真冬、白灯台の下
——誰かが、言った。
「人間は平等であるべきだ」
確かに、人種の間に優劣があったり、生まれながらにして一生奴隷の未来が決まる、なんてものは現代の価値観ではおかしな話だ。
けれど、まだ生まれてから十数年間しか経っていない若輩者で気づくことがある。
————本当に、人間は平等なのか?
この疑問を哲学的に深めることはしないのなら、答えは単純に、否、だ。
"べき"なんて言ってる時点で理想を振りかざしているに過ぎない、とか
資本主義社会ではどうやっても平等にはならない、とか
そもそも現代は個としての私の確立云々、なんてことを僕は言いたい訳じゃない。
ただ、経験的に、また直感的に、他の「人間」とは違う扱いを受けている。
まぁここまでの話、僕が「人間」にカテゴライズされている、っていう仮定がある訳なんだけど。
そんな存在定義が曖昧な僕にも、生物である以上、人間と平等にいつかは死が訪れるのだろう。
2月ともなれば、日本にだって、極寒のシベリアが出現する。
装備したダッフルコートや手袋が寒さを軽減できていない。
「しばれる」なんて方言があって、「凍れる」とかけるのも頷ける。
しかも、なにせここは海辺。というかほとんど海上だ。そのせいで風が無慈悲に僕を打つ。
海に突き出る突堤、その先端にある白い灯台の足下。僕はそこにいる。
白くザラつくその肌に背を向け、蒼い海を見ている。
拡がる海はキラキラ輝き、反対側の赤い灯台も良く映える。
僕がわざわざここに来たのはシベリア転居を想定した訓練が目的じゃない。
ここは、ある意味で、お墓なのだ。
墓碑があったりはしないけれど、お墓。
僕を育ててくれたと言って過言ではない女性のお墓なのだ。
海に向かって、手を合わせる。
貴女の安らかな眠りを願って。
貴女の望んだ通り、こんなシベリアにも足を運べるくらいに元気であること。
そして、貴女を死なせてしまった謝罪を。
白灯台に来てから、もう小一時間が過ぎる。
"用が済んだら早く帰れ! お前が来るには若すぎる!"
そんな声が聞こえた気がした。
「帰るか…」
スタンドを立てて置いたロードバイクに跨る。
風に耳を切り裂かれそうになるので、愛用している耳当て付きの帽子を被る。
いわゆる裏起毛みたいなヤツで、もふもふしてあったかい。
高校生にしては子供っぽいな、なんて声は聞こえなかったことにしよう……
ペダルを踏むと、幾らか軽やかにタイヤが地面を蹴り始めた。
今の自分に書けるものが知りたかったので
文才もなく、遅筆ながら、ぼちぼち続けて行く予定です。
気が向いたら立ち寄ってあげてください