不思議(ふしぎ)なメガネ屋
もしも、当店のメガネに興味がお有りでしたら、どうぞ<にじのまち商店街>へお越しください。
どんな希望もお応えできるよう、様々なメガネを、ご用意してお待ちしております。
それでは――ごぞんじ無い方のために、当店までの道のりをご案内しましょう。
JR雨上駅の西口から、七色のアーケードをくぐり、<にじのまち商店街>を、まずはお進みください。
右にハンコ屋さんがあって、左はCDショップ。その向こうには、たくさんの自動販売機が賑やかに並ぶ、酒屋さんが軒を連ねます。
そうそう、この店先を過ぎれば、テレビで紹介されたことのある猫カフェが、洋服屋さんの2階にありました。
お店の名前は、「101匹猫ちゃん」。聞き覚えのある方もおられるでしょう。
そのうち、道路が横切る場所まで来れば、そこを右へとお入りください。向かい合わせでトルコ料理とギリシャ料理のお店があるので、行けば直ぐに分かります。
もしも、美味しい匂いに誘われても、ここはぐっとこらえてお進みください。
ネイルサロンに100円ショップ。それから――
不思議な音色の音楽に、アロマが漂う占い小屋をすぎれば、3軒先には、スイス人が<代貸し>をする植木屋さんが事務所をかまえます。
かどに、りっぱな<ちょうちん>がぶらさげられていますから、目印として、ぜひ覚えておいてください。
ここまで来れば、あともう少し。
植木屋さんでいったん軒は途切れて、そこに、裏の路地へつながる、細い下り坂が現れます。
坂のいちばん向こうで、こちらを向いて建っているのが当店ですから。
店の名前は、<人生のふしめがね>。
ここで仕事を始めて、50年が経ちました。
店もずいぶん年を取り、あっ――そうでした!
かべにかかげた店の名が、だんだんところどころで無くなって、今では<生の>と<しめ>しか有りませんので、あしからず。
新鮮な生の料理が味わえるかと、たずねて来られた方にはもうしわけありません。
何はともあれ、毎日を思い悩んでお過ごしの方へ。是非、明るい人生の節目が迎えられますよう、当店のメガネをお役立てください。
「いらっしゃいませ!」
今日初めてのお客様。若い男女のお二人です。
ドアから顔をのぞかせて、店中なん度も見回したあと、やっと入店いただけました。
まっすぐに、私が待つカウンターへ来られた後は、男性のほうが、並べたメガネを食い入るようにながめています。
「なんかさー、ここあやしくね?」
後ろの女性が、店中聞こえる声でおっしゃいました。
「静かにしてろ!」
いえいえ、私が怒鳴ったのではありません。
「ちょっと。真面目に暮らしてみようかと……」
カウンターをのぞいたまま、男性がつぶやくようにおっしゃいました。
「それは、ごもっともなこと!」
気持ちが入り、私もつい大声を……
何かいけなかったでしょうか。男性の目玉がじろりとこちらを向いて、急に嫌なムードがしてきます。
「だったら、このマジメガネでいいんじゃね?」
そんな空気を知ってか知らでか、店のメガネを指しながら外まで聞こえるような大声で、お連れの女性がおっしゃいました。これは、まさにグッドタイミング。
「いえいえ、マジメガネはまだ似合わないかと。それより先に、何ごとも控えめでいられるこちらのヒカエメガネをお試しになるか、あるいはお顔の印象を優しく見せる、タレメガネをまずはいかがでしょう」
人の心をそう簡単に変えることはできません。急に真面目でいられるかといえば、それは無理というもの。
「時間をかけて、じょじょにメガネも変えて行くのです」
「タレ……メガネ?」
気の変わらぬうち、さっそく取り出して、試しにかけてさしあげました。
鏡の前でたしかめるお客様。すかさず「お似合いですよ」とゴマをすります。
すると、なんということでしょう! 後ろから、お連れの女性がのぞきこみ、今日一番の大声で――
「ウケルー!」
あとは何を言ってもムダ。
「短気を起こさず、しんぼう強くお試しください」
そう念を押すのがやっと。
結局、マジメガネをお持ち帰りになりました。
「あのー、すみません」
二日前、アキラメガネをお渡ししたお客様です。修理のために来店されました。
「昨夜ころんで壊しちゃいました」
「お気の毒に。具合はその後いかがですか」
「おでこの、ここのところをすりむきました」
「心の傷のほうはどうでしょう」
好きな人にふられたと、泣きながらおこしいただいたのが最初。少しでも早く心の痛みがいえるようにと、アキラメガネをお選びしました。
「まだちょっと。忘れることができません」
「でしたらさっそくお直ししますから」
工具を手に、もとどおり直してさしあげました。
「そちらのお客様、何かお困りでしょうか」
もじもじそわそわ、いくらたってもお呼びいただけないものですから。
「引っこみ思案なんです。うまく自分を伝えられなくて……」
「なるほど。それではこちらへどうぞ」
試しに、三本のメガネをご用意しました。
「最初に――これはいかがでしょう?」
「えーと。何も変わり無いようです」
「では、こちらは?」
「景色がゆがんで、なんだか目が回りそう」
「それでは真ん中の、このメガネに決めましょう」
選んだメガネは、ニホマエニススメガネ。一歩でも三歩でもなく、二歩がお客様にはピッタリでした。今より勇気や自信もわいて、積極的にふるまうことができるでしょう。
「ただし、なれるまでドアに鼻をぶつけたり、前をゆく人の、かかとをふんづけたりしないようご注意ください。それでは、お気をつけて」
「おや?」
マドから見えたのは、植木屋さんの前に集まる人だかり。
――あっ今――
一番大きな男は、シュピリさんがお気に入りの<ちょうちん>に回しげりして……なんてひどい。
二つにやぶけて、まるで<ちょうちんお化け>です。
ちょっと待ってください。遠くもどこも見渡せる、ウノメタカノメガネをかけますから。
……なんとまあ。一番大きな男は、本日来店されたマジメガネのお客さま。メガネはかけずにそのかわり、真っ赤な顔が鬼のようです。
1、2、3、4、他に4人のお仲間がいて、全員こちらへやって来るではありませんか!
あっ。それに、もう1人……
<ちょうちんお化け>の後ろから、スマートフォンを手にした女性。撮影しながらついて来るのは、大きな声のあの方に間違いありません。
どうあれおおよそさっしはつきます。物事がうまく行かない時でも、八つ当たりをしてはいけません。
それなら、こちらもだまってはいられない。思い通りにさせませんから。
今すぐ店の外へ行き、力づくで――
「店のシャッターを下ろしてきます!」
暴力反対。やれやれこういう事もたまには有ります。恐れ入りますが、ご用の方は明日またおこしください。
(Sorry WE'RE CLOSED)