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戦場へ送り込まれる素人

 私を部屋に残し、騎士風の男は部屋を出て行った。

 冷たく暗い部屋に残された私は急とてつもない不安に襲われた。わけがわからないまま、戦いに加われと男は言っていた。


 本当に私が戦い──それがどういったものなのか、想像することすら出来ない──に私が出ることになるの? 嘘でしょ……むり、無理よぉ……


 この身体は勇者の物だと言っていた、勇者アーガスの身体だと。

 この身体の持ち主がすごい戦士だったとしても、私は違う。戦士なんかじゃない、ただのアイドル──そう。落ちぶれ、ファンからも見捨てられた。死にかけのアイドルよ……どうせね。


 ベッドに腰掛けたまま不安を抱えていると、部屋に数人の女が入って来た。三人の街娘の様な女は、鎧や武器を手にして現れ、私に立ち上がるように言う。


「お着替えをお手伝いいたします」

 そう言って部屋に置かれている下着や薄いシャツの様な物を、私に着せていく──抵抗することも出来ず、されるがまま、私は彼女たちの協力で衣服と鎧、籠手とすね当てなどを身に着けさせられてしまった。


「私に、戦えと言うの……」

 私が思わず呟くと、女の一人が「もちろんでございます」と、いぶかしんだ様子で答えて、部屋を出て行った。


 代わりに入って来たのは、私と同じく鎧などを着込んだ、先ほどの騎士の男だ。小脇に飾りの付いた、鎧と同じ銀色の兜を抱えている──彼は目に闘志を宿し、勇ましい気迫に満ちているのがわかる。


「そう言えば、まだ名乗っていなかったな。私はグリフィア騎士団の団長、ウルガルディス・ベレンデュクス・ウォーシヴァーザ」

 ウルガルディ……なんだって? と思っていたのが顔に出てしまったらしく、彼は「自分のことは『ウルガ』と呼べ」と言ってくれた。


「お前の名は?」

 彼──ウルガは、まっすぐに私の目を青色の瞳で覗き込む。


「リンドウジ・アカサ」

 私は()()()()()を答えた。


「……覚えておこう。しかし、今のお前の名はアーガス・クェスアードという。覚えておけ」

 そう言うとウルガは台に置かれていた大きな剣を片手で持ち、私に受け取れと突き出す。


「……私に、人間を殺せ、そう言うの……」

 彼は首をかしげた、何を言っているのかわからない、といった表情をしている。

「そうか、お前のいた世界──あるいは国は、平和な世の中だったのだろうな。……だが、安心しろ。今回の敵は()()()()()()()()()()()()()()()だ」


「え?」

 人間じゃない敵……化け物? どういうことなの……


「いま我々に攻撃を仕掛けて来る連中は、亜人種を引き連れた『邪神の軍勢』だ。詳しい話をしている暇は無い──邪神が復活し、亜人種共を従えて軍勢とし、各地で人間の国を襲ってきている。俺たちはそいつらを撃滅し、勝利する以外に生き残る道は無い」

 彼はそう言って、手にした剣を受け取れと、それを私の目の前に突き出す。


「これはお前が……お前の身体の以前の持ち主が──ちっ、なんだか言いにくいし、わかりづらいな。つまり、アーガスの使っていた剣だ。これを持って、お前が戦うのだ」

 その大きな剣を両手で受け取ったが、それをどうすればいいのか、ぜんぜんわからない。見かねたウルガは剣を手に取ると、革のベルト付いた鞘を、鎧の背中の部分に挟み込んで固定させる。


「私に戦いなんて、無理だって……」

 私がそう呟くと彼は、革のベルトを鎧の前に通して固定しながらしゃべり始めた。


「先に言っておこう。リンドウジ・アカサ。私の近衛このえには、お前の秘密について話してある。そしてこうも言ってある……お前が逃亡した時は()()()()()、と。お前は魔物との()()()()()()()()、この砦の中で()()()。二つに一つだ、好きな方を選ぶがいい」


 ぞっとする様な声色でそう言いきった彼の身体から、不吉な死の匂いが漂ってきた気がした。それが殺気だと理解するのに、少しばかり時間を必要とした。


 不平を口にしても変わらないだろう。彼の決意や決定に従わなければ──彼自身が私を殺すだろう。そうした断固としたものが彼の言葉や態度に明確に表れている。

 私は彼の言った通りに、覚悟を決めるしかなかった……


 *****


 部屋を出ると、暗く冷たい、石造りの廊下を歩かされた。処刑台に向かう罪人になった気分──正直に言えば、吐きそうだった。


「この砦から出たら死ぬことばかり想像しているなら──止めておけ、それは弱者の思考だ。今のお前は、この国でも他の国でも最強と名高い戦士。勇者アーガスなのだぞ」

 彼はそう言いながら、いきなり振り返って、鳩尾みぞおちを殴りつけてくる!


 私は彼が攻撃してくると知った瞬間、まるでスローモーションになった様な、そんな感覚になった。


「バシィッ!」と手の平で拳を受け止める。

 ウルガは私の動きを見て、にやりと、また不気味に笑う。


「お前は戦える。信じろ、自分を。必ず生きて帰れると。いや、生きて帰るのだと。我々もお前を死なせるわけにはいかんのだ。我々は勝利する。砦を守り、その背後にある街に住む人々を守るのだ」

 彼は私を勇気づけようとしてくれている──それはわかる。


 けれど、私は戦争なんてしたこと無い。

 戦いなんて──せいぜいブチ切れて、自分と同じアイドル仲間を病院送りにしたくらいよ。

 多くの人々を守るなんて──


 ……けど、やるしかない。

 心のどこかで、そんな気持ちがあるのを感じる。


 本当は怖い、逃げ出したくなるほど──怖い。

 化け物との戦いで傷つき、死にたくなんて無い。


 ウルガは、多くの武装した兵士の間を通って建物の外に出た。

 そこは薄暗い夜だった。

 空には無数の青や緑に輝く星々──そして、二つの大きな月が見える。黄色と白色に、ぼんやりと光を放つ、異世界の月。


 こんなにも美しい星空の下で、化け物と戦うなんて……悪い冗談にしか聞こえない。


「アーガス、こっちへ来い」

 ウルガはそう言って、天幕を張った小屋の様な物に私を連れて行く。


「いいか、相手は化け物だ。近寄って来たら、躊躇ためらわずに斬れ。今回の相手の多くは、ゴブリン、コボルド、オークなどの下級な敵ばかりのはずだ」

 彼はそう言いながら、敵の大きさなどを説明してくれる。


 武器を持った相手に、どの様に戦えばいいかは、お前の中に残る──アーガスの戦士の魂がお前を導いてくれるだろう。そんな風にも言っていた。


「トロルなどの大型亜人も、アーガスならば余裕で相手を出来たほどだ。恐れるな、躊躇うな。いいか、これは覚えておけ。武器を手放して逃げた者以外は、すべて敵だ。いいか、敵は殺せ。さもないと死ぬのはお前になる。いいな? 恐れるな、躊躇うな。敵は皆殺しだ」

 私は彼の言葉を聞きながら、なんとか恐怖にまれないよう意志を強く持とうとしていた。


 遠くから雑踏ざっとうの様な音が聞こえて来る。

 天幕の中に兵士の男が飛び込んで来て、戦闘の開始を告げる報告をする。


「わかった、行こう」

 ウルガは私の肩を叩き、まずは後方から戦いの行方を見守りつつ、私の指揮に従って動く兵士に付いて行け。と彼はそう言った……


 *****


 私はウルガに紹介された──「()()()()部隊長」という兵士と共に行動することになった……いきなりだ。

 ゴリゴリのマッチョな体型の部隊長は、「これから戦車で、前線の手前までお連れします」と言って、二頭の馬に引かせた、四人くらい乗れそうな小さな足場と、真ん中に掴まれる棒が付いただけの荷車に乗るよう言われる。


「こっ、こんなのに乗るの」

「申し訳ありません! 急いでいるものでっ」

 部隊長はハキハキとした口調で私の前に二人の兵士を付け、私の横に乗ると、真ん中の手すりに掴まって移動するよう、兵士に声を掛ける。


 馬がむち打たれると、戦場へ向けて走り出す──


 怖い……ものすごく怖い。

 前方の暗闇から、獣と人の混じった様な吠え声が聞こえて来る。

 前方では、すでに人間の兵士たちと、亜人という化け物たちの戦いが始まっているのがわかった。


 金属が固い何かを砕く音。

 刃が肉を引き裂く音。

 人間の絶叫。

 獣の叫び。


 そんなものが入り乱れた戦場に向かって、戦車は進み続ける。


 怖くてたまらない──なのに、心のどこかから、ワクワクしている気持ちも沸き上がって来ているのを感じている。


 私、ぶっ壊れちゃったのかしら?

 怖くて、手が震えるくらいに怖がっているのに、身体の奥から──戦闘音を聞いたその瞬間から──ざわざわと、身体をき付ける衝動しょうどうが沸き起こって来るのだ。


「ウォオォオォオオオッ‼」

 前線で戦う戦士たちが大きな声を上げて敵を威嚇いかくしている。


 連なる叫び声。

 武器と武器がぶつかる音。

 敵を殺せとわめく戦士たちの声。

 腕を切り落とされた亜人が地面に倒れる音。


 そういったものが、私の五感を震わせる。

 懐かしい感覚。


 そうだ、この緊張や恐怖に似たものを、私は良く覚えている。


 初めてライブ会場に立ったあの時。

 私は数十人の仲間たちと円陣を組んで、会場に飛び出して行った。

 私たちを待つファンの声援を浴びながら──


 ここでは、待っているのはファンでは無く、倒すべき敵だけれど。


「さあ、ここから戦いです。前線の兵士が押されたら、私たちが前に出て敵を倒して行く。そういう予定です。いいですか? 後方から三度、角笛が鳴ったら後退です。私たちから離れすぎないように──もっとも、勇者殿には不要ですかな!」


 ()()()()言う部隊長はそう言って笑っている。

 正直に言うと──こっちは()()()そうよ。

 いくらライブの感覚に似ていると信じ込んでも……こっちは、死ぬかもしれないんだから。


 高鳴り続ける鼓動。

 戦闘音を聞くと沸き起こる。

 心の底から込み上げる強い闘志。

 これはたぶん、勇者アーガスの感覚。

 私はこの感覚を信じる事にした。

 戦え、と呼び掛ける鼓動。

 私は剣を握り締めた。

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