浮かびくるもの……
ぽちゃん……とした水音に、夜露かな、と思いながら、飛鳥は見なければいいのに、水面を見てしまった。
夜露かな?
夜露でしょう、きっと。
湖に張り出している茅かなにかから、夜露が滴り落ちたに違いない。
だが、飛鳥がそう結論づけようとしたとき、水の底から、泡のようなものが立ちのぼり始めた。
嫌な予感に現実逃避しかけたらしい、まゆが言う。
「……バブ?」
おい、と思ったが、自分もバブだと思いたかった。
霊もやだけど、巨大なガマが泡吹きながら上がってきても、やだしなーと思っている間、誰もが黙っていたので。
みんなも、何処からか、ぽちゃんと転がり落ちたバブが泡を吹いているのだと思おうとしたのに違いない。
しかし、現実逃避している全員の目の前で、無情にも、よどんだ水面から黒い塊が持ち上がってきた。
水草……。
水草だよ?
いや、明らかに人の頭の形をしてるけど。
きっと、人の形の水草だよ、と無理な笑顔を押し上げ、飛鳥は笑い飛ばそうとする。
そのとき、
「ねえ、そういえば、此処ってさ」
とまゆが口を開いた。
なにを語るつもりか知らないが、此処の怪談だけは今はよしてくれ、と思ったのだが。
この状況で、他の話題が出てくるとも思えなかった。
「謎のイキモノが住んでるって言われてるけど。
それって、見た人がなにを見たのか語りたくないから、そう言われてるんだって話聞いたんだけど」
あまり欲しくない情報をどうも、と思っていると、まゆは、なにかに気付いたように、側に居た神崎の腕をつかもうとしてやめ、飛鳥の腕をつかみながら言ってきた。
「ね、ねえ。
なにか言ってるよ」
聞こえる。
確かに、なにかの声が――。
湖の周りの高い草を風が揺らすのに合わせるように、なにかが聞こえてくる。
……ま
ゆー……
ま……
ゆー……
ま……
「よっ、呼んでるぞ、椎名っ」
「呼んでるわよ、神崎っ」
と二人が押しつけ合う。
まゆか悠馬か。
「ま」か「ゆ」か。
言葉がどちらから始まっていたのかわからないので、判別できない、と思っていると、羽田が笑って言った。
「鶏が先か、卵が先かだな」
……いや、その例えはちょっと違うような、と思う飛鳥の横で、神崎とまゆは謎のイキモノを見たまま、いつの間にか、二人で手を取り合っていた。
そして、神崎が、ふと、一緒に来ておきながら、素知らぬ顔で立っている男のことを思い出したらしく、言い出した。
「待てよ。
もしかして、由真じゃないのか?」
――と。
今、気づいたか、と飛鳥は思う。
二人が湖に身を乗り出していたので、なんとなく、自分たちのどちらかだと思ったようだが、此処には、『由真』も居る。
「そうだ、由真だっ。
由真にまけてくれっ」
と謎のイキモノに向かい、神崎は叫び出す。
いや、まけてくれってなんだ、と思っている間に、その黒い塊は、草むらまで移動していて、触手のような水草を振り上げ、びたんびたんと地面に叩きつけてくる。
「逃げろっ、椎名っ」
と神崎は手を放すと、そこから遠ざけるように、まゆの肩を突いた。
「えっ?
あっ、ありがとう、神崎くんっ」
意外な神崎の行動に驚くまゆに向かい、神崎は叫んだ。
「椎名っ。
俺は小学校の頃から、お前のことを――」
えっ? 告白?
今っ? と思って、そんな場合ではないのに、飛鳥と羽田は神崎を助けもせず、ガン見する。
神崎は水草に捕まる前にと思ったのか、まゆに向かい、早口に叫んだ。
「斎藤と三村と沢田と彩乃の次くらいに、いいなと思ってたからっ!」
神崎は本気でアピールしているつもりのようだったが、動転しているので、本音がすべて口から出てしまっていた。
まゆは冷ややかに、……ありがとう、と言ったあとで、
「でも、狙われてるの、神崎くんみたいなんだけど」
と下を見下ろし言う。
そういえば、濡れた水草は迷うことなく、神崎の足首にだけ張り付いていた。