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四の甘 「せんせい、バナナはおやつに入りますか?」

 

四の甘 「せんせい、バナナはおやつに入りますか?」 



 学校は、昔から嫌いだった。オレと違う奴で溢れているから。オレという人間を根本から否定されている気がするから。あの頃のオレは、四六時中そんな愉快な勘違いばかりしていた気がする。自らの拳を……真っ赤に染めながら。



「ん? んん? んんん? あれ、可笑しいな。今、僕の耳、ちゃんとついてる? ついてるよね、とれてないよね? コレ」

「…トーダイ、お前の耳は取り外し可能なのか? んな事実、初めて知ったぜオレは。つーか、言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ?」

「そうですよ、佐東さん。幾らなんでもその反応は朝鳥君に対して失礼ですよ? 私はただ事実と真実を皆さんにご報告しただけなんですから」


 眼を白黒させつつも、どこか歪んだ表情をうかべながらオレの姿を下から上まで眺めるオレの悪友。

 何故かドヤ顔で、まるで自分の事のように、朝っぱらからわざわざクラス内に一波乱を起こしてくれちゃってるオレの親友。

 

「ごめんごめん。ほら、最近めっきり暖かくなってきたでしょ?」

「あぁ? おいおい、季節的に言えば夏だぜ? 暖かいっつーより暑いが正解だろ」

「うんうん、まぁね。だからさ、僕としてはとうとうユータの頭が沸いちゃったのかと思って。違うの?」


 暑い。確かに暑い。糞暑い。それは正真正銘の事実だ。だってそうだろ? 七月の夏真っ盛りの時期だぜ、むしろ暑くないわけがないだろう。だがどうだ、こいつは、この男は言うに事欠いてオレの頭が沸いているなどとほざく。

 

 …こいつと知り合って十数年経つが、同じ時を過ごす事が、必ずしも友人関係をより良好のものへと導いてくれるかと言えば、そうでもねーという事実を如実に物語ってくれる存在。それが、オレの幼馴染で悪友《佐東大地丸》という存在だった。因みに、渾名はトーダイ。お察しの通り、苗字と名のド真ん中をとってトーダイ。その昔、無駄に顔だけは良い、悪知恵だけの、このお節介猫かぶり偽善男を皮肉って誰かさんがつけた渾名だ。

「いいですか? 佐東さん。朝鳥君は目覚めたんですよ! 立派な甘党として、第二の人生を歩み始めたんです。もっとお祝いしてあげましょう! きゃー凄い朝鳥君。朝鳥君スッテキー♪ さぁさぁ、みなさんもご一緒に!」


 いてぇ…。主に、クラスメイト達の視線とか、視線とか。後、視線とか。つーか、立派な甘党って何だよ。甘党に正しいも糞もねーだろが。トーダイと違って悪意が無いから余計性質が悪いぜ、水尻の場合は。

まぁ、何事も純度が高すぎるという事は、一歩間違うとそれ自体が猛毒になりかねねーって話。


「でも、本当にどうしちゃったのさ、ユータ。甘いものなんて男の食いモンじゃねーぜ、オラァ。ゴラァ。ウラァ。殺すぞ。って、いつも言ってたのに」

「オレは一体どこの蛮族だ。クラァ」

「蛮族ジャン。まじめな話、例えばさぁ、女性なら妊娠したりすると味覚が変わったりするらしいけど」

「おいおい、誰が妊娠したって?」

 ……突っ込みどころが満載すぎて、もう何もいえない。反論する気にすらなれない。だがオレが今、一番物申したいのは、水尻、お前だ。何故・お前が・顔を・赤らめるんだあああああああああああ。

と、オレが脳内ツッコミを入れたその瞬間、休み時間中の教室のドアが思い切り強く早く開かれる。それはもう、隣のクラスまで飛んでっちまうんじゃねーかってくらい勢い良く。


「話は聞かせてもらったお!! つまり、タタタ君は出来ちゃったというわけだ。涼ちゃん、良くやったさ。涼ちゃんの想いが通じたんだ。ひっひっひ。愛は性別を超える…だねぇ★」


 出た………………。

 出やがった。

 我がクラスの汚点。喪女。引き篭もり。オレの悪友兼幼馴染その二。

それにしても、どうしてオレの周りにはこんな騒がしいやつしかいねーのだろうか。これも呪いか? 呪いなのか?

 あっけに取られるクラスメイトたちを意に介さず、《古森》は一直線にオレ達の元へとやってくる。休み時間にも拘らず、クラス内が静寂に支配されちまってるのは、当然ながら、古森が久しぶりに登校してきたのが原因ってわけじゃーない。


「古森、黙れ。つーか、久方ぶりに登校してきたと思ったら開口一番がそれかよ」 

「うへへ」

「花も恥らう女子高生がうへへなんてセリフを吐くんじゃない」

「やーん。タタタ君のえっち♪」

 そう言いながら身体をくねらせる古森。何かの儀式、もしくは宇宙との交信。誰が見たって、頭が沸いてんのはコイツだと思う。

「今のセリフのどこにピンク色の要素があった!?」

 見た目はズボラでいい加減で、くしゃくしゃの制服に身を包んだ女子力ゼロの栗色ポニテの女子高生、中身は品のねーぐーたら女。それが、この《古森今鹿》という人間だった。


 オレにとって、あの姉貴を超える核弾頭と言いきっても差し支えねー存在。

 

 普段はめんどくさいからと、まともに授業も受けないぐーたら女だが、厄介な事に面白そうな事にはやたらを首を突っ込みたがる悪癖の持ち主でもある。その嗅覚は正に警察犬並み。得たいの知れんレーダーでも装備してんのかね、こいつは。

「わぁー、古森さん。何だかお久しぶりですねぇ」

「本当久しぶりだよ。今月に入ってから初めての登校じゃない?」

 そんな水尻とトーダイの呼びかけに対し、いつもと同じ半開きの目とだらしの無い薄笑いを浮かべながら古森が答える。

「うへへー。そっかそっか、ちみたち。あたしが居なくてそんなに寂しかったかぁー」

「いや全然。むしろ平和そのものだった」

 オレは、脊髄反射並の速度で当然の如くそう答えた。残念ながら、爆弾を抱えながら学園生活を営む趣味って奴が、オレには無い。

「まったまたぁ。そんなこと言っちゃってぇ。タタタ君は本当にツンデレでちゅねぇ。本当は一番寂しがってた口でしょ? あたしは何でも知っているのですゾ?」

「そうそう。ユータったら、なうちゃんが居ない間寂しい寂しいって毎日机を濡らしてたんだから。色んなところを濡らしてたんだから」

「言ってねぇよ! 濡らしてねぇよ! つーか色んなところって何だよ! 五月蠅い五月蠅い!」

「ほらね? なうちゃんがたまにしか登校してこないから、すぐにこーやって拗ねちゃうんだよ、ユータったら」 

「マジかお?」

「んなわけあるかっ!」

 因みに、さっきから古森がやたら口にしているタタタ君とは、オレの古い渾名の事である。夕多でカタカナのタが三つだからタタタ。まぁ、小学生時につけられるネーミングのセンスなんざそんなものである。加えて、未だにこの名でオレを呼ぶのは古森だけ。絶滅危惧種ではあるものの、なかなか途絶えようとしないしぶとい渾名なのだ。だからこそ、奴がその渾名を口にする限り、オレは対抗処置として、こちらも奴を昔からのとある渾名で呼んでやる事にしている。

 …ああ、素晴らしきは嘘偽りのない友情かな。

「オレをその名で呼ぶなっていつも言ってんだろーが…ナウシカちゃん?」

「やめれ! あたしをそのDQNネームで呼ぶのはやめれ!」

「おいおい、オレ達は幼馴染だぜ? 渾名で呼び合って何が悪いんだよ、そうだろ? ナウシカちゃん。それとももう森に帰る時間か? ナウシカちゃん」

 今鹿だから、ナウシカ。

 今時のちょっとアレな若夫婦が子供に付けそうなネーミングセンス。確かこういうのをキラキラネームとか言うんだったか。因みにオレは件の元ネタ作品を、未だに最後まできちんと観たことは無い。恐らく、これからも一生ないだろう。観ているとどーしても、こいつの顔が浮かんじまって作品に集中出来ないからだ。まぁ、そんなことは極めてどうだっていい与太話だが…。



「相変らず仲が良いですね~、お二人とも」

「そうかな? 昔からこんな感じだったから見慣れちゃったけどね、僕は。小中高とずっと一緒だし。二人とも変わらないっていうか、《進歩》が無いというか」

「…羨ましい」

「君もまた難儀だね、涼。ただでさえハードルが高いってのに。加えて、ユータには姉と妹もいる」

「ヨルシーちゃんですよね?」

「そ。ユータは認めないけどさ、あいつ、自覚の無い重度のシスコンだから。性質悪いよね。でもね、本当の問題は…」


 オレはカンがいい方じゃない。だが、オレが古森に気を取られているうちに、水尻とトーダイがなにやら良からぬ密談をしているってのは瞬時に感じ取る事が出来た。しかも、オレの姉妹の話している。オレのカンがそう騒ぎ立てている。だったらどうする? 当然、阻止する。そんなの、考えるまでも無い。

「よう、お二人さん。そーゆー話は、少なくとも本人の居る前でするもんじゃねーぜ。それが節度ある常識ってもんだ」

「やだなぁ、ユータ。本人の前だからこそ、あえてするんじゃないか」

「却下だ却下。ヨルシーの話は、例えオレが居ないところでも許さん。話題を変えろ、可及的速やかになっ!」

 オレがそう言い放った瞬間、何故か視線を合わせて苦笑いを浮かべる水尻とトーダイ。何だ? オレ、何か変な事言ったか?

「相変らずだね、ユータも。でも沸いちゃったと言えばもう一つ。ほら、この暑い時期になると、あるでしょ? 重要なイベントが」

 トーダイの奴、まだ沸いちゃったネタを引っ張るつもりらしい。相変らず、無駄に爽やかな見た目に反してねちっこい野朗だぜ。

つーか、重要なイベント? 何かあったか? 妹の誕生日はこの時期じゃねーし、あえて言うなら期末テストか、その後に控える夏休みか。

「重要なイベントって期末テストの事ですか?」

「うはw 涼ちゃんってばまっじめ~。それともタタタ君に良い子っぷりをアピールしてるのかにゃ? 重要なイベントっていったら勿論夏休みでしょ、常考」

「オレもそのどっちかだと思ったが、他に何かあったか? トーダイ」

 三者三様の回答が出揃ったところで、件のトーダイがわざとらしく大きな溜息をこぼしてみせる。

 こいつは、いちいちもったいぶったようなわざとらしい言い回しが好きな奴なのだ。相手を焦らせて一人愉しむSっ気溢れる奴なのだ。やれやれ。さっさと言えっつーの。オレは水尻ほど気が長くはねーんだぜ?

「君達さぁ、それでも健全な高校生なの? あっ、ごめんごめん。今のは語弊があったね、このメンバー、健全って言えるのは誰もいなかったか。でね? この時期、ウチの重要イベントっていったら、《学園祭》しかないでしょ?」


 ! ! !

 

 そんなトーダイの言葉を受け、オレ達三人の間に衝撃が走る。そうだ。確かに言われてみればその通りだ。

 オレ達の通うこの桜ヶ丘第四学園、通称サクヨンの学園祭は、一般的な開催時期である10月頃ではなく、夏休み前の七月に行われる。何故わざわざこの時期なのか? 理由は知らねーし別段知りたくもねーが、期末テスト前、夏休み前、そんな糞暑い夏真っ盛りの時期に、我が学園の学園祭は開催される。


 その名も…《夏桜祭》


「そうでした! 学園祭、夏桜祭ですよ! 朝鳥君!」

「ああ、そういやあったな。そんなのも」

 聊か興奮気味な水尻に対して、オレの反応は冷ややかで鈍い。そもそも学園祭如きではしゃぐよーな、純粋さとか、真っ当さとか、トーダイの言う高校生らしさってものを、オレは持ち合わせちゃ居ない。

 一つだけ断っておく。これは別段オレが大人ぶってるとか、斜に構えてるとか、無感動無関心なメンドクセー人間を演じているからとか、断じてそんな恥ずかしい理由じゃない。とどのつまりそれは…。

「ユータ。君も一度くらいは、涼並のリアクションをしてみたらどうだい? 世界が変わるかもよ?」

「馬鹿言うな。それに、夏桜祭のどこにそこまで盛り上がれる要素があるってんだ? お前らだって知ってるだろ? 去年味わったはずだろ? ここの学園祭は、学園祭とは名ばかりの…ただの学園開放日だからな。クラスで一致団結して何かに取り組む。んなのは所詮幻想だってこった」

 つまり、ウチの学園祭にクラスごとの出し物は存在しねーって話。

 やれ喫茶店だ、やれお化け屋敷だ。クラスで団結して一つの物事に取組む。そーゆー普通の高校生が望むようなイベントとは一線を画すのがウチの学園祭。そもそも、サクヨンは進学校であるとともに、部活の強豪所が集まる学園でもある。当然、学園祭の内容も部活単位で行われ、その中身も、部活事の成果や仕上がりを他校にアピールするっつー色気も食い気もねーようなもの。だからこそ、オレらみてーな、所謂サクヨンにおける《はみ出し者》って奴らが盛り上がるところは皆無だという話。

「ところがね、ユータ。今年は一味違うみたいなんだ」

 ちっちっち、と、これまたもったいぶったリアクションをとりながらトーダイが意味深にそう告げる。んな無駄なリアクションする暇があったら、とっとと言えば良いと思う。割とマジで。

「違う? どう違うんですか、佐東さん。それって良い方向にって事ですよね? ね?」

 ひたすら胡散臭そうな顔をしていたオレに変わって、水尻がトーダイに聞き返す。

「んー。やっぱり涼は良い反応してくれるね。それでこそ僕も説明のし甲斐があるってものさ」

「おい。いい加減本題に入れよ、トーダイ。現在進行形の猛烈な勢いで興味が削がれちまってるぜ、オレはよう」

「せっかちな男は女性に嫌われるよ、ユータ。勿論、ヨルシーちゃんにもね」

「あぁ?」

 

 …何という事だ、オレはせっかちな糞野朗だったのか。しかも妹に嫌われちまうだと? マジデカ? オレは、オレはこれから先どうやって、何を目的に生きていけばいいんだ…。もう駄目だ、何もかも終わりだ。

「はいはい。ほんのジョークなんだからさ、そんな怖い顔しないの。それより肝心の本題なんだけど」

 二度ある事は三度ある。あろうことか、この期に及んでまだ溜めるトーダイ。

「ねぇ、タタタ君。あたし、何だか腹減ったなう」

「知るかっ、道草でも食ってろ!」

「はぁ。二人とも少しは真剣に聞いてよね? 本当、僕の味方は涼だけだよ。てか、もういい加減言っちゃうけど、今年は個人でも出展出来るらしいんだ」

 個人で? おいおい、クラスや部活単位ならまだしも個人でっつーことは、何から何まで自分らでやんなきゃならねーって事だぜ? よっぽどのメリットや目的、意味がなきゃ、んな面倒事に自分から首を突っ込もう何て物好き、いる筈が……


「皆さん、やりましょう! やります! むしろやらいでか!!!」

 

 いた。むしろこんな近くに、糞真面目に情熱と純真さをその身に秘めたアンタッチャブルが、ここにいた。

「うんうん。涼ならそう言ってくれると思ってたよ…ちょっとやる気に溢れすぎてて言葉遣いが完全に漢モードだけど。勿論、個人といっても数人でグループを組んでの出展もアリみたいだからさ、どうかな? 四人で挑戦してみない? 折角だし良い思い出になると思うよ?」

 そんないかにも胡散臭そうな爽やかな微笑を浮かべながら、トーダイがオレと古森の顔を順番に見渡す。

 こいつがこんな顔してるときは、やはり大抵ろくな展開にはならない。

「おい、トーダイ。百歩譲ってオレ等でやるとして、一体全体なんの店を出店しよーってんだ? 当然、お前の事だから何か考えてんだろ?」

「あれあれ? ユータにしては珍しく前向きな意見だ。明日は雨かな? それとも槍でも降るのかな?」

「うっせ。オレはただ単にメンドクセーからって理由だけで物事を否定したくねーだけだ。下手な勘繰りはやめろ」

 そんなオレの忌憚なき意見に対し、ニヤニヤしながらこちらを見つめる幼馴染の悪友二人。

「ふふふのふー。それにしても、トーダイ君や。男のツンデレってやつは、いつ見ても全然萌えませんなぁ★」

「いやいやいや、なうちゃん。ところがさ、そーでもなかったりすんだよねぇ、これが。ほら、ね?」

 トーダイがこれみよがしに指差すとある一人の人物、それは勿論。

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」

「いや、どうした水尻! ってか何の発作だ、それは」

「はっ! い、いえ、その、私とした事が、朝鳥君のキメ台詞に興奮を隠しきれませんでした! って、何言わせんですか、もう朝鳥君のバカバカっ、きゃーきゃー」

 なぁ……こういうときマジでどういう反応すればいいんだ? オレは。どうリアクションすんのが正解なんだよ。教えてくれ、偉い人。

「ごほん。二人には後ほど熱い議論を交わす場を設けるとしてさ、うん、実際ユータの言う通り、実はちょっとだけ考えがあったりすんだけどね」

「さっすがトーダイ君だお。そこに痺れる憧れるぅ、だねぇ。んで、ぶっちゃけあたしたちはにゃにすんの?」

「それそれ。色々考えてたんだけどね? ちょっとだけ方向転換。ここでさっきの涼の話に繋がるわけなんだけど」

 水尻の話。つまり、オレが甘党として目覚めたっつー、聊かの誇張を含んだ与太話のことだろう。おいおい、こいつはいよいよもって雲行きってやつが怪しくなってきやがったぜ。

「はいはーい、そんなわけで僕ら四人……クレープでも作ってみない? クレープ屋さん、どうかな?」


 クレープ。くれーぷ。繰胃負。

 トーダイから放たれたそんなワードをゆっくりと脳内で反芻するうちに、いつぞやの水尻と二人で食べた巨大トラウマミルクレープを思い出した。

 あの時のオレは、確かに甘党としての人生を歩もうと決意していた。少なくとも歩み寄ろうと努力していた。結果は言わずもがな。むしろ心に甚大なダメージを負っただけ。幾ら不死身になっちまったとはいえ、心の傷まで直してくれるほど、魔訪ってやつは生易しいもんじゃない。都合のいいもんじゃない。むしろ逆。果たして、この望んでも無い欲しくもねー不死性ってやつを手に入れちまったかわりに、本当にオレが失っちまったものは、一体何なのだろうか。 

 …何て、そんな糞メンドクセー事を考えるまでも無く、オレは即座に言ってやった。


「上等じゃねーか。いいぜ、やろう」

 

 そんなオレの回答がよほど可笑しかったためか、三人が三人とも大きく眼を見開いてオレの顔を凝視する。やれやれ、揃いも揃って失礼な奴らだぜ。まったく。

「朝鳥君ならきっとそう言ってくれると、私、信じてましたっ!」

「にゃはははは。タタタ君まじで似合わねーお」

「ふむふむ。つまり、涼の話はまんざら嘘じゃ無かったってわけだね」 

 そんな三者三様の返答を聞きつつ、オレが答える。

「まぁーな。あんなドヤ顔で解説されちゃ、オレだって黙ってるわけにはいかねーぜ。常考」

 出展においてまず決めねばならないこと、それは役割分担だ。

 

 場所や出展の手続きなどの学園側との交渉、材料などの必要物資の調達、実際の出展飾り付けなどの準備、そして当日のクレープ作り。ざっと数え上げただけでもやんなきゃならねーことはかなりの数にのぼる。これをオレたちたった4人でやらなきゃならねーわけだ。だからこそ、ここは一つ適材適所ってやつで望まなきゃならねーはず。

 そんなオレの浅はかな考えは、トーダイの一言で脆くも崩れ去る。


「えーっと、まずそれぞれの担当を決めたいんだけどさ」

「トーダイ君、あたしには成るべく楽そうな仕事を頼むお。タタタ君を弄る係りとクレープ食べる係りがいいなぁ」

「ねーよ! 清清しいくらい初っ端から他人任せだな、古森。それはそうと、まぁオレは力仕事全般ってところか?」

「ダメダメ。何言ってんのさ、ユータ。わざわざクレープ屋にしたのは、ユータの為なんだから。当然、ユータには作ってもらうよ? クレープ。あっ、当然力仕事もしてもらうけどさ」

 なん…だと…? 

 オレが、クレープ屋さんの、店員? しかもこのオレが、クレープを作る、だと?

 トーダイは昔からオレ達の中ではわりとまともな部類の人間に位置しちゃいたが、油断するとこうやって理解不能な爆弾を放ってきやがるから性質が悪い。この腹黒人間めが。つーか、ナニをどーすりゃこんな結論に至るんだ?

「はいはいはいはいはい。私も、私も朝鳥君と一緒にクレープ作りたいです!」

「うんうん、涼はいつでも元気があって良いね。それに比べてユータ、いつまで固まってるつもりだい?」

「そりゃ固まるってもんだろ。こんな強面野朗が引きつった笑顔を浮かべながらクレープ屋に立てってのかよ。トーダイ、適材適所って言葉知ってるか?」

「あのねぇ、ユータ。僕は君のためを思ってこの配役を考えたんだ。言わば、これは本物の甘党になるための通過儀礼なんだよ。それに、あくまでお祭りなんだからさ、利益とかそういうのは二の次でいいし」

 そう言ってにっこりと持ち前の爽やかな笑みを浮かべるトーダイ。この笑顔に、一体どれだけの女どもが泣かされてきたのか。噂によると、どこぞの新人女教師にも手を出したとかなんとか。ったく、こいつもこいつで昔からぶれねー奴だぜ。

 とどのつまり、オレのためなんて、一見良いことを言ってるように見えるが、騙されちゃいけない。付き合いの長いオレには分かる。こいつがこんな風に笑うときはいつだって碌でもねー事を考えている証拠なのだから。

「トーダイ、お前、絶対愉しんでるだけだろ」

「さぁ? どうかな。でもだったら、やらないの? ユータは」

 付き合いが長いということは、相手の意図ってやつが図らずも分かっちまうって事だ。勿論、お互いに。こいつは、オレが断らない、いや、断れないのを知っていて、あえてこんなセリフを吐きやがる。

「やる。やるさ、やってやるさ。クレープだろうが、何だろうが作ってやろうじゃねーか。こうなったらとことんまでやってやるよ!」

「うんうん。そうこなくっちゃね」

「相変らず分かりやすいにゃー、タタタ君ってば。でもタタタ君のクレープ屋さん姿かぁ…うはw 想像しただけで腹が捩れそうだお」

 こうして始まったオレ達の夏桜祭出展。だが、当然の事ながら本当の戦いはこれからだ! 状態なわけで。

「それじゃ朝鳥君。まずは私と一緒にクレープ作りを勉強しましょうね? わ・た・し・が手取りナニ取り教えてあげますよ♪」

 水尻は、実に良い笑顔でそう言い切った。…つーかナニ取りって何だよ、オレはナニをされるんだよ、こえーよ。マジで。


          ◆


 数日後


 オレは、水尻にとある場所へと呼び出されていた。何でも、例のクレープ作りの特訓の為、らしいのだが。それにしたって何故こんな場所なのか? なんと言うか、今更だが嫌な予感しかしねーぜ。全く。

 そして、件の水尻の姿は、今だ見えず。

「にしても、マジで何故ここなんだ? 練習ならオレん家でも水尻の家でも、極端な話学校でだって出来るっつーのに」

 今日は休日。加えて、見渡す限りのカップル郡。

 …違うぜ。違う。この顔は元々こんな強面なのであって、別段奴らを睨みつけてるってわけじゃない。断じてない。爆発四散しろ。

やれやれ、こんな良い天気の真昼間に一体何をやってんだ、オレは。

 ……何だろう。デジャブか。以前にもこんな感覚を味わった気がする。いや、違う。こんな感覚っつーより、実際この場所で、オレは。その瞬間、オレは、水尻が何を考えているかを悟ってしまった。

「おいおい、まさかアイツ」

 水尻が全力で走りつつ、オレの前に現れたのは、正にそんな時だった。

「はぁ、はぁ、しゅ、しゅみません、あしゃとり、くん。お、おくれ、まちた」

「おう。いや、別に待ってない。つーか、お前と待ち合わせするとこんなパターンばかっかりだな。準備があったんだろ? 何も走ってくるこたぁーねぇだろうに」

 今日の水尻は、何故かチアリーダー服と手にはボンボン。水尻とは今のサクヨンに入学してからの付き合いになるので、かれこれ既に丸二年以上が経過するわけだが、未だに何を考えているのかさっぱりわからない。むしろ、知るのが末恐ろしいというか。とにもかくにも、オレは、水尻が息を整えるのを待ちながら、キョロキョロと例のアレを探す。

「なぁ、水尻よ。ここに呼び出したってことは、やっぱりそーゆーことか?」

「はい。本当は私と朝鳥君の二人だけで練習、というのも考えたんですが、むしろそれが大本命だったのですが、何分今回は時間があまりありませんから。蛇の道は蛇。ズバリ、その道のプロに教えを請うのが一番だと思いまして!」

 ここは、そう、公園。以前、水尻につれられてやってきた、あの鬼のような山のような特性ミルクレープを食べた、あの公園。という事はつまり。


「よう、あんちゃん」


 そう言って、オレの背後からぬぅーっと現れたねじり鉢巻&スキンヘッド。 

「いやー、感動だぜ。あんちゃん、以前食った俺のクレープの味が忘れられなくて、とうとうオレに弟子入りしようってんだろ? 甘いもんが好きな男も増えてきたっていうがよ、自分でその味を再現したいがために教えを請おうなんて酔狂な奴はそうはいないからな。おっちゃん、そういう物好きは嫌いじゃないぜ」

 一体、水尻がこのおっちゃんとどんな取引もとい、話をつけたのかは今となっては永遠の謎だ。そして、そんなオレ達をにこにこしながら見つめる水尻。オレは流されるがままの展開も、受け身なだけの人生って奴も嫌いだ。大嫌いだ。だがどうだろう。そんなオレのポリシーに反して、オレの毎日はこうもオレの意思とは関係なくあっちへふらふらこっちへふらふら、予想も使い無い展開で一人歩きしていってしまう。だが、今はそんなくだらないことを言っている場合じゃない。そもそもクレープ作りを引き受けたのはオレの意思だし、水尻はそんなオレのために、こんな場を用意してくれた。

 だったら、オレが取るべき行動なんざ、たった一つしかねーんじゃねーか?

「宜しくお願いします。おやっさん」

 強面高校生とねじり鉢巻の親父。そんな二人が、カップルばかりの休日の公園でがっしりと熱い握手を交わす。我ながら、実に異様な光景だったんじゃねーかと思う。


          ◆


 光陰矢の如し。

 日々は飛ぶように過ぎて往き、あっという間に夏桜祭本番前日となった。 


「もう、お前さんに教える事は何も無い。俺の見込んだ通り、お前さんには才能があった。そして俺の修行にも耐え抜いた。免許皆伝だぜ、朝鳥夕多」 

「お世話になりました、おやっさん。このご恩は忘れるまで忘れません」 

「くはははははっ! 良いって事よ。それより、まずは水尻の嬢ちゃんに食わせてやるんだな、お前さんの努力の成果ってやつを」

「えっ!? わ、私ですか? そんな、私なんて何もしてませんし。それに、朝鳥君はもともと家事が得意でしたし、料理も私なんかよりずっとお上手でしたから」

 そう言ってもじもじし出した水尻の頭をぽんぽんと何度か撫でた後、オレはきっぱりと言う。

「何言ってんだ、水尻。当然、お前に最初に食わせてやる。何食いたいか考えとけよ」

「な、な、何でもいんですか? はぁはぁはぁはぁ、何でも?」

「い、いや。普通にクレープで…頼む」

「若いなぁ、おい。おっちゃん、素直に羨ましいぜ」

 結局、おやっさんは水尻が男だとは気が付かなかった。けどまぁ、折角良い話風の展開になったことだし、あえてそれを言うのも無粋な感じがしたオレは、そのままおやっさんのクレープ屋台を後にしたのだった。


「ところで水尻よ。オレがこのところ放課後、おやっさんのとこで修行してた間、あの二人はちゃんと仕事してたんだろーな?」 

「はい。それはもうばっちりですよ」

「マジでか? トーダイと古森のコンビとなると、経験上良い予感は一ミリもしねーんだけどな」

 言わばモーストデンジャラスコンビ。オレや水尻というストッパーが居ない分、奴らは何をしでかすか分かったもんじゃない。暗躍と裏取引が跋扈するアンタッチャブル状態になってなけりゃいいんだが。不安だ。激しく不安だよ、オレは。

「場所取りも完璧ですよー、朝鳥君。すっごく良い場所、確保しましたから!」

 例年、校舎内の教室は文化部などの展示場やらレクリエーションの場になっている。かといって校舎外やらトラック運動部の独壇場。そもそも一般生徒の個人での参加ってのは今年から始まった制度だ。競合相手も多いだろうし、場所うんぬんがどーなるかは、前例がないので白黒はっきりとは言えないのが現状。それこそ、本当にあいつらの交渉次第、なのかもしれない。水尻がああ言ってる以上、立地的にはいいとこを確保出来たみてーだし。

「まぁ、こればっかりは今更うじうじ言ったって仕方ねーもんな。明日の楽しみにとっておくことにするぜ」

 材料の方もおやっさんのツテで格安で確保出来た。後は、そう、明日の本番を待つのみってところだろう。

「楽しみといえば朝鳥君、明日は《皆のメイド服》の衣裳もご用意してますから、ふふふっ、楽しみにしていてくださいね?」

「あぁ? メイド服? そんなもんまで用意したのか? でもそうか。水尻や古森のメイド服か…そいつは、弄りがいがありそうだな」

「弄るだなんて、もうっ、朝鳥君のエッチ! きゃーきゃー♪」

 

 一見、何だかんだで順風満帆そうにみえる夏桜祭準備。だが、そんなものはここ数日のスイーツ作り修行に明け暮れた末の、所詮日和見主義的思考に基づく楽観的希望的観測にすぎなかったということを、この時のオレは、まだ、知らない。


          ◆


 夏桜祭当日。


「なぁ、おいトーダイ。オレの目、ちゃんと二つついてるよな? 腐り落ちちまっちゃいねーよな? な?」

「ユータ。それって意趣返しのつもり? あのねぇ、ユータ。ユータは昔から目つきは確かに悪いけど視力は凄く良いでしょ? それに腐り落ちるとか怖いからやめてよね。正真正銘の現実だよ、これは…ぷぷっ」

「そうか。そうだったな。オレとした事が、あまりに現実離れした光景に思わずオレの目がどうかしちまったのかと思ったぜ。お前の言葉通り、オレの頭が本当に沸いちまったのかと思ったぜ」

「にゃっはっはー、やだなぁもうタタタ君ってば、相変らずお茶目さんなんだから★」

 

 頭が、痛い。割れるように。

 現実ってやつはどうしてこうも残酷で歯止めが利かないのだろうか。もう少し、もう少しで良いから空気って奴を読んで欲しいと切に思う。人が、どれだけの思いで必死にクレープ焼く練習してたと思ってんだよ? こちらの努力も思いも知らねーで、似合わない作業に明け暮れていた自分が微妙に情けなくなってきやがったぜ。特に、こんな格好させられたら、だれだってそう思う。オレだってそう思う。

 むしろ、オレの熱い想いってやつを返して欲しい。今すぐに。


「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ。朝鳥君、すっごく似合ってますよ! そのメイド服! そのメイド服!」


 大事な事だから、二回言いました。聊か興奮気味にそう答えた水尻の鼻からは、案の定紅い雫が滴り落ちていた。…つーか、お前もぐるだったのかよ。水尻。そういや、昨日、《皆のメイド服》なんて含みをもたせた表現を使ったのはこの為か。

「なぁ、おい。客観的に見て、今のオレって…ただの変態じゃねーか? 通報される。絶対通報されるって」

 涙目でそう訴えるオレに対し、眼をキラキラさせ頬を蒸気させた水尻が言う。

「はぁはぁ。泣きそうな朝鳥君の顔…か、か、可愛い。はぁはぁ、今すぐ食べちゃいたい。ゴクリ…そ、それに、ほら、朝鳥君。私たちも、皆メイド服姿ですし、一緒ですよ一緒」

 ああ、そうか。そうだな。皆同じなら、別に可笑しくはねーのか。木を隠すなら森って良く言うもんな。

 性別はともかく見た目だけは百%純情可憐な美少女である水尻と、同じく中身はともかく、普通に面倒くさがらず、女子としての体裁を整えさえすれば、その見た目は無駄に妖艶美少女な古森と、元々オレより数段小柄で、顔つきが童顔なせいで女装が憎らしいレベルで似合うトーダイ。

 アレ? これ、隠せてなくね? むしろ森のド真ん中に世界樹がおっ立っちまってるレベルで、隠せてなくね? これ、もう、つんでるんじゃぁ。

「ってだまされるかああああああああああああ! ありえねーーーだろ! 何でオレがメイド服なんて着なくちゃいけねーんだよ! ああ? これクレープ屋と関係あんのか? てめーら揃いも揃ってオレで遊んでるだけじゃねーーかっ! 脱ぐ。むしろ今すぐ脱いでやる!」

「ぶーぶー。途中で投げ出すなんてタタタ君らしくないぞぉー★」

「うっさいわ! それとこれとじゃ次元が違うんだよ次元が! こんな姿、ヨルシーや姉貴に見られでもしたら」


 パシャ パシャ パシャ。


 そんなオレの言葉を待っていたかのように、そして、そんなオレの浅はかさを嘲笑うかのように、トーダイは、メイド服のポケットからそっと取り出したデジカメとスマホでオレの現在進行形の黒歴史を一生もののデジタルデータへと変換した。

「ダメダメ。折角僕らが用意したんだ。ユータは身長が高いからね、そのサイズを探すのはちょっと苦労したんだよ?」

「トーダイ、てめぇ。その口、一生はちみつ入りのオートミールしか食えねぇようにしてやろうか?」

 オレは、この世の全ての悪を断罪するように、一心不乱にトーダイを睨みつける。

「ユータ、分かって欲しいんだ。これは僕たち親友から君へのお節介なんだよ。ほら、ユータってばその目つきと性格と……ゴホン。とにかく、未だにクラスに馴染めてないでしょ? 今は僕らが一緒のクラスだから良いけど、この先クラス替えがあったりして、ユータと別のクラスになってしまったらと思うと、僕はもう心配で心配で」

 トーダイは、いつも以上に芝居がかったセリフとジェスチャーで、尚もオレの理性を揺さぶり続ける。そもそも、高校生活も終盤に差し掛かった今更、クラス連中がどうとかクラス替えがどうとか、そう言った話は御託以外の何者でもない。詭弁以外の何者でもない。茶番以外の何者でもない。だが、悔しいかな。トーダイの言いたい事はそれでも十二分に伝わってきた。嫌というほどには。


 とどのつまり。残念ながらオレには……思い当たる節が、あった。


「だからさ、ユータにはその格好でクレープを作ってもらう事でさ、皆との距離を少しでも縮めてもらおうってわけさ。あー、でも無理にとは言わないよ? 勿論ユータの意見が何より一番だからね。でもさ、でも注意してね? 僕ってばドジっ子だから、あんまり変な回答を聞かされたりすると、間違えて今の写真、ヨルシーちゃんに写メで送っちゃうかもしれない。なんてね?」

 事実、このトーダイもまた、ヨルシーが心を許す数少ない存在の一人。だからこそ、今のセリフは伊達や酔狂どころか、本物の脅迫そのものだったりする。

 妹にこんな姿を見られでもしたら。オレは、オレは…。

 そんなトーダイの脅迫紛いのセリフは、一時的にとは言え、皮肉な事にオレにある種の冷静さを取り戻させてくれた。 


 友情は、砂糖菓子のように繊細で、そして脆い。


「……もういい。分かった。百万歩譲って、よしんばこのメイド服には目を瞑ろう。裸で作るより幾分マシだと思って。だが、《この場所》はどうなんだ? 何でここなんだ? つーか、どんな手を使ったんだ? まず間違いなく、古森、お前の仕業だな?」

「うへへー、さっすがタタタ君。そこに気づくとは、やはり天才か。そうだお、あたしの仕業だお。ねぇねぇ、聞きたい? どーやってこの場所、校長室を確保出来たか? 知りたい?」


 メイド服でクレープ屋。しかも、校長室で。

 …もう、何も怖くない。


「………ふん、上等じゃねーか。おい、古森、トーダイ。お前ら二人はチラシ配りと呼び込みだ。オレと水尻は、今からクレープを焼く。何か、問題あるか?」

 オレは暫く三人の顔を見回した後、大きく深呼吸して、そう言い切った。覚悟を決めろ、オレ。もう、逃げも隠れもできねーんだからよ。

「おっけーユータ。ユータならそう言ってくれると思ってたよ」

「うはw チラシ配りなら任せろー。ばりばり」

「はい! 頑張りましょうね、朝鳥君!」

 そんな三者三様のセリフをもって、オレ達の夏桜祭は、いよいよ幕を開けた。


          ◆


 まず、二人が嬉々として校長室から出て行くのを見届けた後、オレと水尻はクレープ生地の作成に取りかかる。

「やれやれ、状況はどうあれオレの修行の成果ってやつを発揮する時が来たってわけだ。眼ん玉見開いてよーくみとけよ、水尻」

「はい! 脳内VHSに焼き付けます」

「どうでもいいが新調しろよ、それ」

 小麦粉、牛乳、卵、溶かしバター、砂糖、塩。これらを全て混ぜ合わせまずはタネを作る。この時のポイントは泡だて器を使いながら静かに丁寧に混ぜていく事だ。なめらかな液体になったらこいつを冷蔵庫で一時間放置。次にフライパンを熱して油を敷く。この時、フライパンは良く熱しておかないと生地が剥がれにくくなるので要注意だ。また油も余計に敷きすぎないこと。ここからが一番のポイント。タネをお玉で流しこみながら、お玉の底を使いながら円を描くようにして広げていく。均一に、平均になるよう注意深く、だ。フライパンを廻しながらだとどうしても厚みにムラってやつが出来ちまうが、この方法なら一定量をキープできムラが出来にくいってわけ。流石のオレも、ここばかりは相当苦労した。だが、練習に練習を重ねた今のオレには造作も無い事。で、仕上げに焼きあがった生地にお好みの具材をトッピングすれば完成。

「ほらよ、水尻。取り合えずトッピングはバナナと生クリームだ。食ってみな」

「は、はい。では遠慮なく」

 水尻は、何故か震える両手でオレからクレープを受け取り、そしてゆっくりと口へと運んでいく。

「………ン」

「ん?」

「ンン」

「お、おい、何だよ水尻。口に合わなかったか?」

「ンまあーーーいっ!! もちもち触感の生地とふんわり生クリーム、そしてバナナの自然な甘さが見事に調和し、互いが互いの良さを引き立たせあう絶妙なバランス! 口の中で朝鳥君のクリームと朝鳥君のバナナが手を繋ぎながらスキップしています! いえ、これはもうむしろ朝鳥君のバナナが、立派な朝鳥君のバナナがぁあああ!」

「…水尻。妙な誤解と偏見と逃れようのない悪夢を生みそうだから、荒い呼吸で目を血走らせながら、オレのバナナを連呼するのだけは止めてくれ」

「はっ! しゅ、しゅみません。その、朝鳥君のバナナがあまりにも立派だったもので、ついつい」

「クレープだろ? クレープの話だろ? 頼む、そうだと言ってくれ」

 とにもかくにも、オレのクレープは一応客に出せるレベルには仕上がってくれたようだった。これもせんせいと水尻のおかげってやつだ。やれやれ、こっからが本番だぜ、オレ。後は、気合を入れてひたすらに作るのみ。

 

           ◆ 


 結果から言えば、オレ達のクレープ屋は大成功を収めた。

 こちらもどんなマジックを使ったのかは知らねーし、興味もないし、むしろ知るのが恐ろしいレベルで、クレープ屋に並ぶ行列は、材料が底を尽きるまで続いた。スイーツの力ってやつは、オレからすればまるで本物の魔法のようだった。何とも皮肉な話だが。

 

 朝鳥君って、もっと怖い人かと思ってた。 -某2年女子

 お料理とっても上手なんですねー、意外な感じです。 -某2年女子

 メイド服超似合ってるw  -某3年女子

 クレープとっても美味しかったです。店で売れるレベル。 -某1年男子

 流石切れたナイフ。コテ使いも上手いってか?  -某3年男子

 ただのロリコン不良番長じゃなかったんですね。 -某2年男子


 オレに関する評価&感想は、概ねそんな感じだった。

 成る程…別段モーストデンジャラスコンビの戯言を信じてたわけじゃねーが、これはこれで意外な感じがしなくもねーな。確かにオレは、こんな見た目だし性格だ。クラスでも浮いてたってのは自覚してる。ああ、分かってるさ、オレ自身その事について何の努力もしてこなかったし、それで良いと思ってた。オレはオレを理解してくれる稀有な人間さえいれば、ほんの一握りの理解者さえいれば、それで良いと思ってた。加えて、甘党になる、そう誓ったはずのオレの心のどこか隅っこには、やはりまだまだ甘いものやお菓子、スイーツに対する偏見ってものが根深く残っていた。だが、実際にそれを作る事によって、自分のこの手で作る事によって、少なくともそんな先入観ってやつを追い払う程度のことはできるようになっていた。やれやれ、ったく、とんだ御節介焼きどもだぜ。有難くて涙が出てくる。

 ……ただし、最後の奴。てめーは駄目だ。許さねぇ。言った奴出て来いオラぁ。クらぁ。


「やぁやぁユータ、お疲れ様。どうだった? 新たな扉、開けたかな? 新たな世界、見れたかな?」

「ああ、どっかの世話焼き共のおかげさんでな。ところで、どうだ。一応お前らの分の材料、残してあるんだが」

「マジでか! タタタ君まじはんぱねーお。だから好きなんさ!!」

「……!? やれやれ。半端ねーのは、お前のその口調だっつーの。ま、オレも人の事言えた義理じゃねーが」

 

 そんな、いつもと変わらぬやりとりをするオレ達の元へ、こともあろうにトーダイは、最後の爆弾を、最大のとっておきってやつを、オレの元へと投下する。天使の様な、悪魔の笑顔を携えて。

 オレのため? 変わるため? そもそもこいつは、こいつらは、昔からそんな友達みてーな、親友みてーな奴らだったか?


 否だ。断じて否だ。だからこそ、こいつらは、友達でも親友でもなく、いつまで経っても…《悪友》なんだ。


「ではでは。そんなユータ君に、僕からご褒美プレゼントがありまーす」

「あん? 何だよトーダイ。改まって」

「それでは盛大な拍手でお迎えしましょう。ユータの最愛の妹さん、ヨルシーちゃんの登場でーす」


 学園の制服である清楚な黒衣を身に纏った妹が、奇跡ともいえるその金髪ツインテを揺らしながら、その非の打ち所のない天使の微笑みを携えて、その小さくも愛らしい細腕をオレに振り、トーダイの後ろから厳かに現れる。


「やほ、ゆー君。そのメイド服……似合ってるよ?」


 

 瞬間、オレの視界と思考と未来は、一斉にブラックアウトする。



 

 ああ、オレって、どうしてもこうも詰めが甘い。


 お後が宜しいようで。


四の甘 END


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