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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ブラック王国

ブラック王国の王位簒奪

作者: 北見深

いつもなら、朝はゆっくり起きだして、朝昼兼用の食事を軽く取る。

庭の花壇を見回って、空を眺めて適当な処で父に挨拶。

夕食まで散歩とか蔵書を枕に昼寝とか。


今日は、そうもいかない。

「面倒だなぁ。」

思わず漏れた本音は誰にも聞き取れないほど小さかった。


・・・誰の耳にも届かず消えた。


僅かに瞑目し、目を向ければ父のなんとも言えない歪んだ顔。

苦しいのか、驚きからか、憎しみなのか?

まあ今更そのどれでもいいと思う。


肉を切り骨を砕く。老人の骨などすぐ断ち切れる。細い身体から力任せにも見えない速さで繰り出された剣はひとおもいに王を切り裂いた。

ずる、と、真っ二つに裂けた体は綺麗な切り口を見せ、びしゃりと磨き上げられた冷たい床に伏した。

王の纏う白い毛皮の縁取りのマントは、ぐっしょりと濡れていた。

鮮血が散り、剣を収めた後はだくだくと流れる赤。とろりと玉座の舞台から下へ流れ落ちる。


屈みこみ、息の根が止まったのを確認する。改めて、王の顔を見てみれば暴君だったとの面影はない。ただ、老いぼれた老人の顔。かつて賢王と呼ばれその統率力で国を大きくした男は既に死んでいたのだ。



緩い金の髪を珍しく結わえて、冴えた水の色の目で王である父を覗き込む。父王のグレーの瞳は濁っていて既に光は無い。

自分の立ち位置は王子。側室の子だがなんと正妃の娘二人より早く生まれた第一子。

既に生母の側室は墓の下。気弱で軟弱と有名なやる気のない王子が王を切り捨てるなど誰が予想しただろう。だからこそ今この姿は至極無気味であろう。




◆◆◆   ◆◆◆



その日。臣下を集め、天井の高い精巧な細工の施された柱に囲まれた玉座の間にて、御前会議を開く予定だった。

毎日開かれる朝議。朝から主だった者達が舞台上の陛下の下に侍るように並ぶ。

王の独壇場となるそれに、皆緊張と疲れの色が隠せなかった。

国民の為と銘打った政策を練る筈の会議は、王の独り善がりな怒声の響く劇場だ。

不作であれば槍玉に上げられ、解決の策を与えられるでもなく糾弾され俯くしかない貴族。

突然に下される配置転換。機嫌を損ねれば閑職に移動。

領主ならば没収もしくは増税。慈善事業とは名ばかりの、陛下にへつらう者への優遇措置。新たな領地は彼らに。

進まぬ国土整備。同じ場所を何度も改修する意味のない行為。

王城で働く者達は、極力の経費削減。そのすぐ隣では臣下を婿に迎え男児を生んだ王女が、一人息子の次期王太子に湯水のように金を使う。

王も王妃も自分に割り当てられた資金では飽き足らず、遊興に使う金を国庫から出す。視察だ外交だと当然のように・・・。



しんと静まり返った玉座の間に、甲高いヒールの音が響いた。


追うように数名の長靴の音が響く。重い音。騎士の立てる鞘と帯剣の鎖の擦れる音。

誰かが知らせたのだろう。

王子の謀反を。


ヒールの音が止まる。

驚き、息を吸う音。目を上げればそこには思った人物が駆けつけていた。


「母上。」


思いの外平坦な声になってしまった。

それでも王妃は驚きから一瞬で元の平静を装った。

現状を見て、驚きを隠せない背後の騎士の方が問題だろう。

王妃の一番のお気に入り華やかな容姿にお気楽な頭の護衛騎士。が、一番間抜けな顔でこちらを見ている。

ひ弱気弱な『忘れられた王子』の私が王を害した。信じられないに違いない。


「・・王が身罷られました。」


頼りなげな声になったのは、王妃と対した時のいつも通りの自分で。

王妃は頬の片側だけを、ひく、と動かした。不実な夫に対する嘲笑の為か、私に対する蔑みゆえか。


「・・・そのようね。フレイル。」


王妃はいつも通りを装っていった。己の娘たちより早くに生まれた忌まわしい筈の王子を慈しむ王妃の顔で。

気丈な彼女は自分を『母上』と呼ばせただけはある矜持の持ち主だ。

「それで?国葬はいつ?。」

声にも震えは籠っていない。

王に対する愛情が既に尽きていた所為かもしれないが。

「ひと月の内には。」

早朝であり、この血塗れの凍えた場所にもかかわらず、晩餐の宴のような豪奢なドレスは宝石をあしらってあり血のように赤い。まったくこの王宮にはしらじらしく相応しい王妃。

「解りました。・・・衣裳を誂えなくてはね。」

慈悲深き彼女を見れば、思い出すのは実の母。

息子に『側妃様』と呼ばれた生母。

色欲に溺れ王の寵愛を受ける為なら何でもやった女。息子に毒を盛り王の関心を引き、知恵の足りぬまま王妃と張り合いドレスを新調した。

彼女の指にはまった凶器のような指輪が、苛立ちのまま自分の皮膚を裂いた事を思い出す。

今も、ふとした拍子に露わになる肌の傷。見えぬ場所にはたっぷりと・・。


ため息を、つくのを堪えて王妃の表情を伺う。

表情は動かないながらも、これからの事を考えているに違いない。

ハンカチを取り出して目元に当てているが、涙を拭う為ではないのは目に見えている。


いくら愛人とはいえ一応騎士が彼女の後ろに控えたままなのはどうかと思いつつも、さあ、この汚れを片付けなければ、と、視線を王妃から外したとき。


「人殺し!反逆者め!」


ヒステリックな叫びが一段高い玉座の舞台。奥手より上がった。


「誰か!この者を捕えなさい!」


ああ・・・煩い女だ。

王妃の二番目の娘。男爵家の長男を見初め婿として、一男を設けた。自分は王太子の母だと立太子より前に我が物顔で幅を利かせていた女。


ゆっくりと身体ごと振り返る。いつにない威厳を漂わせて。


女はびくりと震え、すぐ後ろの夫にしがみ付いた。

夫は既に八歳の息子に惨状が見えぬよう囲っていた。それでも血の匂いはするだろう。既に威張り散らす事を覚えた息子だが、今は父の胸に顔を埋めて震えている。


「妹姫様ご機嫌よう。」


殊更、貴公子ぶって挨拶をする。

今度はやけに優しげな声になった。


王妃の実の娘。

長女は隣国へ嫁いで王家とはかかわりなくなったが、これが残っていた。

この妹殿は王にそっくりだった。横暴である悪い部分だけが。政務に訳知り顔で口を出すその様も父王に同じ。



「なっ!何がごきげんよう、よっ!反逆者!」

夫を背後に今だ王女の威を借る女。

「騎士達!出て来てこの者を捕えよ!」


ああ、せっかちだね。

可愛そうに、きょろきょろしているけど、騎士は出て来ないよ?そんなことも解らないのか。

結果を急ぎ、考えなしに動くお姫様。

溺愛され根拠のない自信しかない王女。


「我が妹リリオラ。残念ながら、父王は崩御された。」


「早急に新たな執政を、」


玉座の一段下より不意に声がかかりリリオラはびくつく。

東国に交流に行き、最近帰ってきた伯爵家の息子カイン・ラルト。

彼は次期王の近衛大将になると目されていた。それは王がすげ代わっても変わらない評価。

精悍な顔立ち。鋭い灰色の目が王女を睨みつける。

彼の纏う王宮騎士の落ち着いた濃い藍色の正規服を見てリリオラは困惑する。

その視線の鋭さに自分の味方では無いぐらいは悟ったようだ。

威圧して進み出た彼は、後ろへきっちりと撫でつけた重い色の赤毛が篝火のよう。集う群衆が一歩引いた。


「殿下。今皆様のいるうちに発表なさっては?」

カインの反対側から声がかかる。

長年、王宮の研究塔に籠っていた若干二十歳の筆頭魔術師。姿を中々現さない事で有名な天才。人の身には稀有な魔力の資質を持つ者。スレイン・ビー。

甘いマスクで琥珀の瞳を緩めれば、遠巻きながらこの場に少ない婦女子が頬を赤らめる。


「ああ、そうだった。リリオラ。」

呼び捨てにしたことでリリオラの顔が引きつる。

「既に解っていると思うが、幼い王子に王位は手に負えまい。玉座は替りに私が立とう。」


ざわ、


「何ですって!」


王女のヒステリックな叫びに触発されて、今まで空気になっていた大臣方、その他家臣たちがざわつく。


鷹揚に動きゆったりとした仕草で開いていた玉座に腰かけてみせる。


聡い臣下は慌てて王に対する礼をした。

リリオラはあっけにとられ口を開けた・・・。


シンとした中に。


王妃が愛人の騎士の名を呼び、お気に入りの侍女を呼びつける声だけが響いた。

喪服を作るのに業者を呼ぶらしい。ただの黒い服をどれだけ華美に飾る気だろうか。

耳に、王妃が踵を返した靴音が聞き取れた。


愛人の騎士が追うのも。


さて、あの方は自分に害がなければ何もしないと思うが。


玉座から集まった人々を見まわす。

案の定下っ端役人は簡単に頭を垂れ、目があったのは立場を決めかねたか?わずかな重鎮のみ。

財務大臣など後ずさりして肥えた体を隠そうとしたが、出来ずに背後の部下にぶち当たっている。

軍神と言われた将軍はぽかんと口が開いていた。

あの男は戦場では有能だが、政務は苦手としていた。十分に老いたのだ。


カツン。


剣を前に捧げ床を突く。


空気がシンと冴える。


煩い女は口を閉じた。


「リリオラ様。王に可愛がられておられたあなたには、葬儀の準備は酷でしょう?ゆるりとお部屋にてお休み下さい。」


臣下の視線がリリオラを見る。

何時の間にか現れた『王国の軍服を着た』屈強な男数人にリリオラとその家族は腕を取られる。

反論の言葉は塞がれた。

意識を無くした妻を呆然と、しかし息子を抱えたまま見つめる夫。

妹姫は荷物のように兵士に担がれ、その後ろを父子がついて行く。


王妃も去り、残った王族の姫も去った。

さて、残ったのは私。


もう一度周りを見渡せば、大抵の重臣も頭を垂れた。


王女の退場と入れ替わりに、控えさせていた医師達が白い揃いの衣装で樽を抱えてそろそろ入ってくる。

王の躯を片付けるのだ。

これで、血の匂いから解放される。



彼らが去った後、大げさに手を振り払いスレインが風を起こした。幼さの残る綺麗な顔に自身の金の髪がはらりとかかり、うっとおしそうに眉をしかめる。綺麗な顔立ちはどんな仕草も魅了の一部だ。

空気が入れ替わり死の匂いが消える。替りに庭の花の清涼な香りが舞い込む。

見事な魔術だ。


「さて、将軍。」

「は?・・ああっ、いや殿下、どうなされましたか?」


面倒そうな体力馬鹿を懐柔しよう。

「私は貴方にはこのまま将軍として残って欲しいと思っている。」

「は、それは・・・光栄に?」

「この男。カイン・ラルトの事はご存知ですか。」

目で横に立つ騎士を示す。

将軍が私の横に我が物顔で立つ青年を見て、少々顔を顰める。

年若く、実力もあって留学したカインは有名だ、煙たくても表立って引きずり下ろす訳にはいかない。

「カインは私の側近として傍に置こうと思うのですが、まだまだ若い。軍部の方はこのまま将軍にお任せしたいのだが?」

「・・・それは。殿下!いや、陛下!それがよろしかろう。ふむ、カイン殿はまだお若い故に。お任せ下され!共にフレイル陛下の御世をお支え致しましょう!」

老将軍はほくほく顔で、あっという間に寝返った。

笑える。皆のぎょっとした視線を集めていた。


さあ、さっさと次に行こう。

次は誰にしようか?



中々呼ばれぬ事にしびれを切らしたか、財務大臣が「殿下」と声を上げた。

背後の部下の背の高いひょろっとした男の方はおどおどとし、小さな女の方はぴっと毛を逆立てるようにびくついた。


「国葬はどう行いますか?王の死因をどう広めるおつもりか?」

うん、生意気だな。自分が動くより先に魔術師が無機質な声で言う。

「無礼者。」

「いや、よい。スレイン。ジャレッド伯は私を憂えてくれているだけだ。な、ジャレッド財務大臣殿。」

「・・・・・。」

「安心召されよ。父は急な高熱により医師の看護も空しく急逝されたのだ。実に残念であった。」

白々しく悲しげに。

「幼き殿下はまだ立太子もしておられない。このフレイルがせめても、ソルが青年となるまで王となろう。・・・それから、国葬は王が急な病だったことを鑑みて、密やかに行う!民衆は三夜の間喪に服し献花に訪れるよう。貴族は自領内にて混乱を収めよ。葬儀は王宮内の神殿で行う。国民に同じ三夜で終えるよう。」

かの大臣殿の頭の中には王家の浪費で減った国庫の事。

今も頭の中で国葬の費用の計算をしているのだろう。

「王の葬儀の為だ。王妃も東の離宮を下げ渡すぐらいはしよう。」

「・・・よろしいので?」

初めて反応らしい反応をした。

あそこを城下でも指折りの商家に任せれば王妃の無駄な浪費の産物ではなく、観光と生産の要になるだろう。

「王妃は葬儀の後は喪に服される。北離宮が相応しい。東はもう必要ない。」


しばしの間。


「御意。」

文官らしく胸の前に腕を組み頭を下げる。

習って後ろの部下たちもそうする。

で、

退場だ。


さわさわと密かに話しをしていた貴族臣下達も、徐々に減っていき、ついには三人になる。



◆◆◆   ◆◆◆



「スレイン・・。」


魔術師である彼は淡麗な顔を無表情に周りに巡らした。

彼の探知能力は人払いが済んだ事を感知し、ついでに障壁を張りめぐらせる。呪文も動きも無しで。

どれだけ規格外の力を有しているのか本人すら解っていない。

術が成功したかどうかはスレインの言葉を待たねば魔力なしの私などでは知ることは出来ない。


「もう。大丈夫だし・・・はぁ。いっぱい人がいて気持ち悪かった。」

がっくりと肩を落とすスレイン。そしてしゃがんで背のフードを目深に被った。

彼はフレイルより十も年下なのだ。緊張もしただろう。

凛とした魔術師は今は情けない軟弱引き籠もりの頃そのままの態度。

「終わったなら『あいつ等』と飲みに行ってもいいか?」

騎士の癖にカインが王子のいる壇上に上がり、玉座に座るフレイルを腕を組んで見下ろす。不敬だ。

「あんま女官がいなかったからつまんなかったし。フレイが王様になったんだから、もう良いよな?」

女遊びに思いを馳せたか、カインの顔はにやけた。彼はフレイルより年下とはいえ成人を他国で迎え数年。仕事中は文武両道を絵に描いた奴なのに、どうしてそれ以外は女の事しか頭にないのか?


そして、最後にフレイル。


「部屋帰ってごろごろしてもいいかな?もうだいぶ頑張ったよね。」


無職、親の金で悠々自適の昼行燈生活の頃の彼がそこにはいた。

引き籠もり二人もいらないから。


フレイルの独り言に、玉座の後ろから声が答えた。


「良くはない。速やかに次の段階に進もうか?」


幼いと感じる少し高い少年の声。しかし、三人は氷柱のように固まった。


「・う、・・うん。・・かしこまり・・。」

フレイルがよろよろ立ち上がる。

「ううう、ワワわわかったから、殺気押さえて・・・。」

ぶるぶる震えるスレイン。

無言でずっとそうだったかのように姿勢を正したカインは先ほどの毅然とした騎士の仮面を被っていた。



◆◆◆   ◆◆◆



シナリオを描いた少年は、


新たな国王とその側近が広間を出た後でのそりと顔を出した。


フレイルの従者としていつも傍にいる少年。大きな子供らしい瞳に知性を宿し、歳に似合わぬあくどい微笑を浮かべてた彼は、去り際殿下が呟いた言葉を思い出す。

『ホントに、お前を拾うんじゃなかったよ。』

苦笑いしてフレイルは少年の頭を撫でて出て行った。

「良く言うよ。」

王子は拾った孤児の自分を侍従にし、それだけでなく語学、剣術、礼儀作法。帝王学と言われる勉強までさせた。やればやるほど覚えるから面白かったと言っていた。「道楽だよ。私は怠けたいからな。」

言葉と行動がこうも当てにならない人はいない。


筋書を書いた。王の為のその道を。


「結局。乗ったくせに。」

自分の贅沢生活を他の王族に邪魔されたくないから、などと言う理由を吐くフレイル。

彼が立つ事で彼自身は何の得もない。

疲弊した国。国庫。弱りつつある国民。彼はその負債を負うのだ。


いつもいい加減な事しか言わない彼の本心は知らない。けれど思う。彼こそふさわしい。


優しい『忘れられた王子』。

誰よりも玉座に近かった。


あ。

もう、王様だ。


フレイルを賢王にするための。


新しいシナリオを描く。


急に忙しくなった。

いつの間にか数名の同僚が消えた。

うん。・・・消えた。

何も考えるまい。仕事、仕事。

最近は定時で帰れるから夕飯が楽しみだ。


  ある官吏の独り言


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