王女
「お主、今魔法を持っていないと言ったかの?」
「はい」
俺のその返答に王様とお偉方達は揃って唖然している。
クラスメイト達の方の反応は様々だった。
魔法自体に無関心な奴もいれば、俺のことをバカにしている奴もいる。
逆におかしなことに俺のことを妬ましそうにしている奴もいた。
そんな中、一番変化が大きかったのが神童と天河さんだ。
二人とも何故か自分のことのようにショックを受けており、神童に至っては「ありえない」などと譫言のように繰り返している。
(大丈夫かあいつ?)
俺がそう思っていると、咳払いをした王様が話しかけてきた。
「お主にMPは存在するのか?」
「MP? ええ、ありますけど・・・」
俺は『アビリティ』を確認しながらそう答える。
「魔法もないのにMPが!?」 「一体どうなっているのだ?」
と、それを聞いたお偉方達のざわめきがさらに強まる。
それは中々にうるさく、また王様が咎めるのだろうと思っていると、
「不躾なことを聞くが、お主は勇者に間違いないんじゃな?」
俺の予想ははずれ、お偉方達よりも俺を優先した王様はそう聞いてきた。
「はい、そうみたいです。 称号?とやらには確かにそう記述されています」
「・・・すまんが、『アビリティ』を見せてくれぬか?」
俺が『アビリティ』を確認しながらそう答えると、王様は何か考えるような仕草をしてからそう頼んできた。
この『アビリティ』とやらは個人情報のはずなので本来なら見せなくてもいいのだろうが、今それは得策じゃないだろう。
俺は頷いて了承し、王様に見せるために『アビリティ』を動かそうとした瞬間、
『アビリティ』のある部分に気づいて思わず硬直した。
固まったままの状態でをそれ見ながら俺はダラダラと汗を流す。
(ヤバイヤバイヤバイ!!! これ見られたら絶対にまずい!)
突然固まった俺に対して、周囲の視線をひしひしと感じるが、今俺はそれどころではなかった。
今俺の目に止まっているのは『アビリティ』の称号の欄にある文字だ。
“変幻自在”と“歴戦の猛者”
かつての俺の異名の様なものである変幻自在の方はまだいい。
だが、もう一つの方は問題がある。
俺みたいな奴が歴戦の猛者なんて称号は明らかにおかしい。
これが原因で他の連中にまで迷惑をかけるかもしれない。
最悪の可能性を考えた俺は、そこで一つある方法を思いついた。
(・・・試してみよう)
無駄だろうと思いつつも僅かな可能性に賭けて目を瞑り、
(消えろ)
『アビリティ』にそう念じて、目を開く。
すると、次の瞬間には本当に称号の欄からその二つが消えていた。
俺は目をゴシゴシと擦ってからもう一度『アビリティ』を見る。
結果は変わらず、やはりその二つは消えていた。
どうやらこの『アビリティ』は念じることによって一部消せるらしい。
予想が運良く的中し、ほっとすると、ようやく自分の状況を思い出した。
周りを見ると、やはり明らかに怪しまれている。
「あ! す、すいません! これですどうぞ!!」
それを見た俺は慌てて王様の方に『アビリティ』を向ける。
明らかに変な奴だと思われているが、一先ず危機は去った。
(・・・これは良いことを知ったな)
王様が俺の『アビリティ』を確認しているのを見ながら、内心で悪い笑みを浮かべる。
これは色々と使えるかもしれないなどと考えていると、確認が終わったらしい王様が「すまんな、もういいぞ」と言ってきたのでアビリティを消す。
(・・・さて、王様は俺のことをどうするかな?)
勇者の中で唯一魔法を持っていない存在。
魔法で全てが決まるらしいこの世界ではどう考えても役立たずのはずだ。
勇者の箔を下げないために秘密裏に殺されるかもしれないし、珍しい存在として実験サンプルにされるかもしれない。
可能性は様々だが、仮にそうなった場合は俺も生きるためにそれ相応の対処をせねばならない。
「お主のことは三日間の猶予をくれ、その間に会議でお主の処遇を決めようと思う。 なお、三日間の間はこの城の中であれば自由に行動してもらって構わない。 アリアーゼよ、一足先にこの者を案内せよ」
「分かりましたお父様。 勇者様、どうぞこちらへ」
王様がそう言うと、王女様は俺のもとへと来て先程のように先導してくれる。
俺は周囲からの色々な視線を肌でヒシヒシと感じながら王女様へとついていってまた来たときと別の扉に向かう。
そして、王様は再び林田を見た。
どうやら先程までの会話で俺達の中心人物が林田だと当たりをつけたらしい。
「オリジナル魔法の勇者よ、お主達には我が王国が誇る《風》の称号を持つフリードに指導を頼んでいる。 早速で申し訳ないが明日から魔法についての授業を受けてもらいたい」
「王様、《風》の称号とは何でしょうか?」
すかさず神童が王様へと質問した。
その部分は俺も気になったので、歩きながら耳を傾ける。
(神童、お前とは本当に気が合うな)
内心で神童株がそうガンガン上がっていく中、
「この世界の魔法には《属性魔法》があると先程話したであろう?」
と、王様は神童に確認するように言う。
「はい」
「《属性魔法》は全部で八種、この世界の《属性魔法》の使い手にはそれぞれ《火》、《水》、《風》、《土》、《雷》、《氷》、《闇》、《光》の称号を持つ者がおるのだ」
「その称号とは最初からその人に備わっているものなのでしょうか?」
「いや違う。 称号の獲得には五年に一度行われる大会に出場し、その大会で優勝する必要がある」
「称号を獲得するとどうなるんでしょうか?」
「称号を獲得した者はその属性の神の祝福が得られ、その属性の魔法では最も強くなれると言われておる」
「「「「「神の祝福!?」」」」」
その王様の発言にクラス全員が驚愕の声をあげる。
そのリアクションを見て満足気に頷きながら王様が続きを言おうとしたところでお偉方の一人が王様に近づき、何か耳打ちをする。
しばらく何かをコソコソと二人は話し合った後、
「……そうじゃな。 あい、分かった」
話が終わったらしく、王様がそう言って立ち上がる。
王様はこちらを見て申し訳なさそうにしながら、
「すまぬがこれ以上のことは明日フリードに聞いてくれ。 儂はこれからその者の処遇について話し合わねばならん」
と、俺の方をちらりと見ながらそう言ってきた。
そのせいで俺に視線がまた集中し、一部の連中は明らかに敵意を向けてきたが気づかないふりをする。
「勇者達にはそれぞれの個室を用意してある。 ムーダよ、使用人達を使い案内せよ」
「かしこまりました」
王様からムーダと呼ばれた無精髭をはやした中年の男性は恭しく頷いて、林田達の方へ行く。
俺はそれを見届けてから、『玉座の間』から王女様と一緒に一足先に出た。
★
道中、王女様に黙って付いていっていると、
「勇者様、申し訳ありませんでした」
と、王女様が突然そう謝ってきた。
「・・・何がでしょうか?」
しばらく考えても謝られる理由が本気で思いつかないので俺は素直にそう尋ねる。
「こちらの勝手な都合であなた様を召喚してしまったことです」
すると、こちらへ振り向きながら王女様は申し訳なさそうにそう言った。
(ああ、そういうことね)
それを聞いた俺は王女様が何に対して謝っているのかやっと理解した。
どうやら王女様は魔法を持っていない俺を召喚したことを気に病んでいるらしい。
あなた方ではなくあなた様なのは俺だけ魔法を持っていなかったからだろう。
(確か王様の話では王女様が召喚したんだっけ?)
王様の話が確かならこの王女様が俺達のことをここへ喚んだことになる。
おそらくこの王女様は相当責任感が強いのだろう。
(でも、召喚ねぇ?)
ここに急に連れてこられたせいで頭から抜けていたが、些か召喚という言葉には疑問が残る。
どちらかと言えばあれは喚ばれたというより連れてこられたという感覚だった。
加えて言うならば、
「……あれ確実に別人だと思うけどな」
こちらを見ている王女様を観察するように見ながら俺はそう呟く。
「……あの?」
俺の推測が正しければ俺達をここに連れてきた黒ローブの女と王女様は別人・・・の筈なのだが、
「……でも、雰囲気は似てたしな」
「…あのー」
そうこの王女様と黒ローブは同じとは言えないがどこか似た雰囲気がある。
「あの!」
「は、はい!」
俺が思考していると急に王女様が接近して声を掛けてきた。
あまりの距離の近さに思わず背筋がのびる。
「どうかされましたか?」
「な、何がでしょうか?」
王女様の急な行動に心臓をバクバク言わせながらそう聞き返す。
「いえ、先程から一人で何かをブツブツ申されていたので」
どうやら頭の中で考えていたつもりが声が出ていたらしい。
「あ、あはは。 すいません、大したことじゃないです」
ぺこりと頭を下げながら俺がそう言うと、
「なら、よろしいのですが・・・」
と、訝しんではいるが一先ず納得してくれたらしい。
その様子から俺が口にしていたらしい内容までは聞こえといなかったみたいなので安心していると、
「それで私は何をして償えばよろしいでしょうか?」
王女様がまたもや唐突にそんなことを言ってきた。
「・・・へっ?」
いつ何がどうしてどこでそんな展開に至ったのか理解できずに思わず間の抜けた声を出してしまった。
王女様はそんな俺を不思議そうにみている。
「あのー、どうしてそうなったんでしょうか?」
あまりにも急すぎる展開に俺がおそるおそるそう聞くと、王女様は胸を張って解説してくれた。
「王家の者は代々受け継がれてきた掟があります。 それは自身の都合で他者に一方的な迷惑を掛けてしまった場合に何か一つ償いをするというものです。 なので王族である私は何か一つあなた様に償いをしなければならないのです」
「・・・あの、それは俺のクラスの奴等全員に言うんですか?」
王家の掟とやらに対してのツッコミよりも先にそこを確認する。
もしそうだった場合は絶対に止めなければ、と思いながら聞くと、
「いえ、あなた様だけです。 その・・・他の方々は悲しみよりもどちらかと言えば喜ばれていたので……」
少し言いづらそうに王女様が言う。
(まあ、現に喜んでたしな)
あいつらはどちらかというと召喚されて良かったと思っているだろう。
だが俺は魔法を持っていなかったために素直には喜んでいなかった。
だが、この世界に来たことに本気で絶望していたというわけでもない。
(もしかしたら、ね・・・)
脳裏にある人の姿を思い浮かべながら俺は笑う。
(まだそうだと決まった訳じゃないが、ここが本当にあの人の言っていた世界ならば俺はあいつらの中で一番幸運なんだろうな)
そう考えながら王女様に笑いかける。
「あの、別に大丈夫ですよ」
「そういうわけにいきません。 あなた様に迷惑をかけてしまった以上それは私が償わなければいけないのです」
だが、王女様は絶対に譲らないとばかりに断言してきた。
(こ、こんな強引なタイプだったの?)
俺は意外な本性に内心で戦慄しながらもなんとか反撃を試みる。
「いや、俺は迷惑とか全然思ってないですし」
「私のことを気遣ってくださっているなら大丈夫です。 むしろ、迷惑を掛けてしまった身でそのようなことは望めません」
「特に何もして欲しいことはないんですが・・・」
「あなたがお優しい心を持っているのは私に対する態度から分かります、本来なら恨まれてもおかしくないことをした私に何か要求するどころか、むしろ気にかけてくださっている。 そんな優しい方に出会ったの久しぶりです、だからこそ私はあなたに償いがしたい」
「・・・」
「金銭を望まれるならいくらでもお支払いたします、身体で差し出せと言うのならば差し上げます、今ここで死ねと言うのならば死にましょう」
「・・・」
「あなた様の望むことを何か一つ私に申しつけください」
「・・・」
「申し訳ないと思っているのなら私を助けると思って何かを望んで下さい。 それが私には救いとなります」
「・・・」
それはただの自己満足じゃないか。
王女様の思いを今まで黙って聞いていた俺はずっとその一言だけが頭に思い浮かんでいた。
事実それは何も間違っていないし、そう言いきってしまうのは簡単だ。
だが、
「……何を言ってもあなたの気は変わらないんですね? 例えばそれは俺が今からあなたに最悪な命令をしようとしていたとしても?」
俺は静かにそう問う。
「はい」
それに対して王女様は何も躊躇うことなく、詳細さえ聞かずに頷いた。
(・・・似てるな)
その姿がかつての知り合いと重なって見えてしまった。
馬鹿みたいに真面目で強引だったあいつは今何をしているのだろう、また誰かに迷惑でもかけてやいないだろうか。
そんなことを考えると、思わず笑ってしまった。
そんな俺を見て王女様はまた不思議そうにしている。
そんな王女様を見た俺は顔を引き締め、「王女様!」と彼女に呼び掛ける。
「は、はい!?」
急に大声で呼ばれた王女様はビックリしながそう返事した。
「あなたの意思は分かりました。 じゃあ今から俺の望みを言います」
「・・・」
俺が真剣な表情でそう言ったことでその場が緊張した空気に包まれる。
「俺の望みは・・・」
そこで俺は一旦ためて、
「これからの三日間、たった三日でいいので俺と友達になってくれませんか?」
真剣な表情から一転して笑顔になりそう言った。