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風薫る君  作者: 天海六花
桜花舞い散る
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桜花舞い散る 一

   桜花舞い散る



     一


 お手本を見ながら、それを真似して、のろのろと筆を走らせる。一所懸命見て、真似して書いていたんだけど、突然ピシャリと手の甲を叩かれた。

「きゃっ」

 思わず筆を落として、畳を墨で汚してしまう。あたしは慌てて畳の汚れをゴシゴシと擦った。その手もまた、同じ位置を正確に、同じ強さでピシャリと叩かれる。

「ふぇ……」

 涙目になって顔を上げると、眞昼は冷ややかな表情であたしを見下ろしていた。

「畳の汚れを擦って拭き取るとは何事です。それでは染みを広げるだけですよ。手早く叩くように拭きなさい」

「は、はぁい……」

「それと“う”の文字の最後は“止め”でなく“払い”です。何度言えば覚えるのですか? 覚える気がないのでしたらやめますか? わたしは一向に構いませんが」

「ごめんなさい……やめない、です……」


 宙夜と眞昼のお手伝いを続けさせてもらえることになって、あたしが最初に言い付けられたお仕事は、体調を崩している眞昼の看病の続きだった。あたしももともと、眞昼の看病を続けさせてほしいって思ってたし。

 と言っても、あたしができるのは、一緒にいて時々お話ししたり、眞昼の代わりに本や飲み物を持ってくるとか、そういったちょっとしたお手伝いだけ。

 眞昼は魔獣に化身した後、すごく体調が悪くなるんだって。体にとっても負担が掛かるからって宙夜は言ってたけど、でも本当のところはどういう理由なのか分からないみたい。事情が事情だけに、薬師さんや病気のことに詳しい人とかに診てもらうのも難しいものね。

 眞昼はあたしを受け入れてくれたけど、でもやっぱりすごく厳しくて気難しい。いつでも高圧的で難しい言葉で喋るし、あたしもまだちょっとだけ眞昼のこと、怖いと感じちゃってるし。

 つまりお互い、接し方がよく分かってないんだと思うの。

 うう……ダメダメ! 宙夜や御國さんとは違う形で眞昼もきっと優しいはずだから! だから苦手意識のまま向き合うなんてダメ! 看病したいって言ったのはあたしだもん。

 体調が悪くても、眞昼はおとなしく寝てる訳じゃないの。すごく難しい本をずっと読んでいて、話し掛けたら怖い目で睨んでくるの。邪魔しないでって。

 だからあたしは何もすることがなくて、ちょっと暇を持て余してしまって。

 お仕事を手伝うんだっていう意欲を見せようと、お勉強を教えてって言ったら、まず文字を覚えなさいって書き取りのお手本を書いてくれたの。でもあたし、読んだり書いたりって全然できないから、眞昼の書いたお手本を見ながら、真似して書いて覚えてるんだけど……。

 だけどちょっと間違えたり形が崩れたりしただけで、さっきみたいに手を叩かれて。

 ふぇぇぇん……眞昼は厳しすぎるよぅ……。


「お、頑張ってるね。深咲ちゃん」

 すっと開いた襖の向こうには御國さんがいて、にっこり微笑んでいた。

「はい。いつものだよ、眞昼。今朝届いた」

「ありがとうございます」

 御國さんから何かを受け取った眞昼は、それを袂へと入れる。きれいに畳んだ紙……眞昼の受け取ったのも、なにかのお手本なのかなぁ?

「それなぁに?」

「あなたには関係ありません」

 にべもなく拒否される。

「深咲ちゃんも気になる? 僕も教えてもらえないんだよね。眞昼、それ誰から?」

「御國さんにも関係ありません。どうぞお気になさらず。先ほどから、お二人には一切関係ありませんと申しています。これはわたしの私的な文であり、お二人には一切知る必要のない内容です。私事にこれ以上踏み込まないでください。不愉快です」

 何気なく質問しただけなのに、ものすごい勢いで、すげなく拒絶された。御國さんが苦笑する。

「眞昼。もうちょっと穏やかな言い回しはできないかなぁ?」

「できません。まだ何かご用でしょうか?」

「ああ。ちょっとね」

 取り付くシマがないっていうのかなぁ? 眞昼はつっと目を細めて話題を逸らそうとした。気になるけど、御國さんにも教えてくれないものを、あたしに教えてくれるわけないよね……。

 御國さんがあたしの隣に腰を下ろす。そしてあたしが汚してしまった畳の汚れに気付き、丁寧に拭き取り始める。謝ろうとしたら、御國さんはにこにこしながら、手を振って大丈夫って。

 やっぱり御國さんは、誰にでも人当たりが良くて優しい人だなぁ。

「今朝出掛けた時に、ちょっと不穏な噂を小耳に挟んでね。どうも陽ノ都全体が、物々しい雰囲気なんだよねぇ」

「どういう事です?」

 ちらりと御國さんがあたしを見る。あたしはびくっと身を竦めて、上目遣いに御國さんを見上げた。あ、あたし……なにか悪いことしたのかな?

 あたしはすごく気が弱いから、なにかあったらすぐに自分を責めて、そして悪いことはしてないんだって、自分に言い訳しちゃうの。眞昼はこういうあたしの後ろ向きな性格が、あんまり好きじゃないんだよね。すぐには変われないけど、もっとしっかりしなくちゃ、好きになってもらえないもの。

「領主が妖狩りのための、人集めを始めたらしい」

「妖狩り、ですか。わたしの記憶違いでなければ、以前から領主のところには、幾度か人相のよろしくない者たちが出入りしていたようですが?」

「うん、そうなんだけどね」

 眉を寄せて、御國さんが難しい表情を浮かべる。

「……うーん……深咲ちゃんは、口が固いと言っていたよね?」

「え? う、うん……し、知らない人とお話しするの……苦手だから……」

 突然話題を振られて、思わず身構える。

「宙夜や眞昼の事、誰にも喋ってないよね?」

「い、言ってないよぉ! あ、あたしっ、約束、破ったりしてないもん」

 あたしのこと、疑われてたんだ。ちょっとイヤな気分になっちゃった。

「ごめんごめん。君はそういう子じゃなかったよね」

 御國さんがよしよしとあたしの頭を撫でる。あたしはわざと、ちょっとだけ頬を膨らませて不満顔をしてみた。御國さんはにこにこしてて……むっ! あたしがちょっと怒ってること、分かってくれてないのかなぁ?

「それとなく話の流れを追ってみたんだけど、どうもこの陽ノ都に、人に化けた妖が潜り込んでいる、という事になっているらしい」

 それまで淡々とした表情で話を聞いていた眞昼が、初めて渋い顔をする。眉間に皺を寄せて、顎に指先を当てて訝しげに首を傾げる。

「……先日のわたしの“失態”を、誰かに見られたという事でしょうか?」

「いや、それはないと思うよ。腕に覚えのある者たちが領主の元へ集まり出したのは、もう少し前からのようだからね。だが用心に越したことはない。眞昼と宙夜はしばらく、“船”での仕事は控えた方がいいだろうね」

 えっと、つまり……どういうことなの? あたしが首を捻っていると、御國さんはぽんぽんとあたしの肩を叩く。

「深咲ちゃんはこれまで通り、普通ににしてればいいんだよ。だけど外では、できればウチでも極力、宙夜や眞昼たちの秘密の事を口にしないよう、用心しておいてね。約束できるかい?」

「うん」

 人に化けた妖……宙夜と眞昼のことなの?

「もう少ししたら昼ご飯にするから、深咲ちゃんもここを片付けておいでよ」

 あたしの汚した畳は、御國さんがきれいに拭き取ってくれていた。ちょっとだけ黒ずんでるけど、パッと見た感じでは全然分からない。御國さんって何でもできるのね。すごいなぁ。

「……妖、狩り……ですか」

 眞昼は口元を押さえてポツリと独白した。

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