フィー=キス=ザネイト
金髪の女の子は、大パニックを起こしていた。
それにつられて、青髪の女性もおろおろしている。
「お、お嬢様……お気を確かに!!」
「私は正気にゃ!」
金髪の女の子は腕をぶんぶんと振り回して、アピールした。俺は頭の上から、それを眺める。すごく揺れるし奇妙な視点だが、台座の上に比べればよっぽどいい。
しかも金髪美少女の頭の上、人生でも初めての体験だった。
もし、女の子の頭の上に顎とか乗せたら、こんな感じに見えるんだろーな。
残念なのは匂いは感じられず、髪の感触もほとんどわからないことだった。
とかなんとか考えていた俺の中に、不思議な情報が入り込んできた。ぱっと頭の中に浮かぶ感じだ。どうやら、金髪美少女のステータスらしい。
なるほど、装備者の能力が分かるのか。
【名前】 フィー=キス=ザネイト
【レベル】 3
【種族】 人間
【性別】 女性
【年齢】 15歳
【クラス】 勇者
オイオイオイ、俺よりステータスが細かいじゃねーか!
しかも俺にはなかった性別、年齢があるし……。俺のステータスと根本的に違う。
なんとステータス欄では、俺はもう生き物でさえないらしい。
あらためてショックな事実だった。
しかし、名前がわかったのは便利だ。フィーちゃんね。
名前も可愛いじゃねーか。ますます気に入った!
『フィーがあなたを装備しました。レベル差が大きい為、優先権はあなたに与えられます。あなたの同意がない限り、装備は解除されません』
これは予想外だ。つまり、勝手に外されることはないということか。
ただレベル差が大きくないと、ダメらしい。レベルは996ほど離れているが、心の片隅に記憶しておこう。
俺がシステムメッセージ的なものを確認している間も、二人はまだ騒いでいた。
なぜか俺を装備すると強制的に語尾が<にゃ>になるようだ。さすが馬鹿女神。
頭のおかしいことをさせたら一級品だなぁ!
性質の悪い能力をつけやがって!! 意味があんのか、その能力!
「この語尾はなんなのにゃ!? 勝手ににゃんて付くにゃん!」
「どうか、お気を確かに……!!」
だが、語尾は俺が強制しているわけじゃない。俺にもどうにもできそうにない。
混乱している二人をしり目に、俺はとりあえず、できることを試してみる。
決して変態じゃないぞ。自分の能力を把握するために必要不可欠な作業だ。
まぁ、でも金髪美少女で嬉しいけどな!
『すーはーすーはー……』
駄目だ、ほとんど匂いは感じない。
かすかに、ほんわかしたスミレのような香りがするだけだ。
「いーやー! 誰かが匂いをッ、わたくしの匂いを嗅いでますにゃん!」
「お嬢様、一体先ほどから何を……!? も、もしや!」
青髪の女性は気がついたみたいだった。むんずと、俺を鷲掴みにする。
細くきれいな指先なのに残念なのは、柔らかさを感じられないことだった。
「こ、これのせいでは……!」
「――!! と、とってにゃ!」
そのまま、青髪の女性は指先に力を入れて、俺を頭から取ろうとする。
だが、びくともしない。おお、システムメッセージの通りだ。
あのメッセージだけは俺を裏切らない!
「ぐぐぐぐっ……な、なぜ取れないのでしょう!?」
「い、痛いにゃ~~!! でも、早く取ってにゃー!」
「そ、それが力を込めているのに、びくともしません……ぬぬぬぬっ!」
さらに青髪の女性が指に力をいれるが、一ミリも俺は浮き上がらない。
とりあえず一安心だ。引きはがされて、捨てられるのはごめんだった。
『オイ、そこらへんでやめとけよ。俺は取れねーぞ』
「……私の頭の中にも声が!?」
「そ、そう!! この声にゃ!!」
直接俺に触れているからか、青髪の女性にも俺の声が聞こえるらしい。
これなら説明の手間も省ける。
『俺はトオノ。ありえない話だが、このネコ耳そのものだ』
「は、はぁ~~!? 何なのにゃ、それは!」
『俺も知らねえ。いや、マジに』
「お、お嬢様……こ、このネコ耳がまさか喋っているということですか?」
青髪の女性の方が、勘が鋭いようだ。ネコ耳を掴む力が、少し緩む。
『そうだ、俺が喋ってる。と言っても、普通の声じゃないようだが。頭の中に直接話しかけるって言うのか、そんな感じみたいだな』
そんな俺の声がよほど気に障るのか、フィーは両手をばたつかせ、暴れている。
「頭の中でうるさいのにゃ! 早くどこかいけなのにゃ~!!」
『お断りだ。俺はお前を手放すつもりはない』
そうだ、俺には装備者が必要だ。スキルをいくら確認しても、装備者が必要なものばかり。それに一人では何もできないのは、この暗闇の中で嫌というほど思い知ったのだ。
絶対に絶対に、フィーを離すわけにはいかない。
あの一人ぼっちに戻りたくは、ない!
その時だ、ダンジョンの向こう側から派手な音がした。
ドゴォ!!
んん? 俺も聞いたことがない。壁に何かを叩きつけるような音だ。
こんな音を出す何かが、ダンジョンにいたのだろうか?
だが、この音を聞いて、二人はびくっと動きを止めた。
それまでの騒ぎようが嘘のようだ。
「ま、まずいにゃん……!」
「ここまで追ってくるとは……」
『……一体、何が来たんだよ』
嫌な予感がした。
そういえば、ここはダンジョン。まさか……
暗がりより、ゆっくりとそれが姿を現してきた。
光の球に映し出されたのは、ごわごわの茶黒の毛に、鋭い赤目。しかもデカイ。
二メートルは超える毛むくじゃらのモンスターだった。
「ココニ、イタ……! マルカジリ、マルカジリ……!!」
モンスターは歯をがちがちと鳴らしながら、こちらにのっしのっしと歩いてくる。
「しつこいやつだにゃん!」
俺はモンスターの姿に見覚えがあった。
転生前の世界でも、お馴染みの姿だ。
『……喋る熊かよ!』
フィーと青髪の女性は、剣を抜きモンスターを迎え撃つ態勢に入ったのだった。