夜の会話 【アドラント】
西の国【アドラント】 王城
ルナは夜の廊下を静かに歩いて行く。
今夜は満月。だが、温かな金色の満月では無く血の満月だ。
紅い光がルナの横顔を照らし、ゾクリとする程の美しさを醸し出す。
ルナの表情は、はっきりとは読み取れない。
一つの扉の前で歩を止める。
コンコン、と扉をノックする。
「失礼致します。ギルガ様。」
「入れ。」
ルナは扉を開けた。
ギルガは重厚な机に向かい、高く積み上がった書類に目を通していた。
「重要な書物を盗み出した者達の後始末は済んだか。」
目も上げずにギルガは問う。
「はい。仰せの通りに致しました。」
「そうか。」
ギルガは、その一言だけ言うとまた黙々と作業を続ける。
「ギルガ様、お休みになられては?」
「疲れておらん。」
ルナは大袈裟に溜息を吐く。
「そんな事を言って!無理し過ぎるとお身体に障りますよ。」
「・・・・・・お前こそ」
ギルガは手を止め、忠実なメイドを鋭い眼差しで見つめる。
「行方不明の妹を捜したら如何なのだ?」
ルナはもう一度溜息を吐いた。今度は深い溜息だ。
「ヘラの事ですか。」
「お前の妹が姿を眩ませてから二週間になる。いい加減、捜さねばならないだろう。」
「・・・・・・・・ギルガ様がお気になさる事ではありません。」
静かにそう言い放つ。
「あの子の所在は掴めていますし、きちんと反省したらあの子も戻って来ます。」
「【ザスチェル】の研究所事件か。」
「知っていたのですか。」
「ああ。紅い薔薇と残虐な殺し。お前の妹が犯人と考えるのが最もだろう。」
「そうですね。けれど、ギルガ様の頭を悩ませる程の事件では無いでしょう。」
「どうにも腑に落ちない点があってな。」
「腑に落ちない点とは?」
「研究所の床が焼かれていた事だ。」
ギルガは書類の一枚をルナに渡す。
書類は【ザスチェル】の研究所事件が詳しく記載されている。
『・・・なお、研究所の床に焼かれたと見られる跡があり、・・・・』
「お前の妹は炎の術は使えない。そうではなかったか?」
「ええ。あの子は闇と死の術しか使えません。私がそれ以外の術を教えなかったんです。」
「ならば、」
ギルガは其処で言葉を切った。
ルナが続ける。
「・・・・・・他の、知らぬ者が絡んでいると。」
ギルガは軽く頷いた。
「情報を集め、あの研究所事件に絡んだ者を連れて来い。手段は問わないが生け捕りだ。」
ルナは微笑を浮かべた。
「かしこまりました。ギルガ様。」