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天使の落としもの

作者: えなりん

 自分が通う中学校へと向かう今田 俊之としゆきは、寒さによって鋭さが増すばかりの目を細めながら歩いていた。

 だが寒いのは、冬という季節のせいだけではなかった。

 吐く息は白く、もう直ぐ雪が降れば本当の意味での冬がくるだなんて思う余裕の方がない。

 右も左も正面にも、もちろん真後ろにも誰もいない。

 まわりは自分とは違い、男と女、そのセットが出来上がる光景ばかりの中で、

「どいつもこいつも、ハッ。いらねえよ。いらねえさ、嘘じゃねえよ」

 精一杯の強がりを心どころか、あふれ出すままに口からほとばしらせていた。

 心の寒さとは対照的に、イラつきながら早足で歩けば体温は上がるばかりで、心と体のバランスがどんどんと崩れていく。

 バランスをとろうと思ったわけではないが、そうしなければ耐えられそうになく意味もなく空を見上げてみた。

 冬に似つかわしく、空はどことなく陰りがかかっていて太陽の光は、その陰りに押されきっていた。

 立ち止まったことで、今度は虚しくなったのは言うまでもない。

 ジワリと心の汗が瞳にたまりかけた所で、俊之の視界の中で何かが落ちてきているのが見えた。

「鳥のはね?」

 最初はそれが遠すぎて、ふわりと空から落ちてくる様から言葉通りのものだとしか思えなかった。

 だが徐々に俊之に近づいてくるにつれ形が鮮明に見てとれる様になった。

 小さめの蛍光灯の様な、丸い形の発行物体が羽毛のような軽やかさをもって落ちてくる。

「なんだ、アレ?」

 ゆっくりゆっくりと落ちてきたそれは、ボケッと空を見上げている俊之の頭上で落下をやめた。

 物を棚に片付ける時のようにしっくりと俊之の頭上、約二十センチの所で止まっていた。

「ちょっと待て……これは何だ? 手の込んだしかけ? てんぱったり、恐れおののいている所でドーンみたいな!」

 自らの頭上に落ちた光の輪について状況の把握が出来ないので、思いついたままに振り返ってみると女の子がいた。

 学校にたどり着けばわんさかいる制服姿の女の子である。

 付け加えるのであれば、少しだけ俊之の好みの女の子である。

 指差しながらドーンとか言ったことを少し後悔した。

 指差された女の子は俊之が急に振り返ったことで驚いていたが、すぐに顔を赤く染めてうつむくと同時にあるものを差し出してきた。

 やや長方形の白い手紙であった。

「あぅ……っとお、俺?」

「…………」

 返答はなかったが、差し出されている以上間違えようがなかった。

 俊之が手紙を受け取った瞬間には、もう彼女は走り出していた。

 しばらくは呆然と女の子が去っていった方を見ていた俊之であったが、実感がわくにつれ頬は緩み冬が春へと転じようとしていたのだが、

「返してください!!」

 余韻も何もかもが、突如として背後からタックルをかましてきた女の子によってぶち壊された。

 ミシリと背骨が軋むぐらいのタックルを、さらに奇襲で受けてことで俊之は地面に転がされた。

 すぐさま睨んだそこには、見たことのない変わった制服を、真っ白なそれ着た少女がいた。

「痛ェ、なんなんだよ。お前は、アレか? 二段構えか、いったん持ち上げて天国から地獄か。例えそうだとしても、生まれて初めて貰ったコレは返さんぞ!」

「そんな手紙はどうでもいいんです!」

「おい、どうでもいいって言ったか? 生まれてはじめてのスウィーティな手紙をどうでもいいって言ったか?」

 思い切り傷ついた俊之がすごんでみても、タックル少女には通用しなかった。

「はっきりきっぱりと! レンナが言っているのは、あなたの頭の上にある天輪(てんりん)のことです」

「天輪?」

「そうです。それがないと奇跡が起こせないんです。それ以上に天使の証なんです。返してくれないと困ります。だから返してください」

「奇跡、天使? 頭の弱い子か? あれ、でもちょっと待て?」

 天使はともかくとして、奇跡にはひっかかりを感じた。

「あなたは無意識に天輪をつかって奇跡を起こしたに過ぎないんです。さっきだって、レンナが貯めた徳を使っただけなんです」

「もう少し言い方に気をつけてくれませんか? 変だと思ったよ、ちくしょう。実力じゃないってか、他力本願以上の、奇跡ですか」

 レンナと名乗った少女の言っていることはこれっぽっちも理解できなかったが、もしも奇跡が自分で起こせるのなら確かにそうしただろう。

 虚しい、手紙を受け取った余韻などはるか彼方に消え去り、春が夏と秋をとばして冬へ横入りさせてきていた。

 それでも貰った手紙だけは大事にしっかりと胸のポケットにしまう俊之であった。

 そして立ち上がる。

「わかったら返してください。奇跡の力を使いすぎると」

「ウェ、ヘッヘッヘ」

「あの……突然笑われるとたいそう気持ち悪いですよ。女の子に好かれたいのであれば、まずはそう言うところから直すのが吉です。後はそうですねぇ」

「決めた、もう決めた。誰が返すか」

「今、なんて?」

「奇跡が起こせるなら、誰が返すか。最初からタネが割れてりゃ怖いもんなんかねえ。せいぜいこの力で青春を謳歌してやろうじゃねえか!」

 レンナのまってくださいと言う言葉が半分聞こえないぐらいの速さで、俊之は残りの通学路を全力で走り抜けていっていた。

 天使云々よりも奇跡が起こせると言う頭上の輪を使って、やりたいことを好きなだけ。

 そんな俊之の欲望に答えるように、頭上の天輪が輝きを強めていっていた。






 いつもなら朝礼を済まして一時限目が始まっているであろう教室では、国家が築かれようとしていた。

 机と椅子を幾重にも重ね合わせて築かれた玉座、その頂点に座っているのは言うまでもなく天輪の力を使った俊之がいた。

 教室と言う小さな空間のなかで生まれた王の前には、かしずく同級生達に加えて担任の姿まであった。

 天輪の起こす奇跡によって洗脳されているのだ。

 その天輪の輝きに陰りが見え始めていたが、頭上にあるために俊之はそれに気づいていなかった。

「おはよう、諸君」

 ふんぞり返った俊之は、自分の座っている位置と同様に上から言葉を放っていた。

 投げかけた一つの言葉に対して、ピッタリと重なった約四十人の挨拶が返ってくる。

「さて、上竹先生。私の宿題はどうだね?」

「はい。拝見させていただきました。一字一句読み連ねるごとに流れるのは涙。至上のできかと。下々の生徒にも俊之様の一億分の一でも追いすがってもらえたらと思っております」

 俊之への賛美が終わると、まるで示し合わせたかのように同級生達の口から「さすが俊之さまだ」といった言葉が口々にあふれてくる。

 示し合わせる以前に、天輪の力で俊之が言わせているのだが、満足した所で俊之が軽く右手を上げた。

 潮が引くように言葉の波が止まり、俊之はわざとらしく呟いた。

「今日は冷えるな」

 ぷらぷらと見せ付けるように両手をぶらつかせると、すかさず数人の女生徒がたちあがった。

 危ういバランスでくみ上げられた机と椅子の玉座を登りきり、俊之の両手をマッサージしながら暖め始めた。

 だが俊之の手は二つしかなく、あぶれてしまった女性とたちは肩をもんだりととにかく俊之を満足させようと動きだした。

 面白いかなと思い天輪の奇跡で遊んでみたものの、俊之も見た目どおり楽しんでいるわけではなかった。

 奇跡に頼っていると思うと、どうしても楽しさよりも虚しさの方が勝ってしまうのだ。

 溜息一つで虚しさを表現しようとした所で、勢い良く教室のドアが開かれた。

「みつけましたよって、なにをしているんですか?!」

「王様ごっこ」

「発想が思い切り平民ですよ?!」

「やかましい。いいじゃねえか、与えられた奇跡を一時の極楽に変換してもさ!」

 一応反論はしたものの、俊之もこの後におよんで天輪を持ち逃げするつもりはなかった。

「返してやるから騒ぐなよ。ほら、もうマッサージはいいからお前らも降りろ。とりあえず、机と椅子を元にもどしてくれ」

 女生徒を机の玉座から下ろし、かしずいていた同級生達に命令すると誰かが築かれた机と椅子の際下段を突如として引き抜いていた。

 確かに片付けろとは言ったがいきなり下から抜くとも思わず、俊之だけを残した玉座は崩れはじめた。

「マジ、お?!」

「あぶない、はやく降りて!」

 レンナの警告も時すでに遅く、崩れ落ちる机や椅子の中に俊之も落っこちていった。

 けたたましい音が教室に響いたものの、被害者は埋もれてしまった俊之だけですんだようであった。

 同級生達は言われた通りに机を片付けるだけで、俊之を瓦礫の中から救い出したのはレンナ一人であった。

 幸い怪我は頭にできたタンコブ一つのようである。

「し、死ぬかと思った」

「人の話を聞かないで奇跡を起こ……奇跡、あーッ! 天輪が、せっかく貯めた徳が」

「何を言って、アレ? 壊れたか?」

 レンナが指差すのはもちろん俊之の頭上にある天輪のことであるが、寿命のきた蛍光灯のようにチカチカと瞬きを繰り返していた。

「まずいですよ、はやく返してください。そうしないと大変なことが」

「んなこと言ったって、勝手に頭にのってきたのもをどうやって」

「いいから、返してください!」

「痛い、首。ひっぱるな、首が抜ける!!」

 レンナが思い切り天輪をひっぱるものの、吸い付いたように俊之の頭から離れようとはしなかった。

 なのに天輪の点滅はテンポがはやまるばかりで、さらには徐々に輝きが薄れていっていく。

「あ、電気切れた?」

 そう俊之が言い表したのも仕方のないことであるが、事態はもっと深刻であった。

 レンナの表情がそれを物語っており、俊之自身にもすぐに身をもって知らされることとなった。

 完全に天輪から輝きが消えた途端に体全体を襲い始めた倦怠感、ズキズキと風邪の時のように痛みはじめた頭。

 何かに生気を吸い取られ続けているように、体が急速に変調をきたし始めていた。

「ちょ……ゼェ、なんでいきなり息が、頭痛ェ…………」

「徳が切れちゃったんです。はやく再補填しないと、返してもらう前に死んじゃいますよ。返すまでは死んじゃだめですからね!」

 貰ったのは奇跡じゃなくて、死の宣告かよと突っ込める元気も、すぐに俊之の中から消え去っていっていた。






「モグモグ、良いですか? 天使は天輪の中に自分が行った善行、それによって得た徳を貯め込んでおきます。そしてモグ、貯め込んだそれを使って奇跡を、モグモ起こしたり、自分が生きていく糧とします」

 俊之が持ってきていた弁当をパクつきながら話すレンナの目の前では、長い百メートル以上の長い廊下を必死に掃除している俊之がいた。

 両手を使って雑巾を滑らし、中腰以下で廊下を駆け抜ける俊之がいた。

 汗が吹き出るほどに行ったり来たりを繰り返す俊之を目で追いながら、レンナが言った。

「あの、私の話を聞いてます?」

「聞いてなくても実感してるよ。掃除してねえと息が切れるって言うか、しててもきれるてるよ! ああ、もう。人の弁当食いながら解説しやがってむかつくな!」

「しょうがないじゃないですか、天輪がないとお腹がすくんです。もうお弁当たいらげちゃいましたけど、天輪ははやく返してくださいね」

「こんな忌々しい物、できるならはやく返してえよ。徳とやらは全然貯まらねえしよ!」

「おかしいですねぇ?」

 俊之の天輪を眺めながら、レンナもおかしいことには気づいていた。

 このままでは一日で学校中を掃除するんじゃないかと言う勢いで掃除を続けてきたが、一向に天輪に徳が貯まる気配が見えない。

 まったく貯まっていないのではないが、うっすら輝く程度である。

「こんなにお掃除したら、私の場合一ヶ月は生きていけるんですけど」

「掃除し続けなきゃ生きていけないって、一日で死ねる自信があるわ!」

 持っていた雑巾を叩きつけたのは良いが、もうすでに天輪は点滅を繰り返し始めていた。

「でも他に手がない以上、地道に徳を貯めるしかないですよ」

「地道は好かん。もっと一気に貯める方法はないのか?!」

「我慢のできない最近のお子さんらしい、駄目駄目な台詞ですねぇ。まあ、偉い天使様なんかだと悪い人をやっつけたりとか、両手で数え切れないほど多くの人を助けたりとか」

「ほほう」

良いことを聞いたとばかりに俊之は目を輝かせたことに、レンナが過剰に反応していた。

「あ、だからって奇跡で犯罪を誘発させてからだなんてNGですからね!」

「誰がするか、思い切り本末転倒じゃねえか。いいから黙ってみてろ」

 疑わしげなレンナの視線を振り切った俊之は、目を閉じて深く息を吸い込んだ。

 目を閉じたのは単に、何をするつもりなんだと目の前をウロチョロするレンナを視界から追い出すだけの意味でしかなかった。

 本当に俊之が意識を集中させたのは、耳であった。

 一番良く聞こえるのは自分の息遣い、その次に空気の流れる音、あとは時折レンナが唸る声。

 最後に悲鳴。

「悲鳴? 俊之さん、あなたやっぱりやっちゃいましたね?!」

「って、なんでお前にも聞こえてるんだよ。俺はすでに起こってしまった犯罪を奇跡の力でキャッチしようとだな」

 互いの言葉のズレを脳内で微調整させると、お互いを見合ってから呟きあった。

「「と言うことは、この校内で犯罪が?」」

 確認するまでもなく、もう一度悲鳴があがっていた。

 とっさにレンナの手をとって俊之は駆け出していた。

 本来は授業中ということもあって、何人もの生徒が何ごとだと教室内から顔を出す中、二人は悲鳴の発生元へと向かう。

 二人が掃除していた廊下からその場所はさほど遠かったわけでもなく、たどり着いたそこでは二十歳すぎあたりの男がナイフを片手に暴れていた。

 最初の悲鳴の主はすでに逃げ出しているのか、今なら目撃者も誰もいない。

 とは言うものの、俊之は犯罪というものを甘くみすぎていた

 何かブツブツ言いながら相手は辺りをかまわず切り刻んでいるが、髭もそっていなければ、目も何処かうつろで怖すぎる。

「刃物は駄目だろ、刃物は!」

「ささ、俊之さん。ここまできたら止めませんので、しっかり徳を稼いでください!」

「押すな、押すな。目がやばい、昔いじめられてたから復讐しにとか、そういう類だって絶対!」

 コントを繰り広げるぐらいならば、客にも注意を促すべきであった。

「そうだよ、これは復讐なんだよ。正統な理由なんだよ。楽しそうにしやがって、俺だってな。俺だってな!!」

 めちゃくちゃにナイフを振り回しながら向かってくる男を前に全く動けなかった俊之を、思い切りレンナが押したことでつんのめり転んでしまった。

 ナイフを振り回しながら向かってくる男を見上げたことでさらに恐ろしくなり、思い切り身を屈ませたことが幸いであった。

 向かってきたと思っていた俊之が突然しゃがみ込んだことで足を引っ掛けられた形となったのだ。

 犯人は思い切り転倒し、頭を強く打ったような音が当たりに響き渡っていた。

 ナイフは犯人の手を離れて回転しながら滑っていき、止まったところでレンナが回収していた。

「俊之さん、やりました。これで犯人は無力も同然です」

「おい、喜ぶ前に俺に言うことがあるだろう?」

とりあえず自分の上に足を乗せながら気絶する犯人から逃げ出した俊之は、まず最初にレンナ相手に詰め寄っていた。

「あ、そうですよね。犯人から学校中を救ったんですもん。徳はたくさん貯まりましたか?」

「おいィ!! いままであまり疑問に思ってなかったけど、天使って言うならコレまでの一連の行動はおかしかないか? 天使が人の弁当勝手に食うか? 天使が人を盾にして、犯罪者の前に突き出すか?!」

「おかしいですねぇ。あんまり徳が貯まったようには見えませんねぇ」

「聞けよ! って、貯まってない?」

 ナイフの前にまで飛び出させられたのにと、上目遣いになるとレンナの言う通り天輪の輝きはそれ程増えてはいなかった。

 ますます不信感が高まっていくが、その不信感に気づいた様子もなくレンナは一人で結論に至っていた。

「思ったんですけど、俊之さんって掃除したり犯人の前に立ちふさがったり、それって誰のためなんですか?」

「誰って、自分のために決まってるだろうが。自分のため以外になんでそんなことしなきゃなんねえんだよ」

 当たり前のことを言ったつもりが、なぜかレンナにはため息をつかれていた。

「だから徳が貯まらなかったんですね。一見善いことをしようとしてますけど、俊之さんのそれって結局は私利私欲じゃないですか。掃除で綺麗にしたら、歩く人が気持ち良いだろうなとか、犯罪から誰かを守りたいとか。そう言う気持ちがゼロじゃないですか」

「だから当たり前だろう? 何が言いたい」

 一向にレンナの言わんとすることが理解できない俊之が首を捻る中で、第三者の声が割って入っていた。

「お前ら」

 正気を失っているのか、お前らと言った以降に放たれた声は奇声以外の何ものでもなかった。 駆け出したの手には、レンナが取り上げたはずのナイフが納められていた。

 持ってきていたナイフが一本だけではなかったのだ。

 そのナイフを腰の辺りで構えながら駆け出した男が向かうのは俊之であった。

 突然のことで状況が理解できていないのは俊之もレンナも同じであったが、決定的に違うことがあった。

 ただ自分を庇って両腕を無意味に顔の前で交差する俊之と、その俊之を庇おうとレンナが突き飛ばしたことであった。

 流れたのは血であった。

「あ、あれ? 突き飛ばして自分も避けるつもりが……失敗しちゃ」

 崩れ落ちたレンナの腹部には置き忘れたかのようにナイフが突き刺さったままであった。

「刺さって、違う。俺じゃ。違う、俺じゃないよな。アンタも見てたよな。この娘が勝手に」

「うせろ」

「なあ、もう俺二十歳なんだよ。未成年じゃ」

「うせろって言ってるのがわかんねえのか。お前を殺す奇跡を俺が願う前に、消えろ!」

 逃げられるよりも、相手にして時間を失う方が怖かった。

 男の背中を目で追うこともなく俊之はすぐにレンナの隣へと座り込んでいた。

「おい、聞こえるか。答えなくて良いぞ、こういう場合は喋らないのが鉄則だ。ナイフ、抜いた方が良いのか? どうすれば」

 喋るなと言いながら問いかけたりと、ほぼ支離滅裂であった。

 この場合は指されたレンナのほうが冷静であったらしく、持ち上げられた手が俊之の手を握っていた。

「よかった……俊之さんが、殺しちゃうかと、思っ」

「喋るなって言ったろ。はやく誰か来て、そうだ。早く気づけよ、天輪の奇跡で願えばいいじゃねえか」

 頭が回らなさ過ぎるにも程があると、レンナの腹部に手を伸ばそうとしたが、その手はレンナに止められることとなった。

「無理、だよ。だって……怪我を治せるほど力が、貯まって。死んじゃうよ?」

 死ぬと聞かされただけで、意気揚々と振るおうとした奇跡の手が止まってきた。

 振るえば助かるかもしれない。

 だが死ぬのが自分になるかも、もっと悪ければ共倒れになると脳裏に損得勘定が走る。

 助かりたい欲が、レンナに手を止められたからと言い訳して自分の腕を止めていた。

 虫の息のレンナの制止なんて、どうにでも無視できたはずだ。

「いいの、元はと言えば。大事な天輪を、落とした私が」

「わかった。わかったから」

 食いしばった歯が軋み、自分の手を握るレンナの手を紐解いていく。

 損とか得とか、まだ考えていたかもしれないが、それでも俊之は歯を食いしばることを止めなかった。

「決めたから。もう決めちまったからさ」

 その覚悟の言葉の後の行動に一番驚いていたのは、決めたと言ったはずの本人であった。






 気がついたときに一番最初に見えたのは、相変わらずの寒々しい空と、こちらへと見下ろしながら微笑みかけてきているレンナの顔であった。

 どうやら膝枕されているようで、一緒にいると言うことはお互い助かったの最良か、両方駄目だったのかの最悪。

 どちらなんでしょうかと誰にでもなく心の中で問いかけながら体を起こすと、ここが学校の屋上らしいことがわかった。

「もしかして両方助かったって方?」

「もしかしなくても助かっちゃった方です」

 聞くや否や、起こしたはずの体から力を抜いてまたレンナの膝の上へと倒れこんでいた。

 二度と出来ない、自分の命もかえりみないなんて二度と出来ないと冷や汗をかいていると、あるものがレンナの頭上で輝いているのが見えた。

「あ、天輪。もしかして俺じゃなくて、レンナがなんとかしちゃったって方?」

「いいえ、違いますよ。俊之さんが、私を助けてくれたんですよ」

「でも、天輪の力ほとんど残ってなかったよな? お前だって止めろって言ったじゃねえか」

「あ〜ぅ、それについてはごめんなさい。俊之さんのことを侮ってました。まさか天使の永久機関を使えるだなんて思ってもみませんでしたから」

 何だそれはと聞くよりも前に、レンナが説明してくれた。

「善行を行えば、天輪に徳が貯まり奇跡が起こせます。だったら天輪の奇跡で善行を行ったらどうなりますか?」

「そりゃ、良いことすりゃ。また貯まるだろ」

「そうなんです。奇跡の力は善行に使う為なら、決して減ることはないんです。これを天使の永久機関って言います。でもまさか、俊之さんが損得なしで奇跡を起こせるとは思っても見なかったので」

 だから最初に謝ってきたのかと理解できたが、怒る気にはなれなかった。

 あの時レンナを天輪の力で助けると決めた時でもまだ、俊之自身それが損得勘定抜きだったかどうかわからない。

 だが損得勘定を抜きにするなんてそんなものかもしれない。

 本人でさえわからない、ただ行動するだけなのだ。

「それで天輪はよくわかんないんですけど、勝手に帰ってきちゃいました。もう、返してもらっちゃって良いですよね」

「ああ、俺もいらねえよ。損得考えて生きてた方がよっぽど楽だし」

 そう言って俊之が立ち上がると、座り込んでいたレンナもスカートのお尻を払いながら立ちあがった。

「それじゃあ、私もう帰りますね」

「どこに帰るのか知らねえけど、またな。これっきりってのは少し寂しい気がするぞ」

 またという部分に力を込めて言うと、何故かレンナが揺らいだように見えた。

 天輪の力で浮こうとしたその体が止まっていた。

「振り切るために言っちゃいますね。よくよく考えてみたんですけど、一番最初の女の子からの告白。アレだけは奇跡なんかじゃないと思いますよ」

「それってどういう?」

 問いかけるために伸ばした手は空振りをして、レンナはそのまま空を飛んでいってしまった。

 呆然と見送るしかなかった俊之は全力で頭を働かせていた。

 最初の告白、手紙を貰ったアレだろうが、まだ胸のポケットに入っているそれを取り出して封を解いてみる。

 書かれていたのは、手紙をくれた女の子の精一杯の気持ち。

 奇跡なんかじゃないというレンナの言葉をよく考えてみれば、いくら奇跡でも用意してもいないラブレターは出てこない。

 その事実を示すかのように、屋上と校舎を隔てている扉がさび付かせた音を立てて開くのがわかり、今朝方の女の子が顔を出してきた。

「よかった、いてくれた。来てくれないんじゃないかって心配で」

 小走りで自分の下へとかけてくる女の子を認識しながら、とりあえず俊之はもらった手紙を手早く読もうと努力し始めていた。

お久しぶりでございます。

今回は少し見た目を変更してお送りしています。

しかし、ヒロインが傷ついて主人公がようやく動くって。

勇者様、ユーシ(略)でやりましたよね。

結構ワンパターンな私。

今後このパターンは封印して、色々挑戦すべきだと思います。

すべきだと思います(強調)。


何かありましたら、また感想お願いします。

あと、見た目についても前の方が良いとか、こちらがよいとかあったらどうぞ。

以上です。

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[一言] 読ませていただきました。 文章のテンポが良かったんですが、逆に始終同じテンポが続き、ちょっと読んでて疲れたというか、そんな風に感じました。もうちょっと、緩急、というかそんな物があると良かった…
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