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天の河混ぜたら危険

作者: 風連
掲載日:2016/07/10

時々月に誘われ、夜の散歩をする。

丘の上の新興住宅街を抜け、昔ながらの森の側の道を、薄い影を共に歩くだけなのだけど。

ここが好きだが、『ド』とか『ローカル』とかが、ダブルでつくぐらい、田舎だ。

それでも、不思議とあんな風に、家が建つ。

グルリと森の端をまわって、隅っこの公園に出た。

沢を挟んで、古い霊園があるのだが、月明かりぐらいでは、黒い森の影に囲まれていて、ここからは、見えない。

月と月の作る影と共に、沢沿いの急な坂を下る。

湿った落ち葉があちこちに落ちていて、むと滑るので、黒っぽい物は、避けて降りる。

半分も降りると、影の色が変わる。

月の勢力圏せいりょくけんから抜けて、街灯の明かりだけが辺りを照らすからだ。

沢沿いの坂を抜けると、さえぎっていた木の枝が消え、又、空が広がる。

向かいの山の上に、ポッカリと月が現れた。

下の辺りは古い家が多い。

こんな時間では、起きてる家は、数えるくらいだ。

影の濃さに、ふと頭を上げた。

月が、2つになっていた。

白い月の前に青白い月が現れたのだ。

闇の中の流れる雲と、明るくなった2つの月の共演だった。

偽物の月に、気づかれたのだろうか。

青白い月は直ぐに、絞った様に明かりを弱め、重なる月の中にその姿を消したのだった。

本の一瞬だけの2つの月。

家の玄関に入ってから、ゾッとした。

見てる事に気がついたからこそ、隠れたのだろうか、と。

思わず、鍵をかけた扉を確認してしまった。

で、その後、笑いがこみ上げてきた。

夏の月の幻だろうと。

明け方の薄明かりの中、白々と明け出した薄い青と暗い青の空の向こうに、月は傾きその姿を山に呑まれ出している。

いつもの野鳥が鳴き出し、カラスも鳴く。

台所の冷蔵庫から、水を出して飲むその後ろに、窓越しに覗くものがいたのを、気づかなかった。

どうにも眠られないので、二階に上がり、身支度をする。

夜中の散歩のスタイルは、まあまあ適当だ。

でも、自転車に乗るなら別。

好きなシャツやストレッチのパンツを探す。

縞のシャツに黒いパンツ。

サングラスと財布を持ち、ブラッと外に出た。

田舎だけあって、昔の単線の電車の跡が、サイクリングコースになっている。

市道とぶつかりながらも、車の来ない川沿いのこのコースは、ジョギングやサイクリングに人気だ。

カーポートにくくりつけておいた愛車にまたがり、軽く坂を下っていくと、直ぐにサイクリングロードが現れる。

ここなら、新聞配達の邪魔じゃまにはならない。

帰りの楽な登りを選んで、自転車を走らせた。

緑の中を抜けて、小さな児童公園や小学校の側を駆け抜けていく。

さすがに、すれ違う人も自転車もまだいない。

独り占めの気分を味わおう。

小さな段差が、川に水の音を作っている、お気に入りの場所に出た。

その辺りは、公園としても整備されていて、ベンチや自販機や子供の遊具なんかがある。

小さな落差でも、幾つも重なると、それなりに滝の様な音に聞こえる。

かたわらに自転車を立て、自販機で飲み物を買い、川を眺めるのが好きだ。

小さな段になった滝を眺めていると、ジリジリと、登ったばかりなのに、熱い太陽が背中をあぶり出した。

朝からこれでは、今日1日の気温が思いられる。

リサイクルボックスに、からのペットボトルを入れると、そろそろ引き返す事にした。

ボチボチ犬の散歩や早朝ジョギングの人が現れて、気ままにスピードを上げて突っ走るなんて、出来なくなくなるだろう。

来た道を、水の落ちる音を背にしながら、下る事にした。

風が起き、軽快に自転車は走った。

大きなカーブや三叉路の無い道を、時々横切る道路を頭の上に通して支えている、短いトンネルを抜けながら、何も考えず走り続けたのだった。

少し長めのトンネルに入った時、違和感いわかんおそって来た。

トンネルの向こうに出口が見ないのだ。

ゆるやかな下りと上りを繰り返すトンネル内の道は、どれも本当に短かったのだ。

上を走る道路の幅より大きなトンネルは、存在していないはずだった。

思わず、ブレーキをかけると、後ろを振り向いた。

そこには、星がまたたいていたのだ。

声も出ずに立ちすくんでいると、一陣の風が吹き抜けた。

その風は、自転車ごと、星の世界を渦巻き流れ、全てを持ち上げてしまったのだ。

気を失う事もなく、自転車にまたがったまま、流れる星の風に巻き込まれて行った。

自分自身が青白く光り、足元の無限の星空を見つめていた。

ペダルに張り付いている両足は、漕ぐことを忘れていたが、自転車は星の風に乗っていた。

瞬く星の間を、自転車は滑って行く様だった。

止まる事も降りる事も出来ない。

薔薇色に煙る銀河の流れが、やがて現れた。

美しい天の河が、直ぐ側を流れる。

何処まで流されるのだろう。

始めて恐怖が襲って来た。

両手のブレーキを、硬く握り締めると、自転車は音も無く、止まった。

が、両足はペダルの上だ。

推進力の無くなった車輪が、空回りして静かに止まった。

倒れる、と、思った時、ペダルから足を離したが、何処にこの足は着くのだろうか。

頭が何かに触り、ユックリとひっくり返って行った。

気づくと、平たい石の上に自転車ごと、横になっていた。

見えるのは、その石と、遥かな星空。

藍色の中に瞬く星々が視界の半分を埋めていた。

起きる事も出来ず、暫く自転車と共に寝ていた。

「どうなさいましたか。」

唐突に声をかけられた。

みっともない姿を見られた恥ずかしさで、ゴソゴソと自転車の下から這い出した。

立ち上がり、自転車も、起こすと、ひとりの青年が立っていた。

柔らかな金色の髪が立ち上がり、目元は涼やかで、声は優しかったが、テラテラとしたその服は、アルミホイルとビニールでできてる様で、昔見た3流SFの登場人物の、服そっくりだった。

「さあ、こちらへ。

その乗り物もご一緒に。」

促されたその先には、光の漏れる穴がポッカリと口を開けいた。

情けないが、自転車に寄り掛かりながら、青年の後をついて行った。

中は広く、椅子とテーブルがあった。

その全てに、模様が刻まれていた。

渦巻きや三角の羅列。

丸や四角を色とりどりに彩色してある。

床はツルツルの金属で、全てを映し二重にこの部屋を騒がしていた。

呆気に取られていると、青年に椅子を勧められた。

唐草紋様に埋められた落ち着きのない椅子は、座ると心地よい気分にしてくれた。

壁に立て掛けた自転車が気になる。

壁に寄りかかった姿で、いつの間にか半分埋まってるように見えた。

「大丈夫ですよ。

あの乗り物は、お返ししますから。」

見透かされたような言葉をかけられた。

わたくしは、エデリと申します。

急なお呼びたてを、してしまいまして驚かれた事でしょうね。」

こちらを見ながら、ニッコリとされては、頷くしかない。

「さあ、どうぞ、お茶です。

美味しいですよ。」

人懐ひとなつっこい笑くぼが、青年の片頬に浮かでいる。

勧められた、そのカップは、どうなっているのだ。

椅子よりも緻密な模様でいろどられ、底のある場所が三角錐さんかくすいで、とんがった部分を下にして、立っているのだ。

軽く揺れて見えるが、倒れずに立っている。

なんだか回り続けている駒を見てる気分がしてきた。

飲み口も、ギザギザであちこちから中の液体が漏れてきそうだった。

怪訝けげんな顔をしていたのだろう。

青年がもう1つの不思議なカップを呼んだ。

そうとしか言いようがない。

呼ばれたカップは、1つ目の横にスッと来て、立った。

「どうぞ、美味しいですから、お飲みください。

この部屋にいらっしゃるのですから、飲まれた方が、お身体に良いですよ。

直ぐにしなびて、来ますから。

シナシナになったら、戻るのが大変なんですよ。」

そう言うと、手のひらに三角錐を乗せて、広げた手のひらを斜めにして、中のお茶を飲んだのだ。

お茶は、き止められているのか、表面張力ひょうめんちょうりょくなのか、一滴もあふれることもなく、そのランダムな高さの飲み口から、すんなりエデリの口に入って行った。

なんだか、縄文時代の火炎土器そっくりなのに、やっと気がついた。

三角のカップは、ここでは倒れないし、溢れないのだろう。

手を伸ばすと、開いた手のひらにそのカップは自ら乗って来た。

塩気の少ないスープの様な飲み物だったが、身体が暖まる。

寒かったのか、今更ながら、自問自答してみた。

テーブルの上に手を出してやると、カップはスルスルとその上に移動した。

何かの合図に応えるように、2つのカップはスーツと、何処かに行ってしまった。

「ご覧ください。

あれが、貴方の星です。」

テーブルの中に、暗い空が現れ、星の瞬きに埋められ出した。

「あれとあれが、問題なのです。」

意外と端っこにあった我が太陽系から、ほぼ反対側の煌く恒星をエデリが指さした。

「仲が良くないんです。

で、最近回りの他の恒星を巻き込み出しちゃって、困ってたんです。」

何のこっちゃ。

言葉が頭に入って来ない。

「恒星が喧嘩、ですか。」

「そうなんですよ。

惑星同士なら、まあほって置いても、ね。

恒星では、そうもいかないのです。

ほら、親分が喧嘩したら子分も巻き込まれちゃうでしょう。」

って、言われても。

「話し合いは。」

こんなのに返答なんて、馬鹿みたいだ。

「しました。

で、仲裁者を探してたのです。

どうでしょうか。

この喧嘩、仲だちしては頂けませんか。」

何を、何で、誰がですか、と言いたい。

「待って下さい。

恒星ですよね、あの瞬く。」

青年はニッコリと笑くぼで、笑った。

「はい、そうです。

恒星でなければ、瞬きません。

惑星は自ら光ったりしませんからね。

反射はしますよ。

で、なければ星座は、寂しくなってしまいますからね。」

それはそうだ。

光らない月や宵の明星とか、紅い火星なんかが、燃えてなければならないとしたら、宇宙は沸騰してしまうかもしれない。

第一、生き物が存在できないだろう。

核融合の熔鉱炉の中で育まれる命なんてのは、想像できやしない。


「失礼でしょうが、科学的な解決方法は、試されましたか。」

「喧嘩にですか。」

エデリが本当に楽しそうに笑い、その後眉間にしわを寄せた。

「喧嘩自体が感情的すぎますから、科学が入り込む隙間は、ありませんでした。」

もっともだ。

どうしょう。

「わける、のは、無理でしょうか。」

エデリの眉がピクンと上がった。

返答を聞かなくても、無理そうだ。

「昔の人は、昼間の太陽が神の口に入って、星が出ると、思っていましたから、神に呑み込んで貰ったりなんかは、無茶でしょうか。」

「それは、惑星から見た恒星の昼夜の事でしょうね。

ですから、惑星や衛星では、ないんです。

相手は恒星なんです、それも6個の。」

三つ巴の2倍で喧嘩してるらしい。

「そもそもなんで、喧嘩になったんでしょうか。」

「連れてる惑星の数です。

大きな恒星に5個、中ぐらいのに5個、小さなのにも5個、それより小さなのにも5個。

恒星の大きさに関係無く、同じ数の惑星が回ってるんです。

各々(おのおの)、衛星さえも、それぞれ1個か2個惑星に回っていて、結局6個なんですよ、これが。」

おやおや、別に喧嘩にならないと思えるのだが。

ある意味、平等だが、大きな方は、沢山の星をしたがえたいのだろうか。

「離すことは出来ないんですか。」

「かなり端にあるのですか、無理なんです。」

「じゃ、いっそ、まとめたらどうでしょうか。」

やけくそだよ、こんな返答。

「まとめる。

恒星をですか。

太陽全てで、グルグル回らせるって事ですか。」

頷くしかない。

「互いに引き合えば、ぶつかる事も無いでしょうし、全ての惑星は回る恒星の物になるでしょう。

誰が多く持つとかも、なくなるし。」

エデリの顔が明るくなった。

「グルグル回る太陽に全ての星が、グルグルって、事ですね。

太陽の大きさに関係無く。」

「大変でしょうか。」

言ってみたけれど、かなり無茶苦茶な話だが、元々太陽同士が喧嘩するのが悪い。

全ての惑星と衛星が回るのなら、文句の持って行き場も無いだろう。

「ありがとうございました。

その方向で、仲裁してみます。

あれらが、いつまでも喧嘩して、万が一、爆発なんてしたら、バランスが崩れて、この銀河に、デッカい穴が開くところでした。」

「そうなんですか。

それって、ブラックホール、でしょうか。」

「いえ、あれは、そんな物ではありません。

そうですね、ブラックホールがゴミ箱だとしたら、銀河のバランスが崩れて出来るのは、クラッシュホールとでも言いましょうか。

グチャグチャに潰して混ぜて、吐き出すらしいです。

今の秩序は永遠に失われる事でしょうね。」

ニッコリ片笑くぼされても、ゾッとするだけだった。

「双子の恒星や惑星はいましたが、これ程の多重恒星系は今から産まれます。

御礼に、何か願い事を叶えてあげたいのですが。」

うっ、思いつかない。

世界平和か。

沈黙が流れる。

クルクル眼が回る。

何を願ったのだろう。

自転車と共に、遊歩道の脇のベンチに寝ていて、眼が覚めた。

疲れて、うたた寝でもしたのだろうか。

横に立っている自転車のハンドルをつかむと、左が普通で、右が氷の様に冷たかった。

あの壁に埋もれていた方だ。

で、あれは、夢かまぼろしたぬききつねに、化かされた。

冷たいハンドルをにぎって、帰路に着いた。

下り坂の道は、スイスイと進む。

走ってるうちに、ハンドルの冷たさは消えていった。

自宅に着くと、お腹がペコペコだった。

もう、夕方だ。

いったい、何をしていたのだろう。

ヤッパリ、化かされたのだろうか、例えば妖怪とか、幽霊とかに。

昨夜のカレーを温めて食べた。

テレビなんか見てるうちに、忘れてしまっていたが、次の日、全てを思い出したのだった。

駅まで乗るつもりの自転車で、電車で6駅の会社まで来てしまったのだ。

ペダルをいでも、疲れないどころか、んでる感覚が無い。

つまり、自転車にまたがってると、目的地に着くのだ。

それも、安全に適正な速さで、だ。

願ってしまったのだろう。

世界平和より、自転車の事を。

苦笑いが1日中、片頬かたほほから、離れず、エデリの片笑くぼが、乗り移った様な気分がする。

挨拶も出来なかったし、お礼も出来なかった事を後悔したが、約束を守ってくれたエデリには、もう一度、会いたいものだ。

今度の休みには、あの自転車に乗って、遠出をしょう。

もしかしたら、ヒョッコリあの2つ目の月が現れるかも知れないな、と。




今は、ここまで。

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