邂逅作戦
昭和一七年六月某日、小沢治三郎中将は山本大将に呼ばれていた。
「失礼します」
「喜びたまえ。君を機動部隊司令長官とすることが決まった」
ドアを開けて入ってきた小沢中将に山本大将は開口一番に云った。
「はぁ……」
小沢中将はポカンとしていた。急に云われたので頭が付いていけなかったのである。
「はぁとは何だ。大役だぞ、もっと喜びたまえ」
山本大将は小沢中将の反応が面白いのか口元に笑みを浮かべている。
「いえ、それは嬉しいですが、南雲中将はどうなるのでしょうか?」
小沢中将は自分の前任となるであろう男について訊ねた。
「南雲君は第三艦隊の司令官となる予定だ。彼は元々航空には疎いからな。本人にもこれ以上は率いる自信が無い、と云われたよ」
南雲中将はミッドウェイ海戦で、『加賀』を失い、『赤城』を失う所であったことに肝を冷やしていた。
実は山本大将はミッドウェイでの戦勝の報告を聞いた時、南雲君でも大丈夫か、と思った。だが、南雲中将から、次の海戦では大損害を出すやも知れぬ、と云われたのである。
そこで山本大将は当初の予定通り小沢中将に機動部隊司令長官の座を与えた。
「では参謀はどうなるのですか?」
「先ずは今の儘でいこうと思う。だが、誰か希望が有るなら遠慮せず云ってくれ。出来る限り希望に添えるようにしよう」
現在の機動部隊は源田中佐と、淵田中佐が中心を占めていると云っても良い。併しそれでは、両者が倒れた時に非常に危うくなる。先のミッドウェイ海戦もそうなりかけていた。だが、小沢中将が司令長官に着くのであれば、その心配も無くなる。
こうして七月より小沢中将は機動部隊司令長官となったのだった。
一方、山本大将と軍令部との戦いも決着が付いていた。軍令部が折れたのである。ミッドウェイ海戦を受けて軍令部は俄かに山本大将の東進論を認め出した。
だが、陸軍はそうはいかなかった。ハワイ攻略に手を貸す代わりに陸軍の英領印度攻略の手伝いを海軍に提案したのである。
陸軍は印度を攻略することで、とある効果を狙っていた。それは中東方面から進軍してくる独逸軍と邂逅を果たし、活発な交流をすること。それに及び持久体制を整えることである。陸軍は主に戦車や電探などの日本がまだ十分とは云えない技術を得ることに注視していた。
又、海軍にも独逸との交流が活発になる利益はある。主に補助兵器の技術である。その中の一つに発動機がある。日本の発動機は貧弱なものであり、この期に本格的に独逸の発動機を輸入したかった。
更にはミッドウェイ海戦の戦訓から対空電探も海軍は欲していた。
だが、『赤城』と『翔鶴』の修理と、念入りな打ち合わせを行う意味もあり、決行は八月とされた。
英国、米国共に印度洋方面に展開できる空母は全滅していたので、この作戦の邪魔をする者は居ないと思われた。
この作戦は二方面で進められることとなった。セイロン島の占領、印度西部の占領である。陸軍の狙いはセイロン島を取り、印度洋の制空権を確実なものとすること。印度西部を取ることで独逸との接触を持つことであった。
印度は広大な為に正面から攻略することは無理があるので、こういう作戦となった分けである。
新たに小沢中将が司令長官となった機動部隊には『赤城』『蒼龍』『飛龍』『翔鶴』『瑞鶴』、及び『獏鸚』一五隻が配備された。
そして七月二五日、遂に作戦が始動した。機動部隊はスターリング湾を出港したのだ。
セイロン島の英軍は戦々恐々としていた。何せあの名高い機動部隊がまた攻めて来るのだ。オマケに今回は東洋艦隊の支援は望めない。それでは印度洋空襲|(セイロン沖海戦の連合国での名称)の二の舞になるのはめにみえていた。
それに前回はかの自爆爆撃を行って来なかったが、今回は使ってくる可能性もある。正に絶体絶命の状況であった。
実は帝国海軍がセイロン沖海戦に『黄鷲』を使わなかったのには理由がある。帝国海軍は『黄鷲』が鹵獲されることを恐れていた。その為、攻略を行わない作戦には『黄鷲』を使わないことが正式に決定されてる。
そんなことは英軍は知らないのだが、彼らは自爆爆撃が行われる前提でセイロン島防御策を考えていた。
八月三日未明、セイロン島、南西方向五○○浬にて多数の空母が発見された。セイロン島、空軍司令長官アーサーはそれを聞き、作戦を開始した。
機動部隊は今日中に攻撃半径に入り、爆撃を仕掛けてくる!そうアーサーは思い、全機の発進準備をする様に命令した。
アーサーの作戦はこうである。重爆撃機と飛行艇を全機稼働して、それらを全て索敵に回す。敵空母を発見したら、接触を保ち、その位置を逐一報告させる。そして、敵空母が此方の攻撃半径に入る直前に、基地航空機の発進を開始する。
こうすることで敵の高速爆撃機は例え自爆攻撃をしようが、徒らに飛行場を叩く已となり、肝心の航空機には指一本も触れられ無い。
アーサーは後は頃合いを見計らい、発進命令を出すのみであった。
これ迄の戦闘から、日本は好戦的で攻撃を急ぐ傾向にある。とアーサーは見ていた。
確かにアーサーの戦術は、南雲中将には通じていただろう。彼は航空に疎かった。故に、源田中佐や淵田中佐の作戦に全く手出しをせずに実行していた。その為、源田中佐や淵田中佐も思い切った戦術を提案出来ず、堅実な方法を立案する傾向にあった。
併し現在、機動部隊は航空にも造詣の深い小沢中将傘下にある。
アーサーは帝国海軍の行動を理解出来ないでいた。
何と機動部隊は日中の間ずっと、セイロン沖南西五○○浬付近を遊弋していたのである。
だが、明日こそ仕掛けてくるだろう、と朝一番に全機を発進させる旨を連絡し、その日は終わったのだった。
真夜中、アーサーは寝ている中を叩き起こされた。
「何事か‼︎」
起き抜けの不機嫌もあり、大声で怒鳴るアーサーに参謀リードは答えた。
「レーダーに反応が有りました。日本軍の爆撃機が猛速で此方に向かっています」
「何っ⁉︎」
こんな真夜中に攻撃だと⁉︎アーサーは現在の状況が咄嗟には理解出来なかった。
「せ、潜水艦から連絡は来なかったのかね?夜間発進となると甲板を照らさなきゃならん筈だが」
「いえ、報告は有りませんでした」
「……カタパルトか」
アーサーは声を絞り出すようにして云った。
このアーサーの予測は有る意味当たっていた。『黄鷲』は確かに射出機から打ち出されたからだ。
英軍にとって運の悪かったのは、『黄鷲』が到来したのが夜明け半時間前だと云う所だ。英軍機は翌朝一番に出撃する予定であったので、暖機運転諸々の為この時間には飛行場にズラリと並べられていた。そこに『黄鷲』が落下したのだ。
「ヒ……被害は……」
アーサーの問いかけには誰も答えなかった。答えはアーサーの目にしっかりと写っていたからだ。『黄鷲』が命中した機体やそれに誘爆した機体が煌々と地獄絵図を照らし出していた。
小沢中将はアーサーの考えていたことを丸っとお見通しであった。小沢中将は夜間に思い切って三○○浬もの距離を詰め、『黄鷲』を発射したのだった。
小沢中将は既に『黄鷲』の存在は敵方に知られている。真面に使えばそれを察せられ、必ずや回避されるに違いない!と予想していた。
予想通り、機動部隊には常に重爆撃機の見張りが付いていた。
幾ら『黄鷲』と雖も英軍の爆撃半径の外となる二○○浬から発射されれば目標にたどり着く迄半時間掛かる。それだけ有れば爆撃機を一旦上空に避難させるのは容易い。
そこで小沢中将は敢えて索敵機を撃墜せずにいたのである。『機動部隊は五○○浬先を遊弋している』と云う情報を与えることで敵の混乱を誘ったのである。そして、夜間に奇襲をすることを隠しておいた。それに英軍はマンマと引っかかった分けである。
翌日には陸軍が上陸し、日本軍はセイロン島を奪取。その後印度西部の占領にも成功した。そして漸く独逸軍との邂逅を果たした。
印度そのものは占領には程遠い状況では有ったが、海路を使い、独逸軍から物資を本土に運んだ。独逸は引き換えに護謨や空母の技術を求めた。
以前の様に潜水艦を使いチマチマとした技術交換をするのとは全く違う。日独は此処に本格的な軍事協力を開始したのだった。