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Who killed him ?  作者: 要徹
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Ⅱ 冬廣麻都香(2)


    2


 ――ボォン、ボォン、ボォン、ボォン、ボォン……。


 彼が帰宅しないまま、十八時を知らせる音が鳴った。テーブルに置かれた料理は冷え切り、まるであの時の瑛二のようだった。

 冷たくなり、抱きしめれば熱いほどの体温はどこにもなく、触れるだけで恐怖するほどの冷たかった。もう二度と味わいたくはない。


 それから三十分ほどが経過した時、玄関の扉が開いた。やっと帰ってきた、そう思ったが、帰宅したのは敦司だった。すっかり疲れた顔をしている。やはり、敦司に息子のことを一任することは避けた方が良さそうだった。何か一つ刺激を与えれば、すべてが崩れ去ってしまいそうだった。敦司には、何も頼れない。


「今年は、墓参りに行ってないのか」

「今日はそれどころじゃなかったわ」

 背広を受け取りながら、麻都香が答える。

「あいつはまだ帰ってきてないのか?」

 ネクタイを緩めながら麻都香に訊ねる。

「今日は早いって言ってたのに、心配だわ」


「心配なら、探しにでも行くか? あの時みたいに暴力事件に巻き込まれているかもしれん」

 敦司のその無神経な言葉に、麻都香は思わず戦慄した。考えたくないことだった。また尊い命が危険に晒されるのかと思うと、震えが止まらなかった。

「じゃあ、私が見てこようかしら」

「やめとけ、やめとけ。冗談だよ。あんなことは滅多に起らないもんだ。心配するだけ無駄だよ。黙って、座って待っていよう。そうだ、コーヒーでも飲めば落ち着くかも知れないぞ」

「そうかしら……」


 ()に落ちない、というような表情を浮かべ、麻都香はため息をついた。


 敦司が、こんなにも薄情な人間だとは思っていなかった。血の繋がった我が息子が危険に晒されているかも知れないというのに、なぜこんな呑気なことが言えるのだろうか。麻都香は、心の底から敦司が嫌になった。


「やっぱり駄目! 私、探してくるわ」


 決意を固め、椅子から立ち上がった時、電子音が鳴った。


「はい、冬廣……申し訳ありません、東岸です」

 今日はいつにも増して過去を思い出していたせいか、どうにも旧姓と間違えてしまう。


『A警察署の者です。夜分遅くに申し訳ありません。おたくの息子さんが傷害事件に巻き込まれましてね。一度、署まで来ていただけませんか? そこで詳しい事情をお話しましょう。受付で甘利と言えば通してくれますので』


 言うだけ言って、甘利という刑事は電話を切ってしまった。たとえ切られなかったとしても、麻都香にはまともに答えられるだけの力はなかった。

 体から血の気が引いていき、麻都香はその場に倒れ込んだ。


「おい、麻都香! 一体どうしたんだ」

 敦司が麻都香の元へ駆けつけ、体を支える。

「傷害事件に巻き込まれたって……」

「あいつがか!」

 麻都香は小さくうなずく。

 さすがの敦司も、驚きを隠せないようだった。

「俺が行こうか?」

「ううん、私が行ってくるわ」

 そう言うと、麻都香は白いコートを羽織って家を出ていった。母は強し、というべきか、麻都香の足取りはしっかりとしていて、まるでさっきの衝撃など感じていないようだった。きっと、衝撃よりも子を想う力の方が強いのだ。それがたとえ、血の繋がっていない子供であっても。


 夜の外気は異常に冷たく、ちらほらと雪まで降り始めている。路面が凍結しているので、滑らないように歩かなければならなかった。このような状況で、ますますあの時を思い出した。

 瑛二が暴力事件に巻き込まれて、彼女が東岸敦司の家へ捜索を依頼しに行った時と、まったく同じ気持ちだった。違うことと言えば、家の所在くらいのものだ。

 幸い、A警察署は近所にあり、そこへ辿りつくまでの間に怪我をするというような無様なことはなかった。受付で甘利の名を告げると、取調室という何とも大そうな部屋へと案内された。


 その部屋では、不貞腐(ふてく)れた顔をして、そっぽ向いた我が息子がいた。彼の目の前には、火の消された煙草が二本入れられた、銀色の灰皿が置かれていた。


 ――煙草を吸ったのかしら。


 取調室の空気は重く、想像していた以上に息苦しかった。


「東岸さんですね? どうぞ、こちらへ座ってください。私が先程お電話をした甘利です」


 甘利という男は煙草を咥えながら軽く会釈をして、麻都香の隣に腰かけた。とても威圧的で、優しい口調の中にも悪を許さない正義が隠されていそうだ、と麻都香は思った。


「さて……息子さんに言いたいことは山ほどあるでしょうが、まずは私が経緯を説明しましょう」


 息を大きく吸い、甘利は説明を始めた。


「東岸英吾くんは、I高等学校の近くにある公園にいたところ、同校の三年生二人に暴行を受けました。そして――これは正当防衛ですが、彼は二人の後頭部を石で打ちつけました。今、彼らは病院で治療を受けています」


「あの……その子たちは、その……助かるんですか?」


「ええ、命に別条はないようです」


 それを聞き、麻都香は胸を撫で下ろした。これで、殺人犯にでもなってしまったら、彼の人生の幕は早くも降ろされてしまっただろう。最悪の展開を避けられたことは、かなり大きかった。


「良かった……」

「それでですね。とりあえずは、釈放ということになっています。また後日来てもらうことになるかもしれませんので、その時はよろしくお願いします」

 甘利は煙草を深々と吸い、火を揉み消した。


「申し訳ありませんでした……」


 深々と頭を下げ、麻都香たちは警察署を後にした。


 英吾は、終始無言であった。


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