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§017 「わたしの言葉を信じてよ」

「そんなに悲しそうな顔しないでよ」


 最初に口を開いたのは彼女だった。


「……いや。なんかごめん」


「ううん。わたしの方こそ突然ごめん」


「……赤梨」


「わかってるよ。現実から目を背けてしまったわたしにはその権利はないから」


「……そういうわけでは」


「ううん、今更図々しかったよね。こんな放課後の教室で誘惑するような態度取って……」


 俺は何も言えなかった。

 何か言い訳をしようと彼女に目を向けると、彼女はもう俺の方を見ておらず、ただひたすらに小雨が降りしきる空を眺めていた。


 気まずい沈黙が流れる。

 ここでも最初に口を開いたのは、やはり赤梨だった。

 彼女は、もうこの話は終わりとばかりに、ところで、と切り出す。


「成瀬くんって更科さんと付き合ってるの?」


「……へ?」


 俺はあまりにも唐突な質問に、素っ頓狂な声を上げてしまった。


「いやいや、ないないないない。なんで俺が更科と付き合わなきゃいけないんだよ」


「だって、最近仲良くない? 2人でいるところよく見るし」


「あれは無理矢理付き合わされているというかなんというか」


「教室でほっぺたをつまみ合ってるくせに?」


 赤梨はさっきみたいにかすかな笑みを浮かべるが、なんとなく目が笑ってない気がする。


 それにね、と彼女が続ける。


「実は、この間、2人がショッピングモールで買い物してるところ見ちゃったんだ。ゲームセンターできゃっきゃしてぬいぐるみ取ったりしてるところ」


 赤梨さん……。

 ちょ……ちょっと目が怖いですよ。

 おじさん、そんな目で見つめられたら、マジでおしっこちびってしまいそうですよ。


「見てたのか?」


「たまたまね」


「たまたまゲーセン?」


「あっ……いま『こいつ週末に1人でゲーセンに行くような寂しい女なのか』とか思ったでしょ」


「思わねえよ。どうせお前だって誰かと一緒に来てたんだろ?」


「その『誰か』は気にならないんだ?」


「赤梨はモテるんだし、一緒にゲーセン行く友達なんてたくさんいるだろ」


 まあ別にいいけど、と一瞬不服そうに口を尖らせたが、すぐに真面目な表情に戻すとこう言った。


「こういうこと言うと、すごい性格悪い女みたいな感じだけどさ、更科さんはやめておいた方がいいと思うよ」


「なんかラブコメのキャラみたいな発言になってるけど大丈夫か?」


「わたしが負けヒロインだとでも言いたいの?」


「じょ……冗談です。でもどうして赤梨がそんなことを? お前と更科は面識はないだろ?」


 彼女は、ふむ……とちょっとだけ考える仕草をしたが、すぐに俺の方に視線を戻すと、こう言った。


「女の勘かな」


「それはまたおそろしいものを持ち出してきたな。ラブコメから昼ドラにランクアップしたよ」


「まあ、それは冗談だけどさ。更科さんっていい噂を聞かないし」


「噂……?」


「中学の頃、事件を起こして不登校になった時期あるし」


「ああ、更科と赤梨は同じ中学か」


「ほとんど話したことはないけどね」


「……更科はなぜ不登校に?」


「色恋沙汰のいざこざかな」


「…………」


「他にも、彼氏が何人もいるとか、男に見境ないとか。それこそ中学の頃は裏で『サキュバス』って呼ばれてたみたいだし」


「『サキュバス』ってあの男を誘惑する悪魔の?」


「そう」


 赤梨の言ってることも理解できなくはない。

 出会った当初の更科が雛山を利用していたことは事実だし、雛山以外にそういう被害者がいたとしても不思議じゃない。

 でも、俺が更科と一緒にいて思うことは、あいつはそこまで悪いやつじゃないんじゃないかということだ。

 確かに傍若無人であることは否めないが、彼女にはそれを補ういい所がたくさんある。


「そうだな、赤梨の言ってることもわかる。ただ、俺は赤梨が言うほど更科が悪いやつには見えないんだよな」


「こういうのはね当事者よりも、外の人の方が客観的に物事を見えるものなんだよ」


「そうかもしれないけど、俺は更科のことを“友達”だと思ってる。噂で友達が離れていくつらさを俺はほかの人よりは知ってるつもりだ」


 それを聞いて、赤梨は怒りと悲しみが入り混じったような複雑な表情を浮かべる。


「噂だけじゃないよ。成瀬くんだって実際に更科さんのせいで1年生の時に大怪我してるじゃん」


「……それは」


「わたしだって『あの事件』のすべてが更科さんのせいだなんて思ってないよ。でも……やっぱり更科さんは危ないよ。成瀬くんの人生がめちゃくちゃにされちゃう……」


「少なくとも『あの事件』はもう終わったことだ」


「どこまでも更科さんの肩を持つんだね……。わたしは成瀬くんが心配だから、こんなに性格悪い女に成り下がっても、こんなこと言ってるのに。だからさ……」


 彼女はそこで言葉を一度切ると、躊躇しつつも次の言葉を続けた。


「更科さんじゃなくて、わたしの言葉を信じてよ」


 彼女のあまりにも悲痛な顔を見て、俺は何も言えなくなってしまった。

 正直なところ、心の整理がついていなかった。

 赤梨に呼び出されたとき、まさかこんな展開になるとは予期していなかった。


 更科のこと、赤梨のこと、自分のこと。

 考えることが急にたくさん押し寄せてきて頭はパンク寸前だった。


 だから……だから、俺はこんな言葉しか持ち合わせていなかったのかもしれない。


「ごめん……。いまは何も答えられそうにない」


「そう……じゃあもういいよ……」


 赤梨は落胆したように一言だけそう言うと、そのまま扉を開けて教室を出て行った。

 俺はそれを引き留めもせずに、ただ、茫然と教室に立ち尽くすしかできなかった。

 薄暗い教室には、彼女が走り去る靴の音だけが虚しく響き渡っていた。




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 なお、本日18時にもう1話更新予定です。

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