§040 「あんたはそういう悪魔みたいな女なんだからッ!」
「(おい国分……どうしてこんな状況になった)」
俺は国分をドリンクバーに無理やり引っ張っていき、気まずそうな顔をしている国分を問いただす。
チラリと希沙良たちが待つ席に目をやると、希沙良と赤梨は会話もろくにせずに、腕を組んで座っているだけだ。
「(いや……その……すまん)」
珍しく素直に謝る国分が、状況の深刻さを物語っている。
「(謝罪じゃなくてどうしてこういう状況になったか説明しろ)」
「(いやオレと赤梨で久々に一緒にテスト勉強をしようってことになってファミレスに入ったらお前たちがいて)」
「(俺たちがいて?)」
「(オレは邪魔しちゃ悪いからあっちの席に行こうって言ったんだけど、赤梨がどうしても更科と話したいと)」
「(なぜそれに了承した!)」
「(赤梨ってアホみたいに怖いの知ってるだろ! それを言うならお前が止めてみろよ!)」
「(それは……でもあんな銃弾が飛び交ってそうな戦闘区域に俺たちは戻らなきゃいけないのか……)」
「(前に未知人が赤梨に呼び出された話を聞いたときから薄々気付いてたけど、あの2人って絶対昔なんかあったよな)」
「(それこそ『情報屋』のお前の仕事だろ)」
「(わりぃ。次までには絶対調べておくから)」
「(とりあえず、あの2人が火に油な関係なのはいま身を持って感じてるけどな……)」
「(未知人……オレマジで帰っていいか?)」
「(そんなことしたら末代まで女の子を下の名前で呼べない呪いかけてやるからな)」
「(うげぇ)」
「未知人くん! 私ジンジャーエールで!」
「はい!」
希沙良の透き通るような声が響き渡る。
俺の肩にそっと手を置く国分がなんとも憎らしい。
「国分くん! わたし野菜ジュースで!」
「はい!」
今度は赤梨の落ち着いているようでハリのある声が響き渡る。
俺は国分に向かってアカンベェをしてやる。
「(とりあえずここは無難にやり過ごすしかなさそうだな)」
「(若くして殉死って笑えないもんな)」
「「遅いっ!!」」
「「はいっ!!」」
そんな彼女たちの声を聞き、慌ててテーブルに戻ると、そこはドリンクバーから見ていたよりも、はるかに激化した戦地となっていた。
「国分くん、この前のバッティングセンターのときはどうも」
「うっす」
腕を組んで座っている希沙良は国分を一瞥した後、赤梨に視線を移す。
「赤梨さんとは話すのは中学校ぶりかしらね」
「そうかもね……更科さん。中学のときもほとんど話さなかった気もするけどね」
赤梨は取り繕ったような笑顔を浮かべながら希沙良に返答すると、ところで、と切り出す。
「更科さんは、いまは成瀬くんの彼女をやってるみたいね」
赤梨から繰り出される言葉は口調こそ柔らかなものの、明らかに棘を感じさせるものだった。
希沙良はその彼女の言葉にピクリと眉を動かしたが、さも当然であるかのように、
「そうよ。未知人くんは私の彼氏」
と言って、ニコッと微笑む。
希沙良の笑顔が妙に怖い。
あと『彼氏』を殊更に強調するのやめてー。
続けて希沙良が口を開く。
「ちなみに赤梨さんは未知人くんとどういう関係で?」
希沙良が赤梨の方を見ているということは、これは俺に対する問いではなく、赤梨に対する問いなのだろう。
そんなの『1年生の時は同じクラスだった』というのに尽きるような気がするけど……というかそれ以上は言及しないでくれマジで。
「あれ、成瀬くんから聞いてないの?」
キッと俺を見る希沙良と赤梨。
背筋が凍るってまさにこのことだと思う。
このとき、多分俺の顔は真っ青になっていたはず。
いや……ここで俺に振るのマジでやめろよ。
ほんとに俺このままだと逃げ出しちゃいそうですよ。
助けを求めて国分に目をやると、国分はどうやら既に『絶』の訓練に入っているようだ。
「未知人くんからは1年生のときのクラスメイトの1人と聞いているわ」
希沙良さん、そんなこと一度も言ったことありませんよね。
むしろ希沙良の前で赤梨の話なんてしたことないですよね。
なんなのこれ。女の闘いってこんな感じなの。
おしっこちびりそうなんですけど。
「ふぅ~ん。いちクラスメイトよりは親密な仲だったとわたしは思ってるわ。2人で遊ぶこともよくあったし。ねっ? 成瀬くん?」
あっ……俺もうこの場から逃げられないんだ。
絶望して国分に目をやると、国分はどうやらお子様向けに用意してある『間違い探し』に全力で取り組んでいるようだ。
「ああ、カラオケとかゲーセンのことでしょ。実に高校生らしいわ。そういえば、この前、未知人くんと行った『大人のデート』はすごい楽しかったわ。未知人くん、いろいろ初めてだって言うから手取り足取り教えてあげたんだけどね」
あの希沙良さん。ちょっと語弊がありすぎませんかね。
事実としては間違ってませんが、そういう艶めかしい雰囲気で言うのはやめてもらえませんかね。
死期を悟って国分に目をやると、国分はどうやらドリンクバー代だけを置いてこの場から離脱することを目論んでいるようだ。
次は赤梨のターンだったはずだが、さすがに希沙良の言葉が想像以上だったのか、ギュッと唇を結んだまま黙り込んでしまった。
いや違いますからね。
俺はまだ童貞継続中ですからね。
大人のデートはしたかもしれないけど、大人の階段は登ってませんからね。
「更科さん……あんまり成瀬くんを振り回すのやめてもらっていいかな」
赤梨が閉ざしていた口を開く。
このトーンはいままでの表面を取り繕ったものではなく、明らかにケンカを吹っ掛ける怒気の含んだものだった。
「はぁ? 何様のつもり? 未知人くんはあなたのものじゃないのよ。私の彼氏なの」
「だからそういうところが昔からムカつくのよッ!」
希沙良の言葉を聞くや否や、赤梨は立ち上がって、机をバンッと叩く。
テーブルの上のグラスたちが一斉に悲鳴をあげる。
赤梨の突然の行動に俺も国分も驚いて身体をビクッとさせたが、この怒声を真っすぐに受けているはずの希沙良だけは絶対に負けないとばかりの勢いで赤梨を睨み返していた。
「私は確かに自分勝手な性格かもしれない。それでも、ちゃんと未知人くんのことをいっぱいいっぱいいっぱい考えてる。あなたにとやかく言われる筋合いはないっ!」
希沙良も立ち上がって赤梨に応戦する。
「あんたは成瀬くんのことをモノとしか思ってないのよッ! だから『あなたのものじゃない』とかいう言葉を平気で言えるのよッ!」
赤梨は続ける。
「あんたはどうせ成瀬くんにもあのときと同じことをするッ! 成瀬くんの人生もめちゃくちゃにするのよッ!」
赤梨はさらに続ける。
「わかってるのよッ! あんたはそういう悪魔みたいな女なんだからッ!」
その赤梨の言葉を聞いて、俺の中でプツンと切れるものがあった。
「おいっ! いい加減にしろ!!」
響きわたる声に急にしんと静まり返る店内。
カチャカチャと食器が触れ合う音だけが耳に残る。
俺はハッと我に返る。
希沙良と赤梨が驚いた顔をして、俺の方を見たまま固まっている。
どうやら俺はかなりの大声を出してしまったみたいだ……。
心臓の鼓動が速くなり、急激に力が抜ける感覚に襲われる。
自分が勢いで立ち上がってしまっていたことに今更になって気付き、どかりとソファに腰を下ろす。
ああ、俺はやってしまったみたいだ……。
希沙良や赤梨だけでなく、店内の視線が俺に集中しているのがわかる。
俺は何とも言えない罰の悪さを感じながらも、さっきの希沙良と赤梨のやり取りがどうにも頭から離れなくて、心の中はもうぐちゃぐちゃになっていた。
俺の中にあるのはどんな感情だ……?
希沙良を傷付けるようなことを言った赤梨に対する怒り?
希沙良を守らなければならないという気持ち?
いや、どれもちょっと違う気がする……。
赤梨はあのときなんて言った?
「そういうところが昔からムカつく」って……やっぱり希沙良と赤梨は過去に何かあったのか?
「あんたはどうせ成瀬くんにもあのときと同じことをする」って……まるで希沙良が過去に誰かの人生をめちゃくちゃにしたような言い方だ。
何が一体どうなってるんだ……。
俺の知らない何を2人は知ってるというのだ……。
この心のモヤモヤの正体は何なんだ……。
だが、まずは……俺が冷え切らせてしまったこの場は収拾しなければならない。
さすがに俺もこの場でこれ以上の会話をする気にはなれなかった。
「国分、悪いけど赤梨を連れて先に帰ってもらえるか。会計は俺がしておくから」
俺は国分に目配せをする。
それに対して、国分は「わかった」とだけ言って、力なく座り込んでしまっている赤梨を立ち上がらせる。
そして、赤梨のカバンを自分の肩にかけ、彼女の手を引いて出口へと向かう。
国分……気を遣わせてごめんな。
ありがとう……。
赤梨が去り際に俺の方をチラリと見たが、その目にはすでに怒気は含まれておらず、深い悲しみを帯びた暗い色をしていた。
俺は2人が店を出たのを見届けると希沙良に声をかけた。
「希沙良……帰ろっか」
「……うん」
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