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秋津くん、ふんじゃった

作者: 天原ちづる

空が綺麗、と思ったことが、そもそもの間違いだったのかも知れない。


「あ」

「あぁ! って……おい、コラ、有沢。またテメェか」

「ご、ご、ごめん! 秋津くん!」

私は、秋津あきつりょうという人物を、よく踏んづけるのだ。

秋津くんは、一言でいうと、不良だ。

もっといえば、中学生なのに高校生(しかも複数)相手に喧嘩で勝ててしまうような、しかも、去年は染めた髪を厳しく注意した生徒指導の先生を殴って出席停止になったような、筋金入りの不良だ。

ちなみに、トイレで煙草なんてケチなことはしないで、校舎裏のベンチで堂々と吸ってる姿を、たびたび目撃されてる。

そんな人だ。

ウチは私立だから、そういうトコに結構うるさいハズなんだけど、秋津くんは不思議と退学処分にならない。

理事長の弱みを握っているとか、大企業の社長の妾の子だとか、何とか、そういう噂もあるけど、本当のことは知らない。

ここで平穏無事な学校生活を過ごしたいなら、絶対に関わっちゃいけない人なんだけど、どういった因果か、私は秋津くんに名前を覚えられるくらいには関わっちゃったのだ。

私だって、好きで秋津くんを踏んづけてるワケじゃない。

意図的にやろうなんて恐ろしいこと、考えただけでも膝が震える。

そもそも、ごくごく平凡に生きてる私は、秋津くんに恨みなんてないし。

じゃあなんで? という話なんだけど、それは割りと簡単な話で、ようするに、私という人間は、注意力が散漫なのだ。

ぼけ〜、と空を見て歩くのが好きだ。で、時々ひっくり返る。

じっと、一点を見つめるクセがある。で、時々友人に正気を疑われる。


初めて秋津くんを踏んづけた日は、とても綺麗な青空で、屋上に出て、もっと近くで見ようと思ったのだ。

空ばかり見ながら柵の所まで行こうとしたのだけど、何か柔らかい物体を踏んづけた感触があって、恐る恐る視線を下に向けた私は固まった。

あの泣く子も黙る秋津くんの足を思いっきり踏んづけてたら、そりゃあ、固まるよ。

「おい」

足を踏んづけたまま固まってる私を、秋津くんは睨んだ。

「さっさと退け」

「ごごごごごごご、ごめんなさぃぃぃぃぃ!!」

その一言で正気に返った私は、一気に五メートルは後ずさりした。

この時ほど、自分の不注意を呪ったことはなかった。

よりにもよって、こんな怖い人を踏んづけることないのに。

同じクラスの北川くんなら、優しいから笑って許してくれそうなのに、よりにもよって、よりにもよって。

後で秋津くん本人から聞いた話なんだけど、この時の私の顔は、哀れになるほど真っ青だったらしい。

あわあわと慌てながら、半泣き状態で謝り続ける私を、秋津くんが呆れたように見てた。

最悪なことに、ここでもう一つのクセが発揮されてしまった。

思わず、見つめ返してしまったのだ。

「何見てんだよ」

「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」

私は土下座する勢いで謝った。

それくらい怖かったのだ。

このままボッコボコにされる! という恐怖でパニックになっていた私だったんだけど、次の瞬間、別の意味で混乱することになった。

秋津くんが、いきなり笑いだしたのだ。

「あはははははははははははははは」

私は、そりゃあもう、驚いたの驚かなかったのって、いや、驚いたんだけどね。

こっちは必死で謝ってるのに、目の前で馬鹿笑いされたんだから。

「な、なんで笑うの?」

「顔見てみろよ」

言われるまま、私はカーディガンのポケットにつっこんであった鏡を取り出して、自分の顔を見てみた。

「うわ、ひどっ、何コレ!?」

思わず、自分でもそう叫んじゃった。

もう涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、見れたモンじゃなかったのだ。

なにも鼻水まで出てくることないのに、と思いながら、ポケットからティッシュを取り出して鼻をかんだ。

「んなビビることねーだろ」

まだひーひー言いながら笑ってる秋津くん。

ティッシュで目元も拭いながら、私は反論した。

「いや、ビビるよ? かなりビビるよ? だって秋津くんだよ?」

「はぁ? 俺は珍獣か何かか?」

「いや、猛獣でしょ」

「お前、何気にいい度胸だよな?」

「ひぃいぃいぃいいぃぃぃ。ごめんなさい! 痛っ」

指をバキバキ鳴らしながらひきつった笑みを浮かべた秋津くんに心底ビビった私は、後ずさりし過ぎて、コンクリの壁に頭をぶつけた。

「あはははははははははははははははははは。おっもしれぇ!」

秋津くんは、指を指しての大笑いだった。

これが私と秋津くんの出会いだ。

それからというもの、裏庭で寝ている秋津くんを踏んづけたり、廊下で秋津くんの足を踏んづけたり、また屋上で寝ている秋津くんを踏んづけたりと、とにかくよく秋津くんを踏んづけた。

不思議なことに、何故か他の人にぶつかることはあっても、踏んづけるのは秋津くんだけで、友達のちよには、

「運命じゃないの? あたしだったら全力で拒否したい運命だけど」

なんて、言われる始末だ。

私だって、こんな運命、全力で遠慮願いたい。

そんな運命をなんとか回避したい私は、前よりもずっと注意深くなった。

宿題の範囲を間違えなくなったし、買ったばかりのソフトクリームを落とすこともなくなった。

歩いていて電信柱にぶつかるなんてギャグみたいなことも、三ヶ月にいっぺんくらいに減った。

でも……。


「まさか卒業式の日にまで踏まれるとは、流石に思わなかったな」

「重ね重ねも申し訳ございませんです、はい」

この屋上からの空の見納めに来たんだけど、またやってしまった。

近頃は、秋津くんも諦めたのか、呆れるだけであんまり怒らなくなった(それもどうかとは思うけど)。

注意力はあがったハズなのに、何故か秋津くんを踏んづけることだけは回避出来ない自分。

恋とか、んなアホなことは絶っ対にないんだけどね。

まぁ、向こうも変なヤツくらいにしか思ってないだろうし。

というより、自分を踏んづける相手を好きになるドMの秋津くんなんて、想像しただけで、お茶噴くね。

近頃は、私も慣れてきて、秋津くんが前よりは怖くなくなった。

謝りながらそんな想像をしてるとは思ってもみないだろう秋津くんは、心底呆れたように言った。

「まさか、高等部でも踏まれるじゃねえだろうな」

ウチの学校は大学まである一貫校で、中等部から高等部への進学率は七十パーセントくらい。

でも出席率もヤバいハズの秋津くんが、高等部へ進学出来るのってどういうカラクリなんだろ。

それを知ったら、明日の太陽は拝めない気がするから、疑問は心の中に留めておくけど。

いや、散々あの秋津くんを踏んづけて、まだ無事に生きてる私もかなりミラクルだよねぇ、と思いつつ、頭を下げた。

「すみません。踏まないと断言する自信がないです」

なんか、また踏みそうな予感が……。

てか、絶対に踏む。

こっちは断言できるよ。

嫌な断言だけど。

そして……。

高等部の入学式当日に、やっぱり踏んづけてしまいました。

「あ〜り〜さ〜わ〜」

「ご、ごめん! 秋津くん、マジごめん!」


ごめんなさい、秋津くん。

あと三年間、踏まれてやってください。

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