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§047 「最後だから今日は特別」

 俺は広島電鉄の『宮島口』駅前の改札で希沙良を待っていた。

 今日は待ちに待った花火大会の日。

 広島で最も人が賑わうイベントである『宮島花火大会』だ。


 宮島花火大会は、厳島神社の鳥居の沖合から花火が打ち上げられる。

 花火を見るには、フェリーで宮島に渡るか、渡らずに対岸に場所を取るかとなるのだが、これは希沙良と事前に話し合って、「最初で最後の花火大会なのだからせっかくだし宮島に渡ろう」ということになっていた。


 俺は駅の時計を確認する。


 14:30……

 

 希沙良との待ち合わせは『15:00』なのでちょっと早く着きすぎてしまったみたいだ。


 宮島花火大会は『19:30』から開始されるのだが、この日のフェリーは、本当に沈没するんじゃないかというくらい混雑する。

 さすがにあんな痴漢さんいらっしゃいみたいなフェリーに希沙良を乗せるわけにはいかないので、集合時間は早めに設定した。


 幸いにも今日は平日だったことから、目立った混雑は見られず、俺はホッと胸を撫で下ろした。


「未知人……くん?」


「お……おぅ」


 俺はその声に導かれるように顔を上げて、そのまま息を飲んだ。


 白地の浴衣に淡い紫色と水色で彩られた蘭の刺繍。

 帯は蘭の間を流れるせせらぎのような青色。

 普段は腰まで伸ばしている髪は、両サイドで丁寧に編み込まれ、後ろのお団子には白い花がちょこんとあしらわれている。


 今日の希沙良は、まるで別世界の人のように美しく、欲情するなんて感情がわいてこないぐらいに色っぽく、そして、触れたら壊れてしまいそうなほどに儚かった。


「あ~よかった未知人くんだ。いつもと雰囲気違うから最初わからなかったよ。浴衣着てくるなら先に教えておいてよね」


 ほんのりと上気させた表情を浮かべて、希沙良はほっと安堵したように笑う。


「希沙良もすごい似合ってる……あの……その……すごい可愛い」


「ふふ、未知人くんが第一声で褒めてくれるなんて珍しい」


「たまにはいいじゃんか」


「うん。嬉しいよ。ありがとう」


 素直な反応の希沙良が眩しすぎて、俺は照れ隠しに頬をポリポリと掻く。

 なんだよその反応に、その笑顔。

 いつもなら悪態が返ってくるのに、そんなに素直に嬉しいって言われたら、こっちも調子狂うじゃねえか。


「じゃあ先にその下に下着をつけてるのか聞いた方がよかったか」


 俺は恥ずかしさを誤魔化すために、軽口を叩く。


「ちゃんと勝負下着を履いてますよ。バカ」


「なっ……勝負下着って……ちょおまっ」


「ふふっ。顔真っ赤にしてやんの~」


「だって、お前がアレなこと言うからだろ」


「未知人くんが言いそうなことは想定済みなの。何カ月あなたの彼女やってると思ってるの」


「じゃあ今日は予想外の角度から攻めてやるよ」


「そうやって急角度からパンツ覗き見るつもりでしょ。エッチ」


「希沙良はその浴衣の色がよく似合うな」


「……えっ」


「それにその髪型もすごく似合ってるよ」


「あっ……ありがとう。今日はいっぱい褒めてくれるのね」


「今日は素直になろうと思ってね」


「未知人くんもその前髪アップの髪型すごくいいと思うよ。かっこいい」


「マジか。この髪型は国分に教えてもらったんだけど、さすがの国分先生だな」


「未知人くんは髪型変えればもっともっとかっこよくなるから、次は私が髪型セットしてあげるよ」


「次って……」


 そう口にしてから、俺は「しまった」と思った。

 『次』があることを期待してしまったがために、つい口をついて出てしまった言葉。

 

 きっと希沙良も同じ心境だったんだと思う。

 その言葉を誤魔化すように少し寂しそうに微笑むと、俺の方に歩み寄り、スッと俺の手を取った。


「行こっか」


 正直なところ、ちょっとだけ意外だった。

 この『恋人のふり』の期間は、恋人らしいことはたくさんしてきたつもりだけど、どういうわけか手をつなぐことだけはしなかったから。

 てっきり希沙良は手をつなぐのは好きじゃないんだと思っていた。


「今日は手をつなぐんだな」


 自分でも野暮なことを聞いたと思う。

 それでも希沙良からはすぐに返答が返ってきた。


「うん。最後だから今日は特別」


 そう言ってニコッと笑うと、俺の手を引っ張って歩き出す希沙良。

 

「おい、浴衣なんだからそんなに急ぐなよ」


「今日が最後なんだから思いっきり楽しまなくちゃ」


 最後か……。

 そうやって言葉にされると現実に押しつぶされそうになる。


 大丈夫だ。

 今日までの間、いっぱいいっぱい考えた。

 もう結論は出てる。

 あとは俺にほんの少しの勇気があればいい。

 絶対に後悔するんじゃねーぞ、数時間後の俺。


 ぎゅっと手を握り合った俺と希沙良は、宮島へと渡るフェリーに乗り込んだ。



 本作をお楽しみ頂けたという方、希沙良って最初は印象よくなかったのに最近は可愛く見えてきたという方、クライマックスに期待しているよという方は、是非とも画面下のブックマークや評価☆☆☆☆☆で応援していただけると嬉しいです!

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