Ⅲ 東岸英吾(9)
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麻都香と英吾は、目的地である公園へとやってきた。
この公園は、最近できたばかりで、遊具や、中央に設けられている噴水など、何から何まで美しく、汚れの一つもなかった。休日などは家族連れで賑わい、一度ここへ来れば、荒んだ心も癒されるというものだ。
しかし、今は人気がなく、どこか物寂しい雰囲気に包まれていた。
今年の春には一斉に咲き誇るであろう桜も、今はただの枯れ木にしか見えず、何とも言い難い裏を垣間見ることができた。まるで、咲き誇った後、一斉に散る桜は、現在の東岸家のようであった。
「僕はどうすればいいんだよ……」
冷たく、凍えた両手で熱い頭を抱える。涙は止められたものの、またいつ泣いてしまうか分からないほど不安定な状況に、英吾は陥っていた。
思えば、自分が冬廣瑛二に嫉妬をしたところから、すべてが始まったのだ。もう、あれから五年もの月日が流れてしまっている。今さら、麻都香に罪が許される道理もなかった。もう、英吾にはどうして良いか分からなかった。
頭が痛んだ。
胸が押し潰されてしまいそうだった。
今すぐにでも、舌を噛み切ってしまいたかった。
けれども、できなかった。
死というものの恐ろしさを、瑛二から教わってしまったから。
きっと、瑛二も怖かっただろう。
冷たかっただろう。
苦しかっただろう。
なのに僕は――。
歯を食いしばり、英吾は己の顔を引っ掻いた。爪が顔の肉に食い込み、鋭い痛みがはしった。だが、そんなものは瑛二の味わった苦しみの、麻都香が味わっている悲しみの一部にも相当しないことは英吾も分かっていた。しかし、自傷行為はやめられなかった。
もう一度顔に手をやろうとすると、麻都香の温かい手によって制止された。缶を落とす、乾いた音と共に。
「まったく、少しでも目を離すとこうだね?」
英吾は、麻都香の手の暖かさに、また涙が込み上げてきた。それをぐっと耐え、顔を強張らせた。
麻都香は、石のタイルに落とした二つの缶を拾い、その一つを英吾に手渡した。ほんのりと暖かく、幾分か英吾の心を楽にした。
プルタブを引いて蓋を開け、口をつけ、少しだけ中の液体を飲んだ。
「熱っ」
缶よりも、中身が熱いことに頭が回っていなかった。
「英吾君、あの時と変わってないね」
麻都香はにっこりほほ笑み、英吾の頭を撫でた。
「確か、あの時が瑛二の死んだ日なんだよね。英吾君、ちっともそんな汚い部分を見せないから、私本当に気づかなかった」麻都香は、缶コーヒーに口をつける。「本当に……私、気づかなくって……」
「麻都香さんのせいじゃない!」
英吾は麻都香の両肩を掴み、じっと眼を見つめた。
麻都香は、零れ落ちる涙を拭いながら言った。
「私ね、こうやって瑛二と一緒に語らいをすることが夢だったの。でも、私は働くことで精いっぱいで、ちっとも瑛二と遊んであげられなかった」
「僕のせいだ」
麻都香は英吾の言葉を無視して続ける。
「でも、瑛二が死んで、次は英吾君が子供になった。英吾君は、私の生きる目標を奪っておいて、私に生きる目標を与えたわ。私、精いっぱい目標を達成しようと思った。こうやって、公園に来て、家族で遊んで、瑛二とできなかったことを……常に子供と心を通わせていたかった。でも、敦司さんの、あの家族を想う心じゃ、それは実現しないんだなって思ったの。もちろん、その否は私にもあるわ」
「僕が……」
「罪を抱えているのは、あなただけじゃない。私にも、瑛二を守れなかった、そして英吾君をこんな風にしてしまった罪がある」
明らかな強い意志を持った目で、麻都香はしっかりと英吾のことを見据えた。
「英吾君。あなたは、どうしたい?」
「僕は――」
身を切り裂く風が吹く。
「私には、親としてあなたを救う義務があるわ。だから……」
麻都香は、隣に座り込んでいる英吾に顔を近づけ、小さく呟いた。
「だから、私と一緒に――」