出して……
時折、誰かのヒャーッという悲鳴や、わーっという……
……絶対、神崎だ、と思われる悲鳴が聞こえる以外は静かな夜の遊園地。
虫の音に混ざり、ぱしゃぱしゃという音が何処からか聞こえてきているのに飛鳥は気づいていた。
だが、羽田も由真も無反応で、羽田が語るしょうもない話を由真が頷き、聞いている。
飛鳥はその音がする方を眺めたが、そのとき、羽田が、
「あ」
と呑気な声を上げた。
「道間違ったな。
観覧車の方に出たわ」
と言う彼に、
「え?
いけませんか?」
と言うと、
「最後が観覧車って言われたろ?」
と渋面を作った羽田に言われる。
……霊の方がしっかり肝試しのルールを覚えているとはどういうことだ、と思いながらも、飛鳥は言った。
「でもまあ、別に行ってみても悪くはないんじゃないですか?
最後にまた此処に戻ってくればいいだけで」
ところで、此処の噂、なんでしたっけ? と言いながら、見えてきた巨大な観覧車を見上げると、由真が、
「観覧車の前を通ると、『……出して』って、小さな声が聞こえるって言うんじゃなかったか?」
と言ってきた。
「小さな声?
……爆音で聞こえてるの? 私だけ?」
「出してっ!
出して
出して
出してっ!」
と観覧車が近づいてくると、かなりの音量で聞こえ始めていた。
ドンドン、ドアを叩く音までする。
自分たちの目の前を涼しげな白いワンピースを着た髪の長い女が横切っていく。
こちらになどまったく気付かないように、すごい勢いで。
「……どうする? この怪現象」
「ほっとけよ。
最後なんだろ? 観覧車」
と由真はそちらを見もせず、言ってきた。
そうね、と呟き、飛鳥たちは、観覧車の前を横切った。
「出してっ。
出してくれよっ、おいっ!
ちょっと肩抱いただけじゃんか、もうーっ!」
一緒に回るパートナーの女の子においたをして、閉じ込められたらしい島田が、一番下にある観覧車のゴンドラの中から叫んでいた。
暗闇にそびえる観覧車は、ジェットコースターと並んで、廃墟の遊園地の雰囲気を盛り上げているものだが、島田のせいで、なんだか情緒もなく、騒がしい感じになっている。
「そのうち、誰かが助けるだろ」
と言う由真に、
「全員が誰か助けるだろと思って、自業自得な島田の前を通り過ぎそうな気がするけど、気のせい?」
返しながらも、自分たちも素通りする。
「ああっ。
待てっ、お前らっ。
由真っ、飛鳥っ。
……とそこの人っ」
えっ? と飛鳥は振り返った。
肝試しが始まる前、島田には見えていなかったはずの羽田の姿が、何故か今の彼には見えているようだった。
それは、彼が呪いの(?)観覧車に閉じ込められているせいなのか。
それとも――。
少し先を行く羽田の後ろ姿を見ながら、飛鳥は思う。
でも、それより気になることがあるんだけど、と。
あの水音。
小さな音なのに、何故か島田が叫ぶ声よりはっきり聞こえる。
遠くでも、くっきり見える霊のように。
飛鳥はもう一度、その音を追うように振り返った。
観覧車の前辺りにある水飲み場でこちらに背を向け、一心になにかを洗っている男の背中が見える。
その男は、羽田と同じような黒っぽいスーツを着ていた。
島田が見ているのは、あっちだろうか、と思ったが、それなら、今、彼を呼んでドアを叩かないのは、おかしいな、とも思う。
自分たちは通り過ぎたが、その男はまだ、いつまでもいつまでも、そこでなにかを洗っているのに――。
そのとき、
「飛鳥」
と誰かの手がふわっと飛鳥の視界を塞いだ。
由真の右手のようだった。
「行くぞ」
と言い、由真は飛鳥の目を押さえたまま、引っ張っていこうとする。
「わー、ちょっとちょっとっ。
見えないじゃんっ。
歩きにくいよっ」
と訴えたが、
「どうせ暗闇だろ」
と言われる。
もう~っ、と文句を言いながらも、そこから引き剥がしてくれた由真に感謝していた。