東太平洋海戦-上
西暦一九四二年一二月二四日現地時間午前八時、サンディエゴ港のレーダーに突如機影が映った。
「遂に本土に迄戦火が広がって来たか……」
誰かの声がレーダー室に響いた。
昭和一七年十月にハワイを占領下に加えた帝国軍は、破竹の勢いそのままに、米本土爆撃を画策していた。
山本大将は、布哇を占領した時点で、米国が講和を申し出るのでは無いか。と期待していた。だが、ルーズベルト大統領は国民に徹底抗戦を訴えた。
やはり本土爆撃迄行わなければ米国は、ルーズベルトは、講和のテーブルに着かん!山本大将は西海岸爆撃を決心した。
こうして、一二月一九日、サンディエゴ爆撃に向かう艦隊が真珠湾より出港した。
艦隊に含まれている空母は、『赤城』『翔鶴』『瑞鶴』である。他の空母は航続距離の不足等の理由で外されることとなった。『獏鸚』はこの艦隊には含まれていない。
連合艦隊は、米本土爆撃にはよっぽどのことがない限り『獏鸚』を使用しない事に決めていた。
理由はやはり不発弾が鹵獲された時の脅威であった。
連合艦隊はサンディエゴ爆撃を皮切りに、サンフランシスコ、パナマ運河、サンディエゴ、サンフランシスコと次々に攻撃を繰り返した。この間米空母は出て来ず、迎撃に上がったのは基地航空隊已であった。
連合艦隊は、米空母は何処かに隠れていると確信し、それを誘き寄せる為、もう一度サンフランシスコ攻撃を行うこととした。
一方、米国は米国で問題は有った。いや、ルーズベルトの問題というべきかもしれない。と云うのも、彼の支持率が目に見えて減少しているのだ。
特に日本が西海岸の空爆を始めてから、西海岸の州では次は日本の上陸作戦が有るのでは無いか、と云う噂が飛び交っている。徹底抗戦を訴えるルーズベルトに、見捨てられた!と感じる者も出てきた。
更には共和党を支持している新聞は、対日戦はルーズベルトの公約違反である!と大々的に書きたてた。
そんな状況にあり、ルーズベルトは焦っていた。早い所ジャップの空爆を止めさせなければ、支持基盤すら危うくなる!彼は西暦一九四四年に、自身の四期目を賭けた大統領選挙を控えている。彼の野望を叶える為にもどうしても機動部隊を潰さなければいけなかった。
昭和一八年、一一月三日、サンフランシスコ港には、ズラリと空母が並んでいた。
エセックス級空母『エセックス』『レキシントン』『ヨークタウン』『バンカーヒル』『イントレピッド』
インディペンデンス級空母『インディペンデンス』『プリンストン』『ベローウッド』『カウペンス』『モンテレー』『ラングレー』『カボット』
エセックス級空母は搭載機九○機を誇る正規空母、インディペンデンス級は搭載機三五機の軽空母である。
ニミッツは流石に二回続けて同じ所には爆撃を仕掛けて来ないだろう、とこれらの空母の母港をサンフランシスコ港にした。サンフランシスコ港からでは、西海岸の殆ど全ての場所に駆けつけることが出来るからである。
ニミッツがハワイ陥落という失態を演じても太平洋艦隊司令長官の座に居続けられているのは、単に主だった幹部が死んでおり、実戦経験の有るものが少なかった為である。
一一月一一日、布哇付近で日本軍の駆潜作業が活発化したとの情報がニミッツの下に入った。ダミーの可能性も有るが、大方本命であろう。
「これで失敗したら今度こそ飛ばされてしまう。幸いあの時とは違い此方の方が優勢だ。今度こそやらねば」
ニミッツの目には自信の光が見えていた。
ニミッツの読み通り、一一月一三日に機動部隊は真珠湾を出港しようとしていた。
真珠湾には『赤城』『蒼龍』『飛龍』『翔鶴』『瑞鶴』『瑞鳳』『隼鷹』『飛鷹』『龍鳳』と云った空母がズラリと蒸気を吹かしている。
いや、それだけでは無い。昭和一八年九月に就役したばかりの新空母『大鳳』も『赤城』の隣にいた。『大鳳』は世界初の甲板に装甲を張った装甲空母である。現在は第一航空戦隊に所属している。
帝国海軍は、布哇沖海戦より此方、真面な海戦が無かったこともあり、『大鳳』の建造を急ピッチで進めていたのだった。
一一月一七日、ニミッツの所に潜水艦より新たな連絡が入った。
「潜水艦『ノーチラス』が、機動部隊を発見しました。サンフランシスコの真西、七○○浬を西進しているようです」
「狙いはこのサンフランシスコか……よし、空母部隊全艦出港準備!今度こそ日本軍を叩き潰すぞ‼︎」
発見されたとは知らぬ機動部隊では、一一月一八日二三時|(現地時間六時)、着々と艦載機発進の準備をしていた。
だが、機動部隊も敵空母が出てくるものとして考えていた。その為、第一派攻撃隊と同時に偵察機を出すつもりであった。
米軍も日本軍が今日攻撃しようとしていることを知っていたので、空母から偵察機が、飛行場からは急遽配備されたB17やカタリナ飛行艇が偵察に向かった。
一一月一九日、○時五分
「電文を送られたか……」
機動部隊、旗艦『大鳳』艦橋で小沢中将は呟いた。
機動部隊には、偵察機二機が付近に来ていたが、『零戦五三型』によって両機とも撃墜されていた。併し、電波が発信されていることが確認されている。
両機共単発機であり、空母から発艦したものと思われた。
『零戦五三型』には一五○○馬力を発揮出来る『金星六二型』発動機が装備されている。又、全幅は三号翼型と同じ一一米に切り詰められている。
更には新型無線機や、自動消化装置等、数々の新機軸が盛り込まれた正しく零戦の最終形態である。
「各空母第二派攻撃隊の準備整いました」
参謀長三和義勇大佐が、小沢中将に報告した。
機動部隊は米軍に発見される前に、既に米空母の発見に成功していた。
又、敵空母攻撃を前提とした第二派攻撃隊は、『彗星』艦爆や、『天山』艦攻といった最新鋭の機体で構成されていた。
「よし、全機発艦せよ」
小沢中将の命令を受け、零戦が『大鳳』の甲板を蹴り、空へと舞い上がった。
偵察に出していたアヴェンジャー雷撃機の電文が入ると、レイモンド・スプルーアンス中将は直ぐ様、第一派攻撃隊に発艦命令を出した。
油圧式カタパルトは次々と攻撃機を空中へと放り投げて行き、僅か三○分で米第一派攻撃隊は発進した。
そして、米空母は着々と第二派攻撃隊の準備をし、その二○分後には第二派攻撃隊が発艦を開始し始めていた。
此処に凡そ一年ぶりとなる、日米の空母海戦が勃発したのである。