第3話 記章→黒い布切れ
「ようこそ、冒険者ギルドへ。ご用件は何でしょう?」
カウンターに行くとメガネをかけた知的で明るい女性がにこやかに対応してくれる。
「冒険者として登録したいんだ」
そう告げるといい笑顔の受付のおねーさんが素敵な笑顔はそのままで一瞬言葉を止めた後
「……えーと、ほかの街のギルドからの遠征ですかぁ?」
「違います。新規です」
「……過去にモンスターとの戦闘経験は?」
「ありません」
「……兵役、もしくは傭兵として働いたことは?」
「ないです」
「……武術、魔術、冒険技術は?」
「学校で習った程度です」
「……も、もしかして本日スキル習得されました?」
「ええ、よく分かりましたね」
「では『剣聖』とか『大賢者』を授けられたとか?」
「いいえ、『わらしべ長者』という訳のわからぬハズレスキルを」
そう言った時、おねーさんの顔の張り付いた笑顔がわずかに崩れて頬がひきつる。
「はずれすきる?」
「……え、ええ」
「はぁぁぁぁ〜〜〜」
一瞬で笑顔をくずして受付のおねーさんは落胆したように大きくため息を吐き出す。
「ここ最近多いんですよ。何したっけ?なんとかかんとかいうハズレスキルを得た僕ちゃんサイキョー」とかいう巫山戯た娯楽小説が流行ったせいでそれを間に受けて冒険者の新規登録をしにくる輩が」
先ほどまでのステキな笑みはどこへやら、呆れたたような小馬鹿にしたような顔になり横を向いて脚を組んでひらひらと手を振る。
「そりゃヤクザな商売なですからぁ、希望者も少ないから最初は簡単な仕事だけでもーって職員みんなで喜んでたんですけどね」
おねーさんは今度は肘をついてダルそうに書類に視線を落とす。
「そいつらみんなアレなやつばかりで。ハズレスキルだって言われてんのに無茶なモンスターと遭遇して、コレ」
親指で首を掻き切るアクションをする。
「お陰で生存率は下がるわ、依頼未達成は増えるわ、帰ってこないアホ……オッホン、冒険者の親御さんが捜索依頼を出して無駄な依頼が増えるわでもう……」
今度はお手上げのジェスチャーをする。
「それでしばらくは戦闘未経験者且つハズレスキル持ちの新規登録はご遠慮願うことになってるんですよね」
おねーさんは話は終わったとばかりに書類仕事を始める。
「それは、困ったなぁ」
僕は取り付く島もなさそうなお姉さんを見て途方に暮れる。
「そうだ、コレで何とかなりませんか?」
閃いた僕は先ほどナイスからもらった記章を見せる。まだいたのか、と言わんばかりにめんどくさそうにこちらに視線だけを動かした受付のお姉さんの目の色が変わる。
「こ、これはっ!!イケメン勇者ナイス様の第二ボタン!!」
急に立ち上がり、ガバッと僕の出した記章を両手で包むように僕の手からむしり取るお姉さん。
「なぜあなたがこれをっ!!」
「ナイスは幼馴染なんです」
おねーさんは素敵な宝石を慈しむように手に持った記章を天に掲げてうっとりと眺める。
「そうなんですね。彼の紹介ということなら登録は大丈夫です」
おねーさんはボタンに向かって優しく微笑み話しかけていた。
「じゃあ登録をお願いします」
「ええ、分かりました。しばらくお待ちくださいね」
「……」
「うっとり」
「……」
おねーさんは天に掲げた記章を眺めたまま全く動こうとしない。
「あの〜」
「……」
「それ、あげましょうか?」
「ほんとですかっ!!」
美しい天を仰ぐ女神像のようだったおねーさんがものすごい瞬発力でカウンターから身を乗り出して僕の顔に近づく。
「え、ええ。登録してくれるお礼みたいな感じで」
びびって僕は一歩下がる。
「そんなぁ、こんな貴重なものをタダで頂くなんでぇ」
おねーさんは至福の表情を浮かべてクネクネと動きながら照れていた。
「じゃあやめときます」
僕が第二ボタンを取り上げようとおねーさんに手を伸ばすと、サッと手のひらで隠して僕から遠ざけてにこりと笑い
「そんな、タダで頂くのは申し訳ないのでなにかと物物交換といきましょう」
有無を言わさぬ圧力があった。僕はたじろぎながら
「わ、分かりました」
「うーん、提案したのはいいけど私、基本的に仕事の時は貴重品持ち歩かないんですよねぇ」
「な、なにか冒険に役立つアイテムとか?」
「ここは受付だからそんな類のアイテムは置いてないんですよね」
おねーさんは少し思案するように指で自分の唇に触れながら
「やはりナイス様の第二ボタン、それなりの価値のものと交換しないと申し訳が立ちませんからねぇ」
僕はピンと閃いた。
「では、おねーさんの今履いているパンツでどうでしょぉ……」
僕の言葉が発し終わる前におねーさんの鋭い右フックが綺麗に僕の頬を捉える。
強烈な一撃に僕は吹っ飛ばされてダウンする。
「変態め……」
おねーさんは心底気持ち悪いものを見るような侮蔑の目で僕を見下ろしながら、右手をハンカチで拭く。
「で、でも確かにナイス様の第二ボタンと釣り合うものはそれしかないのかもしれませんね」
先ほどとはうって変わっておねーさんは少し顔が赤くしながら、チラチラとこっちを見ている。
「いや、ただのじょうだ……」
立ち上がりながら否定しようとしたら、いきなりひらりとカウンターを飛び越えて僕の顔面におねーさんの美脚がめり込みまた転がされる。
「それで交渉成立よ!!」
鼻頭を抑えて立ち上がる僕に「ちょっと待ってなさい」と言うと奥へ消えていった。
しばらく待つとほんのり顔を赤くしたおねーさんが歩きにくそうに戻ってくる。
妙にソワソワした表情でキョロキョロしていた。
「こ、これよ」
おねーさんは手に持った何かを僕に差し出す。
僕は手を出してそれを受け取る。
ほんのり生温かいのが妙にリアルだった。
僕は手に取った丸められた布を広げようと両手で持ったところで最速の右が鼻っ柱に飛んできた。
その一撃をモロに食らって鼻血を垂らす。
「こんなところで広げないでくださいねぇ」
オネェさんの営業スマイルが怖かった。
「ハイ」
大人しく丸まった布をポケットにしまう。
「では、契約完了ということで。ああ、ナイス様の第二ボタンを手に入れれるなんて、なんでいい日なの」
おねーさんはノーパンなのも忘れて記章を見てうっとりしていた。
「あの、登録の方……」
僕が話しかけようとした時、カードを投げて寄越して
「それで冒険者です。とりあえずルーキーからね。しばらくは大人しくスライムでも狩ってください。
スライムのカケラ10個で今日の晩御飯代くらいは出ます」
こちらを見ることなくテキトーに説明をしてくれた。
僕はカードを見る。
冒険者カード
と書いてあるだけで他には何も書いてなかった。
「大丈夫かな……」