型に嵌(は)まった生き方ってのも悪かないよ
「…あっつ!」
火柱の中から理心が全力で駆け出した。
どこに向かってるか自分でもわからない。本能はとにかく一刻も早く熱源から離れることを望んでいた。
全身全霊、全力で駆け出していく。
視界の隅で赤い何かが点いているのが見える。
「―!」
脳が判断する前に、自ら瓦の上に衝突し鎮火する。
体中にごつごつした質感が接触するが、何とか全身火達磨にはならなくて良かった。
打撲ににた鈍痛が響く。石油が燃えたようなねっとりとした匂いが理心の鼻を突く。
「…げほっ!げほ!」
煙を吸い込み大きく咳き込む。
冷たい夜の空気を飲み込み、徐々に脳内が冴えていく。
よく考えれば奇跡なのかも知れない。
あの熱源の中で無事に生還できた。理心は心のどこかで誇らしいことと思う。
「……目標再度確認…」
「…!」
容赦ない言葉によって現実世界に引き戻される。
奇跡は不幸中の幸いであり、未だ理心は不幸中に居る。
あんなまぐれが何度も通用するとは思えない。死ぬ危険があることを身をもって知っている。
「最充填開始…完了…」
先ほどと大差ない矢が射出台に顕現される。
止めようにもかなりの距離がある。彼女の射出と理心の突進。速さは断然負ける。
ここで俺は死ぬ。
いつしかそんな言葉が脳内を埋め尽くしていた。
「…要するに、少しの時間があればいいんだろ?」
足元の道路から見透かした言葉が投げつけられる。視線をやると、無愛想に腕組みをする来葉の姿があった。
あまりに集中しすぎて存在を忘れていた。
「言わなくても顔に出てる」
来葉はそう言ってそこら辺に転がっている瓦の破片を手にした。
その破片を人差し指と中指の間に挟み、手で銃の形を作る。
「何を…」
「まったく忘れていた。確かに俺は氷を専攻していた…そして極めた…」
理心の言葉など既に届いていない様子だった。
指先が―銃口が少女に向けられる。銃弾のごとく瓦の破片が挟まれている。
「でも射出は電磁を使ってた」
淡々と厳しく、低い声で説明が続けられる。そして言葉が告げられるたび、来葉の周りの空気は変容していた。
そこに大穴があるごとく、空気の流れが来葉の元に集まり、動向が見えるほど収束する。
木の葉がふわりとコンクリートの上を転がる。
「……雷は撃てる」
一言が空気を解し、密度を濃縮する。
直後に来葉の足元に幾多の光線が引かれる。とある光は円を描き、とある光は文字を描いている。
その全てが揃い、来葉を中心として陣を描いた。
「音速を越える速度で彼のものを貫かん…」
「属性判断…。雷と断定」
冷静に少女は分析結果を述べる。
無感動な目で来葉は少女を見返す。
青白い光がはっきりと雷撃として顕現する。
髪の毛からパチパチと言う音を聞きながら、来葉はその魔法名を呟いた。
「…電磁型銃弾…」
瞬く間に青白い光が肉眼に捉えられない速度で射出される。
「っ!」
鼓膜を破られるほど高音の耳鳴りが来葉に直撃する。
反動はすさまじく、来葉の背中はコンクリートの地面に強打した。
射出の影響からか、街路灯がパチパチと点滅する。予測より絶大な力を得ることが出来た。
だが、少女に動揺は見られない。きっと動揺はしていない。
―彼女には封絶の呪文がある。
「…封絶・雷色」
声によって、彼女の目前で雷撃は姿を分解された。
当然且つ、絶対の結果だった。無効化され来葉の攻撃など届かない。
そのはずだった―。
チッ!
何か硬い物体が高速で緋燕の石弓を貫いた。
「!?」
初めて驚いたような表情を見せた。
その時間は僅か一瞬で、直ぐに彼女の全身は巨大な火柱の中に取り込まれた。
延焼の音が屋根の上から聞こえてくる。
「……魔法が消せるだけだな」
コートに付いたごみを払いながら、独り言のように呟く。
「俺のルールとして雷はあくまで射出道具にしか過ぎない。瓦の破片でも音速まで高めれば、石弓の暴発ぐらい招ける」
こんなこと言っても聞こえないだろうがな、とため息混じりに鼻を鳴らす。
炊かれる火柱を見る来葉の顔が橙色に染められる。
「…封絶・火色…」
猛火に包まれた火柱の中から微かに聞こえ、直後に風味一つ残さずに火柱が消滅した。
見ればメイド服の至る所が焼け爛れているが、整然とした態度はまったく変わってない。
無関心な目で来葉を見る。そして何かに気付いたように頭を上げた。
「…次に攻撃者Aの接近を確認」
目前から迫る者の方に向き直る。
瓦を踏みつける甲高い音が鳴り響く。
身の体勢を低くし、部活で鍛えられたしなやかな脚が疾風に似た速度を可能とする。
ある程度あった間合いはもはや皆無に近かった。
左手には黒く淀んだ木刀が、目には狼のごとき鋭い眼光が備えられていた。
「はぁぁぁあああ!!!」
鋭い掛け声と共に理心が少女に飛び掛る。
「…現状より迎撃が最善と判断…」
即座に述べ、その手に聖者の矛槍を再び顕し、振り下ろされる理心の一撃を受け止める。
重い衝撃音が大きく反響する。
「……!」
空中に滞まった理心の顔面に鋭い蹴撃が迫る。全身の産毛が逆立つ。
視覚に伝えられた映像に、理心の体は矛槍を全力で蹴り飛ばす行動を取った。
反動で一メートルばかりの間合いが空く。
「…だから見えてるって」
きつく奥歯をかんだ後、微かに口角が上がり、理心は笑った。
ふわりと、振り上げた脚が音無く着地する。
その途端、着地した脚が屋根を踏みつけ、異常な速度で間合いを詰める。
踏みつけた瓦は粉々に粉砕され、その場に取り残される。
そして、理心が構える前に少女は到着し、重い一閃を放った。
「……だから…見えてんだって…」
彼の声は少女の頭上から伝えられた。
身体が羽のごとく軽く空に浮遊し、全力が込められたと思われる一撃を避けた。
体が宙に滞空する。目を丸くし驚愕する少女の表情がはっきりと認識できる。
一閃に巻き込まれた突風が穏やかに頬を撫でる。
メイド服の端がゆっくりと風になびく部分も、視界の端で来葉が興味なさ気に眺めている姿もはっきりと捉えられる。
刹那が長い。錯覚と知っていてもそれは今現在理心を覆っている。
永遠のような一瞬が続く。だがそれは脆く一瞬にして崩壊した。
がしゃあっ!
矛槍を握る両手が砕けるように切り落とされる。
間を空けずに、理心の木刀はレンガを砕くような音を立てながら、少女の両足も切断する。
切り落とされた腕は騒音と共に堕落する。歯車の落ちる音や金属が砕ける音が混じっている。
「……」
傍観する来葉の足元に、屋根から落ち転がってきた黒い部品がぶつかる。
完全に機械人形はその機能を失うこととなった。
結果として、支えを失った機械人形は屋根の上に落ちていった。
「損傷状況、甚大と判定。戦闘の継続は極めて困難……」
顔と胴のみになっても冷淡な分析が少女の口から続けられる。
切断面からは導線や配線と思しき金属のコードが飛び出している。内部で起動を続ける機械からは火花が飛び散り、それが無情に露わになってる。
「………」
理心は静かに近づき、頭蓋を掴み持ち上げる。
残骸と称するに近くなった体の至る所から、血のようにオイルが溢れる。
「発動可能魔法を検索…」
「首を切れ。胴と頭を切り離せば止まる」
極めて穏やかに来葉は振り向かぬ理心に手段を伝達する。
夜風がさっきより寒くなった気がし、視界の隅に見切れてる前髪が揺れている。
理心は返事せずに、左手はぎゅっと木刀を握り締めた。
「……悪いな」
―レンガが砕けるような硬い音がした。
*
今日も学校には学生がひしめいていた。
夜中に銃声が鳴っただとか、一部の民家が壊れているなどのうわさが聞こえていたが、京にとってみれば至って普通の日常だった。
時間割に別に支障が出たわけでもなく、普段どおりの授業が行われた。
昼休み。生徒長室に面する廊下を誰かが笑い声と共に走っていく。
―京はその噂の真相を聞いていた。
影が上界の侵略兵器だったこと。
来葉はそんな上界を打ち倒さんとしていること。
上界は来葉を殺そうと機械人形を差し向けたこと。
そして、理心が魔力を持った関係者だったこと。
驚きを心の中に押し込め、静かに話を聞いていた。全てを聞き終えるとおのずと深刻そうなため息が漏れた。
「……話はわかったよ」
疲れた顔をしたのが自分でもわかる。
一つ扉を挟んだ廊下ではこんなこと想像つかないほど、穏やかな喧騒が広がっている。
自分たちが違う人間だと改めて実感する。
珍しく生徒長室に神妙な空気が立ち込める。みんな暗黙で彼の言葉を待っていた。
「…俺は明日にでも上界に戻るつもりだ」
来葉は腕組みし厳かにそういった。
「どうやって?」
疑問を問うたのは隣で立っている理心だった。
来葉はその疑問を見抜き話を続ける。
「帰還の扉の作り方は知っている。今日から準備すれば明日には間に合う」
絨毯に視線を落としながら冷淡に続ける。
明日は確か土曜で生徒は誰も居ない。秘密裏に動くにはいい条件だった。
「いわば上界と下界は分厚い壁を挟んでいる。そこに新しく穴を開け、ついでに上界の穴を崩そうという話なんだが…」
「?」
尻つぼみに話が途切れる。一拍置くと来葉は京に視線を合わせた。
「今の俺はそのきっかけを作るので精一杯だ。どちらかに穴を開ける作業を頼みたい」
懇切丁寧に説明し、圧倒するように依頼をしてきた。
束の間が空くと思われた。だが京は反射的に結果を即断した。
「俺がやる」
隣の理心が少し驚いた顔をし、すぐにまたそ知らぬ顔で外の大銀杏を眺めた。
生徒長を務めている生徒だ。大方、一度足を突っ込んでしまった責任感がさせたのだろう。
そんな生徒だ、浮刃京は。
「助かる。明日、全員大銀杏の下に集合だ。時間は午前十時」
意外にも話はすんなりと終わった。
異端だらけの話し合いは、妙に普通と表現でき、当事者にとっては何の違和感もない話し合いだった。
京は残りの昼休みをどうむさぼろうかと考える。
「ちょっと待てよ」
丁度だった。話が終わった形になった来葉に理心が呼びかける。
「なんだ?」
無感情な目で顔を上げる。
「二個、聞きたいことがある」
言葉に合わせ指を二本立てる。
いつになく真剣な目をしている。よほど重大なことらしい。
「まず、なぜ下界への侵略兵器である影が上界にもいるんだ?」
理心は問いかける。来葉は上界に居た影が下界に侵入したからこの下界に来たと言った。
単純に考え、上界に影は必要ないと理心には思われた。
「…知らん。本来の計画を皆に悟られないようにするごまかしだろう。影の退治に夢中になり、誰も真意に迫らせないためのな」
呆れたように来葉は言い放った。
理心はその目でじっと来葉の目を洞察し、二問目を口にした。
「二個目だ。なぜ京は今まで魔力を持っていたのに影と出会わずに済んだんだ?」
「!?」
突然名前を出され、京は絶句する。
なおも理心は続ける。
「おかしいだろ?俺が初めてこいつに会ったときから引き込まれるような感覚があった。それは魔力、って奴なんだろ?」
事実として来葉と出会った日まであんな黒い生物を見かけたことはない。
魔力を持つものに反応する。魔力が皆無に近い世界では京や理心など格好の獲物だ。
言われて来葉の視線が少し下がる。
「理心の魔力のほうが影にとって惹かれる魔力である。統計でも水を主として専攻したものに集まりやすいという傾向がある」
興味がないように鼻を鳴らす。
「まぐれっていうのか?」
「…上界はこの世界に魔力がないと思って影を送り込んだだろう。だから魔力のないものに影は見えない。しかし、引き寄せやすい水の魔力をもつ理心がいたことにより全部の影がここに集まっている」
独自の理論が展開される。これが確かなのか理心たちには知る術がない。
「…オッケー。ありがとうな」
どこか腑に落ちないようすで言葉を発する理心。そのまま生徒長室から何も言わずに立ち去った。
呆然とする京。声をかけようにも誰かを避ける雰囲気を敢えて発しているようだった。
気まずい空気が京の心の中で交錯する。
「……」
向かいの来葉は、何も言わずに、ただ疲れたようなため息をついた。
読んでいただきありがとうございます。
奇跡だった―まぁ…殺せないからね
「そして、極めた」―魔術も専攻制度があり、来葉は氷を学んだ。
「雷は撃てる」―銃のサイズを抑えるために、電磁を用いた。
封絶―発動は一瞬。解除は二分かかる
狼の目―伏線…になると思う
「…オッケー」―OKです
電磁型銃弾―音速の速さで撃ち出す魔法。
香理心―人間くさい。だから書きやすい
来葉真一―こうなりたい…
浮刃京―ちょい役。次回は主人公らしく出っ放し