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今日という日  作者: 誓約者
京のおはなし
9/30

理心がメインになったはなし(嫌)

 大量の血液が宙を滑っていた。見えない糸を伝い、辺りはいくつかの血溜まりを作り出していた。

 締め付けられ、服を、皮膚を引き裂き、そこから血が染み出し噴出している。

 理心の全身は細い傷から流れた血にまみれている。

「京!」

 のどが張り裂けんばかりの怒号をする。

 糸の隙間から伸ばす手は血にまみれ、ただ一心に、死のうとする京の元に向かってた。

 反発する糸が邪魔だ。それに身の動きが止められる自分が歯がゆい。

 糸が触れていない唇からも血が流れ出し始める。

 あと少し…。たった少し……。

 親友を自分が殺したくはない…!

「!?」

 突如、張り詰めていた糸の張力が失われた。

 引き止めていた抵抗がなくなり、理心は前のめりに倒れこむ。

 視界が薄暗い景色から、真っ暗な景色に暗転した。砂利の触感が傷ついた顔面に触れる。

「…まだだ……」

 地面を這いながら、顔を上げ前に進もうとする。

 視界はぼんやりと歪んでいる。霞むなかで、理心の進行を止めるように、人の足が立ちふさがった。

「…邪魔を……!」

 言葉は上を見上げた途中に失われ、理心の思考は完全に停止した。

「………」

「……京…」

 そこには、ぼろ雑巾になった理心を紅髪の京が無感動に見下していた。

 その手には、Existenceイグズィステンスと刻まれた大剣が握られていた。

 これは夢ではないかと思う。程なくして理心の顔に切断された糸きれが落ちてきた。

 即座に理由を理解する。京の剣が理心に食い込んでいた糸のすべてを切り裂いたのだ。

「あ~あ…その仕掛けかなり苦労したのになぁ」

 残念そうに背後の少女が呟いた。

「………」

 紅髪の京が応答するように振り向く。

 無感動で考えを察せられない瞳が少女に向けられる。

「まぁいっか。やっと君が出てきたんだしね」

 そう言って手を後ろに回す。そして、何もないところから鞘に収められた刀をその右手に生み出す。

「制約者の王。シル・キョウ。やっと会えたよ…」

「………」

 彼女の言葉に否定する素振りはない。

 ここで理心は彼が京の容姿をした別人だと気付かされた。

 微々たる物だが、彼から感じられる気配が京とは若干変わっていた。より威圧的で、より孤独感を風味していた。

「君と手合わせするためにここまでやったんだから……相手はしてもらうよ?」

 うれしそうに言葉を続けた。

 にじりにじりと彼の威圧を気にせずに、一歩ずつ歩み寄る。

 なおも京の容姿をした彼は無感動に見つめている。

「……行くよ」

「………」

 声が聞こえたと同時に、少女の鞘が彼の剣と激しい衝突音を立てた。

 一瞬では詰められない間合いを越え、真横に振り払われた。閃光のごとき速さに理心の目でも捉え切れなかった。

 強烈な一撃。

 彼はそれを片手で持った大剣で受け止めていた。

 特に体勢を変えたわけでなく、ただ剣を突き出し防いでいる。

「いいねぇ…!さすがだよ……!」

 この状況を楽しみ少女は笑みを浮かべる。

「……」

 彼が無造作に少女を振り払う。

 はじかれた少女が四つんばいの格好で地に着き、受けた衝撃を摩擦で相殺する。

「まだ…」

「風憑依……」

 余裕の笑みを浮かべる少女の話を無視し、低い低音が小さく聞こえる。

 振り上げた大剣の周りが蜃気楼しんきろうのごとく歪んでいく。

 紅髪が些細に震え、呼応して、彼の魔力が拍動する。

 瞳は、少女を見つめている。

「虚空断回裂」

 振り下ろされた剣撃は洞窟内に竜巻を発生させた。

「っ!」

 反射的に理心は目を閉じる。小石や砂が無数に飛び交い、そのいくつかが理心の体にぶつかった。

「……」

 数秒後、風はやみ、松明の侘しさがのこる洞窟が帰ってきた。

 少女の姿はない。身を切り裂かんばかりの暴風だ。無事であると考えるほうが難しいだろう。

「………」

 理心の体はすでに限界に達していた。

 大量出血のせいか、意識が朦朧とし景色が暗くなっていく。全身に力が入らない。

 ふと、体が持ち上げられた。

 それが誰か、確かめる前に視界は真っ暗になり、理心の意識は束の間を空けずに失われた。


  *


 今夜は秋雨が天を覆っているようだった。

 夕暮れ時から、ぽつぽつと前兆はあったのだが、今となっては無数の雨粒が顔面を穿っている。

 この汚い顔面を雨粒が穿っている。

 どうせならこの雨粒全てが銃弾であってほしい。自分を貫き、汚らわしい存在を消してほしい。

「影は……」

 次の言葉が言えない。

 自分の口からは言うことが出来ない。

 大銀杏を正面に、京は、見えるわけもない月をただただ仰ぐばかりだった。

「僕は……」

「京」

 後ろから聞きなれた声が掛けられる。

 振り向けば、雨に濡れた理心の姿があった。

「…なにしてんだよ~?風邪引くぞ?」

 いつものように明るく笑って京に歩み寄る。

「寄るな!」

「……」

 ぴたりと理心の足が止まる。

「お前も聞いただろ……。僕は影なんだ…」

 京が言う。

「…で?」

「ほっといてくれ!僕に構うな!」

「………」

 雨のしずくが頬を流れていく。

「お前だって…心の中じゃ……嫌ってんだろ…。もう無理しなくていいんだよ…」

 なぜか笑ってしまったことにこのときばかりは気にならなかった。

「…さん、にぃ、いーち…」

 一歩ずつ声に合わせて京に歩み寄る。

「ぜろっ!」

「!?」

 顔を上げたときには、強烈な拳がえぐりこんだ。

「った~!何を……!」

「それはこっちが聞きてえ話だけどなぁ…」

 殴った右手をさする理心。声色がさっきと違う。

「どっからそんな言葉が出るんだよ。馬鹿じゃん、てめえ」

 殴られた右頬がひりひりと赤くなり、痛んでくる。

「おい…しらねぇなら教えてやるよ」

 濡れた芝を踏む音を立て、京の胸倉を掴む。覆いかぶさるように上にのり、地面に京の体を叩きつける。

「てめえの命はな!もうてめえ一人のもんじゃねえんだよ!」

 理心が怒る。

「俺や朱、来葉、生徒、先生、学校、全部が、くそみたいなてめえと繋がってんだよ!勝手に悲劇のヒーロー気取ってんじゃねぇよ!」

「…っ」

 苦虫を噛み潰したような顔で視線を反らす。

「そんなこと言っても……」

「てめえに生きる理由がなくても…俺らにはてめえに生きて貰いたい理由があんだよ!」

「!」

 ―また雨が頬に零れ落ちた。


「てめえは…生徒長。浮刃京!ただの人間だろうが!!!!!!」


 理心が泣いていた。

 ぐちゃぐちゃにしわくちゃになって泣いていた。

 自分はどれだけひどいことを言っていたか教えられた。こんなにも信じてくれていたのに、自分は裏切ろうとしていた。

 裏切られた気持ちは良く知っているのに、加害者になるところだった。

「……悪かった」

 自然と口からすまなそうにこの言葉が出た。謝罪の意味と感謝の意味を含む一言だった。

 聞いた理心は何も言わず、ただ笑って京の上から身をどけた。

 ふと降り続く雨の感覚が戻ってきて、肌寒くみが震える。理心は小さくくしゃみをした。それをみて京が笑う。つられて理心にもいつもの笑顔が戻ってくる。

 これが、京の居場所で、いつもの日常だった。

「ふん………」

 遠目で全てを眺めていた来葉が、興ざめそうに鼻を鳴らす。

 そして、二人に何も言わず、ただ気付かれないように秋雨の中、夜闇の中に消えていった。


 *


「…来たか」

 生徒長室で待ち構えていたのはコーヒーを嗜む来葉だった。

 鋭い眼光にいつもより若干たじろぐ。理由は洞窟の件だ。

 あの中で起こった出来事は全て来葉の耳に入っている。京が影であることも知っているはず。来葉は影を殺すために下界に来た。

 京も対象外ではないはずだ。

 あれから来葉には会っていない。会って殺されるかもしれない。けど、会わなければ何も始まらない気がしていた。

 少なくはない不安を持ち、ドアノブをまわしていた。単なる習慣行為のはずだが、回すのがためらわれた。どこかで来葉がいないことを願っていたが現実は、すっと睨まれている。

 コーヒーカップを一旦受け皿に置き、ため息をついて腕組みをした。

「…殺さないから、とりあえずそこに座れ」

「……」

 怯えながら、恐る恐る向かい合うソファーに着席する。理心はその後ろに立ち、食器棚に寄りかかった。

「……俺の考察を話そう」

 来葉はこう切り出した。

「まず、京が影であったこと。これは事実であろう」

「……」

 やはり気付いていた。一瞬、顔がこわばり、びくっと指が動いた。

「京の取り乱し方。音声でしか判らなかったが、記憶にあったととれる。違うか?」

「…覚えている」

 厳粛な問いに小さく京は頷いた。

「けどおかしくね?」

 異を発したのは理心だった。

 来葉の視点が彼に動き、とまる。

「影ならさなんで影が襲ったんだ?同類を殺すなんておかしいだろ?」

 出てきたのは払拭したはずの疑問だった。

 もし京が影なら影が襲うわけない。そう言ったのは他でもない来葉自身だ。

 あからさまな矛盾。来葉は視線を床に落とし、一つの答えを出した。

「それには、キョウが関係していると思う」

 来葉は予想外の名を挙げた。あまりにも唐突で知っていた名に京は目を丸くした。

「…紅髪モードのこれだな」

 ぽんっと頭の上に手を置いた理心が確認し、来葉が無言で頷く。

 いつの間にかキョウのことが二人に知れている。

 確か、彼の存在は京の頭の中にあり、外見からはまったく気付かれない。キョウのことを口にした覚えもない。

 なぜ知っているのだろうか。京は無意識のうちに口元に手を当て、眉が徐々に寄っていく。

「……続けていいか?」

「あ、ごめん……」

 申し訳なさそうに来葉が京の思考を遮った。

「初めて影に会ったとき、記憶が飛ばなかったか?ついでに大剣に初めて触れなかったか?」

 来葉は京に言っていた。

「……」

 微かな呻き声をあげ、少し前の記憶を掘り返す。

 影と出会い、対峙し、脇腹を刺され、そして記憶がない。

 記憶がないことを覚えているとは変だが、直後に拳銃を突きつけられている記憶のため、そう考えるが妥当だ。

「そう……なるな…」

 記憶を巡らせた結果、京は弱弱しく断言する。

「だからそれが何なんだ?」

 勿体つける言い方に理心が飽きたような声を出す。

 来葉はふと視線を落とし、そして口を開いた。


「予測が正しければキョウが京の中にある影の居所を奪っている可能性があるだけだ」


「…!」

 来葉の予測は絶句するものだった。

戦慄に酷似した空気が刹那に生徒長室にひろがった。

読んでいただきありがとうございます


刀―彼女の本来の武器。日本刀をイメージに。


松明―火が消えることはない。


風憑依・虚空断回裂―キョウが繰り出した業。暴力に近い強風を引き起こす


制約者の王―そのまんま。


紅髪の京―キョウ状態。


シル・キョウ―彼の本名。紅髪。強力な魔力。制約者。その他不明。


浮刃京―結構、キャラが定まってない。


来葉真一クルーエル・ハーツ―今回も説明役。


香理心―やっぱ…嫌いだ……


少女―戦闘力が高い

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