口に出したら殺すにゃ
「ふぉぉぉぉ……」
思わず、俺は感動してしまった。
ダンジョンを出ると、そこは恐ろしく高い木々に囲まれた森だった。
木は二十メートルはあるだろう。枝はあまりなく、陽の光の大部分を遮っていた。
日本人だった記憶をたどっても、これほどの暗く覆い被さるような森は初めてだった。
それと今の俺の視界は、思えば随分と不思議なものだった。フィーの頭の上にいるのに、すこし俯瞰した視点がある。フィーの顔も、シエルの顔もよくわかるのだ。
俺に目玉があるわけじゃないので、そもそも見えていること自体が一つの奇跡なのかも知れない。
『というか、俺のいたところは祠みたいなもんだったんだな』
てっきり地下迷宮かなんかだと思っていたが、俺は地下一階の台座に安置されていたのだった。
しかし、なぜこんなところに放置されていたのかはわからない。
まぁ、クソ女神のしたことを考えるだけ無駄かもしれない。
『で、これからどーすんだ?』
回復魔法を使えるとかで、わりとしゃっきりと歩くシエルに比べて、フィーは全身がくがくしながら歩いていた。
よほど力を使い果たしたのか、シエルに肩を貸してもらいながらだった。
「この森にはまだワーベアがうようよいるにゃ。長居は無用にゃ、すぐ街に戻るにゃ」
「仮眠を一度とったら、そこからは休まず戻ります」
シエルはフィーに肩を貸しながら、ネコ耳の俺にも触っていた。
これはいいアイデアだった。これなら、全員と会話できる。
シエルの肢体がいい位置にあるのだが、やっぱり匂いは感じられないのが惜しかった。
『今度ワーベアに出会ったら、やべーだろうなぁ……』
「余計なことを言うにゃ、本当になるにゃ」
う~わ、フラグだ。そう思ったが、口には出さなかった。
◇
とりあえず歩き続けて、周囲はどんどん暗くなってきた。月明かりもない森の中だが、二人はつまずくこともなく進んでいく。
『よく歩けるな、ほとんど見えねぇじゃねーか』
「魔力を探りながら歩くから、危ないなんてことないにゃ」
どうやらこの世界の世界の住人は、魔力を利用したりするのが当たり前のようだ。俺もなんとなくスキルが使えるが、魔力を使う感覚っていうのは、いまいちわからない。
さらに歩くと、倒木で開けた場所に出た。青白い月の光と、星の灯りが降り注ぐ、なんとも美しい場所だった。
「……ここで、少し休みましょう」
フィーとシエルは倒木に腰を下ろし、荷物も地面に置いた。実はさっきから、フィーの様子が少しおかしかった。
立ち止まったり、うつ向いたりと明らかに挙動不審だ。
「…………」
今はなんだか、意味もなく体を揺すっている。もしかしてスキル使用の副作用だろうか。【神の舞】の超加速、やはり体にガタが来るのか?
『おい、どこか痛むのか? 調子悪そうだぞ 』
「……ほっといてにゃ」
『お前に何かあると、俺も困るんだが』
「……心配してくれて、どうもありがとうにゃ。でもほっとくにゃ」
フィーは内股になり、落ち着きなく脚をもじもじさせている。
シエルも心配そうにフィーを見てるが、なにも言わない。
あ、そういうことか。
『もしやフィー……お前』
「口に出したら殺すにゃよ、トオノ」
確信した。色々と、漏れそうなんだな。
俺には排泄器官がないせいか、忘れていた。
「うにゃ……うにゃ……」
「お嬢様、やはりご無理にも限度がっ」
「揺らすにゃ! 肩を揺らすんじゃないにゃ!」
流石に可哀想だなぁ。出会って数時間の男?にトイレまでついて来られるのは、そりゃ嫌だろう。
先々の関係というのもある。いきなり好感度がマイナスになるのは望むところではない。
『おい、フィー……』
「なんにゃ、深刻そうな声にゃ。今の私よりピンチなのかにゃ?」
顔が青くなっているのに、なんて強がりだ。これはこれで、褒めるべきなのか。
『いや、このネコ耳なんだが……外せるぞ』
「んにゃ!?」
『ただ、俺は誰かの頭に乗ってなきゃいけないんだ。シエルの頭に乗せてくれ』
単に外せるというだけだと、そのまま捨てられるかもしれない。誰かの頭の上にいなければならないのが、ネコ耳の辛いところだ。
シエルは手を小さく上げ、賛意を示した。
「お嬢様、私に乗せて構いませんよ」
「……シエル、でもにゃ」
二人は手を取り合い、瞳を潤ませている。まるで、呪いを移し変えるみたいな調子だった。
「私の命の恩人です。頭に乗せるくらい、なんでもありません」
「それと語尾ににゃがつくにゃよ。かなり死にたくなるにゃ」
「……覚悟はできています」
本当に呪いのアイテム扱いじゃねーか! ちょっと傷つくわ。
「なら、私も色々限界にゃ……これはシエルに預けるにゃ」
そういうとフィーは、俺をぱっと手に取った。
が、そのまま腕を振りかぶり、俺を投げ捨てようとする!
「だめです、お嬢様!」
シエルがその腕を掴み、振り抜く直前で止める。危ないな、オイ。
「……冗談ですわ」
フィーは一点の曇りもなくにっこりと笑うと、俺をシエルの頭に乗せたのだった。