義兄に群がる女を排除してたら、勇者が転校してきた件
前回の続きです。
「私、風峰先輩が好きです!」
はい、ダウト。
私がそう思うのと同時に、呪いを発動させる。
具体的に言うと、全校生徒の前で自身の恥ずかしい秘密を暴露したくなるという恐ろしい呪いだ。
「アンタもえぐいなあ」
そう、私に言ってくるのは我が親友、仁村千春さん。
この学校で唯一、私が「親友」と呼べる相手であり、同時に私の力の事を知る人。
まあ、元々誰にも明かすつもりはなかったのだけど………ただ、タイミング悪く、この人が側にいる時に力を使いざるを得なかったというか、何というか………。
つまり、運が悪かった。そういう事ですね、うん。
「陸斗に告っただけであそこまでする必要なくない?」
「いいんです。あの人、私に対してカミソリ入りの手紙送りつけてきましたから」
坂下奈々子ほど堂々としていたわけでなく、裏からこそこそやってたので表沙汰にはなっていないが。
記憶が戻る前の話だし、当時の私は………自分で言うのもあれだが、根暗で抱え込む質だった。だから兄さんはもちろん、誰かに相談したりはしていない。
何故犯人が彼女だというのがわかったかだけど、手紙が送られた翌日、すれ違いざまに脅迫してきたから。………まあ、記憶戻ってたら即座にやり返してたんですけどねえ。
「いや、あたしにも相談しなよ。それはそれでショックなんだけど」
「時期が時期でしたから。ちょうど千春さんのご両親の話が出た頃でしたし」
「あー………」
多分、普段のこの人なら、私の様子がおかしい事に気づいて問い詰めてきたはず。どこの野生児なんだというくらい、無駄に勘が鋭いので。
ただその当時、千春さんも千春さんで大変だった。
詳しく話すとプライバシーに関わるし、単行本4冊くらいかかりそうなので省くけども、ご両親の関係で少しいざこざがあり相当揉めていた。
「………ごめん。逆に気遣われてたか」
「気にしないでください。大変だったのはお互い様でしょう? それに、無難な形で収まりが付いたわけですし、いいじゃないですか」
当人曰く「元凶以外は概ねハッピーエンド?」だったらしい。
………なお、その話をしてた時、すっごい遠い目をしていたので、あまり触れない方がいい話題なのだろう。
とにかく、そんな状態のこの人に相談なんて出来ませんし、結構追い詰められた状態だったので私の事にも気づかなかった。
「で、アンタはその力使ってどうしたいの? 世界征服でもしちゃう?」
なるほど、世界征服。過去の偉人にもそれを目指した者はいた。一つのロマンというものだろう。
魔王だった頃の記憶と力を取り戻してから早くも2週間。その間に色々試したりして………概ね把握はした。
今の私、風峰玲夜は、私が「魔王レイヤ」だった時の権能全てを、ほぼ減退無く行使する事が出来る。
「火」「水」「土」「雷」「風」の五大属性はもちろんの事、「魅了」を始めとするサキュバスとしての権能。さらに「回帰」……すなわち「時」の属性も操る事が出来る。
並の魔族と異なり、魔王である私の魔力総量は極めて高い。そのため、単純な術式であっても高い効果を生み出す。具体的に言うと、「ライター程度の種火」と「ナパーム弾」くらいの違いだろうか。
この力をフルに使えば、確かに世界征服くらいは容易く出来てしまうかもしれない。だが………。
「興味ありませんね」
兄さんがそれを強く望むのならまだしも、今の私には木っ端程度の興味も浮かばない。
そんな事をしている暇があるのなら、私は兄さんの側にいる事を選ぶ。
………我ながら平和的な思考になったものだ。魔族だった頃は謀略謀殺が当たり前だったというのに。
まあ、当時から好き好んで陥れたりしていたわけではないので、由としよう。
「てかさ、そんだけ強くて、さらにはオート復活能力まで持ってるアンタが、どうしてその勇者ってのに負けちゃったわけ? あたし、そこが疑問なんだけど」
「………思い出すのも癪なんですが」
千春さんの言うとおり、何のハンデもなく、ガチでぶつかれば間違いなく私が勝っていた。
いかに勇者といえど、あくまで人間。魔族の最上位たる魔王の私とでは、素のスペックが違いすぎる。
………ただあの時、私に対して勇者はいくつかの策を用意していた。
1つ、五大属性それぞれを司る5人の「精霊王」と契約し、私の力を削ぎにかかった。
これによって、私の操る五大属性魔法の効力は大幅に下がり、勇者の装備している対魔法調整の施された防具によって完全に防がれる。
2つ、私の守護結界を貫く事の出来る「聖剣」を用意していた。
私が言うのもなんだが、魔王時代の守護結界は魔族随一の防御性能だと誇れるレベルだ。
しかし、勇者はそれを破るため、伝説の金属「オリハルコン」を伝説級の腕を持った刀鍛冶によって鍛え上げ、さらにそれに聖女の祝福を施した「聖剣」を用意してきた。
そして一番腹が立つのは、魔族側に裏切り者がいたという事。側近の1人だった女剣士が、事もあろうに勇者に寝返り、手引きした。
………まあ、私が慢心していたというのもあるかもしれない。結果として、私は勇者に敗れたのだから。
「なるほどね。ちなみにあっちの世界がどうなってるかってのは」
「わかりませんね」
異世界を覗く魔法、なんて私は習得していないし、そもそも存在しているのかわからない。
一応、万が一の時のための保険として、私が死んだらどうするかというマニュアルは作っておいたし、魔族が全滅しているという事はない………と思う。
それでも私の死が原因で、勢力圏を下げざるを得ない状況にはなっているだろう。
次の魔王には………多分、私の妹がその座についているはず。あれは子供だし未熟なところはあるけれど、周囲が支えてやれば王としてうまくやっていけるはずだから。
「勇者ねえ………案外、地球から召喚されたやつで、近くにいたりして」
「まさか」
………思い返してみれば、確かに黒髪黒目とあの世界には珍しい組み合わせで、日本人っぽい顔立ちだった。
異世界から召喚~というのも、このところの漫画なりアニメでよく聞く設定だし………いや、まさかそんなはずないだろう。
………そう考えていた時期は確かにあった。
「杉内岳です。よろしくお願いします」
千春さんとあんな話をしたのが悪かったのかもしれない。その翌日、転校生としてこいつはやってきた。
どことなく精悍そうな体つき。短く刈り込まれた黒髪に、現代人としては珍しく鋭い眼光をたたえた黒目。
あっちの世界において、「勇者タケル」として活躍していた男が、そこにいた。
………もちろん、これだけなら単なるそっくりさんで済ませる。済ませるのだけど………。
「………………………ッ!?」
指定された席に向かおうとして、私を横切った際、すごく驚いたような顔になった。
まるで、あり得ないものを見てしまったかのような顔だ。
それからの授業中も、ちらちら視線を感じてはいたが………特に何か仕掛けてくる様子もないので、無視する。
授業中には質問も何も出来ないだろうから、休み時間にはクラスメイト達が彼に殺到する。特に女子が多い。
確かに顔立ちは整っているし、世間一般的に言う「イケメン」なのだろう。………うちの兄さんの方が数百倍かっこいいですけどね!!
「………じゃあ、あそこの席の子とかは?」
ああ、やっぱり聞いてきたか。
さっきの様子から察するに、間違いなく勇者タケル本人だ。
髪の色や瞳の色は違えど、自分が倒した「魔王レイヤ」のそっくりさんがいれば、そりゃあ驚く。
「風峰さん? おとなしい子だよ。いつも自分の席で本読んでたり、図書館にいたりするね」
「でもなんか最近、すっげえ可愛くなったよな。色っぽくなったっていうか………」
私の名誉のために言い訳しておくが、別に無駄に周囲に色気を振りまいているわけではない。これについては………力を取り戻した事による弊害のようなものだ。
さっきも言ったが、私の前世の種族は「サキュバス」。こっちの世界でも「淫魔」だとか「夢魔」だとか言われているが、概ね当たっている。
男なら「インキュバス」、女なら「サキュバス」。どちらも異性を魅惑・魅了し、精気を吸い取る術に長ける種だ。
だからと言って、弱い種族ではない。高位のサキュバスともなれば、高い魔力を持って生まれてくる事がある。私や妹のように。
サキュバスとしての権能は魅了。これでも魔王だったので、力のレベルは最高位。このレベルになると、むしろ力を抑える方に気を回さなくてはならない。
下手すると自動で男が前屈みでトイレに駆け込むレベルだから。
(それにしても………)
あれがこの世界からあの世界へと召喚された、というのはほぼ間違いない。
どのような経緯があったかは不明だが、私を倒した後、こっちへ戻ってきたのだろう。見た限り年齢に変化もないようだ。
勇者召喚モノだと「帰る方法は無い」とか言われるのがオチだけど、そうならなかったらしい。まあ、あれに残られて魔族が駆逐されるよりはマシなのだろう、きっと。
………そう考えると、私が死んでこの世界に生まれ変わり今に至るまでの時間と、あれが勇者として活動していた時間に齟齬が存在する事になる。どういう事だろうか。
(まあ、考える必要はありませんね)
あれが勇者であろうが、今の私には関係ない。
もちろん、恨み辛みが全くないと言えば嘘になる。仮にも勇者で、我が同胞を殺し、かつての私を殺した張本人だ。
だが、今の私は魔王レイヤではなく、風峰玲夜だ。勇者タケルとは何の因縁もない、魔王の力が使えるだけの、ただの人間。
今の私や兄さんに危害を加えるならまだしも、現時点で彼に関わろうとは思わない。思いたくもない。
「風峰さん、だったよね。ちょっといいかな」
………しかしまあ、明らかな敵意を持って向かってくるのなら、それは充分やり返す理由にはなる。
正当防衛ですもの。私、悪くありませんよね?
「何故お前がここにいる」
いくら何でも単刀直入すぎると思うんですけど。
教室から私を連れ出し、人気の無い教室へと引っ張り込んだ勇者はそう言ってきた。
………私が言うのもなんですけど、もうちょっとオブラートに包むとか、遠回しに聞くとかしましょうよ。
「何故、と言われましても………この学校の生徒ですし」
「お前は俺が倒したはずだ! あの日、あの時、魔王城で!」
感情を高ぶらせたまま、勇者は休む間もなくそう続けてくる。
そう言いたくなる気持ちはまあ、わからなくもない。
もし、私が逆の立場で、倒したはずの相手がのうのうと生きていたなら混乱するし、食ってかかりたくもなる。
「魔王……ですか。あの、漫画かアニメの読み過ぎでは?」
しかし、だからといって「私が魔王です」と認めるつもりはさらさらない。
千春さんにバレたのはあの人の野生の勘が鋭すぎたのと、隠し通したら関係が悪化すると考えたため。
勇者にバラしたところで面倒事にしかならないだろうし、というか問答無用で攻撃して来るに違いない。
………正直、オカルトや超常現象とは縁遠いこの世界で「魔王」だとか言ってきても、言動が痛々しい人にしか見えない。
ならば、思いきりしらを切らせてもらおう。
「そもそも私たち、初対面のはずですよね?」
「ふざけるな! 生き延びていたのなら、今度こそ………」
「今度こそ、どうするつもり?」
私と勇者ではない声が響き、思わず振り返る。
そこには千春さんの姿があった。心なしか、機嫌が悪そうだ。
「なんか様子がおかしかったから外から聞いてたけど、随分とまあ物騒な話してるじゃん」
千春さんは、あまり学校の成績はよろしい方ではない。
しかし、決して愚鈍ではない。実際、会話を全部聞いていたというわけではなさそうだけど、どういう状況にあるかを理解してくれている。
「杉内、だっけ? あたしの友達に何因縁つけてるわけ?」
「因縁をつけてるつもりはない。俺はただ、魔王が」
「その魔王って何なのさ。中二病だか何だか知らないけど、そっちの自己満足にその子巻き込まないでくれる?」
そう言い、千春さんは私の手を引いて、教室から連れ出す。
後ろから勇者の声が聞こえたけど、完全無視です。
「千春さん」
「だいたいわかってる。………どうすんの、アレ」
「どうしましょうか」
正直なところ、勇者を排除するというのは難しい。
いえ、実力差があるとかそういうのではなく、あれと本気でぶつかるとなると確実にラスボス戦クラスになる。そうなると、余波で周囲が酷い事になりかねない。
不意打ちで消し飛ばす、というのも一つの手ですが、失敗した時のリスクが大きすぎる。失敗すればそのままラスボス戦です。
「んじゃあ、アンタお得意の「社会的に抹殺」は?」
「出来なくもありませんが、ハイリスクハイリターンとしか言えませんね」
例えば、私のサキュバスとしての権能を使って魅了し、襲いかかろうとしたところを反撃で社会的抹殺。
決して難しい手ではないけども、あの勇者にそれが通じるかわかりませんし、下手すると私に被害が及ぶ。兄さんにも嫌われるでしょうし。というか、兄さん以外の相手にそういうのしたくない。
そもそもあの勇者、無駄に行動力がありすぎるので、下手にちょっかいしたら何をしでかすかわからない。
もしなりふり構わなくなったら、被害が私だけでなく兄さんに及ぶ恐れがある。
だから、一番いいのは関わらない事なんですが………。
「もう絡まれちゃった以上、無関係を装うってのは無理じゃない?」
「ですよねー。クラスも一緒ですし」
顔を見合わせ、ため息をつく。
「とりあえず、当分はアンタの力使うのやめとけば? 気づかれたらこれまで以上にめんどい事になりそうだし。なるべく1人でいるのも避けて、登下校もあたし付き合うし」
「すみません、わざわざ」
「いいって。友達が困ってるんならお互い様でしょ? アンタや陸斗には、あたしも散々世話になってるんだし」
そう言って、千春さんは笑った。
………この時、私は予想だにしていなかった。
数日後、あの勇者から話を聞いた向こうの姫が、再び異世界召喚術を行使するという事。その際、勇者だけでなく、私や千春さん……教室にいた生徒や先生が召喚に巻き込まれる事。
そして………再び魔王として勇者と敵対する道を歩む事。
この時の私は、何一つとして想像していなかった。
続くかどうかは未定です。
その内、兄視点での番外編をやるかもしれません。
仁村千春
玲夜の親友。1歳年上だが学年は一緒。姉御肌。
いつもは大人しい玲夜のボディガード的な存在らしいが、記憶の戻る玲夜が虐められていた時期は、不幸にも家庭問題で色々難しい状況にあったらしい。
杉内岳
勇者。
かつて勇者として召喚され、魔王を倒し、そして元の世界へと戻っていった。
自分が倒したはずの魔王にそっくりな玲夜を見つけ驚愕する。玲夜と千春に痛い人扱いされて、少しは冷静になったようだ。