1章 黒騎士②
リンシアが目覚めたと知らせを受けてすぐにリンシアの部屋に向かった。
部屋は1階の右隅らしい。謁見室から出た俺は真ん中の階段を大急ぎで降りた。右の寝室や客室に通じる扉にも門番が立っているが、俺の顔をみると扉を開けてくれる。顔パスってやつだ。ホテルのように部屋が何個も続いている。右隅と聞かされていたので急ぎ足でそこに向かう。
部屋に向かう途中色々な感情や思いで頭の中が埋め尽くされる。
それと血に汚れた服のままあっていいのか少し迷ったが、何よりもまずリンシアを見たい気持ちが勝った。
俺を分かってくれるだろうか?
覚えててくれるだろうか?喜んでくれるだろうか?怒らないだろうか?悲しまないだろうか?
期待と不安が一気に押し寄せる。
鼓動がうるさい。冷静になろう。深呼吸だ。
とうとうリンシアの部屋の前に着いた。
リンシアの部屋の前に立ち身だしなみを整え再度深呼吸し、部屋の扉をノックした。
「どうぞ。」
可愛らしい声が返ってくる。
· · ·ガチャ· · ·
ゆっくりと扉を開ける。開いている大きな窓から入る風に吹かれ、出会った時と同じ鈴の音を響かせた彼女がベッドに座っていた。
恐る恐る中へと足を踏み入れる。
成長し背が伸びて痩せているものの相変わらず綺麗な蓮の色の髪と金色の瞳が美しく神秘的だ。
「· · ·あなた· · ·まさか、ゆき· · ·?」
彼女は驚いた表情で俺を見つめ、ふらっと立ち上がり俺へとゆっくり近づいてくる。彼女の震える両手が俺の頬に当てられる。
「· · ·ああ、そう、そうだよ、リンシア!俺はゆきだ。」
彼女はぽろぽろと涙を流した。
「ああ、やっぱり!やっぱり· · ·ゆきなのね。生きてて良かったわ。ゆき· · ·」
抱きしめようとした、そのとき、ふらっとリンシアが倒れそうになる。
「無理しちゃだめだ、リンシア。ほら。」
長い間眠っていた反動からかフラフラと足元がおぼつかない彼女を支えベッドまで連れていく。
「· · ·ずいぶん背が伸びたわね、ゆき。」
ふふっと彼女は微笑んだ。
「まぁ、10年だしな、あれから。それゃ成長するさ、俺も。· · ·リンシアも· · ·リンシアも綺麗になった。」
少し照れくさかったが、素直な感情を彼女に伝える。自分の頬が紅くなるのが分かる。
「ありがとう、ゆき· · ·」
長い沈黙が続く。喋りたいこと色々あったのにいざ目の前にすると真っ白になって何をどう話せばいいか分からなくなってしまった。だが、その沈黙をまず破ってきたのはリンシアの方だった。
「· · ·あの、ルートは?ルートはどうなったの?」
ルート!
その名を聞いて俺は心臓が飛びでるかと思った。久しぶりに聞く名だ。
丸く大きな彼女の瞳が俺を見つめる。
「· · ·ルートは· · · · ·」
動揺を隠せない俺は言葉を詰まらせ目を泳がせる。
忘れたくても忘れられないあの出来事。
ああ、また鮮明に思い出す。
あいつとの出会いを。あいつが教えてくれた文字。あいつが教えてくれた剣術。あいつが教えてくれたあいつの思い出。
そしてあいつが俺に最後に伝えた言葉を· · ·
「· · ·ルートは、ルートは俺が――――。」
そう言い残して俺は彼女の部屋を逃げるようにして慌てて出ていった。
次回からは過去編になります。