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水鏡の万華鏡

かみさまの雨

作者: celastrina


 それは古いお伽噺。

 幼い子どもに語られるお話。

 「お母さん、どうして雨はふるの?」

 小さな子どもが窓から空を見上げて言いました。

 それに母親は答えます。

 「それはね、神様が泣いているからよ。雨は神様の涙なの」

 「かみさま泣いてるの?どこかいたいの?」

 悲しそうに眉を下げて子どもが()うと母親は首を振りました。

 「いいえ、神様が泣くのはとっても優しいからなのよ。とっても優しい神様だから、誰かが不幸に泣いていたら一緒に泣いて、誰かの病気が治ったら一緒に喜んで泣いて、誰かが悪い事をしたら雷を落としながら泣くの」

 「うれしくても泣いちゃうの?」

 まだ感情を知るに(いた)れない子どもは不思議そうに言います。

 「そうよ。とっても優しい神様はみんなの為に泣くの。それが雨となって大地を(うるお)して、植物を育てて、みんなを幸せにしてくれるのよ」

 難しい事をまだ理解できない子どもは、分かる所だけ(つな)げて笑顔を見せました。

 「かみさまってやさしいんだね。じゃあ、やさしいかみさまの涙をかぶったらみんなやさしくなれるかな」

 そう言って雨の中に飛び出そうとする子どもを母親は叱らなければなりませんでした。

 

 それからというもの、子どもは雨が降る度に空を見上げて尋ねました。

 「今日の雨はぽつぽつだね。かみさまどうしたの?」

 「今日はすごい雨だね。かみさまかなしいの?」

 「今日はさーってふってるね!かみさまうれしいのかな?」

 「雷が光ってる!かみさま、おこらないで!ちゃんとお手伝いするから!」

 その内、子どもはもっと知りたくなりました。

 「この雨はどういう雨なんだろう。かみさまはどんなきもちで泣いてるのかな」

 ある時、子どもは思い立ちました。

 「そうだ!見てるだけだからわからないんだ!」

 母親が目を離した(すき)に家を飛び出した子どもは、両手を伸ばして全身で雨を受け止めました。

 「しとしと、冷たい。そっか、かみさまは今、かなしいの?」

 身体を冷やしていく雫に子どもは涙を流しました。

 「泣かないで、かみさま泣かないで。かみさまがかなしくなくなりますように」

 母親に見つかって連れ戻されるまで、子どもは空に祈り続けていました。

 それからも子どもは、叱られても(くじ)けずに外に出て雨を見上げました。

 「ザーザー、泣かないで。かみさま。私のうれしかったことあげるから」

 「あたたかい。かみさまうれしいことがあったの?よかったね!」

 「風がすごいね!かみさま、こまってるの?」

 「ふしぎ!晴れてるのに雨だ!かみさまびっくりしてるんだね!」

 「雨が大きい!いたいいたい!かみさまおこってる!」

 「うわあ!虹だ!きれい!かみさまとってもうれしいんだね!」

 子どもは雨を()びながら空を見上げては神様に話しかけました。

 雨が三日三晩続いた日に子どもは思います。

 「かみさまはひとりで泣いているのかな」

 母親に父親がいるように、スプーンにフォークがいるように、右手に左手がいるように、神様にはいないのだろうか。

 神様はいつも一人で泣いているのだろうか。

 「かみさまを探しに行こう!」

 そう思い立った子どもは、ある雨の日に傘をさして家を出ました。

 雨色の傘を(はじ)く雨音と、水色の長靴が奏でる水音を(たよ)りに子どもは歩きます。

 ずっとずっと歩きます。

 木の葉に落ちた雨粒がポツポツと音を立て、葉から落ちた雫が傘をぼとりと叩く。

 水溜(みずた)まりに落ちた雨粒がポチョンポタンと音を立て、それを踏んだ長靴がぱちゃんと水を()ねる。

 まだまだ歩きます。

 くるりと傘を回すと、雫が輪になって飛んでいきました。

 交互に歩く長靴は地面で(どろ)んこになったり雨粒で綺麗(きれい)になったりしています。

 ずんずん歩きます。

 いつしか辺りは深い深い森でした。

 雨の音しか聞こえない深い森。

 その奥にある見上げても先が見えない大きな大きな木の根元に、(ひざ)(かか)えて座り込む子どもを見つけました。

 「どうしたの?」

 「···泣いているだけ」

 「どうして泣いているの?」

 「みんなが悲しむから」

 座り込む子どもは涙の(つた)う顔を上げて言いました。

 「みんなが悪い事をするから」

 涙が一つ落ちました。

 「みんなが幸せだから」

 涙が二つ落ちました。

 「寂しいから」

 涙が三つ落ちました。

 「さみしいの?」

 「一人ぼっちだから」

 「じゃあ私が一緒にいる!」

 子どもは傘を差し出して言いました。

 「かなしい時は私も一緒に泣いて、おこった時は私も一緒にこらってするの。でね、うれしいことがあったら一緒にわらうの!雨がふったら私がかさをさしてあげる!」

 「本当に?」

 「ほんとだよ!」

 子どもは泣いている子どもの手を引っ張り上げました。驚いた顔ににっこりと笑いかけます。

 「だから泣かないで、かみさま」

 神様と呼ばれた子どもは握られた手を握り返して笑いました。

 「ありがとう、いつも僕を思ってくれて。ありがとう、僕を見つけてくれて」

 その言葉に子どもは首を振りました。

 「ちがうよかみさま。いつも私たちをみまもってくれてありがとう!やさしいかみさま!」

 大きな声で子どもがお礼を言うと、神様はぽろりと泣きました。

 とても温かい雫が地面を()らし、色鮮(いろあざ)やかな花が顔を上げ、獣達(けものたち)は喜びを歌い、太陽は笑顔を見せました。

 子どもの笑顔は神様を笑顔にし、空に虹をかけました。

 

 

 これは古いお伽噺。

 優しい神様が一人ぼっちじゃなくなった日のお話。


 

 

お読み頂きありがとうございました。

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