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今日という日  作者: 誓約者
京のおはなし
5/30

月を見てると、無性にアンパンが食べたくなる

 街路灯の白っぽい光に彼の顔が照らされる。

「…香理心……だったか」

「…ああ」

 理心が言う。

 不思議と驚きの感情は沸かなかった。

 街路灯に寄りかかり、遠目で夜空の星を見上げる。

「なぜ…貴様は魔力を消せるのだ?」

 前置きなく、積もった疑問を投げかける。

 だが返ってきた答えはあまりに期待はずれで、がっかりするものだった。

「魔力?なんだそれ?」

 あっけらかんと理心は返答した。

 暫時、来葉の脳が止まる。

 魔力の知識なしに魔力を発動することは可能だ。だが魔力の存在を知ってから発動の訓練は行うように教えられている。

 理心は名称すら知らなかった。嘘をついてるようには到底見えない。

「俺から発される妙な気配だ。この世界じゃ人気ひとけに似ている」

 懇切丁寧に来葉は説明する。

「あー…。この悪寒か」

 理心は納得した声色で呟く。現在も感じているらしく彼には悪寒として感知できるらしい。

 話から推測し理心は自然に魔力を感知し、独自に魔力の波動を持たぬ魔力の扱い方を学んだみたいだ。いわゆる下界オリジナルの技術。

 前人未到の領域だ。研究対象として魔力科学者に売り飛ばしてみたい、と来葉は考える。

「……なら京からは何を感じる?」

 妙な間を空け、冷静に来葉が問いかける。

「そうだな~…。圧迫感、かな?」

 表現できない感覚を無理に言葉にしたようで、理心の声には自身がなかった。

 無感動な声で来葉は続ける。

「いつからだ?」

「初対面からだな」

「……そうか」

 残念な答えに、声の調子が若干下がる。

 だが京の魔力も理心は感じられることを示唆していた。

「次に、なぜやっぱ、だったんだ?判っていたような言い草だな」

 腕組みをして高圧的な態度で理心に臨む。

 静かに月を跳ね返す長剣が不気味に見えてくる。

「そりゃあれだよ。あのグロい黒い奴のおかげ」

 一本、人差し指を立て口調に合わせて振る。

 きっと影のことだろう。やはり影という名称も知らないようだ。

「お前が来たころから凶暴化したからな。突然影が消えたら関係者がやってくるだろうからな」

 来葉の顔を見てにやりと笑う。考えて無いようで計画していたらしい。

 来葉の脳内での理心の情報に修正がはいる。

「俺にも質問させろよ」

 ふと理心が街路灯に体を預けながら独り言のように呟く。

「…なんだ?」

 興味無さげに応答する。

「あの真っ黒いのは何なんだ?」

 予想内の問いを聞く。

「我々は影と呼んでいる。正体不明の…」

「違うだろ?」

 論説を嘲笑で破壊する。どうやらついさっき導き出された答えを聞きたいらしい。

 面倒そうに深いため息をつく。

 来葉も冷たいコンクリートの壁に寄りかかる。

「…結果からの憶測だがいいのか?」

「そっちが聞きたいなぁ」

 彼は心底からそう思うように呟く。

 嘘は通用しない、と察する。

「……影は上界の侵略兵器だ」

 上界は来葉がいた世界のことだと補足する。

「作られた理由は判らない。上界の王様の支配欲とか何かだろう」

 静かに威厳のある声で続ける。

「上界はあれは得体の知らない怪物だ、と俺らに説明した。俺は気付かぬふりしてあいつらに従った。そして今度は下界への道が見つかったから下界の影を倒せと言われた」

「ふーん…」

「ま、それは計画に気付き始めた俺を追放する口実だな」

 淡々と理論を展開していく。

 話す息は目の前で白くにごり、空気中に霧散していく。

 簡単な話だった。あいつらは元々下界への知ってたから、この世界にも影を送り込むことが可能だった。勝手に下界に来れるようになったなんて真っ赤な嘘だ。

「…てことは、上界を壊したいのか?」

 理心は首を右にかしげ、確認の意を問う。

「そう聞こえなかったか?」

 興味がない声色で答える。ずっと昔に決めたことだ。

 何とも言えない表情で理心が来葉の顔をじっと見つめる。

「それと京のことだ」

 関係ないと思っていたらしく、理心はピクッと微かな反応を見せる。

「記憶喪失の話だ。六年前、影が発生した年でもある。俺は影との関係と視野に含めたが、影は躊躇ためらわずに京を襲っていた。単なる偶然と結論付けるべきだな」

 一応、報告だ、と一言付け加える。

 もし京が影に関係してるのであれば、影は容易に京に殺意を向けなかったであろう。

 来葉が語り終えると、理心の表情が僅かだが和らいだ気がする。

 一ミリ程度だろうが、来葉には手に取るようにわかった。

「……ほっとしたか?」

 からかうように来葉が静かに問いかける。

「ばーか。人間らしいことを聞くな」

 理心が笑う。

「…京、お前の親友なんだな」

「そんな甘っちょろいもんじゃねーよ」

 照れくさそうに歯を見せながら笑っている。

 この数年間は二人にとって大切なモノだったのだろう。考え、来葉は思わず吹き出しそうになる。

 その時だった。

「!」

 突如、筋肉が弾けたような俊敏な動きで来葉が正面に発砲する。銃弾は来葉の近くで火花を起こし、顔を橙色に照らす。

「クル…」

「少し黙れ」

 耳が捉えた異音。間違いなく、長距離銃の銃弾が空気を掻き分け向かってくる音色だ。

 戦いなれた体が銃弾の角度から攻撃者の居所を判断し、反射的に数弾が銃口から解き放たれる。

 銃声が街中にこだまする。

 その音が消えないうちに来葉の銃弾が向かった先から、一人の少女が目前の民家の屋根に降り立つ。

 満月を背に少女のメイド服が秋風に揺れる。

「縞パン!?」

「どこ見てんだ」

 緊張感がない理心の発言に苦言を呈する。

「白と青の…」

「貴様、上界の者だな」

 にしては友好性のある眼差しではない。虫を見るような、さげすむ目で二人を見下している。

「……第一段階、狙撃失敗。目標、cruelクルーエル heartsハーツを目視で確認」

 少女は小さく可愛らしい口を開き、無機質に呟く。

「けどクルハ…」

「悪寒がしない、だろ?」

 次に言う言葉を推測し話す。

「あれは機械人形バイオロイド。戦争の残留品だ」

 来葉は述べる。

「あんな可愛い人形があんのかよ…」

うらやむな。あれは殺人兵器だぞ」

「でも目標がお前って…追っかけてきたんだろ?」

 決して本気で言ってないことは視界に入っている理心の表情でわかる。大体察しはついているようだ。

 多分その勘は来葉と同じで、少女の役割を百パーセント正解しているものだった。

 上界が来葉を追う最後の理由―。

 

「生存を確認。殲滅行動を続行します」

 

 肌寒さが体の芯にまで響き、綺麗に見える満月を背景に二人はメイドと対峙をした。

「殲滅って…どうやら…支援って訳じゃなさそうだな」

 顔面に薄く笑みを浮かべ、理心がか細く漏らす。

「狙いは……俺だな…」

 判りきった自問自答を来葉はする。メイド服を着た少女は反応がない。

 つまらなそうに鼻を鳴らすと来葉の銃口がけたたましく鳴り響いた。

 爆音が膠着こうちゃくした重量感のある空気を切り裂く。

 なおも少女に変化はない。迫る銃弾を冷静に見つめている。神速の弾丸を見つめている。

 その余裕に来葉は不気味さを覚える。

 そして、その口を開けば理由は明確、且つ驚くべきことだった。

 

封絶・氷色セアル・アイス

 

「!」

 風鈴のごとく凛とした声が、空気を介し伝わる。

 音が来葉の元まで達すると、少女の顔面に触れかけた銃弾がどこにもない。

 空気中で何の前触れもなく消失した。

 目を丸くし刹那の間、来葉の思考が停止する。

「ちっ……!」

 不愉快そうに舌打ちを鳴らした後、拳銃の銃口を再び少女に向ける。

 そのはずだった。

「…!?」

 自分の手を怪訝な眼差しで二度見する。

 現実には来葉の手には何も握られてなどいなかった。

 街路灯の白っぽい人工の光に照らされている手には拳銃などどこにもない。

 魔力を込めるがさっぱり顕現するようすはない。

 確かに拳銃はこの手にあった。だから発砲できた。

 しかし、現実として拳銃はどこにもない。

「………正常起動確認。次に武器の転送を開始」

 うろたえる来葉をよそに少女は淡々と文章を述べる。

「………面倒だな」

 相違点を冷静に把握し、来葉は軽くため息をついた。

 少女の声が境界線だった。

 来葉の銃と弾丸は氷で形成している。こいつはそれを知っていて氷の顕現を封じる魔法を言霊として展開したのだろう。

 魔法を封じるための魔法。上界で禁忌とされた禁止項目の一つ。

緋燕の石弓スワロウ・シューター顕現完了」

 大型の魔法印が記された石弓が少女の細い右手に顕現する。

 燃え盛る矢先はためらいなく来葉の肉体を狙っている。すでに空気を灼いているところから、体がばらばらになる威力を予想できる。

 どうやら本気で上界は俺を亡き者にしたいらしい。

「……」

 逃げる気など起きない。たとえ逃げてもあれは迷わず俺を追撃するであろう。

 死は免れない。

 特に死ぬのは怖くない。この計画に気付いてからその覚悟の上でここまで来たのだから。

 少女のメイド服が侘しげに秋風に揺れる。

 目の色も、表情も何も変わっていない。心がないとはやはりこのことらしい。

 

 あの日のあいつはこの目だった。

 

 動けない来葉はもう全てを諦め、全身に溜まった緊張が解けた。

 

「……シカト…すんな!」

 

 鋭い威勢を放ち、理心が視界の端から瞬発した速度で少女に切りかかる。

 蒼い軌跡は半円を滑らかに描き、垂直に少女の頭へと振り落とされる。

 間髪、少女は察知し身を翻す。脳天を切り裂くはずだった剣は少女の右腕を掠めた。

「……敵意、および被害を確認…」

 隣の屋根に飛び移りながら、無機質で機械的にそう述べる。

 掠めた右腕からは服が切り裂かれ、皮膚の下に広がっていた黒き精密機械が顕わになっている。

「あれを避けんのかい…」

 感嘆の意が見えるくらい薄く理心は笑みを浮かべる。

「判っているのか?」

「…?」

 下方から来葉に呼ばれる。

「それに手を出すことは俺の問題に首を突っ込むことに値するぞ」

 極めて冷静に忠告を促す。

 

「友達は見殺しに出来ないんでね」

 

 わざとらしく肩を竦める素振りをする。

 そんな理由で?と言うのが正直な実感だった。

 来葉は脅しで話しているわけではない。冗談でなく死ぬ確率が跳ね上がるのだ。

 危険に自ら突入することは、来葉にとって考えられないことだ。

 しかし、次に来葉の口から零れたのは実感をあらわす言葉ではなく、思い出したくない感慨がこもった言葉だった。

 

「…友達……ね…」

 

 俯き力なく来葉は呟く。

 その言葉は記憶が正しければ二度目だった。瞬間に懐かしい笑顔を思い出させられ、同時に黒い刃の存在も来葉の中に蘇らせた。

「………クルハ?」

 俯いたまま沈黙する来葉に上から声をかける。

「…攻撃者を最危険人物と断定」

「…!」

 目前の問題に再び目を向けさせられる。

 故障箇所が時折、火花を発している。

「武装を聖者の矛槍セイクレット・ハルバードに変更」

 少女の復唱に合わせ、石弓が光の粒子に分解し、華奢な体に似合わぬ矛槍へと形容を変える。

 十字架の装飾があしらわれたそれは、自動販売機の高さくらいの長さを誇っていた。

「同時に損傷部の検証を開始。……完了」

 感情のない陳述が続き、少女が一拍を置く。

 その意味を、理心の絶対的な自信のある直感が反応していた。

「……まさか…」

封絶・水色セアル・アクア

「っ!」

 体が初動したとき、少女の凛とした声は寝静まった町に響き渡った。

 突如、理心の長剣が形を失い、空気中に霧散する。やはり封印の言葉らしい。

 ただ、来葉のときとは一箇所違う。

 長剣が失われ何も握られてないはずの理心の左手に、使い古され黒ずんだ木刀が握られていた。

「残念でした~。俺のは依り代を必要として武器を作るんだよー」

 からかう様に舌を少し出す。少女が無心で理心をにらみつける。特に反応はない。

「起動を確認。……殲滅…開始…」

「…っ!?」

 か細い腕からは想像の付かない迅速の突きが放たれる。

 半身を反らしかわすが、間髪いれずに振り払われる。

「ぐ………!」

 微かな呻き声と共に、体が吹き飛ばされる。

 反射的に宙返りを行い、体勢を整え着地する。

 瓦との摩擦により靴底から膨大な粉塵ふんじんが巻き上がる。

 ようやく止まった時、視界は自らが発生させた粉塵により無いに等しかった。

「つえーな…おい……」

 ため息に交え、理心が呟く。

「座標確認……固定…」

「!」

 粉塵の中から少女が跳び出す。

 右手には緋燕の石弓スワロウ・シューターが理心の居場所を見つめている。

「まじかよ…!」

「発射」

 理心の苦笑いなど構わずに無情な一言の元に、灼かれている矢先が放たれる。

 空切る音が甲高い鳥の声に良く似ている。

 一直線の軌跡を滑空し、理心に近づく。

 なすすべない理心に迫る。

 音速に命を持つ肉塊は対抗できない。

 炎が、大きくなった。

 そして――。

 

 次の瞬間。着弾すると共に莫大な大きさの火柱が民家の瓦を焼き尽くした。


呼んでいただきありがとうございます。


魔力―人気ひとけ。悪寒。人さまざまな感覚である人から発せられるオーラ。


嘲笑する―理心の鋭さを表す。


蒼い長剣―理心の武器。とても軽い。


戦争の残留品―あったんですよ。昔に一回でかい戦争が。


機械人形バイオロイド―めっちゃかわいい。けどめっさ強い。


封絶セアル―魔力を封じる式。使うと自分の魔力も塞ぎかねないので禁忌。


緋燕の石弓スワロウ・シューター―燃え盛るやじりを持つボウガン


聖者の矛槍セイクレット・ハルバード―文字通り。


あの日―判りやすい伏線。


クルハ―理心が来葉を呼ぶときの愛称。大した意味はない


浮刃京―主人公だが出番なし。時間軸ではぐっすり寝てます。


香理心―戦闘に参戦。身軽を信条とする。洞察力が高い。


来葉真一―本名『cruelクルーエル heartsハーツ

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