緋色の姫君と鏡の騎士
お姫様と騎士が出会うまでの話です。
春を告げる鳥の声が響く街、王都は国民たちの活気に満ちた声と空気で埋め尽くされている。
王都と地方を結ぶ列車から降り立った彼女は、ずれかけた帽子を直して大きな荷物と共に、周囲へ気を配りながら中央駅の改札を通った。服や靴はごくごく一般的なものであるが、帽子の奥にある瞳と髪は燃える炎のような鮮やかな赤色をしている。彼女はそれを隠すように、荷物を抱えて俯きながら人の波の中をなんとか歩いていた。
(今までいた村や女学校とは大違いね)
気を抜けば飲まれてしまいそうな駅前を歩いて、今度はバス停の並ぶターミナル前で立ち尽くす。
(何処行きのバスへ乗ればよかったかしら)
上着のポケットに入れていた手紙を取り出すべく手袋を外しかけて彼女はその手を止めた。一度は右手へ手をかけたのを止めて、左側の方を外す。
(今の私は見られてはいけないものばかり。街を歩くことがこんなに大変だとは思わなかったわ)
そうして今度こそ手紙を取り出すと、丁寧な文字でつづられた文章とターミナルの表示を見比べ始めた。
「……もし」
「ひあっ!」
必死ににらめっこをしていた彼女は、突然後ろから声を掛けられてひときわ大きな声を上げてしまう。慌てて口を塞げば、ターミナルにいた幾人かは彼女の方を見ていたがすぐに目をそらして別の方を向いていた。
「申し訳ありません」
彼女に声をかけてきたのは、彼女とそう年の変わらなさそうな少女である。太陽に照らされ輝く金髪は肩までで切りそろえられ、青空を思わせる碧眼でじっと彼女を見つめていた。
「失礼ですが、イングリート殿下であらせられますでしょうか」
声をかけてきた少女は、目の前の彼女と自分にしか聴こえないくらいの小さな声で話す。イングリートと呼ばれた彼女が無言でうなづくと、少女は一歩下がって深く頭を下げた。
「お初にお目にかかります。エリザベス・ノリスと申します。殿下の叔母君から命じられ、お迎えに上がりました」
先程の確認よりも大きな声で少女は名乗る。彼女は慌てて返事をした。
「止めてください! エリザベスさん、どうか顔を上げてください。そんな、私そんな立場じゃ」
「どうぞエリスとお呼びください、殿下。そして立場と仰せになるならば、これは正しいものにございます」
恐縮する彼女を前に、エリスは食い下がる。
「……せめてシアと呼んでください。イングリートは私の名前ですが、堅苦しくて好きではありません」
「とんでもない。殿下のような高貴な方を私のような者が愛称でお呼びするなど」
ため息交じりの彼女、シアの要望をエリスは固辞した。
殿下、立場、高貴。
どれ一つとっても、今までのシアの人生には縁遠い言葉である。
「殿下、ご案内いたします。学院で叔母君がお待ちです」
当然のようにシアの荷物を持つと、空いた手で促すように一つのバス停を指し示した。
『フェアトラーク学院方面』
バスの行先はそう書かれている。手紙と照らし合わせてそれが目的のバスであることを確認すると、シアはエリスにありがとうと声をかけた。
「バス停がわからなくて困っていたところだったんです」
「お気になさらず。殿下を安全に学院までお送りすることが私の役目ですから」
再び頭を下げて先を進もうとするエリスの手をシアは反射的に掴む。
「……殿下?」
「あ、えと、その……そう、はぐれないように! 人が多くてはぐれてしまいそうで、だから、しばらく手をつないでもいいですか……?」
自分の行動に自分で混乱しながらも、シアはエリスにそう提案する。
「殿下のお望みであれば」
「ありがとう、エリザベスさん」
「いえ……それに、私のことはエリスとお呼びください」
「それなら、私のこともシアと呼んでください。一方的なのは嫌です」
そう言ってシアは口を尖らせた。
「殿下、お聞き分けを」
「シアですよ、エリザベスさん」
「……それはご命令と解釈すればよろしいでしょうか」
今度はシアの眉間にしわが寄る。
「命令じゃありません。友達に命令なんてしないものです。私はあなたにお願いしているんです」
「友達? 私が、殿下の?」
「ええ。こうして出会ったのも何かの縁でしょうから。私、エリザベスさんのお友達になりたいです」
シアの言葉に、エリスは目を丸くした。
「だから、お願いします。私を連れて行ってください。このままで」
「殿下をご案内するのは、そもそも私に与えられた役目でございます。謹んで、案内役を務めさせていただきます」
手を握られながらも一礼するエリスの態度は、初めて顔を合わせたときと何ら違うところはない。
「全ては我が君、緋色の姫君たるイングリート・レティシア・シャルラハロート王女殿下のために」
シアはエリスの案内に従ってバスに乗り込み、目的地であるフェアトラーク学院に到着するまで、ずっとその手を握り続けていた。
「到着いたしました、殿下」
促されてバスを降りれば、眼前に広がるのは乗ってきたバスほどもありそうな大きな門と、その奥に見える大小さまざまな建築物。シアは見慣れぬそれらを前にただ茫然としていた。
「すごい」
「これが私たちの学院、特別騎士養成機関フェアトラークです」
エリスは手元の懐中時計に目をやると、参りましょうとシアに声をかける。
「叔母君が中でお待ちですので――」
「お帰り、エリス」
低い男性の声が響いて、二人は声のした方を振り返った。
そこには、ともすれば二十代にも四十代にも見えそうな男性が二人に向かって歩いてくる。シアとエリスはそれぞれに緊張を緩めた。
「エリザベス・ノリス、只今戻りました、ブルーム先生」
「お勤めご苦労、よくやってくれた。そしてシアは久しぶりかな。元気そうで何よりだ」
「ご無沙汰しております、アル叔父さん」
「何年ぶりかな、見違えて別嬪さんになってびっくりしたよ」
エリスから少し離れたシアは男性に頭を下げ、アルと呼ばれた男性はシアの顔を見るなり表情をほころばせ、頭を撫でる。
「長旅で疲れただろう? 奥に案内しよう、彼女もそこで待っている」
「いえ、疲れだなんて! 荷物だって自分で持てるくらいですよ」
力強く答えるシアの姿に、彼は頼もしいなと返した。
「それくらい元気な姿を見れば、きっと彼女も安心するよ。無理やり村から出すことになったのをとても心配していたからね。早く会いに行ってあげよう」
「はい!」
そこでシアは後ろを振り返って荷物を取ろうとするが、その前にエリスがそれを持ち上げる。
「荷物くらい、自分で……」
「殿下にそのようなことをさせるわけには参りません。私が運ばせていただきますので、殿下はどうぞご心配なく」
「そんな、エリザベスさんだって女の子なのに」
「大丈夫さ、シア」
アルは申し訳なさそうにするシアの肩を軽くたたいた。
「エリス、荷物は任せたよ」
「はい」
エリスは見た目には重そうなシアの荷物を顔色一つ変えずに抱えて歩いていく。その姿を見て、シアは顔を合わせたときから荷物を運んでいる彼女が疲れていないわけがないのに、それをおくびにも出さないことに驚きと尊敬の念を抱いた。
「エリザベスさん、すごいですね」
「このくらい当然です、ここの学生であるならば」
「エリス、もっと素直に受け止めたらどうだい?」
アルのたしなめる口調にも、やはり表情が揺らぐことはない。
「シア、驚いただろう。彼女はこの学院でも特に気真面目なんだ」
「そう、なんですか」
「エリスは、決して君に対して冷たいわけではないんだよ。ただ、真面目に命令を果たそうとしているだけで」
「命令?」
シアが首をかしげると、すぐわかるさ、とアルは返した。
三人は校門をくぐって最初に現れた建物に入ると、階段を上がって建物の奥へと進んで行く。
「ここは学生の授業や職員の業務が行われる本館だ。今日は休日だからあまり人がいないけれど、普段はもっとにぎやかなんだよ」
あたりを見回しながら歩くシアの姿を見て、見かねたアルはそう声をかけた。
「そんなにたくさんいるんですか?」
「たくさん、というどどうだろうね。学校という組織で考えるならば、ここは小さいかもしれない……でも」
「でも?」
「ここには、世界の未来がある。先人から託されて、あとにつながっていく未来だ。そういう場所だから、僕はここがにぎやかで活気ある場所であってほしいと思っているよ」
そこでアルはエリスを振り返る。
「だから、君にも本当はもっと笑っていてほしいんだけどね」
「……理由もなく笑えません」
「エリス、君のそういうところは美徳だとも思うけれど、もったいないとも僕は思うよ。せっかく主を持つことになって、しかもそれがかわいい姪となったら、君とシアには出来れば仲良くしてほしいと願っているんだよ」
困ったように笑うアルの姿を見て、エリスは何かを言いかけたがすぐに口をつぐんで先へと進んでしまう。
「エリザベスさん、怒っちゃいましたかね」
背中を見ながら、シアはひっそりと隣の叔父に話しかけた。
「いや、あれは怒ってるんじゃなくて困ってるんだね。何を言えばいいのかわからなくなったんだろう」
「叔父さん、実はいじわるさんなんですか?」
「心外だなぁ。僕はいつだって本心しか言わないよ」
「あまり度が過ぎると、叔母さんに叱られますよ」
姪からの忠告を、アルは肝に銘じておこう、と笑って受け止める。
「到着いたしました」
二人のやり取りを知ってか知らずか、先を進んでいたエリスが機械的に告げた。
「こちらが理事長室でございます、殿下」
「シア、彼女に会いに行こうか」
シアはアルに差し出された手を取り、にっこりと笑みを浮かべる。
「久しぶりで少しドキドキしますね」
「なに、気にすることはない。僕たちは家族だ。感動の再会と行こうじゃないか」
そこでシアの目はエリスに向けられた。
「エリザベスさん、あなたも一緒に来ていただけますか?」
「殿下のおいでになるところならばどこへでも」
シアからの問に、エリスはためらいなく応える。
「私は殿下の従者でございます」
その返事に眉尻を下げながら、シアは目の前の扉に手をかけた。
扉の向こうの広い部屋には女性が一人立っている。入ってきた三人を見て、その顔をぱっと明るくした。
「待ってたわ、シア」
深紅の髪の女性はそう言ってシアを抱きしめる。
「お久しぶりです、叔母さん。あの、手紙のこと……」
「そうね、あなたの立場が今どういったものか、ちゃんと話さなければならないわ。……まずは身軽になりましょうか。シア、もう帽子とか手袋とか、外しても大丈夫よ」
シアは指摘されて帽子の存在を思い出したのか、慌てたように外した。帽子の下からわずかに見えていた赤髪が、帽子を外すことで腰まで長いことがわかる。ふうと一息ついたシアは、そのまま案内されたソファに腰掛けた。
「今日まで何も説明することができずごめんなさい」
女性は深く頭を下げる。
「その事情から説明するわ。この国の王族にはいくつかのしきたりがある。そのうちの一つが、生まれてすぐ、市井に里子に出されるということ。それもなるべく王都から離れた場所へ」
「それは、どうして?」
シアの問いに、女性は微笑んで答えた。
「後継ぎを隠して育てるため、と聞いているわ。王に何かあっても、後継ぎがそれに巻き込まれないようにするためということね。里子に出された王子や王女は16歳の年に王都へ呼び戻され、今度は後継ぎとしての勉強をしてもらうことになる」
「……まって、叔母さん。それなら――」
「そう、シアはまだ16歳の誕生日を迎えていない。あなたがここに来るのは、もう少し後になるはずだった。でもそうはいかない事情ができてしまった」
「事情?」
頭を抱えて女性は話を続ける。
「内政が不安定でね……簡単に言うと、権力争いが起こり始めている。兄上、あなたのお父様は、その争いに何も知らないあなたが巻き込まれてしまうかもしれないと思った。それで継承権を放棄した王妹であり、中立機関の学院の責任者でもある私に、あなたの保護を命じたの。もちろん、秘密裏にね。そもそも、出生申告前に私たち夫婦という縁者と接触させていたあたり、兄上はずっと前からこうなることを予測していたのかもしれないわ」
「全部、本当のことなんですね」
シアはまっすぐに叔母を見た。
「私はこの国の王女。しきたりで隠されていた。そして今、守ってもらうためにここにいる」
「ええ、その通りよ。シア、あなたを守るのは私であり、アルであり、そしてエリスやこの学院の教師生徒全員でもある」
「生徒さんまで、ですか」
「知っての通り、この学院は各国へ特殊な訓練を受けた騎士たち、通称ミロワールを育成するための中立機関。この敷地内では一切の政治的及び軍事的活動は禁止されている。兄上が心配されている内政のもめごとからあなたを隔絶するには、最も適した場所だわ」
「そこまでしなければならない、ということですね?」
「……あなたは本当に賢く育ってくれた。近くに小さな村しかない女学校に入れたのは間違いなかったわね」
彼女はシアの手を握る。
「あなたはこの国の未来になるの。それに私にとっても、あなたは実の娘みたいなもの。だから、絶対にあなたを守り抜いてみせる。レイナ・ブルームの名にかけて」
「叔母さん……」
彼女、レイナはそれまでの真剣な表情から、最初の笑顔に戻った。
「今日はもう疲れたでしょう。エリス、シアを部屋まで案内してあげて」
「かしこまりました、理事長」
エリスは入ってきたのと同じように荷物を抱えて、こちらですとシアに声をかける。勢いよく立ち上がったシアは一際大きな声を上げた。
「叔母さん、あの、私! びっくりしたけど、本当に驚いて、正直何も呑み込めてないのかもしれないけど……でも、叔母さんのことも、叔父さんのことも大好きだから! そこは変わらないから! だから、謝らなくて大丈夫!」
「シア……」
レイナの返事が終わるよりも早く失礼します、とお辞儀をしたシアは、エリスを引き連れてずんずんと部屋を後にする。
「本当に、真っ直ぐで賢いね、僕たちのお姫様は」
二人が出て行った後、アルはレイナの肩を抱いて囁いた。
「あんなに優しくて強い子が、せめて真っ直ぐ進めるように、僕たちも頑張らないと」
「そうね」
「だから、君の涙は、彼女の戴冠式にでもとっておいた方がいい」
「あら、戴冠式は娘の成長を前に泣きそうになってる兄上を笑う予定なんだからいいのよ。それで、あの子の結婚式には兄上に驚かれるくらい泣いてやるわ」
「本当に、君は変わらないね」
「もっとほめてくれてもいいのよ」
「また今度にするよ」
二人はそう言って笑い合い、もういないシアの背中に目を向ける。
自室へと案内するというエリスへシアは声をかけた。
「あの、エリザベスさん」
「なんでしょうか、殿下」
エリスはわずかにシアを見て返事をする。
「私のことは、どの程度ご存知なんでしょうか」
「先程、叔母君である理事長がお話しされたことについてでしたら、すでに存じております。後は年齢と殿下のフルネーム、女学校では『シア・ブルーム』と名乗られていたことくらいでしょうか」
「そう、ですか」
答えるとシアは足を止める。素早く気付いたエリスは、振り返って尋ねた。
「殿下、ご気分でもすぐれないのでしょうか。気付けず申し訳ございません」
「違うんです」
シアは咄嗟に顔を上げてエリスの腕をつかむ。
「エリザベスさん、私を独りにしないでください」
「……申し訳ございません。おっしゃっている意味をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「今日会ったばかりでこう言うことは正しくないのかもしれませんが、エリザベスさんは多分とても真面目で誠実な方だと思うんです。でも、私にはそれがとても寂しい。ここに来るまでにお願いしたことも、聞き入れられてもらえていません」
「お願いとは」
「エリザベスさんと友達になりたい、という話です」
「殿下は私がお守りするべき主ですから、友人という関係性はふさわしくないと判断いたしました」
淡々とエリスは返答する。
「殿下は私にとって主となられる方であり、私は殿下の身代わりの騎士です。それがたとえこの学院にいる間だけのことだとしても。主従の関係は守られなければなりません」
お部屋へ参りましょう、とエリスが促すがシアは動こうとしなかった。その様子を見て、エリスは荷物を持ったまま先へ行ってしまう。かと思えばすぐに身軽になった状態で戻ってきて、そのままシアの後ろに回り込んだ。あまりに滑らかな動きのために、シアは口を挟む間もない。
「殿下、失礼いたします」
エリスはシアの返答を待たず彼女の身体を抱え上げた。
「えっ、エリザベスさん!?」
「もう間もなくお部屋に到着いたしますので、それまでご辛抱を」
エリスの言葉通り、ほどなくしてシアに割り当てられているという部屋に到着する。扉の前でシアを下ろしたエリスは、懐から取り出した鍵を使って扉を開いた。
「中へどうぞ」
室内にはベットと机、扉のある棚が二つずつ、クリーム色の壁紙に、窓には濃いめの緑のカーテンが設置されている。派手な装飾はなく、休息をとるためだけに設計されたような内装になっていた。
「ここが、私の部屋……」
「正確には、殿下と私の部屋になります。私は今日より、護衛として同じ部屋で生活させていただきますので。本来は個室をご用意すべきところを、御身の安全確保のためにこのような措置を取らせていただいております。窮屈と思われるかもしれませんが、どうかご容赦を」
「なぜ、そんな言い方をされるんですか」
シアの言葉にエリスが顔を上げると、そこには先程廊下でエリスを見たときと同じ表情を浮かべた彼女の姿がある。
「どうして、そんな、エリザベスさんが私にとって邪魔者みたいな」
「殿下、それは――」
「それがエリザベスさんにとって正しい言い回しなのかもしれません。でも、聞いている私には不愉快です」
「気分を害してしまい申し訳ございません。しかし、私は、私たちはあくまでも殿下のような高貴な身分の方の身代わりです。そのためには、時としてお姿をそのままお借りする場合もございます」
「身分、ですか」
そこでシアは突然服を脱ぎ捨てた。突然のことに言葉を失っているエリスを前に、ワンピースから肌着から、最後に下着まで全部を脱いだ後、嵌めていた指輪を外してベッドの上に放り投げる。そして、本当の意味で身一つになった状態で、シアはエリスをまっすぐに見据えた。
「これならどうですか。ここにいるのは王女ではありません。ただのシア、ただの村娘です。ただのシアではいけませんか。私がただのシアでも、エリザベスさんはお友達にはなっていただけませんか」
「どうして、そこまで」
「……初めて来た土地で、友達が欲しいと思うのはそんなにおかしいことでしょうか。見知らぬ人ばかりの場所で、傍に居る友達が欲しいと願うのはそんなに間違っているでしょうか」
エリスは答えない。ただ、目をそらさず真っ直ぐ見ている。
「最初の友達は、ここで最初に出会ったエリザベスさんがいいんです」
「初めてです。そんな風に言われたのは」
ようやく口を開いたエリスは、自分が着ていた制服の上着を脱ぐとシアの肩に掛けた。
「お風邪を召されるといけません。いくらあなたが炎のような情熱を持っていたとしても」
「エリザベスさん……」
「エリスとお呼びください。数少ない友人は、私をそう呼びます」
「えっ」
「公式の場できちんと主従を守っていただけるのであれば、他に差し支えることもないかと思いましたので……あなたの望むとおりに、シア様」
表情の起伏が少なかったエリスがわずかに笑っていることに気付いたシアは、しばらく固まった後、顔を輝かせてエリスの手を取った。
「よろしくね、エリス! でも呼んでくれるのであれば、呼び捨てがいいわ!」
「他の学生に示しがつきませんので、そこは譲れません」
「あら、残念」
「そこを残念に思うのは、おそらくシア様だけですよ」
そうして、エリスはシアの王都における最初の友人となった。
のんびり更新していきます。