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廃遊園地のウワサ  作者: 菱沼あゆ
3/13

五年前――

 





 飛鳥は暗闇の中のジェットコースターを見上げ、思い出していた。


 初めて、羽田と会った日のことを。


 閉園前から、この遊園地にはいろんな噂があった。


 このジェットコースターでもだ。


 此処で事故があったせいだというが、どんな事故だったのか、誰に聞いても違うことを言う。


 だから、本当はそんな事故なんてなかったのだと飛鳥は思っていた。


 だが、五年前、みんなで此処へ来たとき、まゆが言っていた。


「このジェットコースターから、昔、人が落下したことがあるらしいよ。

 身体を抑えるバーがきちんと下りてなくて。


 その人、今も死んだことに気づいてなくて、いつもジェットコースターに乗ってるんだって。


 ひとりで乗ってる人の横に――」


 これからそのジェットコースターに乗ろうというのに、なんて話をしやがりますか、まゆさん、と思いながら、飛鳥が係員の人が下ろしてくれたバーをガッチリつかんでいると、隣に座っていた由真が行こうとした係りの人を呼び止めた。


「すみません。

 やっぱり降ります」


 バーが上がると、飛鳥を乗り越えるようにして、ジェットコースターから降りた由真は、飛鳥を振り返り、

「おい。

 絶対、手を離すなよ」

と言ってきた。


「えっ?

 由真が降りるのなら、私も降りるっ」

と叫んだが、由真は、


「いや、危ないから降りるな」

と言って、ひとりが降りていってしまった。


 係員の若い男の人は、

「はいっ。

 では、もう一度、バー下ろしますね。

 しっかりつかんでてくださいねー」

と言い、さっさとバーを下ろしてしまう。


 こんなことで時間を取られるわけにはいかないからだろう。


 しかし、危ないからってなんだ。


 此処にひとりで乗ってる方が危ない気がするんだが。


 いろんな意味で……と思っている間に、ジェットコースターは動き出した。


 最初はスローだったのだが、まゆたちは、既に盛り上がり、なにも怖くない状態で楽しげな悲鳴を上げていた。


 由真は白く塗られた鉄の階段のところで、一度、こちらを振り返ったが、そのまま行ってしまった。


 飛鳥は、ひー、と固まったまま、バーをつかんでいた。


 そもそも、ジェットコースターが苦手なのだ。


 みんなの勢いにつられて、うっかり乗ってしまったが。


 小学校最後の夏休みだし。


 そうだ。

 目、目を閉じてみよう。


 と閉じてみると、風を切る感じや、急降下する場所で、身体がふわっと浮く感じが余計に伝わってきた。


 ひーっ、と思って目を開けた瞬間、横に人が居るのが見えた。


「……楽しいね」


 ぼそりと聞こえた男の声に、


 私は楽しくないーっ!

と飛鳥は絶叫していた。





「なあなあ。

 この下に居ると、なにかが降ってくるってウワサがあるんだぞ」

と五年前のことを思い出していた飛鳥に、ジェットコースターを見上げた羽田が少し楽しそうに言ってくる。


 はいはい、と相槌を打ちながら、飛鳥はかつてスタッフがチケットを確認していた建物のカウンターに近づく。


 そこにスタンプはあった。


 よし、さっさと押して去ろう、と思いながら、まだジェットコースターの怪談を語っている羽田をチラと見る。


 羽田が此処の怪現象について語るのは不思議な感じだった。


 何故なら、このジェットコースターの数あるウワサのひとつは、羽田に寄るものだったからだ。


 此処から落下した人の霊が、ひとりで乗っている人の横に座ってくる。


 でも、そのウワサは間違っている、と飛鳥は思っていた。


 ひとりで乗っている人の横に座った挙句に、ついて来るのだ。


 こんな感じにっ、と今も自分に憑いている羽田を見た。


 だが、ジェットコースターで出会った霊にとり憑かれた、というウワサは聞かないから、たまたま自分と羽田の相性が良くてついて来てしまったのだろう。


 しかし、此処に居ると、なにかが降ってくるって。


 それ、ご自分が降ってきてるんじゃないんですか? 羽田さん、と飛鳥が思っている間、由真はジェットコースターを見上げていた。


 そんな由真を見ながら、羽田が言う。


「あれが一番の怪談だよな」

と。


「なんで最後、あんなところで止まってるんだろうな」


 客はどうした? と由真と同じように上を見上げて、羽田は言った。


 ジェットコースターはこれから、一番の急勾配のところに差し掛かる、という頂点のところで止まっていた。


 飛鳥はそれを見上げ、

「……いや、客は下ろしてから、あそこまで走らせたんじゃないんですか?」

と言ってみたのだが、羽田は、


「なんのために?」

と言う。


「……点検?」


「もう閉園なのにか?」


 いやいや。

 貴方、もともとは此処についてた霊でしょう?


 何故、私に尋ねてきますか、と思いながら、頂点から少し落ちかけたところにある先頭車両を見ていて、おや? と思った。


 そこに白い人影が乗っているのが見えた気がしたからだ。


 霊が乗ってる? と目を細め、見ようとすると、由真が、

「そろそろ行かないと、次のカッ……

 次の組が来るぞ」

と言ってくる。


 由真は今来た道を見ていた。


 いや、何処から回ってもいいから、次の人たちが此処に来るかとは限らないんだけど。


 まあ、スタート地点の案内所から、此処が一番、近いのは確かだが。


 それにしても、今、カップルと言いかけ、やめたのは何故だ……と思う。


 向こうをカップルと呼ぶなら、自分たちもカップルになってしまうからか。


 不愉快ナリ、と飛鳥が、勝手に由真の思考を推察し、腹を立てていると、


「押したか? スタンプ」

と自分たちから距離を置いて、園内を見ている由真が言ってきた。


 うん、と飛鳥は今押したカードを見た。


 スタンプは女子に人気のキャラものだった。


 これ、妹さんのじゃないのか、島田、神崎。


 勝手に持ち出したんじゃないのか、怒られるぞ、と思っているうちに、由真も羽田も歩き出していた。


 おい、こら、そこの私の背後霊。


 何故、私の前を行く、と羽田を追いかけようとしたとき、後ろで悲鳴が聞こえた。


 振り返ると、ジェットコースターの一番上から、白く、やせた人が落下してくる。


 男のようだ、とよく見えないのにわかった。


 霊というのは不思議なもので、脳に勝手に情報が入ってきたりするのだ。


 ドーンッと地面に人が落ち、足許のアスファルトが揺れる感じがあった。


 だが、由真はまったく気にしておらず、羽田もチラと振り返っただけだった。


 今の霊の人。

 ずっと落ちてんのかな、此処が廃園になっても。


 いや、今日は我々が来たから、張り切って落ちてみたのかもしれないな、と思いながら、飛鳥は落ちた霊も既に居ない地面を見た。


 ジェットコースターの下、むき出しの地面には草がはびこり、しっとりと夜露に濡れていた。









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