婚約破棄後に起きた出来事~王妃と愚かな王子と悪女~
様々な婚約破棄物を見て、衝動的に書いてみました。
不慣れで、未熟な部分はあると思いますが、温かい目で見てもらえると嬉しいです。
えらいことをしてくれた・・・
口調こそ淡々としているが、宰相は激怒していた。普段王の右腕として常に冷静沈着で仕事をこなす彼にしては珍しいことだ。
発端は遠方の小国から王族と大使を招待して会食をしたことに遡る。
その国は小国だが、優れた資源や珍しい名産を扱うことで、国交が盛んな国である。
宰相は国のために何年も努力してようやく信頼関係を結び、有益な貿易ができるまであと一歩だった。だが、台無しになった。
原因はエミコ姫だ。この国は礼儀に厳しい、特に王族関連の礼儀作法は特に厳しい。それを念押ししておいたのにもかかわらず、無礼な礼儀作法をして、あげく婚約者がいるその国の王子にべたべたする始末。その場は何もなかったが、会食後「貴国から誠意を感じられない」とまとまりかけた話は白紙に戻ってしまった。今までかけた時間と予算がご破算だ。切れたくもなる。
激怒した宰相は無論王子と姫に文句を言った。
だが、肝心のエミコ姫は「だって自然体が一番いいじゃないですか♪ひっ、王子~宰相がいじめる」と媚びた態度で王子に泣き付き、王子も王子で「あんな小国に媚びへつらう必要はない。我らの方が大国なのだ。もっと気概ある態度で臨め!」と馬鹿発言。確かにあの国は小国だが、貿易が盛んで経済力は高く、多くの国との結びつきが強い、実質国のレベルとしてはこの国より上なのだ。だからこそ交渉が難航していたのに。ただの土地の広さと人口だけで国の力を見ないとは宰相は心底幻滅した。
(シャルロッテ様ならばこんなことはなかった。あの方は他国の礼儀作法も完璧に覚え、他国の歴史文化・政治事情にも詳しかった。きっと会見でも問題なくより深い信頼を結べたはずだ。なのに・・・!くそっ!いままで何度もトラブルはあったが、今日のは極め付けだ。王様に本気で進言せねば)
宰相は決意して廊下を荒らしく歩んだ。
はぁぁぁぁ
深い溜息をつき、頭を悩まさせているのはこの王宮の侍女長である。
悩みの種はただ一つあのエミコ姫だ。
彼女は侍女を奴隷と勘違いしている。無茶な命令をしてこき使うのだ。王族としてふさわしくない立ち居振る舞いを指摘したり、あきらかに侍女の仕事でない命令を断るか諌めると出てくるのが、伝家の宝刀「王子に言いつけて路頭に迷わすわよ!」である。おかげで有能なメイドが次々に配置変換や辞職を申し出る。
「シャルロッテ様ならそんなことはなかった」
シャルロッテは冷たい人に見えたが、使用人にも心を配っていた。何かあれば侍女であっても心配し、少しの失敗も笑って許し、悪い点があれば本気で説教をした。故にシャルロッテは王宮内の侍女の中でも特に人気が高かったのだ。
「ああ・・・シャルロッテ様が姫ならばどれだけよかったか」
今のエミコ姫の担当メイドは温厚な性格でこの道30年のベテランだが、彼女ですら匙を投げかけているらしい。はぁぁぁぁ・・・侍女長は今日何度目かになる重いため息をついた。
くそ!あの馬鹿女め
心の中で大臣は悪態をついた。
原因はあのエミコ姫だ。彼女は王子を通じ、王の許可を得て「病院」や「学校」といった政策をいろいろ提案してきた。確かに目新しい意見はある。だけど全然現実が見えていない。
エミコ姫は案は一見素晴らしいもののように見える、だけど肝心の過程についてはほとんどノープランなのだ。
「エミコの意見は素晴らしい!」「細かいことはお前の仕事だ。後は任せたぞ」と予算、人員、手続き、根回しなど全てが人任せである。当たり障りのいい文句がある分、一蹴できないからたちが悪い。何らかの行動を示し、結果を出さなくてはならない。すでに予算面で財務長官から、すごく嫌な顔をされている。
「ああ、シャルロッテ様が王族だったならどれほどよかったか」
シャルロッテは王妃教育の一環で商業も学び、その応用として貴族の女性対象に商売を始め、成功を修めていた。規模は小さくとも、その確かな知識と実績は一定の評価を得ていた。
(同じ政策を出すにしてもあの方ならば、より現実をみた、実現可能なアイディアを出しただろうな)
大臣はそう思いながら、ご機嫌斜めな財務官の元に足を運んだ。
あぁぁぁぁ・・・憂鬱
孤児院の副院長マリアはため息をついた。
原因は明日視察に来るエミコ姫である。彼女は視察ということで、定期的に孤児院にやってきては物資を寄付するのだ。それは助かる行為だ。だが、彼女は気に入らない。
物資を上げたら子供たちに「かわいそうね。これで少しでも幸せになってね」と憐れむ言葉を何度もかけて、満足したらとっとと帰っていく。
マリアは苛立つ。
(ふざけないでよ!子供たちは確かに親がいない。それは不幸かもしれない。けどそれだけよ。決して憐れまれるような存在ではない!なのに、あのお姫様は明らかに私たちを見下している。ものさえあげれば犬猫のように喜ぶと、ペットの同じように思っているのだ。あれは私たちに対する慈悲なんかじゃない。いいことをして、そんな自分に酔っているだけよ)
まだ幼い子供は贈られた物を純粋に喜んでいるが、成長した子供たちはそんな雰囲気を感じ取っているのか、明らかに嫌っている。子供たちは敏感なのだ。
シャルロッテ・・・。マリアは友人の名前を呟く。大貴族の令嬢と孤児院の副院長。立場は違うが、彼女たちは友人であった。そして何よりも孤児院の子供を愛してくれていた。頻繁に孤児院に通い、自らの家族のように子供たちと触れあい、勉強も教えてくれたシャルロッテはみなに信頼されていた。あの腕白なジャニーや人見知りなシズ、気難しいネスにも慕われているのがいい証拠だ。
「あのエミコ姫は子供たちの名前も人数も好きな食べ物も何も知らないでしょうね。ああ、シャルあなたが王妃ならばどんなによかったか」
マリアは憂鬱な気分を抱えながら就寝の準備を始めた。
はぁぁぁぁ
この国の王であるロンベルト国王は何度目かになるため息をついた。
原因は王の息子である第一王子とその婚約者である。
王子は優秀だった。だから王は甘やかしすぎた。その結果いつの間にか権力に溺れる傲慢な男となってしまった。王はいつか痛い目に合えば性根を入れ替えると思い、放置したがそれが仇となった。しかもその内シャルロッテが、王子よりも優秀になっていくと、自分を高めるのではなく、相手を否定して、王族の権力で下に見ることで満足するようになっていった。
(しかし、婚約破棄など馬鹿なことをするとは)
国内外の貴族が集まる大式典で婚約破棄とエミコ姫の婚約を宣言した王子はシャルロッテの“貴族としてふさわしくない行い”を読み上げて、勝手に国外追放と言い放った。王は仰天した。そこでシャルロッテが反論すれば王もフォローを入れて、何とかなったかもしれない。だが、シャルロッテはあっさり婚約破棄を認め、国外追放の命を受諾し、あっという間にこの国を去ってしまった。王も王妃も完全に口を出すタイミングを逸してしまった。
だが、あの王子を虜にした女性は名のある貴族の娘ではないが、王子が認める以上何かしら才があるだろうと王は思い、様子を見たが最悪だった。
エミコ姫は王妃としての教育がまるでされていない上、王族の権力を使いやりたい放題。王子はそんなエミコ姫を溺愛し、言うがままである。王宮関係者達から怒涛の勢いで苦情と嘆願書が届きはじめたのだ。ついには宰相と大臣、財務長官からも“最終警告”がきた。実質、国の政治を支える3人がここまで言う以上、国王とてどうにもならない。
王は頭を振って、自らの愚かな判断を悔やみつつも、残った自らの息子に対する甘い考えを振り払い、2人の処罰とシャルロッテの謝罪と帰国について手続きを始めた。
その国では一人の女性が偉人として名を残している。
その名は王妃シャルロッテ=ロンベルト。通称“至高の国母”。優しく聡明な王の傍らに常に寄り添い、民のため、国のために数多の功績を残し、今の大国の繁栄の礎を築いた伝説の女性。誰よりも美しく誰よりも賢く、国中の民を愛し、愛された歴史上最高の王妃である彼女の武勇伝や逸話は数知れない。
曰く、破綻しつつある東方の国との関係を見事な機転と知恵で繋ぎ留めた。
曰く、シャルロッテに仕え、教育された侍女はいずれも超一流となり、その一人の侍女が書き残したシャルロッテの教えは各国に広がり王宮侍女にとってのバイブルとなった。
曰く、私財を投げ捨て医療部門の研究を進めることで、市民の流行病や子供の病死率を大幅に減らす。
曰く、悪徳商人の独占を廃止し、より多くの商人が活躍できる場を設ける。
曰く、孤児院で子供達を教育し、何名かを国に名を残すひとかどの人物にすることで、今の民の教育制度の重要性を広く知らしめた。
などなど
なお、彼女の逸話の中には彼女を陥れた愚かな王子と、悪女のエピソードがある。
愚かな王子と悪女は才ある王妃を嫉妬により虚偽の罪で陥れ、国外に追放する。
しかし、彼女を真に理解し、愛する民や家臣の声に応え、再び国に舞い戻り、紆余曲折を得て王子の弟と結ばれる。そして王子の愚行の責任を取り、王が引退、王子の弟が就任することで真の王妃になったというものだ。
なお、その話では愚かな王子は王妃を冤罪で陥れた罪で辺境地に追放。悪女は偽証、私利私欲で国費を使うなど複数の罪で長い間投獄された。その後王子は辺境地で事故に遭い、一般兵士1人だけに看取られ、後悔の言葉を吐きながら無念の顔で没し、悪女は釈放後すっかり心を病み、すっかり没した実家で貧民として暮らし、心労と貧乏暮らしで風邪をこじらせ1人寂しく病死したという。
後にこの内容は舞台化され、「栄光に満ちたシャルロッテ王妃と愚かな王子たち」というタイトルで勧善懲悪の定番物語として後世にわたり長く語り継がれていることとなった。