§018 「普通であって普通ではないんだよ」
「髪切ってくれるとかマジで助かるわ」
俺はなぜか更科に家庭科室に呼び出された。
何をされるのかとビクビクしていたが、どうやら俺の髪を切ってくれるらしい。
クラスメイトに髪を切ってもらうのはいささか抵抗があったが、今月は小遣いがキツくて美容院にも行けてなかったし、背に腹は代えられないので渋々承諾した。
さすがの更科でもそのハサミでいきなり頸動脈ザクリはないだろう。
「ううん。未知人くんは髪型をもうちょっとだけ整えればいい感じになるんじゃないかな~って思ってたからその実験みたいなものだよ」
「俺は実験台か……」
「せっかく元がいいんだから髪型で損してるぞってこと。じゃあさっそくハサミいれちゃいま~す」
チョキチョキと旋律を刻むようにハサミがいれられる。
更科は不思議と上機嫌だし、なんとなく褒められてるようなので悪い気はしない。
チョキチョキチョキチョキ。
シュシュシュシュ。
「ちょっと短めにしちゃうけど、私のセンスでいいかな?」
「お任せで」
「お任せいただきました~」
彼女の軽やかな声が静かな家庭科室に響きわたり、非日常感が漂う。
今更ながらこのシチュエーションはやばいんじゃないのかと思えてきた。
クラスのアイドルに放課後の家庭科室で髪を切ってもらうというシチュエーション。
そんなことを一度意識したものだから、真後ろから聞こえる彼女の吐息が気になって仕方なくなってしまった。
頭皮に彼女の品やかな指が触れる。
それはちょっとくすぐったく、実に繊細な指裁き。
俺は意識すればするほどに募ってくる恥ずかしさに、少し俯き加減になる。
するととたんに「前向いてくださいね~」と顔をぐいと上に向けられる。
『じゃんけんブルドッグ』のときもそうだったが、本当にこれは一体なんてラノベですか。
確かに最近は更科との仲は悪くない。
俺も最初の頃抱いていた『かかわりたくない』という感情はいつしか消えてしまっていた。
だからといって、果たして、普通の友達はこうやって髪を切ったりするものなのだろうか。
俺はいまでも更科との距離感を掴めずにいた。
「未知人くん……いま何考えてる?」
その声は、更科が時々醸し出す男を魅了するような妖艶なものではなく、聞きたいことを聞いているという純粋な質問に聞こえた。
いつもなら「エッチなこと考えてるでしょ」とかからかってきそうなものだが、今日は全然そういう感じではない。
俺はその変化にわずかな違和感を覚えた。
「更科、髪切るのうまいなと思って。そういうのやってたりしたのか?」
「私ってなんだかんだなんでもできるからね~」
背後から彼女が得意げにふんと鼻を鳴らすのが聞こえてくる。
「それを自分で言わなきゃ魅力的なんだけどな」
「ふふ。これが私だもん。髪切るのはオシャレの研究してたらいつの間にか身についちゃった感じかな」
「なるほど。確かに更科の髪ってサラサラしてるし、セットとかめっちゃ時間かかってそう」
「人並には気を遣ってるかもね。未知人くんも髪は染めてるの? 綺麗な赤色」
「いや、これは地毛だよ。決して某海賊団の船長に憧れてるとかではない」
「え~某海賊団の船長みたいでかっこいいなと思ったのに」
「よし。いますぐ麦わら帽子を買いにいこう」
彼女はおかしそうにくすくす笑っていた。
笑っていたと思ったのだが、その笑い声は段々としぼんで寂しそうな声に変わる。
あれ? 何か変なこと言ったかな。
「やっぱり未知人くんって変わってるよね」
「俺が変わってる?」
「そう」
「いやいや、普通だろ俺は」
「普通であって普通ではないんだよ」
だって、と言って更科は言葉を続ける。
「あなたは他の男の子みたいに私のことを好きになったりしないでしょ」
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