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風薫る君  作者: 天海六花
ゆるり、ゆらり
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ゆるり、ゆらり

   ゆるり、ゆらり


 手の掛かる双子と、怖がりなチビちゃんが出て行って、急に店がガランとしてしまった気がするね。でもいつかこういった日がくると分かっていた事だし、過去に何度も“繰り返し経験してきた”事だから、もう慣れたものだよ。

 ふふっ。僕のところにはね。宙夜や眞昼、深咲ちゃんのような、“少し普通と違う”子たちが、まるで惹かれ合うように集まってくるんだ。

 本人たちは全然お互いを知らないんだけれど、でも一本の糸を辿って導かれるように、彼らは僕の元へやってくるんだよ。

 “僕”が引き寄せている訳じゃないとは思うけれど、でもきっと僕は、あの子たちには、闇の中の光に見えるんだろうね。

 うん。嫌いじゃないよ。そういった子たちを引き取って、“人として”育てて面倒を見て、また社会へ送り出してあげるって事。僕はそういった子たちの“親愛なる理解者”である事に、誇りを持っているからね。

 さて……人間との間を取り持つ“理解者”という役割をするようになって、もう何年何十年……いや、何百年経ったかな? さすがにもう、最初の頃に引き取った子たちの姿や様子は覚えていないや。

 深咲ちゃんたちを送り出した事によって、今回の僕の役割は一旦終わり。やぁ、ようやく僕も一息吐けるというものだ。

 三人が使っていた部屋の掃除を終え、残していった荷物を片付ける。ふふ。捨てないで取っておくから、いつでも帰っておいで。

 濃い目に煮出したお茶だけど、一人で飲むと妙に味気ない。でもまたすぐに慣れるさ。宙夜と眞昼、深咲ちゃんたちを引き取るまでは、僕一人だったんだから。

 そういえば、宙夜と眞昼を引き取る前の子たちとは、随分間隔が離れていたんだっけ。だから久しぶりに引き取ったあの双子たちには、特別思い入れがあるのかもしれないね。

 さて、これを飲んだら最後のもうひと仕事に取り掛かりますか。


 ふと、僕の背後に誰かの気配を感じる。ああ、振り返らなくてもそれが誰か、僕には分かるよ。

 彼は僕の旧友だから。

 いつの間に僕の店にやってきたのか、という問い掛けは、彼の場合は意味のない愚問になるから聞く必要はない。

「おや。随分久しぶりだね。何年……いや何十年ぶりかな? たまに顔を見せに来てくれれば良かったのに」

 何気ない世間話を口にしつつ、戸棚から新しい湯のみを取り出し、急須から彼の分のお茶を注ぐ。

「ありゃ。もう冷めちゃってたね。淹れ直すかい?」

「いや。私は猫舌だから」

「そういえば、そうだったね」

 二人で向かい合って、何を話すでもなくお茶を啜る。うん、やっぱりお茶は誰かと飲んだ方が美味しいね。

「御國。店の前に、人間の青年がいたようだが……?」

「ああ、“彼”ね。随分前から店の前にいるのは分かってるよ。だけど彼は客じゃないから」

 彼の事は、僕も少しだけ怒ってる。僕の大切な“子供たち”の心を随分傷付けてくれたようだからね。だからこれから、何度訪ねてこられても、幾らあの子達の居場所を問われても、僕は一切答えないし、相手にするつもりはない。

 眞昼や宙夜が彼を許したなら、僕も考え直してもいいと思ってはいるけれど。

「そうそう」

 僕は食べかけの大福を手に取った。

「深咲ちゃんは西の大陸へ送り出したよ。この国ではもう、彼女は追われる身となってしまって、暮らしにくいと思ったからね」

「ああ。昨夜、会ってきたんだ」

「はははっ。やっぱり深咲ちゃんは君の娘さんだったか。初めて会った時から、彼女の纏う雰囲気が懐かしいと感じてたんだ」

 僕の直感は当たっていたようだ。自分の直感に満足して、大福を頬張る僕。

「深咲が世話になった。ありがとう。あの子から、君の引き取った子らと大陸へ渡ると聞いた。君が育てた子らなら、深咲を預けても安心だ」

「買いかぶりだよ。まぁ、あの子たちは見違えるほど立派に成長したけどね」

 宙夜と眞昼を引き取ったばかりの頃の、あの子たちの懐かなさと暴れっぷりを思い出し、僕は思わずくすくす笑ってしまった。本当に手を焼いたよ、宙夜と眞昼には。

「そうそう。君は深咲ちゃんを、随分甘やかして育てたんだね。素直で健気かと思えば、臆病を言い訳に、すぐ問題から逃げようとする。かなり扱い辛い子だったよ」

「面目ない。だって仕方ないだろう?」

 彼は穏やかな親の顔になっている。僕の知っている昔の彼は、もっと荒々しかったものだよ。

「人との“相の子”をもうけたのは初めてなんだから」

 彼は冷めたお茶を啜って苦笑する。

「未鶴に……特定の人間の女に傾倒するのも、これが最初で最後だよ。未鶴は私にとって、本当に最後の女にするつもりだから。私の余生は、深咲に約束した通り、未鶴の墓の傍で静かに暮らすさ」

「へぇ、驚いた。あの“雷切”が、随分丸くなったものだね。君がそこまで心酔するなんて、未鶴さんとは、さぞかし素敵な女性(ひと)だったのかな」

 僕の皮肉に、彼は苦笑するだけだった。無論、僕の言葉に悪意がないと理解しているからだろう。それを差し置いても、彼は丸くなったよ。

「私は御國ほど器用じゃない。切っ掛けがないと変われないさ」

 彼の言葉を聞いて、僕は笑った。切っ掛けがないと変われない、か。親子でそっくりじゃないか。

 障子から差す陽の光は、彼の影を壁に、くっきりと浮き上がらせている。雷を纏い放つ、骨の翼を背に持つ、妖の姿を。その隣には僕の影。ひ弱な、掴みどころのない、“ただの人間”の影。……だけど、それは“偽りの”影。

 彼と僕が旧知の間柄だと知ったら、宙夜も眞昼も深咲ちゃんもきっと相当驚いただろうな。だけどこれからも、僕は彼らにそれを言う事はない。

 だって僕は……これからも、人の生きるこの世界に紛れて暮らしていきたいから。この命が果てるまで、人と共に、人として生きていきたいからね。

 ありゃ? 僕はすでに人の寿命を超えているのに、それでも人として、だって? 自分で自分の事がおかしくなったよ。だけど構わないだろう? 僕の手を、言葉を、必要としてる、“少し変わった子達”は、きっとまだまだいるんだから。


 大福の最後の一口をお茶で飲み下し、僕は手に付いた粉を叩いて落とした。僕の知る、以前の彼にはなかった柔らかな笑み。自分の娘や人間の妻を愛するという事を知って、本当に彼も変わったのだね。

 障子を閉め切ってはいるけど、春の薫りが室内に充満していた。薫りは暖かな春の風と、彼が運んできたものだろう。風薫る春。僕の大好きな季節だ。


「はははっ。そう難しい事じゃないんだけどねぇ。妖が人に紛れて暮らすなんて」

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