ノーマークでしたわ
「愚かなる王太子、浮気相手の男爵令嬢、そして取り巻きの奴ら!お前らの企みはこのオイラ、イランコ・シャリデールが全部まるっとお見通しだ!」
卒業パーティーの最中、突如下級貴族が立ち上がり私の婚約者に向かって指を突きつけました。
「えっと、誰?」
殿下は顔を真っ赤にしている下級貴族に対し素直な疑問をぶつけます。それはそうでしょう。この下級貴族はこれまで一度も殿下と接点が無かったんですもの。
「聞かれたからには答えるさ!オイラはシャリデール男爵の六男、イランコ・シャリデールだ!この学校に来てから三年、いつも屋上の隅っこで弁当を食べていたおかげでお前らの企みを聞く事が出来たのさ!」
「「な、な、な」」
私と殿下の驚きの声が綺麗にハモりました。はい、殿下も狼狽えてますか、私もビッくらポン。
「お前らは今日この場で公爵令嬢がイジメを行っていたとして婚約破棄を計画してい、うわっなんでオイラが捕まるんだよ!」
ここで言ってはいけない事を色々と暴露しようとするイランコを衛兵が引きずって行きましたが、ちょっと遅かったみたいです。国外から来たゲスト達は面白いネタが手に入ったとニヤニヤしています。余計な事を聞かれたくない私は、お父様達大人組が弁明をしているスキにその場を抜け出しました。
しかし、外へ出ても誰かに見つかり質問責めになる危険は残っていますし、会場周辺から完全に逃げ出したら後日不利になる事確定です。なので私はこの騒ぎの原因、イランコが取調べを受けている部屋に向かいました。
「やあ公爵令嬢様、オイラの演説はどうだったかい?途中で王太子派の衛兵に邪魔されちゃったけど効果は十分だったろ?へへっ、礼はいらないよ。オイラはただ見たことを正直に」
「ッラー!」
「べふぅ!?」
取り調べ中だったイランコは私が入ってきたのを見るや、鼻の下を擦りながら一仕事終えたヒーロー気取りで語りかけてきました。私は何も分かっていないこのアホを全力でビンタすると、彼は何が起こったのか理解しないまま床に転がりました。
「え…え?何でオイラ殴られたの?」
「貴方が余計な事をしたからですわ。私は殿下達とはとっくに話がついていましたのよ」
「へっ?」
イランコは口を半開きにして固まっていました。全くわかってないですねこれは。仕方ありません。理解できる様に、じっくり最初から話てあげましょう。
「いいですか?まず、貴方が見たという屋上での企みは既に学園内のほぼ全員が知っていました。王家を見守る影達から公爵家に情報が即座に伝わり、その日の昼休みに各クラスにこの件には手を出さない様に通達したのです」
そう、殿下の浮気もその浮気相手の暴走も私達だけでは無く学園生徒とその保護者全員が知る常識でした。
「イランコさん、貴方は自分だけが真実を知ったと思っていた様ですが、実際は逆なのです。というか、この件について担任やクラスメートから聞かされて無かったのですか?」
「オイラ悪巧みを聞いた後、怖くなって誰にも見つからない様に帰ったんだよ。屋上にある排水管の中を通って下水道から自宅に行ったんだ。んで、今日は逆に下水道から排水管を逆流して会場に来たのさ。どこに敵が居るかわからなかったからね」
なるほど、それで影からも見られずに移動し、かつ、殿下の浮気の件について正確な情報を得ないまま今に至ったのですか。
「ンアー!」
私は思わずクソドデカため息をついてしまいました。これまで殿下が王国バカランキング一位で男爵令嬢さんが二位だと思ってましたが、こいつは二人の遥か上を行く零位、真のバカです。
男爵令嬢さんは欲望に忠実で不敬なサイコパス、まだ理解の出来る愚かさです。故に行動を予測して悪事を止めるのは難しくありません。
殿下は損得を理解せず、すぐ頭に血が昇る子供。突然予想外のやらかしをしますが、本人の能力が低いので被害が出る前に警戒しておけばギリ何とかなります。
だがイランコ、てめーは駄目です。発想力と行動力のオバクでよかれと思って状況を見ず最悪の選択に突撃する。その上、普段は空気の様に誰からも気にされず、やらかす時は悪目立ちする。こんなん止めれますん?
「どうしたのさ公爵令嬢様?あっ、そうか!本当はオイラとは別のヒーローが居て、その人が卒業パーティーの断罪からアンタを救う予定だったんだね?だったらゴメンヨ〜」
ブチィ…
私の頭の血管が切れました。
「ッラー!」
「んにゃぴ!あ痛っ!」
再度全力でビンタ。イランコは壁まで吹き飛び、その衝撃で落下してきた初代国王の肖像画が彼の後頭部にスコーンと直撃しました。
「痛いなぁ、気持ちはわかるけどここまでする?」
「この程度じゃ全然足りませんし、私の気持ちは貴方の想像しているものとは全く違います。いいですか、再度言いますが殿下達とは既に話がついていたのです」
「へっ?」
「貴方が屋上から下水道にバクシンオーしていた頃、各クラスにお口チャックマンになる事をお願いし、その日の内に私は王家と公爵家の主要人物を集め殿下達を問い詰めたのです。彼らは割とあっさり非を認めましたよ。事件は既にここで解決してたのです」
「何でぇ?卒業パーティーで仕掛けて来るのわかっているなら、そこにカウンターパンチした方が派手で他国のゲストにもアピールできるじゃん」
「自国の恥部を他国にアピールしてどうするんですか!」
そう、浮気男と泥棒猫を大勢の前でざまぁするのは凄くスカッとするのでしょう。しかし、ここはアマチュア小説の世界ではありません。私達は現実に生きている王族や貴族です。やるにしても場所を選ばないといけません。他国ゲストが来る卒業パーティーでそれをやるのは最悪です。
「男爵令嬢に唆されて卒業パーティーで婚約破棄しようとする王太子、そしてそれを返り討ちにする公爵家、さて、他国からやってきた偉い人はこんなんを見せつけられて何と思うでしょう?」
「公爵令嬢かっけえ!どうか新しい男と幸せになって!あ、後、馬鹿王子をここまで放置した王国はさっさと滅んだ方がいい!」
「その通りです!他国の偉い人は、この王国を手にしようと動き出すかも知れません!私はそれを未然に防いだのに、貴方が暴露したせいで!」
私が涙チョチョ切れながら必死に今のヤバさを説明すると、イランコもようやく理解をしたみたいでキモい笑顔がキモい真顔になりました。
「そうか、そっかー、そういう事だったんだ。世の中ままならないなー」
「わかってもらえましたか、じゃあ絞首刑の日まで大人しくして下さいね」
「いーや!こんな所さんで諦められるか!オイラは公爵令嬢様を助けると決めたんだ!皆があんたを救わないと聞いたからには、せめてオイラだけでも味方でいるから!」
そう言い、イランコは壁をよじ登ると初代国王の肖像画が掛けてあった場所に頭突きをして空いた穴の向こうに消えていきました。そんな場所に隠し通路あったの!?もしやあれこそが、【シャイニングロード】!
【シャイニングロード】
建国者ヒロシ一世は魔王を倒し瘴気を払い、魔族領を人間の住める王国へと作り変えた。その際、いくつかの隠し通路を作り「異世界の者共よ俺の力が欲しいか?シャイニングロードを探せ、全てをそこに置いてきた!」と言い残し何処かへと消えた。以後、数多の冒険者がヒロシの遺産を探し求めたが、現在までに見つかった隠し通路はごく僅かである。また、隠し通路の中は異次元に繋がっており、冒険者が入ったまま帰ってこない事や宝を発見できず命からがら帰還する者が続出した。いつしかシャイニングロードを探す者はいなくなり、伝説だけが残っている。
(ハリウッドザコ書房刊『人類未踏のダンジョン100選』より)
それから暫くして男爵令嬢と騎士団長の息子及びその家族が謀反の罪で絞首刑となりました。騎士団長の息子は王太子取り巻きメンバーの一員ですが今回の件ではほぼ無関係でした。しかし、男爵家や王太子が茶番劇を演じたと伝わればいよいよ王国の威信は地に落ちます。焼け石に水ですが、既に広まってしまった婚約破棄未遂の黒幕として高すぎず低すぎない家格の彼が選ばれたのです。
殿下や他の取り巻きも本来なら罪を公表せず、謹慎や商取引の制限で済むはずでしたが全員遅かれ早かれ毒を飲む事になりました。あんな人達でも一斉に居なくなったては国力に大ダメージです。衰退を実感せざるを得ません。
私は悲劇のヒロインとして世界規模で有名になりました。というのも、卒業パーティーの出来事を元にした小説が匿名で発表され、それが大ヒットして舞台化までしてしまったからです。その小説の中では卒業パーティーの最中に本当に婚約破棄が行われ、殿下が会場の皆がフルボッコにされ私は新しい婚約者を得て幸せになってますが、現実の私は貴族社会でも市中でも腫れ物扱いされ新たな相手を探す所さんじゃありません。
そして、イランコは行方不明です。あの後シャイニングロードから出られなくなって死んだのかも知れないし、どこかでクソみたいな小説を書いてるのかも知れません。少なくとも、彼の実家には帰ってないみたいです。
「ンアー!完全ノーマークでしたわ!」
私は自室で頭を抱えてのたうち回りますが、声をかけてくれる人はいませんでした。
あ、イランコのシャリデール男爵家と男爵令嬢の男爵家は別の家です。
イランコの存在自体がタブーと化してるので、シャリデール家は婚約破棄の件では裁かれず、王国への届け出無しでシャイニングロードに入った罪で取り潰しになりました。