表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

不思議(ふしぎ)なメガネ屋

作者: しびよ

 もしも、当店のメガネに興味きょうみがお有りでしたら、どうぞ<にじのまち商店街>へおしください。

 どんな希望もおこたえできるよう、様々なメガネを、ご用意してお待ちしております。

 それでは――ごぞんじ無い方のために、当店までの道のりをご案内しましょう。


 JR雨上駅の西口から、七色のアーケードをくぐり、<にじのまち商店街>を、まずはお進みください。

 右にハンコ屋さんがあって、左はCDショップ。その向こうには、たくさんの自動販売機じどうはんばいきにぎやかにならぶ、酒屋さんがのきつらねます。

 そうそう、この店先を過ぎれば、テレビで紹介しょうかいされたことのある猫カフェが、洋服屋さんの2階にありました。

 お店の名前は、「101匹猫ちゃん」。聞き覚えのある方もおられるでしょう。


 そのうち、道路が横切る場所まで来れば、そこを右へとお入りください。向かい合わせでトルコ料理とギリシャ料理のお店があるので、行けば直ぐに分かります。

 もしも、美味おいしいにおいにさそわれても、ここはぐっとこらえてお進みください。


 ネイルサロンに100円ショップ。それから――


 不思議ふしぎ音色ねいろの音楽に、アロマがただようらない小屋をすぎれば、3軒先さんげんさきには、スイス人が<代貸だいがし>をする植木屋うえきやさんが事務所をかまえます。

 かどに、りっぱな<ちょうちん>がぶらさげられていますから、目印めじるしとして、ぜひおぼえておいてください。



 ここまで来れば、あともう少し。

 植木屋うえきやさんでいったんのき途切とぎれて、そこに、うら路地ろじへつながる、細い下り坂が現れます。

 坂のいちばん向こうで、こちらを向いて建っているのが当店ですから。


 店の名前は、<人生のふしめがね>。

 ここで仕事を始めて、50年がちました。

 店もずいぶん年を取り、あっ――そうでした!

 かべにかかげた店の名が、だんだんところどころで無くなって、今では<生の>と<しめ>しか有りませんので、あしからず。

 新鮮しんせんなまの料理が味わえるかと、たずねて来られた方にはもうしわけありません。


 何はともあれ、毎日を思い悩んでお過ごしの方へ。是非ぜひ、明るい人生の節目ふしめむかえられますよう、当店のメガネをお役立てください。



「いらっしゃいませ!」


 今日初めてのお客様。若い男女のお二人です。

 ドアから顔をのぞかせて、店中なん度も見回したあと、やっと入店いただけました。

 まっすぐに、私が待つカウンターへ来られた後は、男性のほうが、並べたメガネを食い入るようにながめています。


「なんかさー、ここあやしくね?」

 後ろの女性が、店中聞こえる声でおっしゃいました。


「静かにしてろ!」

 いえいえ、私が怒鳴どなったのではありません。


「ちょっと。真面目まじめに暮らしてみようかと……」

 カウンターをのぞいたまま、男性がつぶやくようにおっしゃいました。



「それは、ごもっともなこと!」

 気持ちが入り、私もつい大声を……


 何かいけなかったでしょうか。男性の目玉がじろりとこちらを向いて、急にいやなムードがしてきます。


「だったら、このマジメガネでいいんじゃね?」


 そんな空気を知ってか知らでか、店のメガネを指しながら外まで聞こえるような大声で、お連れの女性がおっしゃいました。これは、まさにグッドタイミング。


「いえいえ、マジメガネはまだ似合わないかと。それより先に、何ごともひかえめでいられるこちらのヒカエメガネをおためしになるか、あるいはお顔の印象いんしょうやさしく見せる、タレメガネをまずはいかがでしょう」



 人の心をそう簡単かんたんに変えることはできません。急に真面目まじめでいられるかといえば、それは無理というもの。


「時間をかけて、じょじょにメガネも変えて行くのです」


「タレ……メガネ?」


 気の変わらぬうち、さっそく取り出して、ためしにかけてさしあげました。

 鏡の前でたしかめるお客様。すかさず「お似合いですよ」とゴマをすります。

 すると、なんということでしょう! 後ろから、お連れの女性がのぞきこみ、今日一番の大声で――


「ウケルー!」


 あとは何を言ってもムダ。

短気たんきこさず、しんぼう強くお試しください」

 そうねんすのがやっと。

 結局、マジメガネをお持ち帰りになりました。



「あのー、すみません」


 二日前、アキラメガネをお渡ししたお客様です。修理しゅうりのために来店されました。


昨夜ゆうべころんでこわしちゃいました」

「お気のどくに。具合ぐあいはその後いかがですか」

「おでこの、ここのところをすりむきました」

「心のきずのほうはどうでしょう」


 好きな人にふられたと、きながらおこしいただいたのが最初。少しでも早く心のいたみがいえるようにと、アキラメガネをお選びしました。


「まだちょっと。忘れることができません」

「でしたらさっそくお直ししますから」

 工具こうぐを手に、もとどおり直してさしあげました。



「そちらのお客様、何かおこまりでしょうか」

 もじもじそわそわ、いくらたってもお呼びいただけないものですから。


「引っこみ思案じあんなんです。うまく自分を伝えられなくて……」

「なるほど。それではこちらへどうぞ」


 ためしに、三本のメガネをご用意しました。


「最初に――これはいかがでしょう?」

「えーと。何も変わり無いようです」

「では、こちらは?」

景色けしきがゆがんで、なんだか目が回りそう」

「それでは真ん中の、このメガネに決めましょう」



 選んだメガネは、ニホマエニススメガネ。一歩でも三歩でもなく、二歩がお客様にはピッタリでした。今より勇気ゆうきや自信もわいて、積極的せっきょくてきにふるまうことができるでしょう。


「ただし、なれるまでドアにはなをぶつけたり、前をゆく人の、かかとをふんづけたりしないようご注意ください。それでは、お気をつけて」


「おや?」


 マドから見えたのは、植木屋うえきやさんの前に集まる人だかり。


 ――あっ今――


 一番大きな男は、シュピリさんがお気に入りの<ちょうちん>に回しげりして……なんてひどい。

 二つにやぶけて、まるで<ちょうちんお化け>です。

 ちょっと待ってください。遠くもどこも見渡せる、ウノメタカノメガネをかけますから。



 ……なんとまあ。一番大きな男は、本日来店されたマジメガネのお客さま。メガネはかけずにそのかわり、真っ赤な顔がおにのようです。

 1、2、3、4、他に4人のお仲間なかまがいて、全員ぜんいんこちらへやって来るではありませんか!

 あっ。それに、もう1人……

 <ちょうちんお化け>の後ろから、スマートフォンを手にした女性。撮影さつえいしながらついて来るのは、大きな声のあの方に間違まちがいありません。


 どうあれおおよそさっしはつきます。物事ものごとがうまく行かない時でも、つ当たりをしてはいけません。

 それなら、こちらもだまってはいられない。思い通りにさせませんから。


 今すぐ店の外へ行き、力づくで――



「店のシャッターを下ろしてきます!」


 暴力反対ぼうりょくはんたい。やれやれこういう事もたまには有ります。おそれ入りますが、ご用の方は明日またおこしください。



                  (Sorry WE'RE CLOSED)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ