Ⅱ 冬廣麻都香(3)
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粉雪の舞い散る外に出た時には、空にぽっかりと薄い黄金色をまとった月が浮かんでいた。雲ひとつ確認できないほど、闇に染まった空は澄んでいた。月の他にも様々な星たちが光を放つが、その光は濁っているように見えた。
「ねえ……英吾。何であんなことをしたの?」
もごもごとしながら、英吾が答える。
「燃やされたから」
「え?」
「せっかく作ってくれた手袋燃やされたから。だから……」
悔しいのか、英吾は拳を強く握っている。
「そうなの……。分かったわ、また作ってあげる」
彼は右手を差し出し、手を繋ごうとする。彼の右手は素手で、牡丹色に染まり、とても寒そうだった。だが、麻都香はあの時の瑛二にしたように、彼の手を握ることはできなかった。
「ありがとう、麻都香さん」
英吾は、今までに見せたことのないような、屈託のない笑みを浮かべた。再婚してから、彼がこんな笑顔を見せたことは初めてだった。
「いい加減、私のことお母さんって呼んでくれないかな?」
ふう、とため息交じりに言い、言葉の最後をぼやかせる。
「……ありがとう、お母さん」
目に涙を溜めながら、彼は下を向いている。
麻都香は心の隙間に、今は聞くことのできない息子の『お母さん』という言葉を詰め込んだ。しかし、その隙間を埋めるには、あまりにも不完全な言葉だった。偽りの言葉では、麻都香の心は満たされなかった。
闇の支配する空には満天の星たち。瑛二と一緒に眺めていたかったこの空を、今、再婚相手の息子と眺めながら歩いている。この場に瑛二がいれば、彼は一体どう感じるだろう。
手袋のようにずっと二人一緒にいられたら、どれだけ素晴らしいことだろうか。だが、もうそれは叶わぬ夢であり、星に願っても、神に祈っても、未来永劫実現することのない夢だ。今ではもう失われてしまった、あの小さな黄色い手袋のように、永遠に二人は離れたまま、二度と一緒になることはない。
もし、天国というものが存在するならば、きっと瑛二はそこで両方の手袋を嬉しそうに着けていることだろう。
麻都香が亡き瑛二のことを考えていると、何かが崩壊したかのように、幼児退行をしてしまったかのように、突然英吾が泣き始めた。
「どうしたの?」
涙を両手で拭いながら、英吾が口を開く。
「――ごめんなさい……」