ミッドウェイ海戦-上
昭和一七年二月、山本大将は軍令部とぶつかっていた。
山本大将はミッドウェイ、ハワイと攻略し、米本土爆撃を行い、早期講話を目指していた。対照的に軍令部の総意は豪州東部の島嶼群を攻略し、米豪分断をやり遂げ、豪州と単独講和し、長期持久体制を築くことにある。
そこで山本大将は辞令をちらつかせながら、軍令部と折衝案を出した。ポートモレスビー攻略に『翔鳳』『翔鶴』『瑞鶴』を出す代わりに、ミッドウェイ攻略を認めさせたのである。それが四月上旬のことであった。
その直後四月二八日に、米国は空母『エンタープライズ』『ホーネット』を使い、帝都爆撃を行った。このことは合衆国民の戦意高揚を狙っていたのだが、逆にあまりミッドウェイ攻略作戦に乗り気で無かった陸軍が、俄然やる気に成ってしまった。
そして五月八日、ポートモレスビー攻略に伴い帝国海軍と米海軍との史上初の空母決戦が行われたのであった。開戦早々『翔鳳』を失った帝国海軍であったが、『翔鶴』『瑞鶴』が攻撃に成功した。
戦果は空母『レキシントン』撃沈、空母『ヨークタウン』中破である。しかし、日本側も米軍の反撃をうけ、『翔鶴』が大破してしまった。そして何より航空機と優秀な搭乗員を多数失ってしまうこととなった。
山本大将はあわよくば『翔鶴』『瑞鶴』をミッドウェイ攻略に入れるつもりであったが、それも断念せざるをえない。結局ミッドウェイ攻略作戦に投入される空母は『赤城』『加賀』『蒼龍』『飛龍』だけとなってしまった。
五月二七日、南雲中将率いる空母機動部隊は呉鎮守府を出港した。この時、機動部隊には『獏鸚』一二隻が配備されていた。そう、『獏鸚』が艇にしては異様に長い航続距離を持っていたのはこの為である。
六月五日、ミッドウェイより南西に二一○浬に機動部隊はあった。一時一五分、『赤城』から零戦が飛ばんとしている。この第一派攻撃隊は本来淵田中佐が隊長を務める予定であった。だが、出撃前に虫垂炎になっており、とても航空機に乗れる状態ではない。その為、友永丈一大尉が隊長となっていた。
手空きの搭乗員らが帽振れで見送る中、第一派攻撃隊は無事に発艦し終えた。
『赤城』艦橋では南雲中将がその様子をじっと見ていた。南雲中将はラバウルでの『黄鷲』の成果を知っていたので、ミッドウェイと言えども一度の攻撃で十分だと考えていた。
南雲中将に参謀長、草鹿龍之介少将が、第二派攻撃隊の艦攻を陸用爆弾に換装しようという案を出して来たが、航空甲参謀、源田中佐に相談することも無しに却下された。
これには南雲中将が第一派攻撃隊のみで十分である、と考えていたからと云うよりも山本大将にキツく米空母が出てきた場合の忠告を云われていたからである。南雲中将は下手な一手を打ち、その為に自分の地位が危うくなることを警戒していた。
だが、南雲中将も米空母が出て来るとは思っておらず、第一派攻撃隊の報告によっては雷装を外して陸用爆弾を装備させるよう、命令を出す気でいた。
『獏鸚』部隊は数隻の駆逐艦に囲まれながら、機動部隊より五○浬程前方に出ていた。
『獏鸚』部隊とミッドウェイとの距離は一六○浬あり、『黄鷲』を発射すれば約二五分で到達する。なので、迎撃に来る敵戦闘機を潰す為には第一派攻撃隊がミッドウェイに到着する半時間前には飛行場を破壊し終えている必要があった。
それらを計算に入れ、二時二○分、そしてその十分後に『黄鷲』は発射されることとなった。
二時二○分、予定通りに四機ずつ、計四八機もの『黄鷲』が発射された。その十分後、再び『黄鷲』が発射され、計九六機の『黄鷲』がミッドウェイに向け飛んでいった。
一方、ミッドウェイの航空部隊司令シマード大佐は本日帝国海軍がミッドウェイに攻めてくる、と云うことを知らされていた。この時点で、帝国海軍の暗号は米軍の手によって丸裸にされていたのである。
その為、夜も明けぬ内からカタリナ飛行艇を索敵に出していた。
現地時間五時(日本時間二時)にカタリナ飛行艇は、ミッドウェイより北西一六○浬に小型艇十隻以上からなる艦隊があることを知らせた。
シマード大佐はこの報告を聞き、必ずやその奥に空母がいる!と確信し、カタリナ飛行艇に索敵を続けさせた。
結果はシマード大佐の思った通りである。五時四○分には同じカタリナから『方位三一○度、二○○浬ニ敵空母一隻』との報告が入った。
シマード大佐は即座に航空機に発進を命じた。その直後、レーダーから報告が上がった。
『敵多数接近!方位三二○度、高度二○○○!距離六○浬!』
『高速で迫って来ます!恐らく十分後に到達します!』
しかし十分あれば、迎撃戦闘機を上げるには充分である。シマード大佐は戦闘機の発進を優先させた。結果として待機していたF2Aバッファロー八機、F4Fワイルドキャット七機の計一五機が離陸に成功した。
だが、敵機が来るまでに爆撃機を上空に逃がすと云う当初の作戦は出来なかった。
そしてそれはミッドウェイに襲来した。
上空より舞い降りたそれは飛行場に落下し-爆発した。
事故か⁉︎シマード大佐が事故機が飛行場に落下すると云う、運の悪さに嘆いた時であった。新たな影が飛行場に落ちて来た。
いや、事故ではない!自爆攻撃しやがった‼︎
勿論、飛行場に突っ込んだのは『黄鷲』である。しかしそうとは知らぬシマード大佐であった。
F4Fパイロット、バドゥーンは苦戦していた。何せ敵爆撃機は明らかにワイルドキャットより優速である。動きは直線的であるが、速度が違いすぎる故に機銃が当たらない。更には数が多い為、一機に気を取られていれば、他の爆撃機が自爆攻撃をする。
結局バドゥーンのスコアは二機に止まった。尤もこれは良い方であり、一機も撃墜出来なかった者もいた。
『黄鷲』の攻撃が終わった時点でミッドウェイ飛行場は穴ボコとなり、発進は出来そうにもなかった。航空機には損害は奇跡的に無かったが、米軍が安心するのはまだ早い。
『敵多数接近!十分後にまた来ます!』
シマード大佐は耳を疑った。日本人は何を考えているのだ?『黄鷲』が有人機と思っている彼にとって、帝国海軍の行動は理解出来ぬものであった。