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作者: 味噌田楽

 黒いアスファルト、灰色の空、そして白い雪。今年初めての雪が今日、私の住む町にやって来た。未明から降り続く雪は太陽が天頂を通り越した午後1時40分現在も勢いを衰えさせることもなく降り続き、町をほの白く塗り込めようとしている。

 朝起きて雪に気が付いた私は食事や家事を済ませると手袋とマフラー、そしてお気に入りのコートを身に着けると気もそぞろに外へと出かけることにした。雪に出会うのは一年の内でも一週間に満たないほど珍しく、あまつさえ雪が積もるなんてことは数年に一度という稀な出来事だったからだ。


 私を外へと連れ出した私の衝動の判断は正しかった。扉の向こうに広がっていた世界は

白いベールの向こう側から静かに私を見つめている。その姿は美しく、そしてどこか現実とは離れた印象すら感じさせるようだ。

 珍しい来客に心が浮かれているのは私だけではないようで、町の人たちもいつもとは少し違った様子を見せている。ぬいぐるみのように見えるほど着ぶくれして丸くなっているにも関わらず子猿のようにはしゃぎまわっている子供、童謡とはうって変わって雪と飼い主の間で視線を行き来させながら小股で道を行く犬、強面のタクシードライバーは相変わらず厳つい顔をしているがどこか楽しそうだ。

 そんな彼らの姿を見ていると私も更に楽しくなってしまい思わず声をかけると、皆例外なく笑顔で応じてくれた。まるで小さな祭の日のようだ。


「こんにちわあ。」

 足取りも軽やかに雪景色の町を歩く私の耳にのんびりとした声が飛んできた。声をした方を見ると少し先の十字路の角に真っ白なコートに身を包んだ女性が立っている。

「あ、先生。」

 そう返事を返すと『先生』はにっこりと微笑みながら私のもとへと歩み寄ってきた。断っておくと『先生』はあくまであだ名で彼女は駅前ないる喫茶店のマスターの一人娘だ。彼女の真面目な性格と丁寧な所作から私が勝手にそう呼んでいるだけに過ぎない。

 「雪ですね。」と私が言うともまた「雪ですね。」と『先生』。私が「珍しいですね。」と言うと『先生』もまた「珍しいですね。」と返す。会話は膨らまないがその口調から『先生』もまた雪に浮かれて外へと出てきた一人だというのは伺えた。

「いつまで融けないでいるでしょうね。」

 『先生』が呟いた。

「もって3日でしょうね。1週間くらい積もっていれば良いのに。」

 私がそう『先生』に同調すると彼女は私の顔を見てクスクスと笑って言った。

「本当にそう思いますか。きっと大変ですよ。」

「あ、確かに。道路は凍るし、寒いし。」

 私が答えると『先生』はさらに笑う。

「寒いのは当たり前ですよ。冬なんですから。」

 自分の答えに自分でもおかしくなって私も笑ってしまうと『先生』はそれも可笑しく感じたのかさらに笑い始めた。

「珍しいくらいが良いのかな。」

 私が言うと『先生』も深く頷いた。


 「ところで。」と『先生』が言葉を切り出した。

「珍しいと言えばうちの店も雪の日の限定サービスでホットミルクを出しているんですよ。丁度良い頃合いですし、どうですか。」

 ふと時計を見ると時刻は午後3時26分を指している。小腹が空いてくる時間だ。それにいくら着込んでいるとはいっても長い間外に出ているものだから寒さが身に染みてきた。つまりそれは『先生』の誘いを断る理由がないということで。

 その日私は『先生』の家の喫茶店でホットミルクとビターチョコレートのケーキを頂くになったのだった。


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