俺が引き受けたぜ!
確か、喋る熊のモンスターはワーベアだったか?
見た通り魔法とかは使わない、肉弾戦が得意なモンスターだな。
そんなに強いモンスターじゃないはずだが。
だが、俺は二人がものすごく緊張していることに気がついた。
顔はひきつり、動きがぎこちない。明らかに、恐怖しているようだった。
『オイ、どうしたってんだ?』
「ちょっと黙るにゃん! 気が散るにゃん!」
かなり焦っている声だ。まじか、そんな危険な相手なのか?
「ワーベアは中級モンスターにゃん。まともに相手したら、命がいくつあっても足りないにゃん!」
嘘だろ、オイ。仮にフィーがここで死んだら、俺はどうなるんだ?
間違いなく、ワーベアが俺を頭に乗せるわけがない。
またダンジョンに放置プレイ、暗い世界に逆戻りだ。
「お嬢様、光魔法で隙を作ります……その隙に逃げましょう」
「もちろんにゃ……!」
青髪の女性は、ぼそぼそと小声でフィーに耳打ちする。
逃げの一手らしい。まあ、別にいいか。
あんな丸太のような腕で叩かれたら、二人の体なんてふっ飛ばされるだろう。
こんなところで死なれても困るし、俺のスキルもまだ未知数だ。
危険な橋をあえて渡る必要はない。
ワーベアが陣取るのは、この部屋の中央だ。
奥に闇が続いているので、かなり細長い部屋なんだろう。
逃げるなら、脇をうまくすり抜けるしかない。
フィーと青髪の女性は目配せすると、頷きあう。
「いきますよ、せーのっ! 瞬く閃光!!」
青髪の女性がそう言って手をかざすや、光の球がワーベアへと迫った。
かなりの速さだ、避ける間もない。
同時に、二人ともワーベアの背後にある出口に向かって駆け出す。
瞬間、光が弾けた。白い光が部屋中に迸る。
なるほど、閃光弾か!?
俺は特に眩しいとは感じなかったが、ワーベアには効果はてき面だった。
「グア……!? グアアアア!!」
ワーベアはまともに光を受けて、顔を両手で覆う。苦しそうに、叫び声をあげる。
二人はその隙に、脇を走り抜けようとする。
バゴォ!!
ワーベアが光を振り払うようにぶん回した腕、それが青髪の女性に当たる!
なんてこった、運がないっ!
「あっ……ぐっ…!?」
一撃で青髪の女性は、台座まで吹っ飛ばされてしまう。
フィーは目を閉じていたのか、遅れて事態を認識したようだ。
「シエルーーー!!」
「お、お嬢様……逃げて、ください!!」
フィーから絶望の感情が、俺に流れ込んでくる。
シエルは部屋の奥に叩きつけられ、ワーベアはちょうどフィーとシエルの間に立つ形になる。
光の球はすでに小さくなり、ワーベアも視力を取り戻したようだ。
「マブシイ……! マホウ、ツカウヤツ……コロスッ!!」
ワーベアはフィーには目もくれず、猛然とシエルに突進していく。
まさに荒れ狂る獣そのままだ。桁外れの勢いだった。
「お嬢様……!! 早く、行ってください!!」
シエルは剣を振りかぶるが、ワーベアの攻撃は止まらない。
あっさりと片腕で剣を弾き、もう片方の腕でシエルを地面に叩きつける。
その一撃で、戦いは終わりだった。
シエルは剣を落とし倒れて、もう動けないようだ。
「いやにゃぁぁぁぁぁ……!! シエルッ!!」
フィーも叫びながらシエルのもとに走り寄るが、ワーベアの動きには無駄がない。
右腕を高く上げ、とどめの一撃を喰らわせるつもりだ!
『しゃあねえなッ!!』
俺はスキルの一つを選択する。このまま、見殺しにはできない。
フィーに逃げろという彼女を見捨てれば、人間じゃない。
俺の体はネコ耳でも心は熱く、人間のままなんだ!
『スキル【神の舞】を使用します。よろしいですか?』
『イエス、イエス、イエス! オラァァァァ!!』
『発動時間は三十秒です。ご武運をお祈りします』
システムメッセージが終わると同時だった。
ワーベアの一撃まで、数秒もないはずだ。
しかし、その一撃は引き伸ばされ、さらにフィーの身体はありえないほどの加速をした。
まるで、まわりの時間が遅くなったかのようだった。
走るというよりも、石畳を跳ねるようにワーベアに肉薄する。
「にゃ……!? これはなんにゃ!?」
『黙ってろ、選手交代だぜ!』
どういうスキルかわからなかったが、これならイケる!
ワーベアがこちらに気がつき、腕を振り下ろしながら顔を向けてくる。
だが遅い、俺はフィーの身体をジャンプさせ――ワーベアの目を斬りつける!!
手応えはあった。ワーベアの右目から、血が吹きあがる。
「グアアアアアッッッ!!」
そのまま着地し、シエルとワーベアの間に体を滑り込ませる。
息一つ乱れていない。剣も鎧の重さも感じない。すごい力だッ!
「お、お嬢様……! ど、どうして……」
倒れたままのシエルが言葉をかけてくる。
苦しそうだが、まだ生きているようだ。シエルはなんとか、立ち上がろうとする。
それをフィーの手で制して、軽々と剣を構える。
いまや、フィーの体すべてが俺の支配下にあった。
「俺の名前はトオノ。こっからは俺が引き受けたぜ!!」