第5話 vsスライム
「せりゃ」
ザシュッ
「せりゃ」
ザシュッ
街の外、少し離れた草原で僕はスライムと対峙していた。
スライムに盾を向けるとスライムたちはぴょんぴょんと飛びながら盾に飛び掛かってくる。僕はそのスライムの動きに合わせて剣を突き出す。それだけでスライムは消滅する。
ここに来てからずっとこれだった。
スライムたちは一心不乱に僕の構える盾に向かって突進してくる。
それを剣で払うだけでスライムたちは消滅していく。
「ふむ……これはらくちんらくちん」
僕は次々とスライムを倒していく。
ある程度狩りつくして一息ついた時、
「……そ、そこの人、どうか、どうか助けてください!!」
僕は息絶え絶えの擦れた女性の声のした方向に向き直るとそこにはストレートの長い金髪を振り乱しながらこちらに駆け寄ってくる女の子が目に入る。
女の子は僕のそばまでヨタヨタと歩いてくると倒れるようにへたり込み、激しく肩で息をしている。
「わ、私の村が、す、スライムに飲み込まれそうなんです。どうか、どうか街まで救援を呼びに行ってもらえませんか?」
女の子は苦しそうにそう言って僕にしがみつく。
村を飲み込むほどのスライム?
冒険者連中が言っていたスライム大河というやつか?
「わかった。じゃあ村まで案内してくれる?」
女の子は一瞬コイツ何言ってんだ?と言う顔をしたが
「い、いえ、あなた一人でどうこうなる相手ではありません。伝説の災害級スライム、デンジャラスグラトニーヘビーブラッドキングスライムなんです!!村を飲み込もうとするような巨大なスライムで魔法も効かないんです。どうか救援を!!」
そう激しい怒りで抗議する彼女の手を取って助け起こして
僕は彼女の手を取ったままスタスタと歩きながら彼女の方を見て
「大丈夫、スライムは得意なんです。急ぎましょう」
「え?え?で、でも……」
「急がないと村がなくなっちゃいますよ?」
僕の言葉に彼女は一瞬悲しそうな顔をしたが、覚悟を決めたように僕の手を強く握り返して前に出て走り出す。
「こっちです!!」
草原から見える森へと足を踏み入れる。
彼女は慣れたように森の中をすいすいと進んでいく。僕はついて行くのがやっとだった。
森の奥深くまで入ると少し見晴らしのいい場所に出る。そこには数十人の人だかりができていた。
「お父さま、みんな!!無事ですか!!」
女の子の声に人々が振り返る。その中の少し年を取った中年の男性が前にでる。
女の子はその男性に飛びつく。
「おお、アリサ、よく戻った。それで街からの救援は?」
中年の男性は女の子を受け止めて抱きしめる。
「そ、それが、この人がスライム退治は得意だって……」
「そんな……スライムなんて誰でも倒せる。だがあれはスライムの中でも特殊な部類だぞ。高レベルの冒険者さんなのかい?」
「あ、エルフだ。初めて見た」
僕は中年の男性の耳が長いのを見て初めてエルフの村だと気がついた。
そういえばアリサと呼ばれた女の子も長い髪の間から耳が飛び出していた。全く気づかなかった。
この大事に見当違いな僕の言葉にここにいるエルフの村人たちが落胆していた。
「今から助けを呼びに行ってももう遅い……」
「村は終わりだ……」
「この先どうすれば……」
みんな絶望で頭を抱える中、僕はふらふらと歩いて村を見渡せる場所に移動する。
そこには巨大なワインレッドのスライムがウネウネと蠢いていた。
村の規模は大きくなく半分以上がスライムの体液の中に沈んでいた。
さらにゆっくりと動くゼリー状の身体が徐々に村を侵食していくのが見える。
「これは……思ってた以上にでかいですねぇ」
僕の呑気な感想にここにいる全員が呆れているようだ。そんな彼らを尻目に僕はおもむろに走り出す。
「お、おい、どこにいく!!」
「バカが、死にたいのかっ!!」
「放っておけ。自殺志願の余所者だ!!」
そんなエルフの村人たちの声が後方に聞こえた。
僕は村へ入って赤紫の巨体を揺らすスライムの方へ走る。
眼前にスライムの巨体を目にする。村の家々を飲み込みながらゆっくりと前進するスライムと対峙する。かなり近づいたが攻撃してくる様子はない。だがその質量だけですでに脅威であった。
ぷよぷよのスライムがゆっくりとその巨体を進めて建物を飲み込む。
スライムに飲み込まれた建物が締め上げられるようにミシミシと音を立てている。
「あなた戻りなさい!死んじゃうわ!」
アリサは危険を省みず僕を追いかけてきてくれたようだ。
そんな彼女に振り返って僕はにこやかに笑って
「大丈夫だ、任せて。君は危ないからもっと下がるんだ」
そう言うと腰に差した剣を引き抜き、盾を構えて村をゆっくりと飲み込んで進むスライムに向かって飛びかかった。
「バカっ!!死ぬ気っ!!」
アリサの慌てる声が聞こえる。
飛びかかった僕の動きに反応するようにスライムは一瞬で僕を飲み込んだ。
全身がスマイムに包まれるが特に何も感じない。呼吸も苦しくない。
これがスライム装備の効果なんだな。
僕は振り返ってアリサを見る。
彼女はスライムに飲み込まれてしまった僕を直視できなかったのだろう。顔を背けて悔しそうな顔をしていた。
僕は手に持った剣をスッと引きかげると
ズババッと音がして、まるで水が割れるように振り上げた剣の軌道でスライムが切り裂かれる。
粘膜のようなスライムはちぎれた部分から煙を上げて蒸発するように消滅していく。
スライムに痛覚があるのかどうかは分からないがまるで苦しむように僕を包む粘液が震える。
僕を押しつぶそうとするように僕の回りの粘液の濃度が上がる。
だが僕の身体にその圧力は感じない。少し動かし辛くなった腕を力任せに横に凪ぐ。
ズバッとまた粘液が両断される。
何度かその動作を繰り返すと巨大なスライムは苦し気に震えてボンっと大きな音を立てて爆散した。
僕を覆っていたスライムがなくなって僕は転がり落ちた。
スライムの消滅音で驚いて顔を上げたアリサが転がっている僕を見て慌てて駆け寄ってきた。
「す、すごい、なんで?なんで生きてるの?」
起き上がる僕に手を貸しながらアリサが驚きの声を上げる。
「この装備、スライム特化の装備なのさ」
僕は兜の面を上げて彼女に声をかけ辺りを見渡す。
ここら一帯の巨大なスライムは爆散したようだが、その破片は小さなスライムになり、うねうねと動いていた。大きくともせいぜい大型犬くらいの大きさのものがいるくらいだ。
「あのサイズなら誰でも倒せそうだな」
僕は村の奥に視線を送る。さすがに巨大すぎてあれだけでは破壊しきれなかったようだ。
まだ村の奥側を飲み込んだスライムはその巨体を保っていた。
「よし。後始末をしてくる」