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廃遊園地のウワサ  作者: 菱沼あゆ


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12/13

ウワサのはじまり

 



 そうだ。

 あの日、ジェットコースターに乗る前、私は此処へ来て。


「ナイスアイディアだと思ったんだけどなー」

と後ろで麦わら帽子の男が言う。


「最初は、ちょっと小金をせしめようと思っただけだったんだよ。

 前にこのミラーハウスを造っている工場で働いてたことがあってさ。


 此処の鏡が動いて迷路を変えられることが知ってたから。


 ちょっと子どもを違うルートに連れ込んで、そのまま連れ出して。


 軽く親を脅して、小金をせしめたら、子どもは返そうと思ってたんだ。


 ところが、此処から連れ出す前にドジ踏んで、隠してた顔を見られちゃってさ。


 普段、着ないスーツまで着て、身許隠そうとしてたのに。


 いやー、俺って、保身に走るタイプじゃん」


 いや、タイプじゃんと言われても知らないが、と思っていると、


「子どもを殺す殺さないで揉めてさー。

 手が滑って、止めようとした羽田を刺しちゃったんだよねー。


 そこに君が来たんだよ」

と麦わら帽子の男は飛鳥を見て言う。


 ……なんか、ノリが軽いですね、と思っていた。


 麦わら帽子と黒い男、というのも違和感があったが、その不気味な感じと、このノリがまたミスマッチで不気味だ。


「まだこの通路の入り口は開いたままだった。


 凄かったよ。

 血の匂いが中に充満してさ。


 なにも見えてない人たちもそれは感じただろうね。


 だから、此処のミラーハウスはおかしいってウワサが出たとき、あのとき、此処に居た人たちは簡単に信じたろうよ」


 あそこにはなにかある。


 そう思って――。


「君は彼の後から現れて」

と男は由真を指差す。


「血塗れで死んでいる羽田を見て、激しいショックを受けていた。


 そしたら、彼が言ったんだ。


『これがゴールだよ』

と。


 このミラーハウスはこの死体があるところでゴールなんだと由真は言った。


 君はミラーハウスに入ったのは初めてだったみたいで。


 ちょっと異様な空間だからね、此処。


 少しびっくりハウスやお化け屋敷と似ているから、そういうものなんだろうと思ったみたいだね。


 まあ、本気で信じてたかは知らないけどさ」


 ああ、そう。


 そうだった、と飛鳥は思い出す。


 私は此処で凄惨な死体を見て、ミラーハウスはびっくりハウスみたいなもんだって思ったんだ。


 だから、怖い場所だと思ってた――。


 理性は、これは本物の死体だと告げていたのに、自分は見て見ぬふりをしようとしたのだ。


 そのあまりの恐ろしさに。


「誘拐された子は……?」

と掠れた声で、飛鳥は訊いた。


「逃げたよ」

と男は言う。


「此処から走って逃げた。

 でも、余程怖かったんだろうね。


 恐怖の記憶のすべてを此処に置いていった。


 それが園内を駆け回り、ジュースを要求する男の子の霊さ。


 あれのお陰で、此処で子どもが消えたってウワサが流れた。


 死んだ子どもが駆け回っているってことは、此処で消えたのに違いない、と思った人が居たみたいで」


 そうか。

 子どもが消えたという話はあるけど、特に事件になっていなかったのは、消えたが、その子は現れたからだったのか、と飛鳥は思った。


「まあ、此処にトラウマをすべて置いてってるから、あの子は今でも元気にやってるだろうさ」

と男は言う。


 恐怖の記憶だけを此処に置き去りにして。


 まあ、遊園地ってそういうところかな、と思う。


 嫌なことをすべて忘れさせてくれる夢の場所だ。


 だが、そんなことを考えていた飛鳥に、男は言ってきた。


「しかし、子どももそんな無邪気なのばかりじゃなくてさ。


 老獪な少年は、連れの少女にすべてを忘れさせようとして、あれはアトラクションの一種だと思い込ませようとした」


 由真のことのようだ。


 由真をチラと見たあとで、飛鳥は男を見上げ、問うてみた。


「貴方は今、どうしてるんですか?」


 顔は見えてはいないが、男が一瞬、上を見たのがわかった。


「ま……死んでるんだろうね」


 そんな曖昧なことを言ったあとで、

「最早、祟るのもめんどくさいしねー」

とぬるいことを言ってくる。


 ……しかし、祟る?


 一体、誰に祟るというのか、と思っていると、こちらに来ないまま、羽田が後ろから、

「おーい」

と自分たちを呼んでいた。


「俺をひとりにしないでくれよー」


「じゃあ、来いよ」

と麦わら帽子の男が言うと、


「嫌だよ。

 殺人犯と一緒に居るなんてー」

と羽田は自らを殺した男に向かい、言っていた。


 男は言う。


「あのあと、此処はすぐ廃園になったから、羽田が腐って、匂いが出る前に人が来なくなって、結局見つからずに終わったんだなー」


 男は、感慨深げに言ったあとで、後ろを振り返り、

「見てみろよ、羽田ー」

と羽田に向かい、呼びかけていた。


「お前、元から細かったけど、更に細くなってるぞー」


 そんな笑えないことを言う。


 うるせー、と羽田が返していた。


 殺した人間と殺された人間の心温まる会話のようだ……。


 ところが、由真は、

「さ、閉めるぞ、飛鳥」

とさっさと打ち切ろうとする。


「羽田さんは……」

と飛鳥が、しゃがんだまま死んでいる羽田を見て言うと、由真が、


「どうやって見つけたって言うつもりだ。

 廃墟探検なんて、不法侵入だぞ。


 それに、本人はこっちに居る。

 それはただの死体だ」

と切って捨てるように切って捨てるように言ってきた。


「さ、俺は消えるか」

と男が帽子をかぶったまま、軽く伸びをすると、


「羽田は俺とは口もききたくないようだから」

と付け足す。


「待て待て待て。

 なに自分が被害者みたいな顔してんだ」


 殺され、放置されたのは俺だぞ、と羽田は文句を言っていた。


 まあまあ、と言ったあとで、彼がぎゅっと強く頭に押し付けるように、かぶり直した頭を見上げ、飛鳥は問うた。


「あの、それは……?」


 恐らく羽田と同い年くらいだろう彼が、羽田のようにスーツを着ていたとすると。


 その子どもの頃のもののような麦わら帽子はかなり違和感がある気がするのだが、と思って訊くと、彼は笑って言ってきた。


「ああ、これ?

 現実逃避――」

と。





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