガリに痩せた女の子が居た。


 ルーダは証言者として、自分の身の上に起こった事を警察官達に話した。

 ルーダの体も「人間だったら危険な状態」まで衰弱しており、エルフィン家当主は、まずは幼児虐待で起訴された。それから、妻に飲ませていた「異常な成分を含む薬」を何故作ったのかを問い詰められ、当主は「妻は、もう、どんな方法も無理だと言われたのです」と答えた。

「手術をしても、栄養を摂らせても、余命は三年。それならば、余命を長引かせる方法を、と思い、我が子達を薬に成しました。そのおかげで、妻は余命を宣告されてから、もう五年も生きています。我が子達が、妻を生かしてくれたのです」と述べた。

 流行病で死んだと言われていたエルフィン家の子供達が、父親の狂気の手にかかっていたのだと知って、刑事達は余罪を調べるために物証を探し、当主からの告白を追求した。


 ローベの左隣の家であるフォーン家で、末娘は今日もクレヨンで絵を描いている。茶色い人型の物の隣で包丁を持っている、エプロン姿の女性を描いているようだ。

 出来た絵の裏に、グチャグチャの文字で、「働くママ」と書いた。母親本人には気味の悪い絵だと言われてしまうが、末娘にとって「不思議なお薬」を作る母親は、誇りになる人だと思っていた。

 だから、その働いている姿を記念に残しておきたいと思っていた。大人になってカメラと言うものが手に入ったら、こっそりとお仕事の様子を写真に撮ろうとも思っていた。

 フォーン家が、「ミイラ化した遺体」を薬の材料として使っていた事実は、この後、末娘に物の分別がつくようになるまで隠し通されることとなった。

 一番年上の姉、エリーが、母親の仕事の手伝いをしていた事も。


 ローベにはまだ仕事があった。「地上に残ろうとする魂」達が、何を抱えてそこに居るのかを調べなければならないのだ。

 ルーダは、隠し部屋に閉じ込められていた間に知った事を教えてくれた。

 エルフィン家にいた七人の子供は、長子が十七歳。それから、二年づつ年を開けて六人子供がいて、末の子は三歳だった。この末息子が、先日ミイラ化した状態で「発見」された子供だ。

 長子から順に、薬を盛られたり、麻酔薬で眠らされたりして、先日の隠し部屋に連れて行かれ、ゆっくりと餓死させられて事切れた。抵抗力がある青年期の長子や、十五歳や十三歳の子供達は、みんな最初からあの部屋で殺されたらしい。

 十一歳以下の子供達は、伯母の家の預けられて、ある程度まで衰弱させられてから、隠し部屋に招かれた。

 三歳の末息子だけは、ガリガリの状態で隠し部屋から逃げ出し、子供の部屋のクローゼットに隠れた。警察に訴えると言う知恵も、そもそも、屋敷の外に出てどの方向に逃げれば助けを呼べるかと言う知恵も体力も、彼にはなかったのだ。

 子供部屋から続く、隠し部屋への扉が一度開けられたことにより、エルフィン家の女中が感じ取った「甘い油のにおい」が部屋に漂っていたようだ。

 そして、クローゼットを整頓しようとした女中により、末息子は発見された。既に息を引き取っている状態で。

「魂達が、私に話してくれたのは、それで全部。でも、誰も『理由』を話してくれないの。体を失っても、地上に留まってる理由を」

 エルフィン家の奥様が入院している病室の前で、ルーダはそう言った。それから病室に入り、ローベの手を握って、「もしかしたら、あなたになら話してくれるかもしれない」と言う。

 ルーダの手から暖かいものがローベの体に沁みわたり、ローベの目に、普通の人間には見えない者が観えた。

 エルフィン家の、贄にされた子供達の、青白い霊体。

 子供達は、みんな、静かな目をしていた。怒っているわけでも、絶望しているわけでもないようだった。唯、規則正しく脈拍を打つ機器を取り付けられた母親を、まるで臨終の際の様に見守っている。

「貴方達は…」と小さな声で言って、ローベは気づいた。「『待って』居たのね」と言うのだけが、精一杯だった。

 彼等が母親の死を待っているのは、愛情からではない。他者に取り込まれた自分の肉が完全に滅びるのを、待っていたのだ。


「なるほど。体の成分が生きてる誰かに取り込まれてると、魂達は上がって来れないのか」

 ローベが自宅に戻り、犬のエースにエルフィン家の子供達の霊の話をすると、エースを中継して天国から通信を送って生きている夫は、納得したと言う風に言う。

「その例に該当する魂は、生きている成分が消滅すれば、天国のほうに解放されるわけだ。よしよし、その情報は管轄に送っておく。で、次の仕事があるんだけど…」

「じゃぁ、まだエースは貴方から解放されないわけ?」と、ローベは溜息をつきながら言う。

「そうだね。体の成分が完全に分解されてても、地上に残っている人達って言うのは居るから、その分の調査も続けることになる」と、エースは夫の声でしゃべる。「おかしな新婚生活だけど、よろしく頼むよ、奥さん」

 そう言って笑顔のような物を浮かべるエースの表情に、かつて夫が浮かべていた照れ笑いが重なった。

 本当に、おかしな新婚生活だ、と思って、ローベはエースに笑い返した。

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