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机落書き文通

作者: 夜音沙月

 教室でも行えるはずなのに、わざわざ後者の端にある教室まで移動して行う授業がある。

 のんびりと進められるその授業はいつも退屈で、落書き用の白い紙を教科書の下に隠して授業を受けるのが常だった。

 しかし、この日はうっかりその落書き用紙を持ってくるのを忘れてしまった。仕方なく机に書くか、と思い少しだけ教科書をずらした。すると、そこには先客がいた。他のクラスの子も、この授業が退屈に感じているのだろう。

 先客の落書きは、机の右端約10㎝のものだった。そこには綺麗な字で「しりとり」が続けられていた。

そして、何故か矢印が書かれて終わっていた。

 落書き用紙がなく退屈だった私は、軽い気持ちでそのしりとりを続けてみた。

 始めて見ると意外と楽しかった。

 気が付けば、その日の授業が終わっていた。




 次の週、例の移動教室の授業の時間、あのしりとりの続きが気になって机を見てみた。

 そこには、


『しりとりを続けてくれてありがとう。このまま下まで続けてみませんか?』


 とメッセージが書かれていた。

 そして、私が続けた「しりとり」のあとに、続きが書かれていた。


『分かりました。この先生の授業、退屈ですよね(笑)』


 そう返事を書くと、前回と同じように「しりとり」を続けた。




 次の週も、「しりとり」は続けられていた。

 私が書いた返事の下には、またメッセージが書かれていた。


『ありがとう。そうだね、退屈だね(笑)』


 前回の敬語がとれて、なんだか少しだけ親しくなれたような気がした。顔も知らない相手のはずなのに。ただ、どのクラスなのかは判っていた。

 この教室を使って授業を行うクラスは少ない。一年生はまだこの教室を使う授業になっていない。それは去年の経験から判る。そして三年生になるとこの授業はなくなる。だから、今この教室を使っているのは二年生だけになる。二学年でこの教室に移動してくるのは、たった二クラスしかない。それから、この授業は出席番号順に座ることになっている。それなら苗字は私と同じタ行あたりの人だろうと、そう予想できた。

 そこまで考えた時、メッセージの下に何か書かれていることに気が付いた。


『T.N』


 ――イニシャル?

 それは、この席に座る人の名前のヒントだった。

 予想通り、タ行の生徒だった。

 しかし、もう一つのクラスのことなどほとんど知らない私には、その人の事を特定することはできなかった。

 そして、続けられていた「しりとり」を見て淋しさを覚えた。

 もう少しで、机の下まできてしまう。一番下まで行ったら、この「しりとり」は終わる。そうしたら、この人とのやりとりはどうなってしまうのだろうか。

 小さな不安を抱えつつ、メッセージを書いた。


『一緒ですね(笑)もう少しでしりとり終わってしまいますね。何だか淋しいです……』


 そこまで書いて、一度手を止めた。少し迷ったあと、思い切ってある文字を付け足した。


『T.K』


 そのあとは、前回同様に授業終了まで「しりとり」を続けた。

 授業が終わり教室に戻る時に、いつも一緒にいる友達に気になっていたことを尋ねてみた。


「ねぇ、七クラスでタ行の苗字の人知らない?」

「どうしたの? 急に」

「ちょっとね」


 毎週机で「しりとり」をしていただなんて言えない。


「タ行ねー。私もよく知らないなぁ。何かあったの?」

「ううん、何でもないの。ちょっと気になっただけで」

「ふぅん、変なのー。それより、次の数学、やだよねー。もう、全然わかんなくてさー」

「そうだね、私もだよ」


 友達がうまい具合に話題を変えてくれたため、深く突っ込まれなかったことに内心ほっとした。




 結局、相手の苗字すら判らないまま、次の週の例の授業を迎えてしまった。

 授業が始まって少ししたころ、いつものように机の落書きを見た。毎回「しりとり」の単語の後ろにつけられていた矢印が、書かれていなかった。代わりにあったのは、単語の最後の「ん」の文字だった。

 イニシャルしか知らない相手との「しりとり」が、終わっていた。


『「しりとり」続けてくれてありがとう! 楽しかったよ。とりあえず終わったので、報告のために残しておくね。次の授業には消すから! 本当にありがとう‼

T,N』


 先週私が書いたメッセージの下に書かれていた言葉を読んで、本当に終わってしまったんだと思った。


『私も楽しかったです! こちらこそ、ありがとうございました。

T.K』


 このまま終わりになんてしたくなくて、授業中も返事を考えたけれど、結局何も浮かんでこなかった。

 ――せっかく、友達になれると思ったのに……。

 そう思うと、哀しくて仕方がなかった。

 授業が終わり、いつものように友達と教室に戻っている時


「花音、なんだか元気ないね……。何かあった?」


 私が落ち込んでいることに気付いた友達の真琴が心配そうに声をかけてくれた。


「え、そう? 何もないよ?」


 イニシャルしか知らない相手との「しりとり」が終わってしまって淋しく感じているなんて、そんなことは言えないから、そう答えた。


「本当に?」

「本当だって! ただ、ちょっと次の数学が嫌なだけだよ」

「それ言えてる!」


 本当の答えではないけれど嘘でもないことを言ってごまかしてみると、真琴は簡単に話題を変えてくれた。

 少しだけ申し訳なく思ったけれど、「しりとり」のことは私と顔も判らない相手との秘密にしておきたかった。




 机で文通をした相手のことが忘れられないまま、週が明けた。

 火曜日の昼休み、教室棟から少し遠い自動販売機にまで飲み物を買いに行った帰り道のことだった。

 この日は、なんとなく例の教室の近くにある自動販売機にしかない飲み物がほしくなり、昼食のあと一人で買いに行っていた。

 火曜日の五限目。もう一つのクラスがあの教室を使う時間だった。

 昼休み終了まで十五分以上もあったため、まだ誰も移動してきていないはず。だから、その教室には誰もいないと判っていた。けれど、なんとなく視線を教室の中に向けた。

 誰もいないだろうと思っていた教室の中には、一人の男子生徒の姿があった。


「…………」


 何より驚いたのは、その男子生徒が、あの机の落書きを消していたことだった。

 思わず教室の出入り口まで歩いていくと、ふと顔をあげた男子生徒と目が合った。

 まさか目が合うとは思っていなくて、頭の中が真っ白になってしまった。

 何も言えずに立ち尽くしていると、その男子生徒が口を開いた。


「寺内、花音さん?」

「え? あ、はい……」


 名前を呼ばれ、戸惑いつつも頷く。すると、その男子生徒は、ふっと優しい笑みを浮かべた。


「そっか、君だったんだね」

「えっ?」


 言われたことが分からず、頭の中でクエスチョンマークが飛び交う。そのまま固まっていると、嬉しそうな声が届いた。


「『しりとり』の相手」

「えっ? ま、さか……」

「この席に座ってるの、俺なんだ」


 続けられなかった言葉がその少年によって紡がれる。


「じゃあ……」

「そう。『しりとり』書いてたの、俺だよ」


 盛大な勘違いをしていた。ずっと、ずっとこの席に座っていたのは……。


「ずっと、女の子だと思っていました……」


 思わず打ち明けてしまい、恥ずかしさで顔が熱く感じる。


「ははっ。だからそんなに驚いてたんだ」


 しかし、その男子生徒は気にした様子もなく笑っていた。


「でも、どうして女の子だと思ってたの?」

「……字が、綺麗だったから」

「ありがと」


 不思議そうに尋ねられ、ためらいつつも正直に答えた。するとその男子生徒は、嬉しそうな表情を浮かべていた。


「いつか、話をしたいなって思ってたんだけど、今日ここで会えてよかったよ」


 言われていることが分からず、首を傾げる。


「ほら、他のクラスって入りづらいじゃん? しかも、相手は女の子だしまだ知り合ってもいない子なのにさ。だから、なんか勇気が出なくてさ」


 苦笑しながら言われ、ようやく先程の言葉の意味が分かった。

 そして、自分と同じ気持ちでいてくれたたことが、なんだか嬉しかった。


「私も、『しりとり』の相手と話をしてみたいと思っていました。まさか、男の人だとは思ってなかったけれど……」

「俺も、勘違いされてるとは思ってなかったよ」

「そのことは、ごめんなさい」

「いいって! 気にしてないから」


 明るく言われ、彼が笑っている姿を見て安心する。

 周りを見渡すと、少しずつ教室に移動してきた生徒たちの姿が見えた。午後の授業開始まで、あと十分くらいだった。


「そろそろ午後の授業だね。花音ちゃんと話ができてよかったよ。また、話そうね」

「うん」


 頷いたあと、肝心なことをまだ聞いていなかったことに気付いた。


「あの……」

「ん? なぁに?」

「名前、まだ聞いてなくて……」


 次に会った時、何て読んだらいいのか分からない。


「あぁ、ごめん。嬉しくて、自己紹介忘れて喋っちゃってたね」


 困ったような笑みを浮かべたかと思うと、すぐにこちらを見て


「俺は遠山直人。これからよろしくね」


 と言って、太陽のように笑って見せた。

 机の落書き『しりとり』から始まった文通。相手が男の子だったことには驚いたけれど、あの日感じた淋しさはもうなくなっていた。

 二日後の木曜日、例の机の上には何が書かれているのだろうか。


Fin.


…ひとやすみ…

 お題サイトから拾ってきました。

 この話の元ネタは、私の高校時代でのことです。以前執筆した「3番目の席」は、私の高校時代の出来事が元ネタでしたが、今回は出来事ではありません。ただ、移動教室ではなくても授業ができそうな授業が退屈で私自身よく落書きをしていたことと、その移動先の教室の机に落書きが多かったこと、たまに机に会話らしきものが書かれていたのを思い出して執筆しました。

 久しぶりに「さくら」シリーズ以外の話が書けて楽しかったです。もっと「さくら」以外の話も書いてみたいのですが、どうしてもアヤとタクトに当てはめてしまうクセがあるため、なかなか他の話を書けていません。いろいろな話を書いてみたいという気持ちはあるのですが、どうしても「さくら」シリーズを二次創作みたいな感じで書きたくなってしまうので(笑)

 余談ですが、プロットはすんなり完成したのに執筆している途中で何故か進まなくなり、一ヶ月放置してようやく完成しました(笑)気分によって書ける時と書けない時があることを実感した作品です。


本館掲載:H27 4/23

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