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風薫る君  作者: 天海六花
迅雷、解き放つ
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迅雷、解き放つ 一

   迅雷、解き放つ



     一


 あたしが陽ノ都に来て、今日で何日目だったかしら? ほんのちょっとの間に、いろんな体験をした。いろんなことを知った。最初は何もかもが壮大で、圧倒的で、お山での暮らししか知らなかったあたしには、息苦しささえ感じていた陽ノ都が、少しずつ好きになってきた。

 まだ時々、あのお山に帰りたい、お父さんとお母さんに会いたいって考える時もあるけど……でも今は、宙夜と眞昼と御國さんと一緒にいることが楽しいと思えてきたの。いつか、だなんて分からないけど、あたしがお山に帰れるその日まで、素敵な三人と一緒にいたい。

 宙夜たちのお仕事は、しばらくお船が使えないからって、荷車を使うお仕事が主体になっている。あたしも少しお手伝いしてるんだけど、やっぱり重い荷物は持てないし、何をしていいのか分からず、無駄に右往左往することが多い。そしていつも眞昼に、ピシャリと指導されちゃうの。でも今は前ほど眞昼のこと、怖くないよ。

 今もお仕事が終わって、御國さんのお店に帰るところ。もうすぐ日が暮れるから、辺りにはお夕飯を作る美味しそうな匂いが充満してる。

 御國さんの作るお芋の煮染め、それから揚げ出し豆腐。すっごく美味しいの。考えてたらおなか空いてきちゃった。また作ってもらおうっと。

「腹減ったな。何か食って帰るか?」

 辺りに充満するお夕飯の匂いにつられてか、宙夜がにっと笑いながらあたしたちに聞いてくる。だけど眞昼は腰に手を当てて、冷ややかに宙夜を見据えるの。

「わたしたちの帰りを、じっと待っていてくださる御國さんを無視して外食ですか? 薄情ですね、宙夜は」

「たまには外で飯食ってもいいじゃん」

 宙夜は不満そうに唇を尖らせる。

 そういえば日帰りでのお仕事の時は、いつも、ちゃんと御國さんのお店に帰ってからご飯を食べる。四人で丸くなってお膳を囲むの。

 宙夜と眞昼、御國さんは、本当の家族じゃないけど、家族の絆以上に固い信頼で結ばれてる。今、そこにあたしもお邪魔させてもらってる状態。この輪の中に、いつかはあたしも、同じような絆で結ばれて入っていける日がくるのかな? それともその前に、あたしはお山に帰ることになるのかな?

「お前に財布持たせてると、ちょっとした買い食い一つできねぇのな」

「宙夜に財布を持たせるほど、愚行という言葉がぴったり当て嵌まる行為は他に無いでしょう? せっかく働き稼いだ中身が、あっという間に消えてしまう……はぁ……過去にそれが幾度あったか」

 うふふっ。宙夜って信用ないなぁ!

 眞昼の皮肉は痛烈だけど、宙夜も意外と負けてないのよね。すごく乱暴な言葉で応酬するの。お互いを茶化しながら、やり取り自体を楽しんでる。いいなぁ、仲良しのきょうだいって。あたしは一人っ子だから、どうやって会話に加わっていいのか、よく分かんないわ。

 二人の後をついて歩きながら、あたしはふと、通りすがりの小間物屋さんの軒先に飾ってある、ちょうちょの櫛を見つけた。

 お父さんに買ってもらったお花の櫛も可愛いし大切にしてるけど、ちょうちょは小さい時から好きだったから、この櫛もちょっと欲しいかなぁ、なんて思って。でもあたしはまだ、お小遣いとかもらってないから買えない。

 ううん……でもやっぱり欲しいなぁ。今度、御國さんにおねだりしてみようかな?

 しばらくそのちょうちょの櫛を眺める。ああん、やっぱり可愛い。欲しいなぁ。

「……蝶が、好き?」

 じっと櫛を見ていたあたしの肩に、ぽんと手が乗せられる。

「うん、大好き。この櫛、可愛いでしょ。二人はちょうちょは好……?」

 あれ? 宙夜の声でも眞昼の声でもない。じゃああたしの肩に手を置いてるのって誰?

 振り返ろうとした時、ぐいと肩を引っ張られ、後ろから誰かに抱き上げられた。そのまま口を塞がれる。

「……っん!」

 必死にもがいたけど、全然拘束は解けない。声をあげたくても口を押さえられてるし、あたしは何もできずに捕まってしまう。

 宙夜! 眞昼!

 目だけで二人を探す。いた……けど、二人はお互いお喋りに夢中で、あたしのことなんてすっかり忘れてる。どんどん先に進んでいっちゃうの。

 や、やだ……助けて! あたしはここにいるわ! 誰かがあたしを捕まえてるの!

 誰かに口を押さえて体を持ち上げられたまま、あたしはどこかへ連れ去られた。

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