4 彼女とハイド
「ハイドぉー」
「にゃー」
「あ、いたいた。ハイド、棚の上乗ったでしょ」
「にゃー」
「わかってるんだからね。せっかく可愛くセッティングしたテディの位置がずれてるもん。別に乗ってもいいけど、あんまり荒らさないでね」
「にゃー」
「……そういえば、この前バイトでテディの着ぐるみの人と一緒にやったんだけど、ちょっとびっくりすることがあったなあ。……あ! やばいバス出ちゃう! あと三十秒っ。じゃあ行ってきまーす!」
ドアが閉まった。
彼は、気づいているだろうか。
いつも着ぐるみの人間の目だし部分を見るはずの彼女の目と、着ぐるみ本来の位置に視界を持つ彼の目が合っていたこと。
つまり彼女は、あの着ぐるみが――彼が、普通の人間でないと、なんとなく分かっていたということ。
そしてもう一つ。
灰色の猫は、棚の上を見上げた。
これにも、あの泣き虫は気づけていないだろう。
特権の座にいるのが彼なのではなく、彼そのものが特権なのだと。彼女の成長を見、どんな言葉も聞き、そして今もこれからも側にいることができる。彼女の隣に一番長くいられるのは、間違いなく彼だ。
親よりも近く、兄弟のような近すぎる故の煩わしさもなく、友達にも言えないような秘密を共有していて、恋人の愚痴を聞くことができる。
なんと幸運な「特等席」か。
「……目出し部分の向こう側が真っ黒で何もなかったんじゃ、そりゃびっくりするだろうねえ」
猫は独白し、棚の上に飛び乗った。すぐに、真面目な性格をした泣き虫のぬいぐるみが寂しさを訴え始める。おまえ納得したんじゃなかったのかい、そう言って揺れる猫のしっぽの先は、ぎざぎざと二つに分かれていた。
彼女とぬいぐるみの一日の「冒険」は、彼ら自身も、あの猫でさえも、知らない。
***もふもふなあとがき
こんにちはあんどはじめまして。さくまそーです。
ぬいぐるみが「自分だけが持ち主を幸せにできるんだああっ」とちょっと情けない感じで叫んでる話が書きたかったので、こうなりました。
仲が良い、で表現できるどの人間関係にも(家族とか恋人とか)値しない感情だと思うんです。持ち主に喜んでもらう、それしか知らないが故のある意味残酷な一途さ。
とかゆってる私はというと、ぬいぐるみは全般好きです。ぬいぐるみってかわいいしもふもふしてて幸せになります。
最後まで読んでくださった貴方に、最大の感謝を。