§021 「アディオスはスペイン語よ……ばか……」
(キキッ――――――!!!)
気付いたときには、車のヘッドライトが目の前にあった。
えっ……なにこれ。私、死ぬの……?
「きゃ――――――っ!」
「更科!! 危ない!!」
未知人くんが、私に覆いかぶさるような形で、私の身体を車道から道の端へと突き飛ばす。
傘は宙に投げ出され、私たちはバシャリと大きな音を立てて盛大に尻もちをつく。
それでも、雨は容赦なく降り注ぎ、お尻がじんわりと湿っていくのを感じる。
私は茫然としながら、走りさっていく車のバックライトを眺めていた。
ハッとしたときには、私たちはプールに放り込まれたかのように、びしょ濡れになっていた。
「おい、大丈夫か?」
「……うん」
未知人くんの問いかけには、何とか反応できたけど、まだ混乱してる。
本当に間一髪だった。
未知人くんが庇ってくれなかったら、私、多分車に轢かれちゃってた。
車のヘッドライトが頭の中でフラッシュバックする。
と同時に、背筋が凍るような寒気に襲われて、ブルっと身震いする。
さ……寒い。
制服に雨が染み込んで身体が重い……。
もうなんなのよ……最悪……。
今日は未知人くんに能力を使おうなんて思ってなかった。
むしろ、使わないように意識していた。
もちろん、彼には能力が効かないと半ば諦めていたのもあるけど、今日の私はひとりの“女の子”として彼に接したかった。
それなのに……神様って本当に意地悪だな。
こういう日に限って……私に罰を与えるんだから。
神様は私が“普通の女の子”でいることを許してくれない。
まあ、でも当然の仕打ちなのかな……。
私は人の心を弄ぶ最低な女。
それはまるで、神話に出てくる“サキュバス”のよう。
それなのに、私は何を期待して、彼と相合傘なんてしてるんだろう。
私は彼にどんな言葉を期待してたのだろう。
ホントにバカみたい……。
「怪我はないか? とりあえず立てるか?」
そう言うと、彼はスッと手を差し伸べてきたので、私は彼の手を借りて起き上がる。
あっ……私、いま未知人くんの手を握ってる。
でも、もうどうでもいいか。
どうせ手を握ったところで能力は効かないわけだし。
なんとなく、最初に未知人くんと出会ったときのことを思い出してしまった。
あのときの私は彼に能力を使うために手を差し伸べたのに。
それなのに、いまの未知人くんの手は……。
どうしよう……未知人くんの手……すごい温かいよ……。
彼は飛ばされた傘を拾い上げ、私の頭上にかざす。
ありがとう……未知人くん。
でも、それじゃあ未知人くんが濡れちゃう。
なんだろうこの気持ち。
なんかいまは彼のこと直視できない。
私は俯いて、ぐしょぐしょに濡れた制服に目をやる。
水を含んだワイシャツはべっとりと身体に貼りつき、ブラは完全に透けてしまっていた。
やばい……ブラ透けちゃってる……。
今日はブレザーも持ってないし、しかも、なんでこういう日に限ってこんな派手なブラつけてるの……。
私は急いで両腕で胸の前を隠すが、腕の防御力なんてたかが知れている。
もうこんなの裸を見られてるのと同じじゃん。
嫌だ。こんな姿見られたくない。
未知人くん、お願いだからこっち見ないで。
(パサッ)
「……えっ?」
今にも泣きだしそうになっていた私の肩は突然のぬくもりに包まれた。
私は驚いて顔を上げると、そこにはブレザーを脱いだワイシャツ姿の未知人くんがいた。
「風邪でも引かれたらたまったもんじゃないから使えよ」
私はその言葉を聞いて押しとどめられていた感情が決壊したように溢れ出てきた。
なんなのよもう。ダメ……涙出そう。
「じゃあ俺は走って帰るから。ごめんな……家まで送ってやれなくて」
「ちょっと待って! それじゃあ未知人くんが濡れちゃう!」
「だから言っただろ。英国紳士は傘を差さないのがオシャレなんだって」
「そっ……そんな」
「じゃあな。アディオス」
そう言って、激しさを増す雨の中を走り出す未知人くん。
私は、ぼーっとその後ろ姿を見つめていた。
英国紳士ならもっと優雅に歩きなさいよ。
英国紳士なら私を家まで送りなさいよ。
それにね……
「アディオスはスペイン語よ……ばか……」
Gracias……未知人。
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