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風薫る君  作者: 天海六花
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妖 一

  (あやかし)



     一


 あれから、宙夜と眞昼さんは毎日忙しそうにしている。あたしは……お仕事のこと、詳しく教えてもらってないから、いったい何をしていいのか分からない。それに本当にあたしなんかに、二人のお手伝いができるのかも分からない。

 不安なことだらけで、お山のことが忘れられなくて、お父さんにもう一度会いたくて、いろんなことが頭の中をよぎっては消える。

 そんな日が続いていた、ある日。


 あたしはしょんぼり肩を落として、土間の隅で座っていた。御國さんに、お湯を沸かしてきてって頼まれたの。

 さっきから見てるんだけど、かまどの火は全然強くならなくて、土鍋に入れたお水も全然あったかくならない。どうすればいいのかなぁ?

「深咲ちゃーん。お湯は湧いた?」

 御國さんが様子を見にやってきた。口元に手を当てて、あたしはかまどを見てから首を振る。

 つっかけを引っ掛けて、御國さんがあたしの隣にしゃがみこんで、かまどの中を見る。

「ありゃ。これじゃ、薪が足りないかな。もっと沢山くべないと」

 御國さんがかまどに薪を追加する。竹筒で息を吹きかけて空気も送り込んで。するとどんどん火は大きくなって……。


 ……熱い、空気。

 苦しそうな、お父さん。

 滝の、音。

 暗くなって……

 心細くなって……

 約束……

 パチリ、パリッ、となにかが弾けて……

 あたし、は……あたしは……ッ!


「……ひっ……やぁ……!」

 思い出したくない記憶の塊が、あたしを恐怖に駆り立てる。見えないなにかが追いかけてきて、でもそれは本当には無くて、だけど怖くなって、その場にしゃがみこんで体を震わせる。

 どうして? あたしは何に怯えてるの? 分からない、何が怖いのか分からない。

「深咲ちゃん、どうしたの?」

「怖い……怖い、怖い……」

 御國さんが戸惑ってる。当然だよね。だって自分でも、何に対して怯えてるのか、まったく分からないんだもの。

「うん……そう、か。こっちにおいで」

 御國さんに手を引かれ、土間から離れてお部屋の中へ上がる。すると不安な気持ちがすうっと薄らいだ。もしかして、あたしが怖かったのは……炎?

 うすぼんやりとした、最後に見たお父さんの記憶が蘇るから。

「大丈夫かい?」

 たぶん……もう大丈夫かな? ゆっくり頷くと、御國さんはよしよしと頭を撫でてくれた。

「いきなり知らない大人ばかりの場所へ連れてこられて、まだ混乱してるのかな。でも君ももうちょっと、この環境に慣れておかないと、この先もっと大変だよ?」

 そんなこと言われたって、あたしはあたしの意思でここにいるんじゃないもの。お父さんやお母さんなら、あたしのイヤなことはしなくていいって言ってくれたわ。

 やりたくないことを押し付けられているみたいで、ちょっと気分が悪い。

「不服そうな顔だね」

 心の内を言い当てられ、あたしは顔を赤くして俯く。顔に出ちゃってたんだ……。

「あはは。昔、ウチに来たばかりの頃の宙夜と眞昼と良く似てるねぇ」

 あたしがあの二人と? 驚いて顔を上げると、御國さんがイタズラするようにあたしの鼻先をつついてきた。

「あの二人を引き取った時もね、そりゃあ言う事を聞かないわ、隙あらば逃げ出そうとするわ……手に負えないほどの悪ガキだったんだよ。あ、でも深咲ちゃんはすごく従順で素直だよねぇ。じゃあ、やっぱり似てないのかも」

 ええ? どっちなの?

 でもすごくびっくりした。大雑把で粗野な宙夜なら、昔は悪い子だったって言われても分からなくもないけど、几帳面で厳しくて四角四面な眞昼さんもだなんて。曲がったこととか、すごくイヤがりそうなのに。

「宙夜はなんでもすぐに、暴力で無理難題を押し通そうとするし、眞昼は妙に頭の回転が早いから、僕を扱き下ろしたり論破しようとするし。いやぁ……そのせいで一気に老けちゃったかな。はは」

 ……御國さんっていくつなんだろう? 大人の人の年齢は、見た目じゃよく分からない。

 話の流れから、宙夜と眞昼さんが子供の頃、御國さんはもうすでに大人だったってことなのかしら? そしたらますます御國さんの年齢が分かんない。

 あたしも最初、御國さんを見たときは、おじさんなのかお兄さんなのかよく分からなかったけど、今はもっと分からない。だってすごくおじさんみたいなことを言ったりするし、だけど宙夜と一緒になって、子供みたいにわあわあ騒いだりするんだもん。そして眞昼さんにキッと睨まれておとなしくなるの。


 ふいに御國さんが真顔になる。

「あの子たちも実は君と同じで、幼い頃に両親を失っていてね。そのせいで、とても荒れた幼少時代を二人だけで過ごしていたんだ。だから僕が保護者代わりとして彼らを引き取った時も、なかなか信用してもらえなくて。だけど今は、僕も彼らも、お互いを信じあってる。理解し合っている。深咲ちゃんもそうなってほしいと、僕は願っているよ」

 相手を信じるっていうのは分かる気がするけど、理解するっていうのがよく分からない。言葉そのままの意味じゃ……ないよね?

 首を傾げて御國さんを見上げると、御國さんはただ静かに笑うだけ。

「これ以上の話はまだ秘密かな。あの子たちが、自分の口から深咲ちゃんに話してくれるまで、待ってあげてくれないか? 僕から話してしまうのは簡単だけど、そうするとあの子たちの信頼を裏切る事になる。それでね。もしあの子たちから事情を聞いたら……深咲ちゃんも僕と同じ、彼らの理解者になってあげてほしい。そうすればきっと、彼らは君をもっと理解してくれるだろう。君をもっと大切にしてくれるだろう。君もきっと、彼らをもっと好きになるだろう。うん……僕からのお願いだよ」

 肝心なことを秘密って言われたって、具体的なことが何も分からないんじゃ、対応に困るわ。言っている意味もよく理解できないのは、あたしが子供だから?

「おそらく君は……あの子たちを理解してあげられる存在なんだと思う。そういう運命なんだと思う。だから……彼らを信用してあげて。ね?」

 ぼんやり遠回しな表現。確信をわざとずらした言葉。それを正しく並べ替えて、真意を見抜いて、認識する能力は、今のあたしにはない。だけど……この人たちを頼らないと、あたし一人じゃ満足に生きていくこともできないっていうのは分かってる。お父さんが約束を守って迎えにきてくれるまで……あたしはこの人たちを頼っていかなくちゃいけないってことを。

「だから、えっと……宙夜と眞昼さんを信用して、言い付けをちゃんと守っていればいいの?」

「んー……それはちょっと違うんだけど、まぁ仕方ないか。今はそれでいいよ、徐々に分かってくると思うから」

 御國さんはぽんぽんとあたしの頭に手を乗せて、いつも通りの柔和な笑みを浮かべる。

「台所仕事は深咲ちゃんにはまだ難しいみたいだから、奥の部屋を片付けておいてくれないかな? 片付いたらご飯にしようね」

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