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今日という日  作者: 誓約者
京のおはなし
7/30

自分を知りたいと思っちゃいけない?教えろよ。なぁ、教えろよ

 生徒長室から見える大銀杏おおいちょう

 この学校には桜がない。代わりにこの大銀杏が学校に進呈された。

 秋になれば色鮮やかに黄色い葉をつけ、生徒たちに今年の終わりが近づいていると知らせている。

 今まさに季節は秋。例年に劣らない黄色い銀杏の葉が頭上に広がっている。

 見上げれば視界は黄一色に染まり、木の葉の匂いが体全体を包み込む。


 理心は暫く傍観していた。


 黒い土を覆うように無数のプリントが敷き詰められ、アニメや映画で見るような大掛かりな魔法陣が大銀杏を囲むように描かれていた。

 見たことがない蛇がのたくったような奇天烈な文字があちこちにある。

 来葉はルーン文字と答えたが、ルーン文字がわからない。多分文字の一種であるだろう。

 知識―雑学と分類される部類に対して、理心は滅法弱い。

 それを自分は知っている。無知ほど怖いものはない。

 この量のプリントを一晩で準備し、陣を描いた。かなりの労だったことが昨日までにはなかった来葉の目の下のくまから想像ついた。

 その労を壊さぬ為、とりあえず理心は大銀杏から離れて遠巻きに来葉の作業を眺めていた。

 来葉がゆっくりとした足取りでプリントに描かれた陣を見回っている。

 時々しゃがんで右手に握った青いペンで、何か書いている。

 京は陣の真逆側で同じことをしている。

 暫くこの光景が続けられる。見ているほうとすれば、飽きる。

「…ふわーぁ……」

 大きく開いた欠伸を右手で隠す。真面目にやってる身からすれば決して愉快なものではない。

 今眺めて思ったのだが、この光景は宗教に見える。

 信者が集う儀式場を作り、これから行われる不気味な祭典の違和感が広がり、狂気と呼べる代物が感じられた。

 その中心には大銀杏。普段は気にも留めないが、下に囲まれた陣のせいか神社のご神木に似た神聖な空気を発していた。

 厳かで、凛として、それでもどこか周りと完全に調和していない感覚がある。

「……」

 下を向いて歩いていた来葉が足を止め、顔を上げた。辺りを見回し、作業をする京を見つけ、声を掛ける。

 呼ばれた京は小走りで来葉の元に向かう。

 遠くて声は聞こえないが、どうやら作業が終わったらしい。

「……行きますか」

 完全な独り言をこぼし、大銀杏のもとへと歩み寄っていく。

 硬直していた両足はいつもより重く、向かう途中に来葉たちがこちらを見た。


 *


「さてと……」

 珍しく人間らしい言葉が来葉から聞こえる。

「始めるが…いいな?」

 それが勘違いかのごとくいつも通り威圧するように指示を出す。

「いいも悪いも…ねぇ…」

 隣に居た理心が自分のことのように呟く。

 無言で来葉が理心を睨む。不愉快な様子を見て、悪びれるように会釈をする。

「……樹の幹に手を付けて、目を塞げ」

 陣の一角に来葉の足が向いた。

 訳がわからないが、言われたように右手を樹につける。

 芯まで冷えた樹の冷たさが表皮を通して手に伝染する。

「これでいいのか?」

「ああ。それで目を塞げ。下手したら失明するからな」

「……」

 発言に不協和音が聞こえた気がする。案件から危険性があると覚悟していたのだが、想像をたやすく上回っていた。

 目を塞いでいれば害はなさそうだ。

 京はゆっくりと瞼を閉じ、裏側にあった漆黒の世界が姿を現す。

 世界が密度のない闇に包まれた。唯一、前から吹く風を冴え渡った感覚が掴み取っている。

「………」

 必然に静寂をつれてきた。聴覚が一切の音を感じ取らなくなった。

 深い闇。

 目を開けば一瞬にして崩落するだろうが、さっきの言葉がずっと残っていた。

「もういい。目を開けろ」

 静寂に来葉の言葉が響き渡った。

 失明すると言いながら、光が瞬いた感覚はしない。視界も黒いままで一瞬たりとも赤くはなっていない。

 多少の不安を渦巻かせ、ゆっくりと視界を開いていく。

「……」

 気のせいか、先ほどより明度を失っている。昼に近づいているのに薄暗い。

 目を瞑ったせいだと思ったが、完全に目が覚めると気のせいではなかった。


 京は洞窟の中に居た。


「………」

 状況が不明だった。

 何もないところに右手を伸ばしている形になり、気付き直ぐに引っ込める。

 触れていたはずの大銀杏がない。辺りを見回しても来葉と理心の姿はない。

 あるのはごつごつした岩で作られた洞窟のような一本道だった。京の背中側が極端らしく行き止まりになっている。

 反対に、京が今向いている方向には果て無き一本道があり、奥では暗闇が口をあけて待っていた。

「…えっと……これは…」

 思想気に呟く。

『聞こえるか、京?』

「うわっ!?」

 突如、聞こえてきた来葉の声に、京は身をびくっとさせ驚く。

『…無事に狭間に着いたようだな』

 いつも通り無感情な声色の来葉に京は少しだけ安堵する。

 早くなった鼓動が恥ずかしい。

『音声でしかやり取りが出来ないが、ここから指示を出す』

「あ…ああ」

 落ち着いてみると来葉の声は頭の内側から響くように聞こえていた。

『とりあえずその一本道を行き止まりまで歩け』

「歩けって…」

 広がる暗闇を目にしながら尻つぼみに反論する。

 道の両脇には松明たいまつが掛けられているだけで、それ以外の光源は見当たらない。その弱い光は僅かに京と壁を照らすだけにとどまり十分とはいえない状況だった。ずらりと奥まで続いているようだが不安は残る。

『丁度一キロのはずだ』

「いや…」

 そういう問題ではない。心理的な問題なのだ。

 暗闇の中を歩くと言う行為に京は不安を覚えてしまうのだ。

 とは言えいまさら戻れるわけでもない。

『……なんだ?』

 途切れた声に来葉の疑念の言葉が掛けられる。

 一度、京は大きく息を吸い込む。

「…いや…なんでもない」

 そう言って京は重い足を動かす。

 砂利のまばらな感触が足の裏を伝う。松明のか細い明かりを頼りに京は歩いていった。


 *


「すげー。京が消えた~」

 ―理心は驚きと感動を混ぜ込んだ言葉を発した。

 大銀杏が光を放ったと思えば、一瞬にして京の姿がなくなっていた。

 まさに魔法の出来事だ。

「丁度一キロのはずだ」

 向こう側に来葉が呼びかける。

 理屈はわからない―理解できないがあの場所から呼べば、京と話が出来るらしい。

 声に反芻するように、ときおり陣が黄色く光る。

「……なんだ?」

 不機嫌そうな声になった。

 傍から見ると地面に話しかけていて、本当に繋がっているとは思えない。

「……」

 ふと、四つんばいの来葉が自分の方を見た。

「出番かい?」

 そう簡単に問い来葉の隣に座る。

「京の話相手になれ」

「ほいほい…」

 なるほどね―。貫通させるにはそこそこの時間がかかるみたいだ。

 理心は心で呟き、来葉と同じように四つんばいになった。

「もっしもし?京聞こえてる~?」

『…聞こえてない』

 決して愉快ではない返事が返ってきた。

「やだな~。俺が時間つぶしになろうとしてんだよ?ありがたく思え」

『自分をよく観察しなさい。そして散れ』

「さめてるねぇ~」

 京は元気そうだ。とりあえず確認できてよかった。

『大体、お前と何話すんだよ?』

「あらやだ。私なんかよりクルハくんのほうが良いって言いわけ!?」

 辛辣な視線が左の頬を突いたのは言うまでもない。

『ば、ばか。そんなんじゃねぇよ…』

「あ、乗ってくれた」

『お前も乗れよ!なんか恥ずかしいだろ!』

 京の恥ずかしそうな叫びが聞こえる。頬が高揚する京の姿が目に浮かぶ。

「何で俺が乗らな…」

 馬鹿馬鹿しいと表現するように、やれやれと両手を挙げる。

 その時だった。


『誰だ……お前…!』


 緊張感のある声色が聞こえてきた。

「……」

 ふざけてた理心が冗談でないと感知し、その態度にかわったことを来葉が気付いた。

 場の空気が一瞬にして緊張感を纏った。

 言葉を交わさずに理心が場を来葉に譲る。

「何があった?描写しろ」

 どこか焦燥の匂いがある。

 きっと今、来葉の頭の中では数多くの情報が駆け巡っている。

 理心は何も出来ない。頼るしかないとわかっていても、歯がゆい気分が晴れない。

 陣に囲まれた大銀杏がやけに大きく感じられた。


 *


 少女がこちらを向いて立っていた。


 京の足は自然と止まり、少女と対峙する。

「誰だ……お前…!」

 異常に警戒しながら、京は問いかける。

 年は同じぐらいで、背は京より少し小さいぐらいで、地に着きそうなくらい髪の毛が伸びている。フードで顔は隠され、表情がまったく判らない。

 異質な雰囲気を外見のみならず、内面から醸し出している。

「…私は真空まそら。ここで君を待ってた」

 機械で声が変声されている。

「俺を……?」

 理由としてはあまりにも不自然だ。来葉がいうには新規のルートを開拓しているはずだ。

 それは誰かと出会わないことを示唆しているはずだ。

 彼女は待っていたと答えた。


 考えられる可能性は情報の漏洩ろうえい


 それがたしかなら、彼女は上界の刺客。

「君は…」

「……………」

 複雑に思考をめぐらす京に彼女は話しかけた。


「本当に記憶がないの?」


 続けられた言葉は確かにこの発音だった。

「どういうことだ?」

 唸るような声で京は問い返す。

 少女は微かに鼻で笑い、返答をした。

「君は六年前以前の記憶がない。正確には思い出せない…」

 少女は言う。

「もっと正確には思い出したくない過去なんだよ」

「何を…!」

「知りたい?その過去を。君自身を」

 見透かす口調に、京はうろたえる。

 じりっ、と砂利がにごった音で擦れる。

「……私はそれを教えるためにここにいる」

 少女が真上に細い右手を伸ばす。

「……っ!」

 即座に京は身構える。空気中から大剣を生み出し、両手で剣先を少女に向ける。

 やはり敵らしい。友好的な関係には慣れそうもない。

 何かを始める前に斬らなければ。

 人間を斬らなければ。


 あの日と同じように殺さなければ。


「…」

 あの日?いつだそれは…。俺は一回、人を殺している?

 そんなはずない。あるわけがない。


 しかし、この記憶は何だ?


 薄暗い部屋の壁に塗られた赤黒い痕跡。心底から湧き出る憎しみの思い。

 両手にまみれた血の匂い。

「……な、なにが…」

『理心!連れ戻して来い!』

 慌しい来葉の声が聞こえた気がした。

 明かりが光を失っていく。視界がどんどん狭まっていく。

「さぁ…本当の自分を見よう」

 視点の中央に位置する少女の一声。掲げられた右手の指が高らかに鳴らされた。

読んでいただきありがとうございます


大掛かりな魔方陣―直径二十メートル。敷き詰められたルーン文字がいっぱい


ルーン文字―呪術にも使われた文字。上界の古代魔法として利用された


洞窟の中―深層心理において形成されるため多種多様。ちなみに来葉は氷の回廊


頭に響く―テレパシー


フード―顔を見せないため。なぜって聞くな


あの日―次回、明らかに


浮刃京―記憶喪失という属性は次で失われる


来葉真一クルーエル・ハーツ―現在、ものすごく眠い


香理心―明るい性格。自己中


真空まそら―数少ない女性キャラクター。長い髪が特徴。本名ではなくコードネーム。

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