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三の甘 「朝鳥家のお菓子な日常Ⅰ」

三の甘 「朝鳥家のお菓子な日常Ⅰ」



 六月某日

 あの糞忌々しい、《ヨルシー轢き逃げ未遂事件》の翌日

 

 

 結果往来、なんて言葉がある。

 認めたくはねーが。姉貴の歪んだ愛情によって、オレが超人な不死になっていなければ…オレも、そしてヨルシーも、こうして揃って無事にいられたかどうかは、正直分からない。どちらかが無事では済まなかったかもしれないし、或いはオレもヨルシーも無事ではいられなかったかもしれない。


「ようは結果オーライ。ぐだぐだ考えんのも無粋ってもんだろーな」 

 

 オレがそんな結論に至ったのは、辺りが真新しい光に包まれ小鳥達が囀りを始める、そんな、爽やかな土曜の明け方の事だった。


 数ヶ月前姉貴に刺された傷と、今回の交通事故での傷。オレの身体は、そのどちらをも宿主であるオレの意思とは皆目関係なく、完璧なまでの再生速度を持ってして、まるで何事も無かったレベルに回復し、あまつさえ今日の体調に関して言えば、普段以上に頗る快調そのものだった。

 便宜上、再生速度などというおよそ日常生活で飛び交うことのないそんなワードを使っちまったわけだが、ぶっちゃけオレの身体にどんな作用が働いた結果なのか、そもそもオレの身に起こっているこの反応は何なのか? 糞忌々しい事に、オレは、何一つ分かっちゃいない。

 流されるままってのはオレの流儀に反するし、そもそも受身ってのはオレの最も嫌いなスタンスだ。うじうじ悩んでるのも性に合わねーし、済んじまったことをうじうじ反芻すんのにももう飽きた。つまり、オレが何を言いたいかっつーと、たった一つだけ。たった一言のシンプルな結論。


「どうやらオレは、甘党にならざるを得ないらしい。本格的に、マジで」ってこと。

 現実から目を逸らす事無く、むしろ受け入れなきゃならねーのさ。この体のこと。

 いや、オレと姉貴との事を、だ。


「ゆー君、独り言?」

「だがしかし、このオレが甘党って心底似合わねーぜ」  

「ゆー君? どうしたの?」

「まぁ、この体質ってやつを有効利用するためにも、必要な行為と思えば我慢できなくもねー、のか?」

「ゆー君、ゆー君? ……ぷぅ、無視された、ゆー君に無視された。……せーの、っふゅー」

 その瞬間、オレの耳元を吹き抜ける一陣の風。

 もとい、天使のそよ風。もとい、神の息吹。

「ひょわっ!! って、ヨルシー? お前、いつからそこに?」  

「ゆー君に、無視された」

 

 オウ、ジーザス。

 なんてこった!!! 


 こともあろうに、オレは、オレは、妹を無視しちまったらしい。不覚だ。これはもう朝鳥夕多一生の不覚だ。今こそ死んで詫びるしかない。腹かっさばいて詫びるしかない。まぁ、恐らくこの体、それくらいじゃ死なねーんだろうけど!!!!! ……はぁ。


「す、すまんヨルシー。オレは、ああ、オレはなんて事をしちまったんだ。死ね、オレ。死んでヨルシーに償え、オレ」

「ゆー君、大袈裟」

 そう言って、妹が笑う。

 

 …。

 

 そう言って、妹が笑う。

 そう言って、妹が笑う。

 そう言って、妹が笑う。


 ?

 ??

 ???

 

 亜qw背drftgyhじゅいこlp;@:「」

 

 ! まだ足りない。

 !!!! 全然足りない。

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 足りないって言ってんだよ、こんなんじゃ全く持って足りやしねーぜ。こんなのでオレの感情を表現できると思ったら大間違いだ!!!!!


 ………オレが、今、どれだけ驚愕し、どれだけ感動しているか。それを在りのまま総て表現する事は、事実上恐らく不可能だろう。

 ヨルシーが笑う。それもこの、オレに向けて。天使の微笑。至高の志向の嗜好の私行のスマイル。オレだけの、オレのためだけの微笑み。


 あー。もう、オレ、今、死んでも良い……死ねんけど。


「ゆー君、お腹痛いの?」

 そう言いながら、オレの目から流れ出る留まる事を知らないナイアガラを、そっと可愛らしいアニマル柄のハンカチで拭ってくれる我が妹。

 これで今年の水不足問題は解消出来たんじゃねーかってほど、オレの眼から大量の汗が流れ出た後、ようやくオレはいつもの冷静さを取り戻すに至った。

「よし、よし。良い子、良い子」

 そう言って大きく背伸びをしつつ、オレの頭を撫でる妹。

 神様。世界を有難う。地球を有難う。宇宙を有難う。命を有難う。ああ、生きてるってなんて素晴らしいんだ。


「ガハハハッ。相変らず朝から仲いーな、お前ら。どういう状況かイマイチ良く分からんが。それはそうと、朝飯まだ?」


 …親父だ。

 現在時刻は午前七時過ぎ。

いつもながらの我が朝鳥家の朝食の時間。とどのつまり、いつまでもこーやってキッチンでナイアガラの滝を生産し続けるわけにもいかねーって話。

 オレは、先程の妹の笑顔を脳内ブルーレイに焼き、永久保存しつつ、ヘビロテで反芻しながら朝飯作りに取りかかる。 

 

 たかが妹が笑ったくらいで大袈裟な奴。今、そう思った野朗は何も分かっちゃいない。むしろ分かってほしくもない。妹の、ヨルシーの笑顔がどれだけ貴重か。どれだけ稀有な事象か、それを何も分かっちゃいない。 

 オレが、ヨルシーの兄貴になって早十年。そんな中、オレがヨルシーの笑顔ってやつを見たのは片手で数えられる範囲に留まる。

 例えるならば、盆と正月とクリスマスとGWと春休みと夏休みと冬休みが一度に来た気分。何だか今日は、因果律がとち狂って、とてつもなく良い一日になりそうな、そんな予感がする。世界中の幸運がこの朝鳥家に集まるんじゃないかっていう奇跡。つまりは、そういう事だ。  


「…何か、今日の味噌汁やけにしょっぱくね? ワシだけ? ワシだけ?」

 

 知らねーな、んなこと。文句ならナイアガラに言ってくれ。


          ◆

 

 今日は休日。

 用事があるという妹をしっかりと玄関まで見送り、朝飯の片づけを終えたオレは途端に時間をもてあましてしまう。

そんな、現在時刻は午前九時過ぎ。外は快晴。絶好の散歩日和。

 

 自分で言うのも何だか、オレは多趣味な人間じゃない。姉貴のように一日中引き篭もって良く分からんアレな研究に没頭することもなければ、妹のように読書に性を出すなんて殊勝な真似も出来ない。スポーツは嫌いじゃねーがこれまで特に縁が無かったし、テレビゲームの類もたまに借りてプレイする程度。家事は得意だし好きだが、趣味とはベクトルが違う。映画を見るのも好きだが趣味って言えるレベルじゃねーし、テレビも言うほど見ちゃいない。

 おいおい。無趣味にも程があんだろ、オレ。むしろ、これまでの人生どうやって余暇を過ごしてきたのか我ながら疑問だぜ。

 …まぁ、ぶっちゃけると、どっかの誰かと殴り合いをしたり、姉貴やら親父に振り回されたり、妹の世話を焼いたりするうちに、時間なんてもんはあっという間に過ぎさっちまうもんなのさ。だからこそ、極稀にこうやって平穏な時間、凪ってやつが訪れちまうとどうしていいか分からなくなるってのが正直なところだと思う。

 だからこそなのだろう。この後オレは、これまでの自分の思考思想思慮からはおよそ考えられねーような、かくも恐ろしき妙案を実行するに至ってしまう。人生の七不思議。少なくとも、《アレ》がオレの思考にも影響を与え始めた…という邪推だけは、現実になってほしくない。そう願いながら。


「あー、もしもし。おぅ、そうだ。オレオレ。オレだよ。そうそう。今から言う口座に金を…ってオレオレ詐欺じゃねーから! 確かにオレは不良だが、犯罪に手を染めちゃいねーぜ。相変らず、お前はどこまでが本気か未だに分からねー。ってか、お前、声のトーンもう少し落とせよ、テンション高すぎだぜ。やれやれ、長電話は趣味じゃねーから用件だけをさくっと言うぜ? 実はな」


 ようするに、自分を変える切っ掛けも、そのチャンスって奴も、所詮はこんなあっさりしたもんかもしれねーなって話。


          ◆


「お、おま、おまた、おまた!」

「…水尻。妙な誤解を生みそうだから、荒い呼吸で目を血走らせながら股を連呼するのは止めてくれ」

「しゅ、しゅみません。お待たせしました。朝鳥君」

 そう言って額に汗を滴らせながら、肩で息を切らせる水尻。

「やれやれ。走ってきたのか? オレは待っちゃいねーし、そもそも待ち合わせ時間までまだ30分もあるんだぜ?」

「でもでも! 朝鳥君からデートに誘ってもらえるなんて、こんなチャンス滅多にありませんから!」

「あん? デート?」

 そんなオレの態度に対して、聊か興奮気味に鼻息荒く、その顔を真っ赤に染め上げた水尻が、早口に捲し立てる。

「当然ですよ、朝鳥君! こうやってお休みの日に、待ち合わせて一緒にお出かけする。これをデートと言わずして、何をデートと言うんですか! そんなの教科書にも載ってる常識です! 基礎中の基礎です! 世界の常識です!」

 水尻は、とても良いドヤ顔でそう言い切った。今日の奴の恰好は、フリフリのゴスロリファッション。これが奴の勝負服とやらなのだろうか。デート用の服装というやつなのだろうか。言いたい事は、多々ありまくるが、むしろ、そんな満点のしたり顔でそう言われちゃ、反論なんて出来るわけがない。

「お、おお。そうか。そりゃ悪かったよ」 

 つーか教科書ってなんだよ。何の教科書だよ。道徳か? それとも保健体育か?

 そりゃオレだって十八だぜ? 健全な一、高校生だぜ? デートの一つも興味が無いわけじゃない。だが、これをデートと呼ぶには聊か抵抗があった。むしろ拒絶感と言っても良い。

 勿論、水尻が本当に、本当に残念な事に男だという事実も去ることながら、今回の目的ってやつが、オレの心をローテンションのどん底へと誘ってくれちまってるってのが大きい。んで、その目的を達成させる為の人物として適任だと思えたのが何を隠そう水尻だった。

 それだけの話。

 適任。

 ま、オレの数少ない知り合いの中においての話だが。


「そんなことより朝鳥君、タイムイズマネー、時は金なりですよっ! さぁさぁ、張り切って《スイーツ店巡り》を始めましょう!!」

「自分で誘っといてなんだが。すげぇ張り切ってるな、水尻」

 そんな、水尻の気合と気迫に圧倒されながらも、オレ達は初夏の街を往く。

 そう。

 オレがケータイで水尻に相談した内容。


 それは…オレに、《甘いものを教えてほしい》というものだった。

 

 柄じゃねーし、この顔にこの性格。心底似合わないってのは重々承知してるし、別段、無趣味に嫌気が差した末のトチ狂ったイカれた判断ってわけでもない。言うなればこいつはオレにとっての、けじめであり、禊であり、ある種の通過儀礼。

 この体質を前向きに受け入れ、甘党として生きていくと決めたオレの、言わば覚悟をみせつけるための儀式であり、これから生きていくための生命線を知るための行動でもあった。

 なーんて格好つけちゃいるが、言わばただ単に甘いものを食いにいくだけ。ただそれだけ。こんな目つきと柄の悪い大の男が、甘味を所望するだけの、ただそれだけのどこにでもあるよーな与太話。それはもう、ヤクザが休日にクッキー焼くのと同じレベルの与太話ってわけだ。


「でも、びっくりしました。突然朝鳥君から電話が掛かってきて」

「そうか? 別段珍しくもなんともねーだろ。ヨルシーの事なんかでも水尻には結構電話してる方だと思うぜ? オレは」

「いえ。そっちじゃなくて、朝鳥君が急に甘いものを食べたいなんて宣言した方ですよ」

「…やっぱ、可笑しいか?」

「いいえ。昨日も言いましたけど、とっても素敵な事だと思います。それに、凄く嬉しいんですよ、私は」

 そう言って、目を輝かせながら一心にオレを見上げる水尻。

 何度も言うようだが、こいつは男である。どれだけ女性らしい姿、可愛らしい格好をしていようが、染色体レベルで男である。地球が何度廻ろうとも、それこそどんな魔訪を使おうとも男なのである。くどいようだが、一応。

「朝鳥君が甘いものに興味を持ってくれて、その上、こうして私と二人でスイーツを食べに行く…はぁはぁはぁ。私、わたし、ちょっと想像しただけで鼻血が止まりませんよコレは。私、今、猛烈に興奮してます。もうね、色んなところから、色んなものが溢れ出て止まりませんよコレは!」

「水尻。ハッスルしてるとこわりーが、お前一体何を想像している」 

「それを聞いちゃうんですか? むしろ聞きたいんですか? 聞きたいんですね? もうっ、朝鳥君の…えっち♪」

 ボタボタと鼻血を滴らせながら、最高の笑顔と共に最低なセリフを吐く水尻。そして、今、オレの脳内を支配する思いはたった一つ。


 人選…失敗したぁあああああああ。

 明らかに。確実に。もっともやっちゃいけない方向に。


 とはいえ、総ては自分で選び決断した結果。途中で反故にするわけにはいかねー。例えそれが、両鼻の穴にティッシュを詰め込んだ血塗れの男の娘とケーキバイキングに行くことだとしても、だ。


 歩く事数十分。

 オレ達は、駅前に聳えるとあるホテルへと到着した。

 

 …ホテル。

 

 何だか物凄く嫌な予感がすんのは、果たしてオレの勝手な思い込みってやつだろうか。

 どうやら、そんなオレの考えは露骨に顔に出ちまっていたらしい。水尻が慌てて弁解にまわる。

「ち、違いますよ!? そういうんじゃないですよ? その、確かにさっきは私、恥ずかしげも無く興奮したーとか、言っちゃいましたけど、その、ほら、私だって一応乙女ですから。こういうことは、段階を踏みたいといいますか、雰囲気やムードが大切といいますか、自然に身を委ねたいといいますか。その、実のところこういった経験がまったくないもので、どうしたらいいのか分からないというのが正直なところといいますか。でもでも、勿論朝鳥君がどうしてもというのでしたら、私も吝かではないといいますか、その、覚悟は出来てるといいますか、一応万が一を考えて準備はしてきたと言いますか……って、きゃーーきゃーーー何言わせるんですか、朝鳥君ってば本当にエッチなんですからっ!!!」

 

 オレは、死んだ魚の目をしながら、たった一言だけを吐き捨てるように呟く。


「やれやれだぜ」


 紆余曲折はあったものの、オレ達は第一の目的地であるケーキバイキングへとやってきた。ホテルの地下を利用したこのケーキバイキングは、甘党の間では知る人ぞ知る聖地らしく、大勢の女性客で溢れかえっていた。

 むず痒いというか、居心地が悪いと言うか。どう贔屓目に見ても場違い感が拭えねーオレの姿は、明らかに突出して浮いていた。むしろ浮きまくっていた。


「どうなさったんですか? 朝鳥君。さっきからきょろきょろと落ち着かない様子ですけど」

「あ、ああ。今更だが、猛烈に帰りたい気分でいっぱいなんだよ。さっきから嫌な汗がとまらねーんだ。むしろナイアガラなんだ。まるで言語も文化も違う異国に迷い込んじまった気分だぜ」

「大丈夫ですよ、そんなに緊張しなくても。私だって一緒にいるわけですし。どう見たって、今の私達は、その、えーっと、た、ただの恋人どうしにしか見えませんもん。キャー言っちゃったっ!言っちゃった!」

「…ああ、そいつは良いや。嬉しすぎて涙が出てくるぜ」

 とは言え、オレも男だ。目的もある。それに、現状何だかんだで水尻に世話かけてんのも事実。ここは一つ、腹を括る必要があるってもんだぜ。

「しかし、思ったより結構良い値段すんのな?」

「あのぅ、やっぱり私も自分の分は」

「おいおい、そういう意味で言ったんじゃない。そもそも誘ったのはオレだぜ。それにこれは一応デートなんだろ? だったらオレがもって当然だ」

「さっすが朝鳥君です。そこに痺れる憧れるぅ。えへへ、実はですね、私も滅多に来る事はないんです、ここは。でもでも、今回は朝鳥君のお言葉に甘えて全力でいかせていただきます」

「ああ。それで良い」

 バイキングも食べ放題もそれなりに経験はあったものの、そこに《ケーキ》というワードがつくだけで、その本質は180度様変わりしちまうものらしい。

「なぁ、水尻。素朴な疑問なんだが、こーゆーとこって、作法とかさ、マナーみたいなもん…あんのか?」

 オレのそんな質問がよほど可笑しかったためか、見当違いも甚だしいためか。水尻は一瞬だけきょとんとした無の表情を浮かべた後、腹を抱えて笑い出した。

「ぷっ。ふ、ふふっふふ。あはっはははっ」

「…そんなに可笑しいかよ。オレがキョドる姿は」

「ち、違います違いますよぅ。もうっ、朝鳥君が可愛すぎて、その、つい」

「おいおい。こんなガタいとツラして可愛いは流石にねーだろ」

「そんな事ありませんよ。可愛いものは可愛いんです。可愛いは正義です。つまり、甘いものも正義なんですよ。ふふっ。ほらほら、こうしていては折角の時間が勿体無いですよぅ? 私達も、ケーキ取りに行きませんか?」

 そう言って実に嬉しそうな満面の笑みを浮かべつつ、スキップまじりにオレの前を行く水尻。

 そして辿りついたのは、カラフルで眩暈のするようなケーキの山。 

 馴染みのショートケーキを始めとして、モンブラン、チョコレート、ミルフィーユ、チーズケーキ、フルーツケーキ、シュークリーム、ロールケーキ、他にもオレには名前の分からん色とりどりのケーキがズラリと並ぶその光景は、一種の神々しささえ覚えた。成る程、甘党にとっちゃまさに桃源郷ってわけだ。勿論、オレにとってはその限りではないのだが。

「朝鳥君、ここが天国ですか?」

「地獄の聞き間違いか? そして涎を拭け」

 水尻はそんなオレの言葉を聞いているのかいねーのか、次々に皿へとケーキを乗せながら言う。

「作法って程じゃありませんけど、食べ放題とはいえ時間制限もありますし、胃袋的には大丈夫でもカロリーさんとの兼ね合いもありますからねー。やっぱり最初は自分の一番好きなものから食べる事をお勧めしますよ、私的には。色々ありますから迷ってしまうと思いますし」

「おお、成る程な。カロリーは気にしちゃいねーが、オレの場合、甘いものは別腹なんて素敵機能は標準装備されてねーからな」

 その代わりってわけじゃねーが、呪い染みた超常能力が備わっているわけだが、今はどうでもいいので黙す。

「新作メニューを選ぶって手もありますし、作りたてのものを選ぶのもいいと思いますよぉ。中には、好きなケーキだけを延々と食べ続けるって方もいるようですし。私は色々な種類を食べたい派ですけどねぇー」

 溢れんばかりのケーキを持った、否、盛った水尻は嬉々として席へと戻っていった。オレもいつまでもこうしちゃいられない。さっさと選んで戻るべきだろう。ただでさえ浮きまくってる場違い野郎の癖に、こうやってケーキを前にして地獄のような仏頂面を浮かべていちゃ、いよいよもって不審人物、挙動不審、狂気の沙汰。ぶっちゃけ恐怖そのものだからな。幸せな天国にやって来た善良なる堅気の皆様を怖がらせちまいかねない。

 とはいえ、だ。

 オレの人生において、この何の変哲も無いただ単に《ケーキを選ぶ》という行為自体がそもそも異端中の異端。こんな場において尚、どーせどれ食っても甘いだけだとしか思っちゃいない罰当たり野郎なわけで。人間は、未知の世界、異なる価値観を目の当たりにしてしまうと、それだけでどうしていいか分からなくなっちまうような、そんな不器用で糞面倒な生き物らしい。

 とどのつまり、オレは、迷っていた。そして、そんなオレの肩をぽんぽんと叩く人物が一人。

「まだお決まりにならないんですか? 朝鳥君。ほらー、私なんて朝鳥君が遅いからお代わりしに来ちゃいましたよぉ~」


 …なん、だと?


 あれだけのエベレスト盛りを、たった数刻の間に総て胃袋の中にぶち込んだってのか? つーか、その細いからだのどこにそれだけの量が入るってんだよ。それこそ人体の七不思議だぜ。そんな、頬にクリームをちょこんとつけた妙にあざとい水尻に閉口しながらも、結局オレは目の前にあった一番シンプルなショートケーキを二つほど選び、逃げるようにして戦場を離脱し、席へと戻るのだった。

「あは、ショートケーキになさったんですね? 何だか朝鳥君らしいかも」

「どーにも、他のはオレにとってレベルが高いっつーか、ハードルが高すぎるような気がして」

「えぇー? そんなことないですよぉ。でも、そういう事でしたら…よーし、分かりました! 折角ここまできたんですから、色々な種類にチャレンジしてみましょう。私が全力でサポートしますよ! 例えば、そ、その、私があーーんで食べさせてあげますから、ね? ね?」

「むしろ全力で遠慮したいんだが?」

「だ・め・で・す・よ? 好き嫌いは。それにぃ、ちゃーんと最後まで食べないと、朝鳥君のスイーツ店巡り、手伝ってあげませんよぉ? もう、ここまで来ちゃったらぜぇーったいに、逃がしてあげませんからね」

 そう言って、悪戯っぽく舌を出す水尻。ぶっちゃけ、一個目のショートケーキを食べ終えたオレは、その時点で既に限界寸前だった。それはもう色々なものが。


 …オレにとっての初めてのケーキバイキングは、何故か涙の味がした。


          ◆


「一つだけ分かった事がある」

 件のバイキングから生き絶え絶えで何とか生還したオレは、言葉を振り絞るようにしてそう呟く。こうやって、口を開くたび中から糖分が溢れ出てきそうで怖い。

「あは、何ですか?」

「甘いものは別腹なんて言葉があるだろ? ありゃーやっぱり男には適用されないスキルらしい」

 と、口にしては見たものの、オレの隣を往く水尻があれだけの量を平らげ平気な顔をしているところを見ると、成る程、ただし男の娘の場合はその限りで無い、なんて注釈がつくものらしい。やれやれ、とんだチート野朗だぜ。

「朝鳥君。今、何だか失礼な事考えていませんでしたか? 考えてましたよね? そんな顔してましたもん」

「オレって、考えてる事が顔に出ちまうタイプか?」

「えぇええ!? 今更ですか? 朝鳥君ほど分かりやすい方もそうはいませんよぉ。例えばヨルシーちゃんの事とか、ヨルシーちゃんの事とか、後、ヨルシーちゃんの事とか」

「なん、だと?」

 オレはそれ以上聞くに聞けず、ってか聞くのが恐ろしくなり慌てて話題を方向転換させる。

「しかし、初っ端からハードだった。むしろオレにとっちゃ最初から最高難易度だった。もう少しお手柔らかに頼むぜ、水尻先生」

「先、生?」

「あぁ? 何だよ。オレ、何か変な事言ったか?」

「朝鳥、君。今、何て仰いました?」

「だから、オレ、何か変な事を」

「その前! その前です!」

 何故か知らんが物凄い剣幕でそう叫ぶ水尻。何となくその質問の意図を理解しちまったオレは、目の前の水尻の頭をぽんぽんと撫でて宥めながら言う。

「で、お次はどこに連れてってくれるんだ? 水尻せ・ん・せ・い?」

「うっはぁあああああああああああああああんwwwwww」

 鼻血のジェットを撒き散らしながら、水尻が悶える。奴が何を想像したのかなんて、考えるのも末恐ろしい。

「良かったです! ティッシュいっぱい持って来て良かったです!」

 なんつーか、別段見たくも無い水尻の新しい一面ばかりを垣間見ちまってる気がする。誰得だよ。ってかむしろ何故ティッシュを大量に持ってきたんだ、こいつは。それこそ想像したくねぇよ。

「と、ともかくだな。こんな道の真ん中でいつまでも血飛沫を撒き散らしてるわけにもいかねーだろ。どんなスプラッタだ」

「ふぁーい」

 もはや両鼻にティッシュがデフォな水尻&大量の使用済み血塗れティッシュと共に、脱兎の如くその場を後にする。

 考えたくはねーが。

 これ…完全に水尻に振り回されちまってるよな。こいつと一緒にいると、オレの方まで未知の何かを引き出されちまいそうで末恐ろしい。いや、割とマジで。


          ◆


 そんな血塗れなオレ達二人が辿りついた先、次なる到達点は意外すぎるくらいに意外な場所だった。


「公園?」

「はい。そうです。公園ですよぉ」

「何だよ水尻。結局ここらで一休みってことか? オレ的には確かにありがてーけど」

「あはっ。それもデートっぽくて良い感じですが、残念ながらそうじゃありませんよ。ほら、あそこ、あれ見てください」

 そう言って、水尻の白く細長い思わず女のソレと見まごうばかりの指先が指し示す方角。その先にあるものは。

「屋台か、ありゃ」

「ぴんぽんぴんぽーん、クレープ屋さんですよぉ? 朝鳥君」

 頬を思い切り緩ませながら、スキップ交じりにぱたぱたと駆けていく水尻。

 あー、クレープか。クレープな…。

 薄い生地にフルーツやらジャムやらを挟んで食べるっつー、食べ歩きの定番。むしろオレにとっちゃ、ある意味ケーキ以上にチャラい食いもんだったりする。

「ほらほら朝鳥くーん、置いてっちゃいますよぉー」

「あ、ああ」

 

 天気は快晴。時刻は太陽が一番高くなる時間帯。それに加えて今日は土曜だ。良く見りゃ公園内は、人目をはばからずいちゃいちゃいちゃいちゃしまくってるバカップルで溢れかえっている。

 やれやれ、甘いものうんぬんより、こんな光景みせられただけで胸焼けしちまいそうだぜ、オレはよ。まぁ、オレにとっちゃ、一生かかっても縁のない光景ってのは確かだ。よし、爆発四散しろ。


「それでそれで、朝鳥君はどれにしますか? 私のオススメはやっぱりチョコスペシャルですっ!」

 ようやく水尻に追いついた頃には、奴は既ににこにこ顔で両手にクレープを持ちながらオレを待ち構えている状態だった。つーか、その両手のクレープはどちらも自分で食べる分だったらしい。

「ヘイらっしゃい! あんちゃん、何にする?」

 スキンヘッドにねじり鉢巻。オレの想像していたクレープ屋の店員とはおよそ程遠い格好をした威勢の良いおっちゃんが、オレを出迎えてくれる。こいつはもう、人は見かけによらねーとか、そういうレベルを遥かに逸脱しちまってる気がする。まぁ、オレが言えた義理じゃねーが。

「そうだな、なるべく甘くないや」

「だーめでーすよぉー? 朝鳥君、今回の目的をお忘れですか?」

 午前中、あれだけ糖分摂取を行ったんだから、今回はちょいと一休み。なんて、都合の良い展開にはならねーらしい。許してくれないらしい。

 やれやれ、急に甘いもんばっかり食ったせいで、オレの考え方まで甘くなっちまったのかもしれない。今回ばかりは水尻の言い分が絶対的に正しいな。初志貫徹すら出来ねーなんて、オレの美学に反するぜ。


 つーわけで、オレは実に良い顔しながらこう言い切ってやった。

「おっちゃん、一番甘いの頼む」


 後悔先に立たず、なんて言葉がある。


 近場のベンチに座り、オレは黙々とクレープに噛り付く。

 現在オレは、そんなありがたいありがたい諺の意味ってやつを涙を流しながら痛感している。だってそうだろ? いや、確かにあんな注文の仕方をしたオレも悪い。確かに悪い。だが、まさかこんな化けモンが出てくるとは思ってもいなかったんだ。

 オレの乏しい想像力ってやつじゃ、せいぜい出てきても《クレープ》という範疇に納まる代物だろうと、勝手にそう思い込んじまってた。だがどうだ、現実って奴は、こうも簡単に想像を凌駕してくれる。

 そう。これはもはやクレープなんかじゃない。言うなれば…《山》だ。砂糖で出来た山だ。シュガーマウンテンだ。

「なぁ、水尻」 

「はい、どうしました? 朝鳥君」

 この状況で、どうしたもこうしたもねーと思うんだが、水尻の奴はまるで何事も無かったかのように、まるでこの世に嫌な事なんて一つもないってくらいストレスフリーで柔和な笑顔を浮かべながら、手にしたイチゴクレープを口にしている。だが、その落ち着きまくった態度が逆にオレを不安にさせる。単にオレが世間知らずっつーか甘いもの知らずなだけで、もしかしてこれが普通なのか? 今時のクレープ屋台ってのは、こんなもんを平然と出して、客は平然とこんなもんを平らげちまうもんなのか? 可笑しいのは、オレの凝り固まった思考の方なのか? 魔訪の一件といい、オレは自分が思っていた以上に、世間知らずなのかもしれない。

「こう言うの、1ホールって言うのか? なぁ、何故、屋台で1ホールのクレープが出てくるんだ? だいたい、1ホールってクレープに対して使う単位じゃ無い気がするんだが」

「甘いですね朝鳥君、砂糖よりずっと甘いです。これはただのクレープじゃありませんよ、ミルクレープです! 1ホール十八センチの巨大ミルクレープですよ! 見てください朝鳥君、クレープ生地が十五層も重なってるんですよ! 奇跡ですね、これは。ミラクルですよ、ミラクル。Oh、イッツァ、ミラクルスイーツ!」

「へ、へぇ。そいつは…すげぇな」

「あそこのクレープ屋さんって色々なメニューにチャレンジされていて、他にもなまはげクレープとか辛さ百倍クレープとか、ちょっとほかでは食べられないメニューが目白押しなんです。奥が深いですねぇー、クレープって」

 目の前の異物と水尻のハイテンションに圧倒され、なかなか現実ってやつが受け入れられないオレ。だが、ある。確かに、オレの手元にずっしりと重いクレープが。いや、クレープと言うにはあまりにおこがましい山が。巨塊が。

 そもそも、まずあの店員が可笑しかったんだ。あんな親父がクレープ屋の店員をしている時点で、オレは警戒すべきだったんだ。何かある筈と疑ってかかるべきだったんだ。

「これさ、ここで全部食うのか? ここで完食しなきゃ駄目か?」

 周囲の視線が痛い。痛すぎる。っつーか人様の食事シーンをまじまじ見るんじゃありませんって学校で習わなかったのかよてめーらは。

「言語道断ですよ、朝鳥君。こーゆー屋台はですねぇ、その味もさることながら、この場所この雰囲気、そ・し・て、誰と一緒に食べるかってことが重要なんじゃないですかー。もうっ、言わせないでくださいよっ、恥ずかしい♪」

 はい、完全なる死刑宣告が下されたところで、オレは目の前の山をもう一齧りする。誰だよ、甘いもの食べると幸せな気分になれるなんて妄言を吐いた奴は。むしろオレが吐きそうだよ。

「いいですか、朝鳥君。女性にとって甘いものは、ただの食べ物ってっわけじゃないんですよ。葛藤。自分との戦い。色々な想いを乗り越えたその先にあるもの。コミュニケーションツール。体重。カロリー。つまり、とってもとっても大切な、なくてはならない存在なんです。ほらほら、私もお手伝いしますから。一緒に頑張りましょう! でも本当に美味しいですね、コレ。中に生クリームがたっぷりつまってましゅ」

 

 初志貫徹がどーだとかほざいていた数分前の自分を、メリケンサックと助走をつけて全力でぶん殴ってやりたい気分だ。そして、本当の戦いはこれからだ…という事実がオレに重くのしかかる。オレの体内は、かつてないほどの糖分で満ち満ちている。そんな、午前中のケーキ地獄に引き続きのこの苦行。しかし何が一番笑えるかと言ったら、オレはこんな苦行を自ら望んじまったって所だ。修行僧か何かですか? オレは。

 ただ一つ、今日一日を通じて理解した事は、今日オレが目にした全員が全員ともに、本当にいい表情をしていたって事。幸せそうな、そんな顔をしていたって事。だからこそ、どうして女性に甘い物好きが多いのか、ちょっとだけ分かった気がした。


「それじゃ朝鳥君、今度は一緒に、クッキー焼きましょうね♪ きゃっ、言っちゃった♪」


 あー、はいはい。

 不良だけど、クッキー焼いたよ♪ ってか。やかましいわっ!


 …蛇足では在るが、オレがこの山もといミルクレープを食い終わる頃には、辺りはすっかりオレンジ色の夕日に包まれていたと言う事を付け加えておく。


 ああ、人生は、砂糖のように甘くない。


          ◆


「ただいま」

 体中から甘ったるい匂いを放ちながら、どうにか我が家へと帰還する。

 馬鹿馬鹿しい話だが、まるで何十年ぶりに帰省したような、命からがら死地から帰還を果たした兵士のような、そんなある種の感動と懐かしさすら覚えながら、オレは朝鳥家の玄関を開ける。

「ゆー君、おかえり。遅かった、ね」


 あぁ………天使だ。目の前に天使がいる。精も根も尽き果てたオレの目の前に、癒しの天使様が降臨なされた。これはもう拝むしかない。全身全霊を込めて拝み倒すしかない。ありがたやありがたや……って、だからオレはいつから修行僧になったんだよ。


「ゆー君?」

「はっ、すまんヨルシー。一瞬ここが天国かと思っちまって」

「疲れた、の? 大丈夫?」

 おいおい良い加減にしろオレ。妹に心配掛けさせるなんて良い兄貴失格だろうが。せめて、せめて妹の前だけでは、オレは真人間でいなけりゃならねーんだ。しゃんとしろ。

「大丈夫だ。問題ない」

 そういって男らしくサムズアップしてみせるオレ。そうだ、やっぱりこうでなくちゃな。兄貴という生き物は。

「良かった。ね、ゆー君。これ。お土産でケーキ買ってきた。一緒に食べよ?」


 オレは、泣いた。



         ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 - 深夜、朝鳥家屋上、屋根の上にて


「見てみたまえ、今夜は月が美しい。満月を見ると、どうしてこうも心揺さぶられるのだろうな」

「そんなの、簡単。あんたが《魔訪遣い》だからでしょう?」

「ふふっ。その通りさ。流石に良く分かってるじゃないか」

「相変らず、悪趣味な人」

「おやおや酷い言われようだな。それが実の姉に対する態度かい、ヨルシー」


 静寂。

 不気味に浮かぶ満月。

 屋根の上の二人の少女。


「まさかとは思うが、悪趣味とは我らが愛しの兄弟、夕多の件かな? だとしたら、聊か反応が遅すぎるんじゃないか? あれから三ヶ月。私は君も納得したものだと勝手に思い込んでいたのだが、違ったか?」

「…」

「ふむ。だんまりか。だったらこちらも勝手に推理させてもらおう。そうだな…単に私の魔訪が完璧すぎて、ヨルシーですらその変化に気がつく事が出来なかった? …いや、この線はない。だとすると、そうか、そういうことか。つまり、君は私が夕多に対して施した魔訪について感知していながらも、あまりに完璧すぎて対抗策がとれなかった。或いは、ふふっ、君は私と夕多の関係について何の興味も抱いていない。さぁ、どちらかな? まぁ、どちらにしても、君の負けだ」


 静寂。

 満月に誘われて、動物達が戦慄きを上げる。

 屋根の上には一人の魔訪遣いと一人の少女。


「不死」

「ああ、そうだ。その通りだ。不死だ。美しくも儚い、完璧な存在になったんだよ、我が弟、夕多は」

「完璧? だから悪趣味だと、そう言ったの。あなたのそれは、決して、完璧なんかじゃないよ。完璧とは程遠い歪さの呪い。ただの歪んだ愛情。不完全な欠陥品。それがあなたの魔訪よ」

「ふふっ、言うじゃないか。だが、だったらどうする? だとしたら君は、一体どうしたいんだ? 君だって実感した筈だ、実際に目の当たりにした筈だろう? その眼で。いやいや、だからこそ、かな」

「まさかあの事故も…あなたの仕業?」

「さぁ、どうだったかな? 悪いが、覚えていない。最近は物忘れが激しくていかん。だが、あれしきのアクシデント、夕多に助けられるまでも無く君一人でも何とかなった。違うかい?」

「…っとに。馬鹿姉っ!」

「やれやれ、怖い怖い。こちらは呼び出された側だと言うのに配慮のカケラも感じられないな。ただでさえ時間が時間だ。近所迷惑はいただけないぞ? ここは一つ、穏便に行こうじゃないか。ヨルシー?」

「それは、あくまであなたの態度次第」


 静寂。

 暗くて歪、そんな妖しげな笑みを浮かべながら、満月が二人の少女を見下ろす。


「それに、まだ勝負は終わっていない、わ」

「ほぅ?」

「…駄目。これだけは、やっぱり、やっぱり譲れない。相手がだれであろうと。自分の感情に、嘘は、つけない」

「ふふっ。ふふふふっ」

「例え血を分けた姉妹でも、許せない。だから、このヨルシーちゃんが、ゆー君を……救ってみせる。この呪いを、解いてみせる」

「ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ。いいぞ! そうこなくてはな! 姉妹だろうが魔訪遣いだろうが、欲しいものは自分で奪い取るものさ! ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん。ひゃっひゃっひゃっ」

「五月蝿い、馬鹿姉! 近所迷惑はどっちだ! ヨルシーちゃんも、いつも優しいゆー君が大好きだから……そして、魔訪遣いの呪いを解けるのも、同じく魔訪遣いだけだから。だから、だから…」


 静寂。

 満月を総べる二人の魔訪遣いが、屋根の上で、哂う。




三の甘 END


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